北朝鮮
北朝鮮(North Korea)

基礎データ

平成27年10月6日

一般事情

1 面積

12万余平方キロメートル(朝鮮半島全体の55%)(日本の33%に相当)

2 人口

約2,515.5万人(2015年,国連経済社会局人口部)

3 首都

平壌(ピョンヤン)

4 民族

朝鮮民族

5 言語

朝鮮語

6 宗教

仏教徒連盟,キリスト教徒連盟等の団体があるとされるが,信者数等は不明。

7 略史

  • 3世紀終わり頃に氏族国家成立
  • 三国時代(4世紀頃~668年)
  • 統一新羅(668~918)
  • 高麗(918~1392)
  • 朝鮮(1392~1910)
  • 日本による統治(1910~1945)を経て,第2次大戦後,北緯38度以北をソ連が占領。
  • 1948年北朝鮮「政府」樹立。同時期に朝鮮半島の南半分では大韓民国が成立。

政治体制・内政

1 主要機関

(1998年9月の憲法改訂で国家主席制を廃止,2009年4月の憲法改訂で国防委員会の位置付けを変更,2012年4月13日の憲法改訂で国防委員会第一委員長について規定)

(1)国防委員会(国家主権の最高国防指導機関・国防委員会第一委員長は「国家の最高領導者」)
第一委員長:金正恩(キム・ジョンウン)
(金正日(キム・ジョンイル)は,「永遠の国防委員会委員長」)
(2)最高人民会議(最高主権機関・立法権を行使・一院制・議席数687・任期5年)
常任委員会委員長:金永南(キム・ヨンナム)
(3)内閣(最高主権の行政的執行機関・全般的国家管理機関)
総理:朴奉珠(パク・ポンジュ)
外相:李洙墉(リ・スヨン)
(4)朝鮮人民軍
最高司令官:金正恩

2 政党

朝鮮労働党(北朝鮮のすべての組織活動を指導。党員約300万名)
第一書記:金正恩
(金正日は,「永遠の総書記」)
政治局常務委員:金正恩,金永南,黄炳瑞(ファン・ビョンソ)
政治局員:朴奉珠(パク・ポンジュ)など
政治局員候補:崔富日(チェ・ブイル)など
書記:金己男(キム・ギナム)など

3 基本政策

  • (1)北朝鮮の政治は,主体思想(チュチェ思想:北朝鮮憲法では「人間中心の世界観であり人民大衆の自主性を実現するための革命思想」(第3条)と規定)及び先軍思想を基礎とし,朝鮮労働党の指導の下にすべての活動を行う(第11条)とされている。
  • (2)北朝鮮は,第二次世界大戦・朝鮮戦争後,ソ連の例にならって計画経済体制を導入。配給制度に基づき,指導者が生産手段を含め経済全体を管理。中ソ両国の援助を得つつ,経済発展。

4 近年の動向

  • (1)1994年7月,金日成(キム・イルソン)国家主席が死去。金正日氏は金主席の存命中から国防委員長等を兼任していたが,金主席の死後,1997年10月に労働党総書記に就任した。また,1998年9月には憲法を改訂し,主席制を廃止,政務院を内閣に改称する等,国家機構の改編等に着手した。
  • (2)2009年4月,再び憲法を改訂し,国防委員長を国家の「最高領導者」とするなどその権限を強化した(2010年4月にも憲法を一部修正)。2010年9月には,朝鮮労働党代表者会を開催。金正日国防委員長を党総書記に改めて推戴するとともに,空席が続いていた党要職の選出・補充人事を実施し,金正恩氏が党中央軍事委員会副委員長に就任した。
  • (3)2011年12月,金正日国防委員長が死去。同月,金正恩氏が朝鮮人民軍最高司令官に就任し,2012年4月には,同氏が朝鮮労働党第一書記及び国防委員会第一委員長に就任。金正恩国防委員会第一委員長を中心とした体制の下,故・金正日国防委員長が行ってきた先軍政治という軍事優先政策の継承が表明されている。
  • (4)経済に関しては,2002年7月以降,経済改革に着手したが,2009年11月にはデノミネーションを実施した。最近では,海外からの投資誘致に力を入れているが,依然として食糧・経済状況は深刻な模様。
  • (5)2006年,2009年及び2012年の弾道ミサイル発射並びに,2006年,2009年及び2013年の核実験を受けて,国連安全保障理事会決議第1695号,第1718号,第1874号,第2087号及び第2094号が採択され,北朝鮮に対して制裁が課せられている。北朝鮮は2014年3月,6月及び7月にも弾道ミサイルを発射し,3月及び7月に安保理議長が北朝鮮の弾道ミサイル発射を非難するプレス向け発言を発表。さらに,北朝鮮は2015年3月にも弾道ミサイルを発射した。
  • (6)2013年3月に行われた労働党中央委員会全体会議(総会)で,経済建設と核武力建設を並進させるという新たな戦略的路線を提示。また,同総会では世界の非核化が実現するまで核武力を質・量的に拡大・強化するとした。
  • (7)2013年12月8日の労働党政治局拡大会議において,金正恩の義理の叔父で側近と言われていた張成澤(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長(党政治局員,党行政部長)が全ての職務から解任され,12日の国家安全保衛部特別軍事裁判で死刑判決が下され,即時執行された。
  • (8)2014年4月,最高人民会議第13期第1回会議が開かれ,主要人事が発表された。金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長,朴奉珠(パク・ポンジュ)内閣総理が再任される等,大きな変動はなかった。外相に李洙墉(リ・スヨン)元駐スイス大使が就任。同年9月に開催された最高人民会議第2回会議では,黄炳瑞(ファン・ビョンソ)総政治局長が国防委員会副委員長に,玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長が同委員に就任した。2015年4月の最高人民会議第3回会議では朴道春(パク・ドチュン)が「職務変動」により国防委員会の委員長を解任され,代わりに金春渉(キム・チュンソプ)慈江道(チャガンド)前責任書記が就任した。

対外政策・軍事

1 対外政策

  • (1)北朝鮮が現在外交関係を有している国家は162か国。北朝鮮は従来,善隣友好外交を掲げ,主に旧東側諸国及び非同盟諸国との外交活動を展開してきたが,2000年に入り,英独をはじめとして多くの西側諸国との外交関係を樹立した。2007年には外交活動を活発化させ,アラブ首長国連邦等5か国と新たに外交関係を樹立した他,1983年のラングーン事件を機に断交していたミャンマーとの外交関係も回復させた。
  • (2)北朝鮮の核問題をめぐり,北朝鮮は2005年9月に行われた六者会合における共同声明において,すべての核兵器及び既存の核計画を放棄することを約束。しかし,北朝鮮は2006年7月に弾道ミサイル発射を強行し,10月には核実験実施を発表。これに対して国連安保理は,それぞれ決議第1695号及び第1718号を採択した。2007年2月の六者会合において,「共同声明の実施のための初期段階の措置」が採択されて以降,北朝鮮は寧辺の核施設の活動停止及び封印に着手し,同年9月の六者会合で採択された「共同声明の実施のための第二段階の措置」に基づき,すべての核施設の無能力化及びすべての核計画の完全かつ正確な申告を約束した。しかし,北朝鮮は無能力化作業に着手し,申告を行ったものの,検証の具体的枠組みの構築に関して前向きな姿勢を示さず,第二段階の措置は完了に至らなかった。その後,2008年12月に六者会合に関する首席代表者会合が開催されたが,以来,六者会合は開催されていない。
  • (3)2009年4月,北朝鮮は弾道ミサイルを発射し,これを非難した国連安保理議長声明に反発し,軽水炉の自力建設への着手,使用済み核燃料棒の再処理,核実験及び長距離弾道ミサイル発射実験を行う旨表明。5月には核実験を実施し,それに対して採択された安保理決議第1874号に反発し,プルトニウムの兵器化,ウラン濃縮への着手を発表した。また,7月には複数発の弾道ミサイルを発射し,11月には,8,000本の使用済み核燃料棒の再処理を8月末までに成功裏に終えた旨発表した。
  • (4)2010年に入り,北朝鮮は,六者会合への復帰のためには国連安保理決議に基づく対北朝鮮制裁の解除が必要とし,非核化措置の前に朝鮮戦争終結のための平和協定締結の協議を求めるとの立場を表明。その後,北朝鮮は韓国哨戒艦沈没事件(3月)や延坪島砲撃事件(11月)といった挑発行為を繰り返すとともに,同年11月には,訪朝した米国人科学者にウラン濃縮施設や「軽水炉」の建設現場を案内するなどしてウラン濃縮計画等を公表した。
  • (5)2010年12月にワシントンで開催された日米韓外相会合において,日米韓は,六者会合の再開のためには,南北対話の進展と非核化を始めとする自らの約束を真剣に実施する意思を示す北朝鮮側の具体的行動が必要との立場で一致。その後,2011年7月から10月にかけて,非核化に関する南北対話及び米朝対話がそれぞれ2回にわたり実施された。
  • (6)2012年2月に北京において三回目の米朝対話が実施され,米朝双方がそれぞれ長距離ミサイル発射,核実験,ウラン濃縮活動を含む寧辺での核関連活動のモラトリアムの実施を含む合意内容を発表した。しかし,4月,北朝鮮は「人工衛星」と称する弾道ミサイルを発射し,これを受け,国連安保理は発射を非難する議長声明を発出した。さらに,2012年12月,北朝鮮は「人工衛星」と称する弾道ミサイルを発射し,これを受け,発射を非難し制裁を強化する国連安保理決議第2087号が採択された。その後の2013年2月に,北朝鮮は3回目の核実験を強行した。これを受け,3月に国連安保理は決議第2094号を採択し,核実験を安保理決議違反として非難し,制裁を追加・強化する措置を決定した。
  • (7)北朝鮮は2014年3月,6月及び7月にも弾道ミサイルを発射し,3月及び7月に安保理議長がこれらを非難するプレス向け発言を発表した。また,2015年3月にも弾道ミサイルを発射した。
  • (8)2014年8月,ミャンマーのネーピードーにて開催された日米韓外相会合では,北朝鮮情勢について意見交換を行い,弾道ミサイル発射を含む北朝鮮の度重なる挑発行動及び核・ミサイル開発の継続に対する憂慮を共有し,北朝鮮が安保理決議等を遵守し,非核化の実現に向けて具体的行動をとるよう三か国が一層緊密に連携していくことを確認した。
  • (9)2014年11月,金正恩国防委第一委員長の暗殺を題材とした米映画「ザ・インタビュー」を制作したソニー・ピクチャーズ・エンターテイメント(SPE)がサイバー攻撃を受け,各種の内部情報が流出。同年12月,米国政府は,北朝鮮当局にSPEに対するハッキング行為の責任があると結論を下す十分な情報を有している旨発表し,北朝鮮を非難。2015年1月2日、米国は北朝鮮当局による挑発的な行動等への対応として、新たな大統領令を発出するとともに偵察総局等の3団体及び10個人を制裁対象に指定。北朝鮮側はこれに強く反発した。

2 軍事

(1)基本政策
 北朝鮮の兵力は100万人を超えるとされ,その約3分の2を軍事境界線から100キロメートル以内に配置(米韓両軍の地上兵力は60万人弱)。北朝鮮は,兵器の近代化の遅れを補完する等の理由から,大量破壊兵器,ミサイルの開発・配備等を進めている。
(2)支出
 不明(注:2015年4月の最高人民会議第13期第3回会議において,2015年の「国防費」は昨年度同様「国家予算歳出総額」の15.9%を占める旨発表されている。)
(3)兵役
 義務兵役制
(4)兵力
 陸軍102万,海軍6万,空軍11万(ミリタリーバランス2014推定値)
(5)核・ミサイル問題
 2006年10月,2009年5月,2013年2月に核実験を実施し,2012年4月に改訂された憲法には,自らが「核保有国」であることが明記された。また,2006年7月,2009年4月,2012年4月及び12月,2014年3月,6月,及び7月並びに2015年3月など,弾道ミサイル発射も繰り返し実施してきており,依然として核・ミサイル開発に力を入れているものとみられる。

統一・南北関係に関する近年の動向

  • (1)2000年6月,金大中(キム・デジュン)大統領(当時)が訪朝し,平壌にて金正日国防委員長との間で初の南北首脳会談が行われた。両首脳は「南北共同宣言」に署名し,これを契機に,南北の交流,協力が拡大した。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領(当時)も,基本的に金大中政権の政策を継承し,2007年10月に訪朝,金正日国防委員長との間で第2回南北首脳会談が行われた。この一連の過程を通じて,開城工業団地開発事業,金剛山観光事業,鉄道・道路連結事業を始めとする各種経済協力事業が活発に行われた。
  • (2)李明博(イ・ミョンバク)大統領(当時)は,2008年2月に大統領に就任し,「非核・開放・3000構想」(注)を掲げ,政権の対北朝鮮政策として,北朝鮮による核の放棄と対北朝鮮支援を比較的明確に関連付ける政策をとった。同年7月に北朝鮮兵士による金剛山韓国人観光客射殺事件が発生し,南北関係は困難な状況を迎えた。
     2010年3月,韓国海軍の哨戒艦「天安」号が黄海・白翎(ペンニョン)島近海で沈没。同年5月,各国専門家を含む軍民合同調査団は,「天安」号は北朝鮮の小型潜水艇から発射された魚雷攻撃により沈没したとの調査結果を発表し,韓国政府は北朝鮮に対し,謝罪及び事件関係者の即時処罰等を要求した。また同年11月に北朝鮮が延坪島(ヨン・ピョンド)を砲撃すると,南北関係は再び緊張した。このような中で,2011年7月と9月の2度にわたり非核化に関する南北対話が行われたが,実質的な進展はなかった。
  • (注)「北朝鮮が核を放棄し,改革・開放に乗り出すならば,北朝鮮の1人当たり所得が10年以内に3,000ドルに達するよう積極的に支援する」という構想。
  • (3)2013年2月に就任した朴槿恵(パク・クネ)大統領は,確実な抑止力を土台に,南北の間に信頼を積み上げていく「朝鮮半島信頼プロセス」を進めていく考えを表明。4月に入り,北朝鮮は開城工団への通行を一方的に遮断し,同工団の稼働を不可能にしたが,7月以降,開城工団再開に向けた南北当局者間実務協議が繰り返し開催され,8月に正常化に向けて合意。9月の試運転を経て,多くの企業が操業を再開した。
  • (4)2014年に入り,2月20日から25日まで,2010年10月末以来中断している離散家族再会事業が金剛山(クムガンサン)にて行われた。
  • (5)しかし,2014年3月,北朝鮮は黄海の北方限界線(NLL)にて,海上射撃訓練を実施し,一部が,NLL以南の韓国側海上に落下したことから,韓国側は対応射撃を行った。さらに韓国政府は,2014年に入り,北朝鮮から飛来した無人機が数回韓国国内で墜落したと発表。北朝鮮側は,韓国側が事件を捏造していると批判し,南北の共同調査を通じて事実を解明すべきと主張した。
  • (6)朴槿恵大統領は2014年3月28日のドイツのドレスデン訪問時に南北関係について演説を行い,人道支援,インフラ支援,交流拡大を柱とする構想を発表するとともに,北朝鮮の核放棄を求めた。一方の北朝鮮側は,2014年6月,国防委員会の「南朝鮮当局に送る特別提案」を通じ,韓国に対し,南北関係改善のため,お互いに誹謗・中傷や軍事的敵対行為(含む米韓合同軍事演習)を中止すること等を提案。韓国統一部は同提案を拒否すると発表した。
  • (7)また北朝鮮は,2014年9月19日から10月4日まで韓国・仁川(インチョン)で開催されたアジア大会に選手団を派遣。同大会の閉幕式参加を理由に10月4日,黄炳瑞(ファン・ビョンソ)軍総政治局長,崔龍海(チェ・リョンヘ)党書記,金養健(キム・ヤンゴン)党統一戦線部長が電撃訪韓した。
  • (8)金正恩国防委第一委員長は,2015年1月1日の「新年の辞」において,最高位級会談の可能性も含め南北関係に多く言及し,関係改善の考えをアピールした。
  • (9)2015年8月,南北非武装地帯の韓国側において地雷が爆発し,韓国軍兵士2名が負傷した。これに対し,11年ぶりに韓国は北朝鮮に対する宣伝放送を再開した。北朝鮮は,宣伝放送の即時中止を要求するとともに,8月20日には韓国側を砲撃し,これを受けて韓国側は対応射撃を実施した。同日北朝鮮は,48時間以内の放送中止と拡声器撤去を要求し,さもなければ強力な軍事行動をとる旨通告した。22日から25日まで板門店において南北の高官が断続的に協議を行い,(ア)南北関係を改善するための当局者会談をソウル又は平壌で早い時期の内に開催すること,(イ)北側は,地雷爆発により南側軍人が負傷を負ったことに対し遺憾を表明すること,(ウ)南側は,非正常な事態が発生しない限り軍事境界線一帯のすべての拡声器放送を8月25日12時付けで中断すること,(エ)北側は,準戦時状態を解除すること,(オ)南北は,秋夕(旧盆:9月27日)を機に離散家族再会を進め,今後継続すること,また,赤十字実務者接触を9月初めに開催すること,(カ)南北は,多様な分野での民間交流活発化させることを内容とする共同報道文に合意した。

経済

1 経済規模(名目GNI)(過去5年間の推移)(韓国銀行推計)

2010年 2011年 2012年 2013年 2014年
30.0 32.4 33.5 33.8 34.2

(兆韓国ウォン)

2 一人当たりGNI(過去5年間の推移)(韓国銀行推計)

2010年 2011年 2012年 2013年 2014年
124 133 137 138 138.8

(万韓国ウォン)

3 経済成長率(過去5年間の推移)(韓国銀行推計)

2010年 2011年 2012年 2013年 2014年
-0.5 0.8 1.3 1.1 1.0

(%)

4 貿易額

(1)輸出入額(KOTRA,韓国統一部推計)
  2010年 2011年 2012年 2013年 2014年
北朝鮮の輸出 25.6 37.0 39.5 38.3 43.6
北朝鮮の輸入 35.3 43.3 48.6 46.5 55.9

(億ドル)

(2)主要貿易相手国(2013年)(KOTRA,韓国統一部推計)
中国(65.5億ドル),韓国(11.4億ドル)ロシア(1億ドル)

5 通貨

ウォン

6 為替レート

1米ドル=99.8ウォン(2014年)(公式レート,韓国銀行推計)

7 経済

  • (1)2002年7月,経済管理改善措置が実施され,闇価格もふまえつつ,公定価格や給料を引き上げ(数十倍),為替レートの現実化等を実施。生産活動においては,利潤の追求,インセンティブの付与等も実施。しかし,慢性的なモノ不足により,物資を十分に供給できなかったため,2003年,公の管理下に総合市場を開設。個人や企業が農産品や消費財を販売するようになった。
  • (2)2009年11月,北朝鮮当局は,新旧通貨の比率が1:100(新1ウォンが旧100ウォンと等価)となるデノミネーション(北朝鮮では「貨幣改革」と呼称)を実施。しかし,北朝鮮内部でモノ不足や物価の急激な上昇等により混乱が発生。
  • (3)2010年1月,北朝鮮は第三国からの投資呼び込み等を目的として,「国家開発銀行」を設立,その窓口として,既存の「大豊国際投資グループ」の活動を強化する旨発表。同年7月には,合営投資指導局を合営投資委員会に改編するなど,投資誘致を強化。
  • (4)2010年5月及び8月には金正日国防委員長が訪中,また,2011年8月には同委員長が訪露するなど,中露との経済協力強化を模索。特に,2010年以降は対中貿易額が大幅に増加。また,中朝国境の北朝鮮地域を「経済地帯」に指定し,中朝で共同開発を行っている。
  • (5)北朝鮮は「田畑担当責任制」を導入し,また2013年に入り,「経済建設と核武力の並進路線」を掲げる等経済の立て直しに力を入れており,平壌等でも大規模な開発が行われ,2013年11月及び2014年7月には最高人民会議常任委員会政令を通じて20の経済開発区を設けること等を決定し,海外の専門家の意見を聞く国際討論会等も開催。同年6月には貿易省,合同投資委員会及び国家経済開発委員会を統合した「対外経済省」を発足させたが,経済全般を見れば,依然として厳しい状況が続いている模様。

8 食糧事情

 穀物総生産量は増加の傾向と言われるが,依然低い水準を推移していると考えられている。食糧事情も引き続き厳しい状況にあると見られる。

日朝関係

1 政治関係

  • (1)外交関係なし。1991年1月より国交正常化交渉本会談を開始。1992年11月に第8回本会談で中断。1999年12月の村山訪朝団後,国交正常化交渉の再開・開催(2000年4月,8月,10月,2002年10月)。日朝赤十字会談開催(1999年12月,2000年3月,2002年4月,8月)。
  • (2)日朝首脳会談(2002年9月)にて日朝平壌宣言署名,翌10月に拉致被害者5名が帰国。2回目の日朝首脳会談(2004年5月)を経て,拉致被害者御家族5名が帰国。日朝ハイレベル協議(2004年2月,5月),日朝実務者協議(2004年8月,9月,11月),日朝政府間協議(2005年11月,12月),日朝包括並行協議(2006年2月),日朝国交正常化のための作業部会(2007年3月,9月),日朝実務者協議(2008年6月,8月)を開催。2008年6月及び8月の日朝実務者協議では,拉致問題に関する全面的な調査の実施及びその具体的態様等について合意し,日本も北朝鮮が調査を開始するのと同時に日本による北朝鮮に対する措置の一部(人的往来及びチャーター便に関する措置)を解除することに合意したが,同年9月,北朝鮮より調査開始は見合わせることとした旨の連絡があった。
  • (3)2012年8月9~10日に日朝赤十字会談が開催され,同29~31日には日朝政府間協議のための予備協議が開催された。これらを踏まえ,11月15~16日に日朝政府間協議が開催され,拉致問題については,これまでの経緯やそれぞれの考え方についての議論を踏まえた上で,更なる検討のため,今後も協議を継続していくことで一致した。
  • (4)その後の日朝政府間協議は12月1日の北朝鮮によるミサイル発射予告後,諸般の事情を勘案し,延期されていたが,2014年3月に2回の赤十字会談を経て,3月末に1年4ヶ月ぶりに日朝政府間協議が開催された。5月26~28日のストックホルムでの日朝政府間協議では,北朝鮮側が拉致被害者を含む全ての日本人に関する包括的かつ全面的な調査を実施すること,日本側は北朝鮮が特別調査委員会を立ち上げ,調査を開始する時点で,我が国が北朝鮮に対してとっている措置の一部を解除することに合意した。その後,7月1日の北京における日朝政府間協議を経て,同月4日,北朝鮮が特別調査委員会の立ち上げ及び調査の開始を発表し,日本側は人的往来の規制や人道目的の北朝鮮籍の船舶の入港禁止を含む日本側が独自に行う対北朝鮮措置の一部解除を発表した。9月29日の日朝外交当局間会合において,北朝鮮側から,調査は初期段階であり,具体的な調査結果を通報できる段階にはないとの説明があったことを踏まえ,10月末には政府担当者を平壌に派遣し,28日~29日に特別調査委員会から調査の現状について詳細を聴取。日本側からは,拉致問題が最重要課題であることを繰り返し強調するとともに,迅速な調査と速やかな回答を強く求めた。2015年8月6日,マレーシアにおけるASEAN関連外相会議の機会に岸田外務大臣は李洙墉(リ・スヨン)北朝鮮外相と会談し,2014年5月の日朝合意の履行を求めつつ,日本国内の懸念を伝え,一日も早い全ての拉致被害者の帰国を強く求めた。
  • (5)日本は,北朝鮮によるミサイル発射及び核実験に対して採択された国連安保理決議第1695号,第1718号,第1874号,第2087号,第2094号に基づく措置(武器等の輸出入の禁止,資産凍結等)を実施している。また,国連安保理決議に基づく措置に加え,北朝鮮籍船舶の入港禁止措置(人道目的のものを除く),北朝鮮との間の全ての品目の輸出入禁止等の独自の措置を実施している。

2 経済関係(貿易額,財務省通関統計)

  2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年
日本の輸出(億円) 95.7 68.8 50.8 10.7 7.9 2.6 0 0 0 0 0
日本の輸入(億円) 177.4 145.3 88.7 0 0 0 0 0 0 0 0

3 在日朝鮮人数

53.7万名(外国人登録者のうち「韓国・朝鮮」の登録者数(2014年6月末現在・法務省)

4.要人往来(肩書は当時のもの)

(1)往
年月 要人名
1990年9月 金丸元副総理大臣(自民),田辺副委員長(社会)
1995年3月 渡辺元副総理大臣(自民),久保書記長(社会),鳩山代表幹事(さきがけ)
1997年11月 森総務会長(自民),伊藤幹事長(社民),堂本座長(さきがけ)
1999年12月 村山元総理大臣(社民),野中幹事長代理(自民),園田議員(無所属)
2002年9月 小泉総理大臣
2004年5月 小泉総理大臣
(2)来
年月 要人名
1991年2月 金容淳労働党書記
2001年2月 楊亨燮最高人民会議常任委員会副委員長
2006年4月 金桂冠外務副相

5 条約

なし

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