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2012年2月現在
約129万平方キロメートル(日本の約3.4倍)
29.8百万人(2011年(推定)ペルー統計情報庁)
リマ
先住民45%、混血37%、欧州系15%、その他3%
スペイン語(他にケチュア語、アイマラ語等)
国民の大多数はカトリック教
| 年月 | 略史 |
|---|---|
| 1821年 | スペインから独立 |
| 1968年〜1980年 | 軍事政権 |
| 1980年〜1985年 | ベラウンデ政権 |
| 1985年〜1990年 | ガルシア政権 |
| 1990年〜1995年 | フジモリ第一期政権 |
| 1995年〜2000年 | フジモリ第二期政権 |
| 2000年〜2001年 | フジモリ第三期政権、同政権退陣、パニアグア暫定政権 |
| 2001年〜2006年 | トレド政権 |
| 2006年〜2011年 | ガルシア政権 |
| 2011年〜 | ウマラ政権 |
立憲共和制
大統領 オリャンタ・ウマラ・タッソ
一院制(130名)
首相 オスカル・バルデス
外相 ラファエル・ロンカリオロ
1980年民政移管。その後深刻化した経済危機、テロ問題は、フジモリ政権下の改革断行もあり沈静化した。2000年11月、第3期フジモリ政権が崩壊し、暫定政権を経て、2001年、トレド政権が発足。
トレド大統領は、マクロ経済が好調な一方で、雇用創出、貧困対策、汚職撲滅等の公約の履行は容易ではなく、厳しい政権運営を強いられた。
2006年に成立したガルシア政権は、貧困対策を重視し、地方分権、緊縮財政、成長、再分配、世界におけるペルーの地位の強化を主要政策目標として挙げ、経済の安定と財政規律を維持した。また、雇用創出、インフレ抑制及び民主的秩序の保護と国際経済危機への対応にも取り組んだ。貧困対策の一環として、極貧層への現金支給プログラム(フントス)、電化、公立学校の教員評価及び研修プログラム等を実施しつつ、順調な経済成長を達成したが、地方を中心に、鉱業活動等に対する地域住民による抗議運動が恒常的に発生し、警察との衝突により、死傷者が発生することもあった。
2010年10月には統一地方選挙が実施された。2011年4月には大統領選挙、国会議員選挙が実施された。大統領選挙は過半数を獲得した候補がなく、ウマラ候補とケイコ・フジモリ候補の上位2名による6月5日の決選投票の結果、ウマラ候補が当選、7月28日就任(任期は2016年7月27日まで)。
ウマラ政権は,社会的包摂を伴う経済成長を掲げ,選挙公約である社会プログラムのうちの「最低賃金の引き上げ」,「国庫からの年金給付」を政権当初から開始するとともに,開発・社会的包摂省を設立した。さらに,前政権時代の鉱山開発への地元住民等による反対を踏まえ,「先住民に対する事前協議権利法」を公布する等で,ペルー歴史上初めてペルー労働者総連(CGTP)から政府への支持を取り付けた。一方で,閣僚には穏健派を多く配置し,急進左派的な政策を排除していることから,経済界からの信頼も得ており,発足当初に比べ若干下降傾向にあるものの,60%を超える高い支持率を維持している。ただし,同年11月,カハマルカ州における鉱山開発を巡る騒擾が発生し,12月にはレルネル首相が辞任したため,内閣改造を余儀なくされた。
ガルシア政権は、近隣諸国との関係強化、特に中南米太平洋岸諸国との連携を重視し、穏健な外交を展開。アンデス共同体(CAN)加盟国。メルコスールの準加盟国。自由貿易協定(FTA)の締結を積極的に進め、米国とのFTA(自由貿易協定)は、2009年2月に発効した。その他、カナダ、シンガポール、中国、韓国、メキシコは発効済み、EFTA、EU、パナマ、コスタリカ、グアテマラと署名済み。2010年3月より、TPP交渉にも参加。日本とは、2009年5月、EPA交渉が開始され、2010年11月に交渉完了、2011年5月に署名。
ウマラ大統領は、南米諸国との関係を特に重視し、CAN及び南米諸国連合(UNASUR)との関係強化を表明している。
(1)予算 12億ドル(2010年予算)
(2)兵役 志願制
(3)兵力 11.5万人
(ミリタリー・バランス2011)
製造業、農牧業、鉱業
1,535億ドル(2010年、ペルー中銀)
5,196ドル(2010年、世銀)
8.8%(2010年、ペルー中銀)
2.08%(2010年、ペルー統計情報庁)
6.9%(2010年末、ペルー中銀)
(1)輸出 355.65億ドル
(2)輸入 288.15億ドル
(2010年、ペルー中銀)
(1)輸出 銅、金、繊維製品、魚粉
(2)輸入 工業用中間財、燃料・潤滑油、工業用資本財
(2010年、ペルー中銀)
(1)輸出 米国、中国、スイス、カナダ、日本、ドイツ、チリ
(2)輸入 米国、中国、ブラジル、エクアドル、日本、コロンビア、メキシコ
(2010年、ペルー税務監督庁)
ヌエボ・ソル
1ドル=2.70ヌエボ・ソル(2011年12月:ペルー中銀)
マクロ経済は好調であり,01年8月にプラス成長へ転じて以降,内需の拡大,鉱産物等の国際価格の高騰等により,高成長及び低インフレを実現してきた。08年の成長率は9.8%,09年は国際金融危機の影響により0.9%となったが,10年は8.8%と域内有数の成長率を達成し,2011年も6.5%程度の成長が見込まれている。
ガルシア前政権は,従来からのマクロ経済の枠組み及び財政規律を維持し,債務支払いの促進,輸出促進,民間投資誘致等を展開し,上記の経済成長を実現してきたが,山岳地帯,熱帯雨林地帯の貧困層を中心に,経済成長の恩恵に与っていないと考える国民は多く(貧困率は減少している(44.5%:06年→31.3%:10年(ペルー統計情報庁))とされるものの,地域格差が大きい),かかる者に対する「社会的包摂」を政策上の重要課題とするウマラ政権の発足に繋がった。
その手段として同政権は,最低賃金の引き上げ,高齢者に対する国庫からの年金給付,働く女性支援のための保育所整備,社会的弱者に対する保健医療ケアの向上,就学のための財政的手段を持たない優秀な学生への奨学金支給等を内容とする「社会プログラム」や,インフラ整備,教育改革等を掲げている。本年10月に決定された鉱業税制の改正(「鉱業特別税」「鉱業特別賦課金」の導入及びロイヤルティの改正)も,天然資源の採掘活動に対し適性な対価を求める趣旨と共に,社会政策の展開に際しての財源確保の目的があるとされる。他方,新政権下においても,カスティーリャ経済財政相,ベラルデ中銀総裁(続投)を中心に,堅実なマクロ経済政策は維持されている。
199億ドル(2010年12月、ペルー中銀)
(1)有償資金協力(2009年度まで、E/Nベース) 3,957.49
(2)無償資金協力(2009年度まで、E/Nベース) 591.31
(3)技術協力実績(2009年度まで、JICA実績ベース) 474.37
(単位:億円)
(1)米国(634.92) (2)スペイン(475.90) (3)ドイツ(245.02) 日本(128.12)
(2005年から2009年までの5か年合計額、DAC統計、支出純額ベース、単位:百万ドル)
1873年6月外交関係樹立(中南米諸国の中で、最初に日本と外交関係を樹立)。伝統的に良好な友好協力関係にあり。
なお、2009年は日本人移住110周年を迎えた。
(1)対日貿易
(2)日本からの直接投資
(3)進出企業数 38社(2010年10月)
考古学、人類学等を中心に日本のアンデス社会研究の中心的対象国となっており文化交流も活発。また、約9万人の日系人の存在等もあり、日本語学習熱は極めて高く、毎年日本文化週間が開催されている。
3,132人(2010年10月) 日系人推定9万人(世界第3番目の規模)
54,636人(2010年末、法務省)
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1958年 | 三笠宮・同妃殿下 |
| 1959年 | 岸首相 |
| 1967年 | 皇太子、同妃両殿下 |
| 1979年 | 園田外相 |
| 1982年 | 鈴木総理 |
| 1989年 | 近藤鉄雄衆議院議員(移住90周年祭) |
| 1990年 | 土屋参院議長 粕谷特派大使(衆議院議員) |
| 1995年7月 | 江藤隆美衆議院議員(特派大使) |
| 1996年8月 | 橋本総理 |
| 1996年12月 | 池田外相 |
| 1997年3月 | 高村政務次官 |
| 1997年4月 | 池田外相 |
| 1997年5月 | 橋本総理 |
| 1999年5月 | 清子内親王殿下(移住100周年) |
| 2000年7月 | 三塚博衆議院議員(特派大使) |
| 2001年7月 | 遠山文部科学相(特派大使) |
| 2006年7月 | 山中外務大臣政務官(特派大使) |
| 2008年6月 | 新藤経済産業副大臣、宇野外務大臣政務官(APEC貿易担当大臣会合) |
| 2008年8月 | 松村経済産業大臣政務官(APEC中小企業大臣会合) |
| 2008年11月 | 中曽根外務大臣及び二階経済産業大臣(APEC閣僚会議)、麻生総理大臣(公式訪問及びAPEC首脳会議) |
| 2009年6月 | 常陸宮同妃両殿下(移住110周年記念式典出席) |
| 2009年9月 | 原口総務大臣 |
| 2010年3月 | 吉良外務大臣政務官 |
| 2011年6月 | 山花外務大臣政務官 |
| 2011年7月 | 鳩山由紀夫衆議院議員(特派大使) |
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1990年 | フジモリ次期大統領 |
| 1991年 | フジモリ大統領(IDB総会) |
| 1992年3月 | フジモリ大統領(国賓) |
| 1993年6月 | フジモリ大統領(非公式) デ・ラ・プエンテ首相兼外相 |
| 1993年11月 | セルパ最高裁長官 |
| 1993年11月 | ヨシヤマ民主制憲議会議長(衆議院議長招待) |
| 1994年2月 | ゴールデンベルグ首相兼外相 |
| 1994年6月 | フジモリ大統領(非公式) |
| 1995年8月 | チャベス国会議長(衆議院議長招待) |
| 1995年9月 | フジモリ大統領(立ち寄り) |
| 1996年11月 | フジモリ大統領(立ち寄り) |
| 1997年4月 | ホイ・ワイ国会議長 |
| 1997年7月 | フジモリ大統領(橋本総理招待) |
| 1998年6月 | フジモリ大統領(IDB・輸銀共催シンポジウム出席) |
| 1998年11月 | フジモリ大統領(立ち寄り、2回) |
| 1999年5月 | フジモリ大統領(公式実務) |
| 2000年6月 | ブスタマンテ首相(小渕前総理葬儀) |
| 2000年11月 | フジモリ大統領(立ち寄り) |
| 2006年11月 | ガルシア・ベラウンデ外相 |
| 2008年3月 | ガルシア大統領(公式実務訪問、5閣僚随行) |
| 2009年2月 | ガルシア・ベラウンデ外相(外務省賓客)、アラオス通商観光大臣 |
| 2009年5月 | ブラック環境大臣(オピニオン・リーダー招待) |
| 2009年8月 | コルネホ運輸通信大臣(総務省招待) |
| 2009年11月 | ガルシア大統領(実務訪問、2閣僚随行) |
| 2010年6月 | ペレス通商観光大臣(APEC貿易担当大臣会合) |
| 2010年10月 | ブラック環境大臣(COP10出席) |
| 2010年11月 | ガルシア大統領(APEC首脳会議、ガルシア・ベラウンデ外相同行)、フェレイロス通商観光大臣(APEC閣僚会議) |
| 2011年5月 | フェレイロス通商観光大臣(EPA署名) |
| 2011年6月 | ジャンピエトリ第一副大統領 |
1961年 通商協定
1972年 査免取極(1971年12月締結、1972年2月発効)
1979年 青年協力隊派遣取極
1980年 技術協力基本協定
1985年 文化協定
2009年 投資協定(2008年11月署名、2009年12月発効)