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2012年1月現在
12万余平方キロメートル(朝鮮半島全体の55%)(日本の33%に相当)
約2,405万人(2009年10月、国連人口基金)
平壤(ピョンヤン)
朝鮮民族
朝鮮語
仏教徒連盟、キリスト教徒連盟等の団体があるとされるが、信者数等は不明。
3世紀終わり頃に氏族国家成立
三国時代(4世紀頃〜668年)
統一新羅(668〜918)
高麗(918〜1392)
朝鮮(1392〜1910)
日本による統治(1910〜1945)を経て、第2次大戦後、北緯38度以北をソ連が占領。
1948年北朝鮮「政府」樹立。同時期に南半分では大韓民国が成立。
(1998年9月5日 憲法修正で国家主席制廃止、2009年4月の憲法修正で国防委員会の位置付けを修正)
(1)国防委員会(国家主権の最高国防指導機関・国防委員長は「最高領導者」)
委員長:(空席)
(2)最高人民会議(最高主権機関・立法権を行使・一院制・議席数687・任期5年)
常任委員会委員長:金永南(キム・ヨンナム)
(3)内閣(最高主権の行政的執行機関・全般的国家管理機関)
総理:崔永林(チェ・ヨンリム)
外相:朴宜春(パク・ウィチュン)
(4)朝鮮人民軍
最高司令官:金正恩(キム・ジョンウン)
朝鮮労働党(北朝鮮のすべての組織活動を指導。党員約300万名)
総書記:(空席)
政治局常務委員:金永南(キム・ヨンナム)など(計3名)
政治局員:金慶喜(キム・ギョンヒ)など(計15名)
政治局員候補:張成澤(チャン・ソンテク)など(計14名)
書記:金己男(キム・ギナム)など(計9名)
(なお、金正恩は党中央軍事委副委員長を務めている。)
(1)北朝鮮の政治は、主体思想(チュチェ思想:北朝鮮憲法では「人間中心の世界観であり人民大衆の自主性を実現するための革命思想」(第3条)と規定)及び先軍思想を基礎とし、朝鮮労働党の指導の下にすべての活動を行う(憲法第11条)とされている。
(2)北朝鮮の経済は、生産手段を国家と共同団体が所有する社会主義的な所有制度と、自力更正路線を標榜する中央集権的な計画経済制度を基にしている。2002年7月以降、一部に市場経済的手法が導入されつつあったが、2009年11月にデノミネーションを実施した。
(1)1994年7月、金日成(キム・イルソン)国家主席が死去。金正日(キム・ジョンイル)氏は金主席の存命中から国防委員長等を兼任していたが、金主席の死後、1997年10月に労働党総書記に就任した。また、1998年9月には憲法を改正し、主席制を廃止、政務院を内閣に改称する等、国家機構の改編等に着手した。
(2)2009年4月、再び憲法を改正し、国防委員長を国家の「最高領導者」とするなどその権限を強化した(2010年4月にも憲法を一部修正)。2010年9月には、朝鮮労働党代表者会を開催。金正日国防委員長を党総書記に改めて推戴するとともに、空席が続いていた党要職の選出・補充人事を実施し、金正恩(キム・ジョンウン)氏が党中央軍事委員会副委員長に就任した。
(3)2011年12月、金正日国防委員長が死去。現在、金正恩副委員長を中心とした後継体制の確立が進められており、故・金正日国防委員長が行ってきた先軍政治という軍事優先政策の継承が表明されている。
(4)2002年7月以降、経済改革に着手し、2009年11月にはデノミネーションを実施したが、依然として食糧・経済状況は深刻な模様。
(5)2006年及び2009年の核実験及びミサイル発射を受け、国連安全保障理事会決議第1718号及び第1874号に基づく制裁が課せられている。
(1)北朝鮮が現在外交関係を有している国家は162か国。北朝鮮は従来、善隣友好外交を掲げ、主に旧東側諸国及び非同盟諸国との外交活動を展開してきたが、2000年に入り、英独をはじめとして多くの西側諸国との外交関係を樹立した。2007年には外交活動を活発化させ、アラブ首長国連邦等5か国と新たに外交関係を樹立した他、1983年のラングーン事件を機に断交していたミャンマーとの外交関係も回復させた。
(2)北朝鮮の核問題をめぐり、北朝鮮は2005年9月に行われた六者会合における共同声明において、すべての核兵器及び既存の核計画を放棄することを約束。しかし、北朝鮮は2006年7月にミサイル発射を強行し、10月には核実験実施を発表。これに対して国連安保理は、それぞれ決議第1695号及び第1718号を採択した。2007年2月の六者会合において、「共同声明の実施のための初期段階の措置」が採択されて以降、北朝鮮は寧辺の核施設の活動停止及び封印に着手し、同年9月の六者会合で採択された「共同声明の実施のための第二段階の措置」に基づき、北朝鮮はすべての核施設の無能力化及びすべての核計画の完全かつ正確な申告を約束した。しかし、北朝鮮は無能力化作業に着手し、申告を行ったものの、検証の具体的枠組みの構築に関して前向きな姿勢を示さず、第二段階はまだ完了に至っていない。その後、2008年12月に六者会合に関する首席代表者会合が開催されたが、北朝鮮による非核化措置のための検証の具体的枠組みに関して合意に至らず、以来、六者会合は開催されていない。
(3)2009年4月、北朝鮮はミサイルを発射し、これを非難した国連安保理議長声明に対し、軽水炉の自力建設への着手、使用済み核燃料棒の再処理、核実験及び長距離弾道ミサイル発射実験を行う旨表明。5月には核実験を実施し、それに対して採択された安保理決議第1874号を受け、プルトニウムの兵器化、ウラン濃縮への着手を発表した。また、7月には複数発の弾道ミサイルを発射し、11月には朝鮮中央通信を通じて、8000本の使用済み核燃料棒の再処理を8月末までに成功裏に終えた旨発表した。
(4)2010年に入り、北朝鮮は外務省声明等を通じて、六者会合復帰のためには国連安保理決議に基づく対北朝鮮制裁の解除が必要とし、非核化措置の前に朝鮮戦争終結のための平和協定締結の協議を求めるとの立場を表明。その後、北朝鮮は韓国哨戒艦沈没事件(3月)や延坪島砲撃事件(11月)といった挑発行為を繰り返すとともに、同年11月には、訪朝した米国人科学者にウラン濃縮施設や「軽水炉」の建設現場を案内するなどしてウラン濃縮計画等を公表した。
(5)2010年12月にワシントンで開催された日米韓外相会合において、日米韓は、六者会合の再開のためには、南北対話の進展と非核化を始めとする自らの約束を真剣に実施する意思を示す北朝鮮側の具体的行動が必要との立場で一致。その後、北朝鮮は対韓国敵対姿勢を先鋭化させたが、2011年7月22日、インドネシア・バリにおいて非核化に関する南北対話を実施。また、7月28日〜29日にニューヨークにおいて米朝対話が実施された。その後、9月21日及び10月24日〜25日に南北対話及び米朝対話がそれぞれ再び実施された。
(1)基本政策
北朝鮮の兵力は100万人を越えるとされ、その約3分の2を軍事境界線から100キロメートル以内に配置(米韓両軍の地上兵力は60万人弱)。北朝鮮は、兵器の近代化の遅れを補完する等の理由から、大量破壊兵器、ミサイルの開発・配備等を進めている。
(2)支出
不明(注:2011年4月の最高人民会議第12期第4回会議において、2011年の「国防費」は「国家予算歳出総額」の15.8%を占める旨発表されている。)
(3)兵役
義務兵役制
(4)兵力
陸軍102万、海軍6万、空軍11万(2011ミリタリーバランス推定値)
(5)核・ミサイル問題
2006年10月及び2009年5月に核実験実施を発表し、核抑止力の保有を主張。2006年7月にはテポドン2号を含む弾道ミサイルを発射、2009年4月にもミサイルを発射する等、核・ミサイル開発に力を入れているものとみられる。
(1)2000年6月、金大中(キム・デジュン)大統領(当時)が訪朝し、平壌にて金正日国防委員長との間で史上初の南北首脳会談が行われた。両首脳は「南北共同宣言」に署名し、これを契機に、南北の交流、協力が拡大した。2003年2月に就任した盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領(当時)も、基本的に金大中政権の政策を継承し、2007年10月に訪朝、金正日国防委員長との間で第2回南北首脳会談が行われた。この一連の過程を通じて、開城工業団地開発事業、金剛山観光事業、鉄道・道路連結事業を始めとする各種経済協力事業が活発に行われた。
(2)2008年2月に就任した李明博大統領は、新政権の対北朝鮮政策として、北朝鮮による核の放棄と対北朝鮮支援を比較的明確に関連付ける「非核・開放・3000構想」(注)を明らかにした。これに対し北朝鮮は、南北対話の中断を一方的に宣言するなど、韓国に対する強い反発を示した。さらに同年7月には北朝鮮兵士による金剛山韓国人観光客射殺事件が発生し、南北関係はますます困難な状況を迎えた。その後も同年12月には南北間の軍事境界線を通じたあらゆる陸路通行を制限・遮断するなど、北朝鮮による強硬な反応が続いた。
(3)2009年3月には開城工業団地において韓国側労働者が北朝鮮側に拘束される事件が発生したが、同年8月、開城工団や金剛山観光事業を手がける現代グループの玄貞恩(ヒョン・ジョンウン)会長が訪朝し、同人の解放が実現した。17日には玄会長が金正日国防委員長と会談し、現代グループと北朝鮮の間で、金剛山・開城観光の再開や南北離散家族再会等の5項目が合意された。また、8月21日には、金大中元大統領の逝去にともない北朝鮮弔問団が訪韓し、李明博大統領と会談を行った。同年10月、韓国は対北朝鮮人道支援(トウモロコシ1万トン等)を行う旨発表したが、他方で、2009年11月には黄海で南北間の銃撃戦が行われた。
(4)2010年3月、韓国海軍の哨戒艦「天安」号が黄海・白翎(ペンニョン)島近海で沈没。同年5月、各国専門家を含む軍民合同調査団は、「天安」号は北朝鮮の小型潜水艇から発射された魚雷攻撃により沈没したとの調査結果を発表し、韓国政府は北朝鮮に対し、謝罪及び事件関係者の即時処罰等を要求した。同年8月、韓国政府は北朝鮮で発生した水害を受けてコメ 5,000トンなどの支援を行う旨発表するなど、一時的に関係改善の機運が高まった。しかし、11月に北朝鮮が延坪島を砲撃すると、南北関係は再び緊張した。
(5)2011年に入ると、北朝鮮は南北対話を呼びかけるなど再び対話攻勢に転じたものの、2月に開催された南北軍事実務会談は物別れに終わった。5月末からは、李明博大統領を相手にしないとの声明を発表し、南北間の秘密接触を暴露するなど強硬姿勢を鮮明にした。このような中で、7月と9月の2度にわたり非核化に関する南北対話が行われた。同年12月の金正日国防委員長の死去を受け、韓国政府は、金大中元大統領夫人の李妃鎬(イ・ヒホ)氏及び玄貞恩(ヒョン・ジョンウン)現代グループ会長に限り弔問のための訪朝を許可。しかし、北朝鮮側は韓国側の姿勢に反発し、李明博政権を「永遠に相手にしない」旨改めて表明した。
(注)「北朝鮮が核を放棄し、改革・開放に乗り出すならば、北朝鮮の1人当たり所得が10年以内に3,000ドルに達するよう積極的に支援する」という構想 。
260億ドル(2010年)(韓国銀行推計)
1074ドル(2010年)(韓国銀行推計)
−0.5%(2010年)(韓国銀行推計)
(1)輸出 23.8億ドル(2010年)(KOTRA推計)
(2)輸入 37.0億ドル(2010年)(KOTRA推計)
(3)主要貿易相手国(2010年)(KOTRA推計)
中国(34.7億ドル)、韓国(19.2億ドル)、ロシア(1.1億ドル)、ドイツ(0.6億ドル)、インド(0.6億ドル)、タイ(0.5億ドル)
ウォン
1米ドル=101.6ウォン(2010年)(公式レート、韓国銀行推計)
(1)2002年7月、経済管理の改善が実施され、闇価格もふまえつつ、公定価格や給料を引き上げ(数十倍)、為替レートの現実化等を実施。生産活動においては、利潤の追求、インセンティブの付与等も実施。
(2)2003年、公の管理下に総合市場を開設、個人や企業が農産品や消費財を販売。
(3)北朝鮮の経済成長は、1999年以来6年連続プラス成長を続け、2006年から2年連続でマイナス成長が続いた。2008年にはプラス成長に復帰したが、2009年から再びマイナス成長に転じた。
(4)2009年11月、北朝鮮当局は、新旧通貨の比率が1:100(新1ウォンが旧100ウォンと等価)となるデノミネーション(北朝鮮では「貨幣改革」と呼称)を実施。北朝鮮内部でモノ不足や物価の急激な上昇等により混乱が発生。
(5)2010年1月、北朝鮮は第三国からの投資呼び込み等を目的として、「国家開発銀行」を設立、その窓口として、既存の「大豊国際投資グループ」の活動を強化する旨発表。同年7月には、合営投資指導局を合営投資委員会に改編するなど、投資誘致を強化。
(6)2010年5月及び8月には金正日国防委員長が訪中、また、2011年8月には同委員長が訪露するなど、中露との経済協力強化を模索。特に、2010年以降は対中貿易額が大幅に増加。また、中朝国境の北朝鮮地域を「経済地帯」に指定し、中朝で共同開発を行っている。
(7)2012年の「強盛大国」を目指し、上記(5)、(6)を含め経済の立て直しに力を入れているとみられ、平壌では住宅建設等の大規模な開発が行われている模様。他方、経済全般は依然として厳しい状況が続いていると見られる。
近年、慢性的な肥料不足に加え、天候不順により穀物総生産量は低い水準を推移していると考えられている。2011年の食糧事情も引き続き厳しい状況にあると見られる。
(1)外交関係なし。1991年1月より国交正常化交渉本会談を開始。1992年11月に第8回本会談で中断。1999年12月の村山訪朝団後、国交正常化交渉の再開・開催(2000年4月、8月、10月、2002年10月)。日朝赤十字会談開催(1999年12月、2000年3月、2002年4月、8月)。
(2)日朝首脳会談(2002年9月)日朝平壌宣言署名、翌10月に拉致被害者5名が帰国。2回目の日朝首脳会談(2004年5月)−拉致被害者御家族5名が帰国。日朝ハイレベル協議(2004年2月、5月)。日朝実務者協議(2004年8月、9月、11月)、日朝政府間協議(2005年11月、12月)、日朝包括並行協議(2006年2月)、日朝国交正常化のための作業部会(2007年3月、9月)、日朝実務者協議(2008年6月、8月)を開催。2008年6月及び8月の日朝実務者協議では、拉致問題に関する全面的な調査の実施及びその具体的態様等について合意した。また、日本も北朝鮮が調査を開始するのと同時に日本による北朝鮮に対する措置の一部(人的往来及びチャーター便に関する措置)を解除することに合意した。しかし、残念ながら北朝鮮はまだ調査を開始していない。
日本は、北朝鮮による2006年のミサイル発射、及び核実験に対して採択された国連安保理決議第1695号、第1718号及び第1874号に基づく措置(武器等の輸出入の禁止、資金凍結、人的往来の禁止、教育訓練の防止等)のほとんどを実施している。また、国連安保理決議に基づく措置に加え、全ての北朝鮮籍船の入港禁止措置、北朝鮮との間の全ての品目の輸出入禁止、北朝鮮籍者の日本への入国の原則禁止等の独自の措置を実施している。
(1)貿易額(財務省通関統計)
| 2003年 | 2004年 | 2005年 | 2006年 | 2007年 | 2008年 | 2009年 | 2010年 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 日本の輸出(億円) | 106.0 | 95.7 | 68.8 | 50.8 | 10.7 | 7.9 | 2.6 | 0 |
| 日本の輸入(億円) | 201.4 | 177.4 | 145.3 | 88.7 | 0 | 0 | 0 | 0 |
(2)主要品目(2008年)
57.8万名(ただし在日韓国人を含む)(2009年末現在・法務省)
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1990年9月 | 金丸元副総理(自民)、田辺副委員長(社会) |
| 1995年3月 | 渡辺元副総理(自民)、久保書記長(社会)、鳩山代表幹事(さきがけ) |
| 1997年11月 | 森総務会長(自民)、伊藤幹事長(社民)、堂本座長(さきがけ) |
| 1999年12月 | 村山元総理(社民)、野中幹事長代理(自民)、園田議員(無所属) |
| 2002年9月 | 小泉総理 |
| 2004年5月 | 小泉総理 |
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1991年2月 | 金容淳労働党書記 |
| 2001年2月 | 楊亨燮最高人民会議常任委員会副委員長 |
| 2006年4月 | 金桂冠外務副相 |
なし