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最近のスロバキア情勢と日本・スロバキア関係
平成24年4月
1.最近のスロバキア情勢
(1)政治情勢
- 2006年に「方向党-社会民主主義」(Smer-SD)を中核に発足したフィツォ政権は「社会福祉国家の創設」を目標に掲げ、同党の高い支持率を背景に比較的安定した政権運営を続けたが、野党及びメディアからは同政権の縁故主義や腐敗等が批判されていた。
- 2009年4月4日に任期満了に伴う大統領選挙の決選投票が行われ、現職のガシュパロヴィチ候補が野党統一候補のラディチョヴァー候補を敗り、再選を決めた。ガシュパロヴィチ大統領は2009年6月15日より二期目を務めている。
- 2009年6月に欧州議会選挙が行われた。スロバキアに割り当てられた13議席のうち「方向党-社会民主主義」(Smer-SD)が5議席を獲得し、野党第一党の「スロバキア民主キリスト教連合-民主党」(SDKÚ-DS)は2議席の獲得にとどまった。
- 2009年春より野党の「ハンガリー人連合党」(SMK)での内部対立が激化した。現指導部に反発する派閥はSMKから離脱し、2009年7月に新党「架け橋」(Most-Híd)を結成した。
- 「スロバキア民主キリスト教連合-民主党」(SDKÚ-DS)の資金スキャンダルの発覚を受け、2010年2月にズリンダ党首が選挙リーダーの辞任を表明した。同月末の臨時党大会において、2009年の大統領選挙の野党統一候補だったラディチョヴァー副党首がSDKÚ-DSの選挙リーダーに選出された。
- 2010年6月12日に実施された総選挙においてSmer-SDは大幅に議席を増やし第一党の地位を維持したが、連立与党の「人民党-民主スロバキア擁護運動」(ĽS-HZDS)が議席を失い、「スロバキア国民党」(SNS)も議席を減らしたために、フィツォ政権は多数派を失った。これに対し、2009年に結成された新政党「自由と連帯」(SaS)の躍進もあり、「スロバキア民主キリスト教連合-民主党」(SDKÚ-DS)、SaS、「キリスト教民主運動」(KDH)、「架け橋」(Most-Híd)の中道右派の4政党が多数派を獲得した。なお、ハンガリー系住民の票をMost-Hídと争った「ハンガリー人連合党」(SMK)も議席を失った。
- 選挙後よりSDKÚ-DS、SaS、KDH、Most-Hídの中道右派4党間で連立政権形成に向けた協議が開始され、4党の合意成立を経て、7月末にSDKÚ-DSのラディチョヴァー副党首(選挙リーダー)を首相とする連立内閣が発足した。ラディチョヴァー政権は清廉さを強調しつつ、財政再建や腐敗対策強化、税制・保険料制度改革、労働法改正と失業率改善、国際競争力の回復等を重要課題に掲げると共に、付加価値税(VAT)引上げを含む財政再建や司法改革を進めた。
- 2011年夏以降、ユーロ危機・欧州債務危機への対応策に関する連立与党内での意見の相違が拡大した。最終的に、同年10月、EFSF(欧州金融安定化ファシリティ)機能拡充条約の国内批准問題が引き金となり、スロバキア国会はラディチョヴァー政権への不信任を示した。直後に、野党Smer-SDの支持を受け、EFSF機能拡充条約は批准されたが、その対価として、与野党は2012年3月に繰上げ総選挙を実施することで合意した。
- 3月10日,2011年10月の与野党合意に基づく繰上げ総選挙が実施され,中道左派の最大野党Smer-SD(方向党-社会民主主義)が圧勝、過半数議席を獲得。同選挙結果を受け,4月4日,ロベルト・フィツォ新政権が正式に発足。フィツォ政権はSmer-SDによるスロバキア史上初の単独政権。
| 2012年4月現在の各党議席数 |
| 政党名 |
議席数 |
| 与党 |
計83 |
| 方向党-社会民主主義(Smer-SD) |
83 |
|
| 野党 |
計67 |
| KDH(キリスト教民主運動) |
16 |
|
| OL(「普通の人々」) |
16 |
|
| Most-Hid(「架け橋」) |
13 |
|
| SDKU-DS(スロバキア民主キリスト教連合-民主党) |
11 |
|
| SaS(「自由と連帯」) |
11 |
|
| 合計 |
150 |
(2)経済情勢
- 外国投資の積極的な誘致と自動車・電機等の輸出志向型産業を整備した結果、フィツォ政権下でも2007年を頂点(GDP成長率10.5%:IMF)とする高成長が続いた。しかし、2008年後半以降の世界的な経済危機の影響を受けた結果、2009年のGDPはマイナス成長となった(2009年GDP成長率-4.7%:IMF)。
- しかし、素早く回復したドイツ経済に牽引され、スロバキアも予想より早い経済回復を達成し、2010年を通じて4.0%のGDP成長を達成した(IMF)。2011年後半からは、欧州債務危機やユーロ圏の景気後退を受け、スロバキア経済も減速傾向が現れているが、2011年通年で3.1%、2012年には2.3%のGDP成長が予想されている(スロバキア中央銀行予測値、2011年12月発表)。他方、2009年以降の経済危機の時期に上昇した失業率は、2011年を通じて13%台前半(スロバキア労働局)に高止まりしたままである。
(3)外交政策
- EUやNATOとの協調をより重視する方向を掲げている。しかし、2010年にユーロ圏諸国が協調して実施したギリシア支援策(二国間融資)への参加を拒否したことを原因として、欧州委員会及び他の加盟国との関係が緊張する局面もあった。なお、現政権は、前政権同様、コソボについては一方的な独立には反対するとして国家承認していない。
- ヴィシェグラード・グループ(V4:ポーランド、チェコ、ハンガリー、スロバキア)諸国との関係も重視している。2009年6月に制定された改正国語法に基づく少数派住民の言語使用に関する問題やハンガリーによるハンガリー系スロバキア市民へのハンガリー国籍付与要件緩和とスロバキア側の対抗措置(国籍法を改正し、自発的に他国の国籍を取得した者がスロバキア国籍を喪失する規定を導入した)などを原因としてハンガリーとの関係は一時緊張した。ハンガリー系政党Most-Hídも参加する現政権は、ハンガリーとの関係改善を掲げ、国語法を再改正し、少数派の言語使用に対する規制を緩和した。しかし、与党内の意見相違のため国籍法再改正は難航し、また、ハンガリー新憲法の採択に対して抗議の意を示す等、ハンガリーとの間の懸案は残されている。
- 人権外交を掲げ、ベラルーシやモルドバ等の東方近隣国の民主化を支援すると共に、前政権と同様に西バルカン諸国のEU・NATO加盟交渉を支援する姿勢を示している。
2.日・スロバキア関係
(1)全般
(2)経済
(イ)貿易
- 日本からの主な輸出品はビデオカメラ、映像機器部品、集積回路等。スロバキアからの輸入は自動車が総輸入額のほぼ半分を占める。
| 日本の対スロバキア貿易 |
| |
対スロバキア輸出 |
対スロバキア輸入 |
収支 |
| 2006年 |
564億円 |
196億円 |
369億円 |
| 2007年 |
513億円 |
238億円 |
275億円 |
| 2008年 |
482億円 |
224億円 |
258億円 |
| 2009年 |
342億円 |
116億円 |
226億円 |
| 2010年 |
500億円 |
114億円 |
313億円 |
(ロ)投資
- 日本のスロバキアに対する2008年の直接投資額(フロー)は33億円。
- 日本からは、自動車関連、電機関連産業等を中心に製造業17社を含む43社(2011年3月)が進出している。
(3)文化交流
- 従来より文化面での交流は伝統文化に関するものが中心であったが、近年はスロバキア民族舞踊団やスロバキア交響楽団等の日本公演、アニメ等、日本のポップ・カルチャーに関する交流等も盛んであり、交流の幅が広がってきている。
- 自治体間の交流ではビソケー・タトリ市が奈良県野迫川村との間で姉妹都市関係、秋田県小坂町がバンスカー・シュティアフニツァ市との間で協力関係を結んでいる。