アジア
タイ王国(Kingdom of Thailand)

基礎データ

平成26年8月1日

  • 本欄に画像を表示

一般事情

1.面積

51万4,000平方キロメートル(日本の約1.4倍)

2.人口

6,593万人(2010年)(タイ国勢調査)

3.首都

バンコク

4.民族

大多数がタイ族。その他,華人,マレー族等

5.言語

タイ語

6.宗教

仏教 94%,イスラム教 5%

7.略史

 タイ王国の基礎は13世紀のスコータイ王朝より築かれ,その後アユタヤ王朝(14~18世紀),トンブリー王朝(1767~1782)を経て,現在のチャックリー王朝(1782~)に至る。1932年立憲革命。

政治体制・内政

1.政体

立憲君主制

2.元首

プミポン・アドゥンヤデート国王(ラーマ9世王)
(1946年6月即位)

3.議会

  • 下院 500名(小選挙区 375名,比例区 125名)(注)2007年憲法における数字
  • 上院 150名(公選 77名,任命 73名)(注)2007年憲法における数字

4.政府

  • (1)首相名 -
  • (2)外相名 -

5.内政・社会状況

(1)インラック政権発足(2011年8月)まで

 1997年のアジア金融危機の影響がまだ残る2001年1月の下院総選挙に勝利して政権に就いたタクシン首相(当時)は,国内需要喚起と外資誘致による輸出促進,大規模公共事業,社会保険制度改革,麻薬撲滅等の諸政策を大胆に実施して支持を集め,タイ近代政治史上はじめて任期を全うした民選首相となった。他方,トップ・ダウンの意思決定の導入や,タクシン首相自身の強引な姿勢が伝統エリート層や保守層の反発を招き,職権濫用や汚職の噂もあって,2006年はじめからタクシン首相を糾弾する社会運動が拡大し,同年4月の選挙は,野党がボイコットする異例の事態となった。その後,憲法裁判所により選挙は違憲無効と判断され,選挙のやり直しが検討される中,2006年9月26日,ソンティ陸軍司令官(当時)を中心とする軍部によるクーデターが発生した。

 2006年10月に発足した暫定政権の下,2007年12月に下院議員選挙が行われ民政復帰が実現した。他方,選挙で勝利したタクシン元首相系の政府に対し,再び反対運動が高まり,反政府運動の中心を担う「人民民主連合(PAD,通称黄シャツ)」が首相府や国際空港を占拠して混乱状況が深刻化する中,2008年12月,憲法裁判所は政権与党の国民の力党の解党処分を決定した。連立の軸を失ったことによる政権崩壊を受けて政界再編が行われ, 第二党かつ最大野党であった民主党を中心とするアピシット政権が2008年12月に成立したが,2009年はじめから反クーデターと選挙に基づく政権樹立を主張する「反独裁民主戦線(UDD,通称赤シャツ)」による反政府運動が拡大した。

 2009年4月に東部のリゾート地パタヤで予定されていたASEAN関連首脳会議の妨害やバンコク都内での大規模デモ等は,当局の非常事態宣言発出により収束したかに見えたが,2010年2月に最高裁判所がタクシン元首相の資産没収の決定を下したことを契機に,UDDデモが再燃した。デモ隊と当局の間の緊張が高まる中,4月10日、デモ隊と治安部隊との間で衝突が発生し,日本人1名を含む多数の死傷者を出す事態が発生した。5月19日のUDD幹部による解散宣言まで右衝突は散発的に発生し,一連の混乱による死亡者数は,約90名にのぼった。

 民主党政権は真相究明と国民和解に取り組んだが,UDDによる政府批判は収まらず2011年5月に下院は解散され,7月3日に行われた総選挙の結果,タクシン系政党のタイ貢献党が,民主党に100議席以上の差をつけて勝利し,8月10日,タクシン元首相の実妹のインラック氏を首相とする政権が発足した。

(2)反政府デモの拡大とクーデターの発生

 インラック政権は,発足当初,北・中部地方を中心に発生した未曾有の洪水被害への対応に追われたが,その後は,経済面を中心に政権公約の実施に着手し,政権にとっての重要な政治課題である憲法改正及び国民和解法案の推進について慎重にとり進めるなど,2012年を通じて比較的安定的に政権運営を行った。

 2013年に入ると,政府は大規模インフラ計画のための借り入れなど大胆な政策の実施に着手し,8月の通常国会開会以降は,与党が圧倒的多数を占める下院で次々と法案を可決させた。タクシン元首相の恩赦,帰国に道を開く内容に修正された大赦法案が,11月1日未明に強行可決されたことで,それまで安定していた政治情況は一変した。同法案は,野党や反政府勢力のみならず,汚職を嫌悪する一般市民やビジネス界を巻き込んで強い反発を引き起こし,ステープ元副首相・元民主党幹事長率いる「人民民主改革委員会(PDRC)」が主導する大規模な反政府デモが繰り返されることとなった。反政府デモは,その目標を大赦法案廃案から政権打倒に変化させ,バンコク都内各地で大規模な路上デモを展開し,首相府他の政府庁舎が占拠される事態に発展した。

 このような状況を受けて,12月9日,インラック首相は下院を解散し,翌2014年2月に選挙が行われた。しかし,反政府デモ隊の妨害により,一部の投票所で投票が完了できず,その後,憲法裁判所は同選挙を無効と判決。さらに,5月7日,憲法裁判所は,公務員の人事異動を巡り,インラック首相の職権乱用を認定する判決を下し,同首相は失職した。都内のデモ拠点における銃撃によって死傷者が発生する等,緊張が高まる中,5月20日未明,プラユット陸軍司令官は全国に戒厳令を発令。対立する陣営を集めた対話が軍主導で行われたが妥協に至らず,5月22日夕方,軍を中心とする「国家平和秩序維持評議会(NCPO)」が全統治権の掌握を宣言した。

 5月30日,NCPOは,第1期から第3期までの1年強からなる民政復帰に向けた「ロードマップ」を発表。翌6月27日,同ロードマップに基づき,7月中に暫定憲法を公布し, 9月に立法会議及び暫定内閣を,10月に改革会議をそれぞれ立ち上げ,暫定憲法から約1年後となる2015年7月を目処として新憲法を公布し,新憲法公布の3ヶ月後に議会選挙を実施して,2015年中に民政復帰する政治プロセスが発表されている。

2.外交

(1)概観

 タイは,長年にわたり全方位外交を基本としつつ,主要国との距離を内外の事情に応じて変更する柔軟な外交を展開しており,その基本的な姿勢は最近も変わっていない。他方,近年は,国際的に関心の高い問題に対して談話を発表する等,国外の情勢について積極的に立場表明を行う傾向が見られる。中東・アフリカ地域との関係強化や, 2017年から2018年の任期の国連安保理非常任理事国選挙への立候補表明という動きも見られる。

(2)主要国との関係

 主要国との関係では,タイは米国にとって条約上の同盟国であり,アジア太平洋地域で最大級の多国間共同訓練の「コブラ・ゴールド」は,タイ国内で例年開催されている。また,2013年にタイ・米両国は近代的外交関係樹立180周年を迎えたが,2014年5月のクーデター発生に対し,米国務省は「失望」の意を表し,軍事援助の凍結や共同訓練の中断といった措置を発表した。

 タイは,2012年から2015年まで,ASEANにおける対中調整国を務めており,2013年7月には中ASEAN戦略的パートナーシップ10周年ハイレベルフォーラムを開催,また,同年9月の南シナ海における行動規範(COC)策定に向けた公式協議開始に貢献した。

(3)近隣国との関係

 隣接国との関係では,カンボジアが国際司法裁判所(ICJ)に提訴していたカオプラビハン(プレアビヒア)寺院周辺地域の帰属に関する解釈請求に対し,2013年10月に判決が示されたが,寺院及び周辺のごく限られた地域はカンボジアに帰属し,それ以外の係争地域は両国の話し合いで解決されるべきとの内容であり,判決後のタイ国内の反応は比較的落ち着いたものであった。タイ側の政治的混乱もあり,両国間の話し合いの具体的な目処は立っていない。

 ミャンマーとの間では,ミャンマー国内の民主化の動きを受け,首脳・閣僚レベルの往来が頻繁に行われ,経済関係強化の機運が高まっているが,タイ国内のミャンマー人労働者の滞在許可問題や,ラカイン州の騒擾を受けてタイに流入した人々の扱い等の課題も顕在化している。

外交・国防

1.外交基本方針

 タイは伝統的に柔軟な全方位外交を維持しつつ,ASEAN諸国との連携と日本,米国,中国といった主要国との協調を外交の基本方針としている。

2.軍事力

  • (1)予算 1685億バーツ(2011年度)
  • (2)兵役 徴兵2年,予備役20万人
  • (3)兵力 正規30万5860人(陸軍190,000人,海軍69,860人,空軍46,000人)

経済

1.主要産業

農業は就業者の約40%弱を占めるが,GDPでは12%にとどまる。一方,製造業は就業者は約15%だが,GDPの約34%,輸出額の90%弱を占める。

2.GDP

3,850億ドル(名目,2013年,国家経済社会開発庁(NESDB))

3.一人当たりGDP

5,647ドル(2013年,NESDB)

4.経済成長率

2.9%(2013年,NESDB)

5.消費者物価指数

102.2(2012年を基準年とする,NESDB)

6.失業率

0.7%(2013年,NESDB)

7.総貿易額

  • (1)輸出 2,254億ドル(2013年,NESDB)
  • (2)輸入 2,190億ドル(2013年,NESDB)

8.主要貿易品目(2012年)

  • (1)輸出 コンピューター・同部品,自動車・同部品,機械器具,電子集積回路,天然ゴム
  • (2)輸入 原油,機械器具、電子部品

9.主要貿易相手国・地域(2013年)

  • (1)輸出 1.中国 2.米国 3.日本
  • (2)輸入 1.日本 2.中国 3.米国

10.通貨

バーツ(Baht)

11.為替レート

1ドル=約30.73バーツ(2013年平均)

12.経済概況

(1)概観

 インラック政権は,選挙公約としていた全国一律の最低賃金の引き上げ,大卒者の初任給引き上げ,コメ担保融資制度,自動車購入者への減税措置等の経済政策の実施により国内経済の強化を目指す一方,政権発足後は,例年を上回る降水により,北・中部地方で大規模な洪水が発生し,バンコク周辺の工業団地が浸水したほか,タイ,さらにはサプライチェーンを通じ,我が国及び地域の経済に大きな影響を与えた。このため,当初,国家経済社会開発庁(NESDB)は2011年の経済成長率を3.4~4.0%と予測していたが,実際には0.1%に低迷。その後,大洪水からの復旧・復興から始まり,内需が牽引する形で経済活動は回復し,2012年は,6.5%の成長を記録。2013年は,自動車購入者への減税措置の終了に伴う自動車の反動減,洪水からの復旧・復興投資の一巡により,2012年に成長を牽引した内需が低迷し,2.9%の成長に止まった。

 2014年5月に発生した政変により,軍部を中心とする国家平和秩序維持評議会(NCPO)が全権を掌握した。NCPOは,コメ担保融資制度や2015年度予算編成等,政情混乱で停滞していた政策を実施したほか,大型インフラ開発計画の見直し等を進めている。

(2)対外経済関係等

(ア)タイの二国間のFTA/EPA
<締結済みの主な協定>
日本(JTEPA,2007年11月発効)
豪州(TAFTA,2005年1月発効)
ニュージーランド(TNZFTA,2005年7月発効)
<アーリーハベストを開始済みの主な協定>
インド(2004年9月発効,2012年1月に追加第2議定書へ署名):家電製品,自動車部品など,82品目の関税を先行して引き下げ開始
ペルー(追加第3議定書署名,2011年12月発効)
<署名済みの主な協定>
チリ(2013年10月)
<交渉中の主な協定>
EU(2013年5月に交渉開始,2014年4月には第4回交渉実施)
(イ)ASEAN加盟国としてのFTA/EPA(締結済みの協定)
  • 日本(AJCEP,2009年6月発効)
  • インド(AIFTA,2010年1月発効)
  • 韓国(AKFTA,2010年1月発効)
  • 豪州・NZ(AANZFTA,2010年3月発効)
  • 中国(ACFTA,2010年1月発効)

 これら各協定では, ASEAN先発加盟6ヶ国と後発加盟4ヶ国で関税撤廃の実施時期を分け,2010年1月1日より,AFTA,ACFTAおよびAKFTAは先発加盟6ヶ国が対象品目の約9割において関税撤廃を開始している。

(ウ)ASEAN域内のFTA/EPA

 タイは,ASEANの中軸国として経済の基盤をASEANに置いている。ASEAN域内のFTAであるAFTAは,1992年1月の第4回ASEAN首脳会合において1993年から2008年までの15年間で実現に取り組むことが正式に合意されてスタートした。AFTAを実現するための共通効果特恵関税(Common Effective Preferential Tariff,CEPT)が1993年1月から開始され,その後CEPT最終関税率(0~5%)の達成の目標年は累次前倒しされてきている。

 現在は,2015年末のASEAN経済共同体(AEC)発足に向け準備が進められている。

 その他,RCEP(ASEAN++)などASEANと他のアジア・太平洋諸国との経済連携強化の動きにも積極的に取り組んでいる。

(3)周辺国との連結性強化

 そうした経済成長戦略の関連でタイが特に重視しているのが,周辺国との連結性の強化である。AEC発足を見据えれば,周辺国との連結性を向上させることで,インドシナ半島の中心に位置するタイの地政学的優位性をより一層活用することが,次なる成長ステージを目指す上では重要な課題となってくる。このため,インドシナ半島を貫く南部経済回廊,東西経済回廊,南北経済回廊の構築を目指している。また,南部経済回廊のミッシングリンクを解消すべく,バンコクから約300km西にあるミャンマーのダウェー開発をミャンマー政府と共に積極的に進めようとしており,両国政府による特別目的事業体(SPV)が設立されている。

経済協力

1.日本の援助実績

  • (1)有償資金協力 なし(2013年度)
  • (2)無償資金協力 89.86億円(2012年度,E/Nベース)
      (一般無償資金協力については,1993年度を以て卒業)
  • (3)技術協力実績 34.79億円(2012年度,JICA事業分実績ベース)

二国間関係

1.総論

 日タイ両国は600年にわたる交流の歴史を持ち,伝統的に友好関係を維持している。近年は両国の皇室・王室間の親密な関係を基礎に,政治,経済,文化等幅広い面で緊密な関係を築いており,人的交流はきわめて活発である。タイにおける在留邦人は55,634人(2012年10月),タイへの日本人渡航者は約154万人(2013年),バンコク日本人学校生徒数は3,064人,シーラチャー日本人学校生徒数358人(2014年4月)に上る。

 ハイレベルでの交流に関しては,2013年1月に安倍総理が就任後初の外国訪問先の一つとしてタイを訪問し,日タイ首脳会談にて「戦略的パートナーシップ」の更なる発展,協力関係の強化等を確認するとともに,プミポン国王に拝謁した。また,インラック首相が2013年5月に日経新聞シンポジウム「アジアの未来」への出席のために訪日した際に日タイ首脳会談が実施され(日タイ外相会談も実施),同年10月のASEAN関連首脳会議(於ブルネイ)の際にも両首脳が懇談を行った。同年12月の日ASEAN特別首脳会議の際には,ニワットタムロン副首相が安倍総理を表敬し,岸田外相と会談を行った。

 この他,2013年3月,第11回外務・防衛当局間(PM)協議及び第11回防衛当局間(MM)協議がバンコクにおいて開催されたほか,10月に東京にて第5回次官級政務協議,さらに11月には,初の局長級協議がバンコクで実施された。

2.経済関係

 1980年代後半以降,日本企業は円高を背景に積極的にタイに進出し,タイの経済成長に貢献。現在,在バンコク日本人商工会議所への加盟企業は2013年9月現在1,506社を数える。1997年7月に顕在化した通貨経済危機に関し,日本は大規模な資金的・人的協力を実施。2007年,日タイ経済連携協定の発効により,両国の経済関係の更なる緊密化が期待される。またメコン地域開発を進める上での日本の重要なパートナーである。

(1)日本からタイへの輸出入

(ア)貿易額 (財務省貿易統計,単位:億円)
  2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年
輸出(タイへ) 24,777 26,647 30,093 30,515 20,697 29,937 29,885 34,889 35,072
輸入(タイから) 17,175 19,639 21,536 21,522 14,952 18,400 19,532 18,857 21,503
(イ)主要品目(2013年商務省)
タイから日本への輸出:天然ゴム、自動車・同部品、コンピュータ・同部品
タイの日本からの輸入:機械・同部品,鉄・鉄鋼,自動車部品

(2)日本からタイへの直接投資(タイ投資委員会,認可ベース)

2,904.4憶バーツ(2013年)
 (日本はタイにとって外国直接投資額のうち61%を占める最大の投資元)

(3)インフラ

 タイにおけるインフラ海外展開として,日本は高速鉄道・都市鉄道整備をはじめとする各種案件について官民を挙げて売り込みを実施している。高速鉄道については,2012年締結された日タイ政府間のMOIに基づく鉄道ワーキンググループにおいて実務的な協議を実施しているほか,都市鉄道については,都市鉄道新線パープルラインの鉄道システム及びメンテナンス事業を日本企業連合が受注した。種々のインフラ・プロジェクトについて協議を進める中で,タイのような中進国でのインフラ海外展開では,価格面も含め相手国のニーズへの柔軟な対応の重要性が強く認識されるようになっている。また,インラック政権は,2020年までの7年間のインフラ整備予算として,GDPの約20%に匹敵する総額約2兆バーツの予算案策定を進めていたが,NCPOによる軍政の下では,在来鉄道複線化や都市鉄道・道路整備等,直近で優先度の高いものに絞り込む動きがみられる。

(4)観光

 観光客誘致・人的交流については,2013年7月,日ASEAN友好協力40周年を契機として,我が国は,タイ国民の短期滞在者に対して,ビザ免除措置を開始した。札幌―バンコク定期便の毎日運航化などもある中,2013年に日本を訪れたタイ人は過去最高であった前年からさらに74%増加し,約45万人を記録した。訪日客の増加は2014年に入っても続いている。また,2013年にタイを訪れた日本人は約153万人(前年度比約12%増)となるなど,両国間の人的交流がより緊密化していることが伺えるが,足下では政治情勢の影響を受けてタイを訪問する日本人は減少している。

(5)地方自治体の動き

 近年では,我が国の地方自治体によるタイとの関係を構築しようとする動きが見られる。2013年は,13道県の知事,副知事が,観光客誘致及び食品輸出促進のためのトップセールスや県内中小企業の進出支援などのためにタイを訪問した。この背景には,東南アジア諸国の経済成長に伴うマーケットの拡大と共に,中国への進出を巡る環境の変化に伴う売り込み先の多角化の他,昨年7月に実施された短期査証免除措置による訪日タイ人観光客の増加,地方でも引き続き中小企業を中心とする企業の海外進出が続いている事などが上げられる。

3.文化関係

(1)総論

 2013年は,日ASEAN友好協力40周年を記念し,様々なレベルにおいて日タイ間での交流活動が行われ,双方向の二国間関係が一層強化された年となった。4月,アジアにおける文化交流の強化に資する具体的な方策の検討を行うことを目的に,安倍総理の下に「アジア文化交流懇談会」が立ち上げられ,7月には各界著名人から成る同懇談会一行がバンコクを訪問し,タイ側の文化人,有識者等と意見交換を行った。同懇談会の政策提言に基づき,12月には,日ASEAN特別首脳会議において,新しいアジア文化交流政策の実施が発表され,今後の文化・教育・スポーツ分野における日タイ間での交流強化に拍車をかけることになった。

(2)日本語教育

 タイ国内の日本語学習熱は高く,日本語学習者は約13万人,日本語教育機関は460機関以上あり,共に増加傾向にある(2012年度日本語教育機関調査)。上述のアジア文化交流懇談会の政策提言に基づく形で,2014年度から「日本語パートナーズ派遣事業」が開始され,タイにおける日本語教育の質的量的向上が期待されている。

(3)青少年交流

 青少年交流事業においては,JENESYS2.0による交流事業の他,「青年の船」のタイ寄港や,サッカー交流,子供親善大使等,各種訪問団により,タイの若者との交流が図られた。

4.在留邦人数

55,634人(2012年10月)

5.在日当該国人数

40,146人(2012年末:外国人登録者)

6.要人往来(2005年以降)

(1)往訪
年月 要人名
2005年1月 町村外務大臣
2005年8月 秋篠宮殿下
2006年6月 天皇皇后両陛下(タイ国王即位60周年記念式典)
2007年3月 秋篠宮殿下
2009年1月 中曽根外務大臣
2009年4月 麻生総理大臣,中曽根外務大臣(ASEAN関連首脳会議:中止)
2009年7月 中曽根外務大臣
2009年10月 鳩山総理大臣(ASEAN関連首脳会議)
2010年8月 岡田外務大臣
2011年3月 秋篠宮殿下
2012年6月 皇太子殿下
2012年11月 秋篠宮殿下
2013年1月 安倍総理大臣
(2)来訪
年月 要人名
2005年5月 カンタティー外相(ASEM外相会合)
2005年8月 タクシン首相
2006年4月 タクシン首相(非公式訪問)
2006年5月 カンタティー外相(タイ・フェスティバル)
2006年8月 シリントーン王女殿下
2006年10月 チュラポーン王女殿下
2007年2月 ニット外相(日タイ修好120周年開幕式典)
2007年4月 スラユット首相
2007年10月 チュラポーン王女殿下
2007年11月 ニット外相(日タイ経済連携協定(第1回合同委員会))
2008年1月 ニット外相(日メコン外相会議)
2008年5月 ノパドン外相(タイ・フェスティバル)
2008年9月 チュラポーン王女殿下
2009年1月 ソムサワリー王女殿下
2009年2月 アピシット首相
2009年11月 アピシット首相,カシット外相(日メコン首脳会議)
2010年1月 カシット外相(アジア中南米協力フォーラム)
2010年10月 シリントン王女殿下
2010年11月 チュラポーン王女殿下
2012年3月 インラック首相,スラポン外相
2012年4月 インラック首相,スラポン外相(日メコン首脳会議)
2013年5月 インラック首相,スラポン副首相兼外相
2013年11月 チュラポーン王女殿下
2013年12月 ニワットタムロン副首相兼商務相

7.二国間条約・取極

  • 修好宣言(1887年)
  • 航空協定(1953年),文化協定(1955年),貿易取極(1958年),技術協力協定(1981年),青年海外協力派遣取極(1981年),租税条約(1990年),経済連携協定(2007年),受刑者移送条約(2010年)
このページのトップへ戻る
アジアへ戻る