アフリカ
シエラレオネ共和国(Republic of Sierra Leone)

基礎データ

平成28年3月8日

  • シエラレオネ共和国国旗

一般事情

1 面積

71,740平方キロメートル(日本の約5分の1)

2 人口

632万人(2014年、世銀)

3 首都

フリータウン(Freetown

4 民族

テムネ族、メンデ族、リンパ族、クレオール(黒人と白人との混血)等

5 言語

英語(公用語)、クリオ語、メンデ語、テムネ語他

6 宗教

イスラム教60%、キリスト教10%、アニミズム信仰30%

7 略史

年月 略史
15世紀 ポルトガル人航海士が上陸
1787年 英国で奴隷貿易廃止促進協会が設立され、黒人移住希望者のシエラレオネへの入植が開始。
1792年 首都フリータウンが建設される
1807年 英国で奴隷貿易禁止法が成立。以降、英国等からの多くの解放奴隷がシエラレオネに流入し、居住地を形成。
1808年 英国領植民地化
1896年 英国の保護領となる
1924年 新憲法制定
1931年 ダイヤモンド鉱が発見される(採掘ラッシュは50年代以降に本格化)
1958年 憲法改正
1960年7月 ミルトン・マルガイ氏が初代首相に就任。
1961年4月 英国から独立
1964年4月 アルバート・マルガイ氏(初代首相マルガイ氏の異母弟)が首相に就任。
1968年4月 フリータウン市長であったシアカ・スティーブンス(全人民会議(ACP)創設者)が首相に就任。
1970年9月 ダイヤモンド産業国有化
1971年4月 共和国となる。スティーブンス氏が大統領に就任。(1976年に再選)
1978年5月 新憲法制定によりAPCのみの単一政党制が導入される
1985年10月 大統領選挙。軍事司令官ジョセフ・サイドゥ・モモ少佐が当選。
11月 モモ大統領就任
1987年3月 クーデター未遂
1992年4月 軍事クーデター
5月 ストラッサー大尉を議長(元首)とする暫定政府発足
1996年1月 ビオ准将による無血クーデター
2月 大統領・議会選挙、カバ大統領選出
1997年5月 軍事クーデター、カバ大統領ギニアへ脱出
6月 軍事革命評議会議長であるコロマ少佐が国家元首に就任
1998年3月 軍事革命評議会が駆逐されカバ大統領がフリータウンに帰還
1999年7月 ロメ和平合意が成立
10月 国連安保理は、ロメ和平合意を実施するための国連シエラレオネミッション(UNAMSIL)の派遣を決定
2000年5月 革命統一戦線(RUF)による国連PKO要員500名の拘束事件が発生。
2000年11月 シエラレオネ政府、RUF間で停戦合意成立
2001年5月 武装解除の実施方法について政府、RUF間で合意成立
2002年1月 カバ大統領が武装解除完了宣言
2002年3月 カバ大統領が国家非常事態の終了宣言
5月 大統領・議会選挙。現職のカバ候補が圧倒的多数の得票率で再選
2003年6月 ダイヤモンド輸出禁止が解除(禁止措置は2000年から同年まで有効)
2004年2月 カバ大統領がDDR委員会の解散を宣言
2005年12月 UNAMSIL完全撤退
2006年1月 国連シエラレオネ統合事務所(UNIOSIL)活動開始
2007年8月 大統領・議会選挙
9月 大統領選挙決選投票。コロマ大統領就任
2008年12月 国連シエラレオネ統合平和構築事務所(UNIPSIL)活動開始
2009年3月 与野党支持者間の衝突による「3月暴動」発生
4月 UNIPSILの仲介で与野党の共同コミュニケ発足
2012年11年 大統領・議会選挙。コロマ大統領再選
2014年3月 UNIPSIL活動終了

政治体制・内政

1 政体

共和制

2 元首

アーネスト・バイ・コロマErnest Bai KOROMA)大統領(2007年9月就任(2013年2月再任))

3 議会

国民議会(一院制)

4 政府

  • (1)首相 (ポストなし)
  • (2)外相 サムラ・マシュー・ウィルソン・カマラSamura Matthew Wilson KAMARA)外務・国際協力大臣

5 内政

  • (1)シエラレオネでは、1991年に反政府軍(RUF)が蜂起し、同国で産出されるダイヤモンドを財源に、反政府戦闘行為が断続的に継続。1996年3月、大統領選挙を経てカバ大統領が就任したが、1997年5月、政府軍下級兵士による軍事クーデターが起こりカバ大統領はギニアへ脱出。1998年に西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)監視団(ECOMOG)によってクーデター派が駆逐され、カバ大統領による合法政権が復帰した。1999年10月、国連安保理は、政府勢力と反政府勢力の間の和平合意を実施するためのミッション(UNAMSIL)の派遣を決定し、DDR(元兵士の武装・動員解除、及び社会復帰)計画が展開された。
     その後、2000年5月にRUFによる国連PKO要員拉致事件が続き、再び緊張が高まったが、ECOWAS諸国の仲介により、2000年11月のシエラレオネ政府とRUFとの間での停戦合意、更に、2001年5月の両者間の武装解除に関する合意がもたらされ、状況は沈静化した。DDRの進展を受け、2002年1月18日、カバ大統領は、シエラレオネにおける武装解除の完了宣言を行い、続いて同年3月1日には国家非常事態の終了宣言を行った。同年5月、大統領・議会選挙が自由・公正かつ平和裡に実施され、カバ候補が再選された。
  • (2)国内情勢は、最大時で17,000名の要員で展開したUNAMSILによる治安維持及び軍・警察の機能強化により安定が保たれ、2004年9月に全ての州において治安維持の責任がシエラレオネ警察に返還された。UNAMSILは2005年12月末日に完全撤退した。
     UNAMSILの活動は1)統治体制の確立、2)DDR、3)治安回復及び軍・警察の体制確立、4)ダイヤモンド採掘・売買のコントロール、5)グッド・ガバナンス構築を柱とするものであったが、それぞれ大きな成果が見られ、アフリカPKOにおけるグッド・プラクティスとして国際社会からの称賛を得た。
     2006年1月より平和維持プロセスに移行すべく国連シエラレオネ統合事務所(UNIOSL)が活動を開始。UNIOSLの後継として2008年10月より政治・平和構築分野に活動を絞った小規模な国連シエラレオネ統合平和構築事務所(UNIPSIL)が活動を開始。
  • (3)2007年8月及び9月には、カバ大統領の任期満了に伴い、大統領・議会選挙及び大統領選挙決選投票が平和裡に行われ、野党全人民議会党(APC)のアーネスト・コロマ氏が新大統領に就任した。同選挙は、2005年末の国連PKO撤退後初の選挙であり、国連平和構築委員会(PBC)の最初の検討対象国ともなっているシエラレオネの平和と安定にとっての試金石として国際社会からも注目された。
  • (4)コロマ大統領は、任期一期目では、「変化のためのアジェンダ」を通した電力、道路等のインフラ、保健、教育等の諸課題に取組み、二期目では「繁栄のためのアジェンダ」を策定し、上記問題に加え、貧困削減、人材育成や若年層支援等に取組んでいる。また、2010年4月、コロマ大統領は、妊娠中、以降、授乳中の母親及び5歳未満の子供への医療を無料提供する「フリーヘルスケア」を導入し、母子保健及び医療改善の取組も行っている。
     国内の治安は概ね安定しており、内戦復興期から開発期に入りつつある。2014年3月には、UNIPSILが活動を終了した。
  • (5)2014年6月以降、隣国ギニアからエボラ出血熱の流行が拡大し、シエラレオネも甚大な社会的・経済的被害を受けた。WHOは2015年11月7日にシエラレオネにおけるエボラ出血熱終息を宣言。

外交・国防

1 外交基本方針

 非同盟主義、内政不干渉、各国の主権尊重を基軸とし、地域レベルにおいてはマノ河同盟(MRU)、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の一員として協力するなど、近隣諸国との関係は密接。

2 軍事力(ミリタリーバランス2015年版)

  • (1)予算 15百万ドル (2014年)
  • (2)兵役 志願制
  • (3)兵力 10,500人(うち海軍200人)

経済(単位 米ドル)

1 主要産業

鉱業(ダイヤモンド等)、農業(コーヒー、ココア)

2 GDP

約49億米ドル(2014年、世銀)

3 一人当たりGNI

710ドル(2014年、世銀)

4 経済成長率(実質)

7%(2014年、世銀)

5 物価上昇率

7.3%(2014年、世銀)

6 失業率

3.2%(2013年、世銀)

7 総貿易額(2013年推定、EIU)

  • (1)輸出 2,004.3百万ドル
  • (2)輸入 2,007.2百万ドル

8 主要貿易品目

  • (1)輸出 鉄鋼、鉱物、ダイヤモンド
  • (2)輸入 石油、資本財、食料

9 主要貿易相手国(2014年、EIU)

  • (1)輸出 中国、ベルギー、ルーマニア、米国、トルコ
  • (2)輸入 中国、米、インド、英国、ベルギー

10 通貨

レオン

11 為替レート

1米ドル=4,524.2レオン(2014年現在、 EIU)

12 経済概況

  •  シエラレオネでは、従来一次産品(ダイヤモンド、金、鉄鉱石、ボーキサイト、カカオ、コーヒーなど)が高い輸出能力を有し、主要な外貨獲得源となっていた。約12年にわたる内戦の結果、鉱物資源の輸出停止、農業生産の大幅低下及び社会的インフラの破綻等により経済は著しく停滞した。2002年の内戦終結以降、国際社会の支援により、国内経済、行財政及び地方コミュニティの再建を進めている。現在の主な経済部門は、農業(GDPの56.7%)と鉱業。主にドナーによるインフラ復興支援により、サービス部門(GDPの35%)も好調。主に農業・鉱業の回復により、2002年以降、経済は順調に回復しており、中長期的にさらに成長が継続するとみられてきたが、2014年以降のエボラ出血熱の流行により甚大な被害を受け、経済面・社会面での復興が課題となっている。

経済協力

1 日本の援助実績(単位:億円)

  • (1)円借款(2013年度までの累計、交換公文ベース) 20.00
  • (2)無償資金協力(2013年度までの累計、交換公文ベース) 213.99
  • (3)技術協力(2013年度までの累計、JICA経費実績ベース) 57.53

2 主要援助国(2012年)(百万ドル)

  • (1)英国(99.54)
  • (2)米国(22.74)
  • (3)日本(20.60)
  • (4)アイルランド(15.38)
  • (5)ドイツ(14.06)

二国間関係

1 政治関係

 日本は、1961年のシエラレオネ独立と同時に同国を承認。1973年に開設した在リベリア大使館が同国を兼轄し、1991年6月より在ガーナ大使館が兼轄。シエラレオネは、在中国大使館が日本を兼轄している。

2 経済関係

(1)対日貿易
(ア)貿易額(2014年 日本財務省貿易統計)
対日輸出 約2.2億円
対日輸入 約14億円
(イ)主要品目
対日輸出 金属原料等
対日輸入 工業製品等
(2)進出日本企業
なし

3 文化関係

 在フリータウン名誉総領事の助力を得て文化交流をはかっている。

4 在留邦人数

15人(2015年10月現在)

5 在日当該国人数

36人(2014年12月末現在)

6 要人往来

(1)往
年月 要人名
2003年7月 黒柳徹子国連児童基金(UNICEF)報善大使
2005年1月 佐藤アフリカ紛争・難民問題担当大使
2006年6月 佐藤アフリカ紛争・難民問題担当大使兼国連改革担当大使
2006年7月 日・AU議連西部アフリカ訪問団(小此木団長)
2007年8月 浜田外務大臣政務官
(2)来
年月 要人名
1969年5月 スティーブンス首相
1979年2月 コンテ外相他閣僚代表団
1983年3月 コンテ外相
1987年9月 コロマ運輸通信担当国務相
1989年2月 コロマ外相(大喪の礼)
1990年10月 タキ天然資源相
1990年11月 コロマ外相(即位の礼)
1993年10月 カルボ外務長官代行、カリム大蔵開発経済企画長官(TICAD I)
1996年9月 ジョナ国連常駐代表(オピニオン・リーダー)
1998年10月 ジョナ大蔵相(TICAD II)
2001年12月 JDロジャース開発経済計画副大臣(TICAD閣僚レベル会合)
2003年9月 ダラミー開発経済計画相(TICADIII)
2005年10月 シセイ開発計画副大臣他(JICA国際協力研修)
2008年1月 バングーラ外務・国際協力相(PBCシンポジウム)
2008年5月 コロマ大統領、バングーラ外相(TICAD IV)
2011年11月 ジュス外務国際協力副大臣(安保理改革に関する東京対話)
2013年5月 コロマ大統領、カマラ外務・国際協力相(TICADV)
2015年12月 フォファナ保健大臣(UHC会議、グローバルファンド第五次増資準備会合出席)

7 二国間条約・取極

  • 1991年7月 日・シエラレオネ民間漁業協定
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