ミャンマー連邦共和国

ミャンマー連邦共和国(Republic of the Union of Myanmar)

基礎データ

平成29年4月7日

  • ミャンマー連邦共和国国旗

一般事情

1 面積

68万平方キロメートル(日本の約1.8倍)

2 人口

5,141万人(2014年9月(ミャンマー入国管理・人口省発表))

3 首都

ネーピードー

4 民族

ビルマ族(約70%)、その他多くの少数民族

5 言語

ミャンマー語

6 宗教

仏教(90%)、キリスト教、イスラム教等

7 国祭日

1月4日独立記念日

8 略史

 諸部族割拠時代を経て11世紀半ば頃に最初のビルマ族による統一王朝(パガン王朝、1044年~1287年)が成立。その後タウングー王朝、コンバウン王朝等を経て、1886年に英領インドに編入され、1948年1月4日に独立。

政治体制・内政

1 政体

大統領制、共和制

2 元首

  • ティン・チョウ大統領
  • (2016年3月30日就任・任期5年)

3 国会

二院制

  • 上院(民族代表院) 定数224(選挙議席168、軍人代表議席56)
  • 下院(国民代表院) 定数440(選挙議席330、軍人代表議席110)

4 政府

(1)元首
ティン・チョウ大統領
(2)国家最高顧問、外相
アウン・サン・スー・チー
(3)副大統領
ミン・スエ
(4)副大統領
ヘンリー・ヴァン・ティオ
(5)下院議長
ウィン・ミン
(6)上院議長
マン・ウィン・カイン・タン

5 内政

  • (1)1988年、全国的な民主化要求デモにより26年間続いた社会主義政権が崩壊したが、国軍がデモを鎮圧するとともに国家法秩序回復評議会(SLORC)を組織し政権を掌握した(1997年、SLORCは国家平和開発評議会(SPDC)に改組)。
  • (2)1990年には総選挙が実施され、アウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝したものの、政府は政権移譲を拒否。アウン・サン・スー・チー氏率いる民主化勢力は軍政による厳しい弾圧を受け、同氏自身も2010年までの間、3回、計15年に亘る自宅軟禁に置かれた。
  • (3)2003年8月、キン・ニュン首相(当時)が民主化に向けた7段階の「ロードマップ」を発表。
  • (4)2005年11月7日、ミャンマー政府は、首都機能をヤンゴンからピンマナ県(ヤンゴン市の北方約300キロメートル)に移転する旨発表し、新首都をネーピードーと命名。
  • (5)2007年9月、全国的な僧侶のデモが発生。治安当局による制圧で、邦人1名を含む多数の死傷者が発生。
  • (6)2008年5月2日、サイクロン・ナルギスがミャンマー南西部を直撃し、死者約8万5千名、行方不明者約5万4千名が発生。
  • (7)2008年5月10日、新憲法草案採択のための国民投票を実施(一部地域は24日に実施)。92.4%の賛成票で(投票率99%)で新憲法承認。
  • (8)2010年11月7日、総選挙が実施され、国軍出身者が率いる連邦連帯開発党(USDP)が大勝。スー・チー氏率いるNLDは総選挙をボイコット。
  • (9)2011年1月31日、総選挙の結果に基づく国会が召集。
  • (10)2011年3月30日、テイン・セイン大統領率いる政権が発足し(同時に国名も変更)、民政移管が実現。テイン・セイン政権は、政治犯の釈放、報道の自由化、少数民族武装組織との停戦交渉等を進め、民主化と経済改革を推進。
  • (11)2011年6月、国軍とカチン独立軍(KIO)との戦闘が再発。以後、ミャンマー北東部にて複数の武装組織との衝突が断続的に継続。
  • (12)2012年4月1日、議会補欠選挙が開催され、アウン・サン・スー・チー氏率いるNLDが45議席中43議席を獲得。
  • (13)2012年6月以降、ラカイン州において仏教徒ラカイン族とムスリム住民との間でコミュニティ間衝突が発生。
  • (14)2015年10月15日、ミャンマー政府は、カレン民族同盟(KNU)を含む8つの少数民族武装組織との間で全国規模の停戦合意(NCA)に署名。
  • (15)2015年11月8日、総選挙開催。アウン・サン・スー・チー議長率いるNLDが大勝。
  • (16)2016年3月30日、アウン・サン・スー・チー氏側近のティン・チョウ氏を大統領とする新政権が発足。アウン・サン・スー・チー氏は、国家最高顧問、外務大臣及び大統領府大臣に就任。ミャンマーにおいて約半世紀ぶりに国民の大多数の支持を得て誕生した新政権は、民主化の定着、国民和解、経済発展のための諸施策を遂行。

外交・国防

1 外交基本方針

 非同盟中立 1997年7月ASEANに加盟

2 軍事力

(1)予算
22億ドル(2015年推定)
(2)兵力
40.6万人(陸軍37.5万人、海軍1.6万人、空軍1.5万人)

(2016年版ミリタリー・バランス)

経済

1 主要産業

農業

2 名目GDP

約683億ドル(2016/17年度、IMF推計)

3 一人当たりGDP

1,307ドル(2016/17年度、IMF推計)

4 経済成長率

6.3%(2016/17年度、IMF推計)

5 物価上昇率

7.0%(2016/17年度、IMF推計)

6 失業率

約4.0%(2016/17年度、IMF推計)

7 総貿易額

(1)輸出
約125億ドル
(2)輸入
約166億ドル

(ミャンマー中央統計局(2014/15年度))

8 主要貿易品目

(1)輸出
天然ガス、豆類、衣類、米、木材
(2)輸入
機械、精油、製造品、化学品、食品

9 主要貿易相手国

(1)輸出
中国、タイ、シンガポール、インド、日本
(2)輸入
中国、シンガポール、日本、タイ、マレーシア

(ミャンマー中央統計局(2014/15年度))

10 通貨

チャット(Kyat)

11 為替レート

1ドル=1,362、チャット(中央銀行レート)(2017年4月1日)

12 経済概況

  • (1)1962年に発足したネ・ウィン政権は、農業を除く主要産業の国有化等社会主義経済政策を推進してきたが、この閉鎖的経済政策等により、外貨準備の枯渇、生産の停滞、対外債務の累積等経済困難が増大し、1987年12月には、国連より後発開発途上国(LLDC)の認定を受けるに至った。
  • (2)1988年9月に国軍がクーデターにより軍事政権が成立し、社会主義政策を放棄する旨発表するとともに、外国投資法の制定等経済開放政策を推進したが、非現実的な為替レートや硬直的な経済構造等が発展の障害となり、外貨不足が顕著化した。欧米諸国は、軍事政権によるアウン・サン・スー・チー氏の自宅軟禁措置及び人権侵害等を理由に、経済制裁を実施し、段階的に強化。ミャンマー経済は更に低迷し、国民生活は困窮を極めた。
  • (3)2011年3月、民政移管により、テイン・セイン政権が誕生。同政権は、外国投資法の改正、中古自動車の輸入自由化、為替レートの統一、国内外の民間銀行・保険会社への段階的な市場開放、証券市場整備等の経済改革等を進めた。それに伴い、エネルギー、通信,製造業、不動産等の分野において、外国投資が活発化しており、2012年以降、毎年7%以上の安定した経済成長を達成している。
  • (4)欧米諸国は、ミャンマーにおける民主化の進展を評価し、米国は2012年11月に宝石一部品目を除くミャンマー製品の禁輸措置を解除し、EUも2013年4月に武器禁輸措置を除く対ミャンマー経済制裁を解除した。
  • (5)2016年3月に誕生したアウン・サン・スー・チー国家最高顧問率いる現政権は、外国投資を歓迎し,規制緩和を志向する姿勢を示し、同年7月、新経済政策を発表。10月、新投資法を制定し、外国投資をより促進する仕組みを整備しつつある。また、9月、米国は武器禁輸措置を除く対ミャンマー経済制裁を解除した。

経済協力

1 日本の援助実績(E/Nベース。技術協力はJICA実績ベース)

(1)有償資金協力
7,512.49億円(2015年までの累計。うち2015年度 1,257.38億円)
(2)無償資金協力
2,571.38億円(2015年までの累計。うち2015年度 176.05億円)
(3)技術協力
602.32億円(2015年までの累計。うち2015年度 87.63億円)

2 OECD-DAC(開発援助委員会)加盟国・機関の援助実績

  • (1)ドイツ
  • (2)日本
  • (3)米国
  • (4)英国
  • (5)EU

(2014年、支出純額ベース)(出典:OECD/DAC)

3 経済協力の方針

 ミャンマーに対する我が国の経済協力は1954年に始まったが、1988年以降のミャンマー国軍による政権の掌握等の政情にかんがみ、支援を大幅に縮小していた。2011年の民政移管以後、ミャンマー政府の民主化への取組を受け、2012年4月に経済協力方針を変更し、円借款を含む本格的な支援を再開した。2016年3月、国民の大多数の支持を受け,アウン・サン・スー・チー国家最高顧問が率いる新政権が成立した。我が国は、以下の三本柱に基づき、ミャンマー新政権による民主化、国民和解、経済発展のための取組を全面的に支援する方針。

  • 国民の生活向上のための支援(少数民族や貧困層支援、農業開発、地域開発を含む)
  • 経済・社会を支える人材の能力向上や制度の整備のための支援(民主化推進のための支援を含む)
  • 持続的経済成長のために必要なインフラや制度の整備等の支援

二国間関係

1 政治関係

 我が国は、歴史的な友好関係を基に、二国間関係を包括的に強化。2011年以後のテイン・セイン政権による改革の進展を受け、我が国は、同国における民主化、経済改革及び国民和解の進展を後押ししてきた。2016年3月、国民の大多数の支持を受ける形で、アウン・サン・スー・チー国家最高顧問率いる新政権が発足。地政学的重要性及び経済発展への大きな潜在力を有する同国の安定は、地域全体の安定と繁栄に直結するとの認識に立ち、我が国は、基本的な価値観を共有するパートナーとして、新政権による民主化、国民和解、経済発展のための取組を、官民を挙げて全面的に支援する方針。

2 経済関係

(1)対日貿易額
(ア)貿易額
輸出 5.6億ドル
輸入 17.5億ドル(2014年度)
(イ)主要品目
輸出 衣類、農産品
輸入 自動車、機械類
(2)日本からの直接投資
220百万ドル(2015年度)
(ミャンマー中央統計局)

3 文化関係

 日・ミャンマー間では、これまで官民各層において、文化人、青年等の往来を始め様々な交流を行なってきている。

 2012年、白石隆政策研究大学院大学学長を団長とし、日本語教育、文化財保護、スポーツ、メディア、文化・芸術、食文化の各分野の有識者からなるミャンマー文化・スポーツ交流ミッションがミャンマーを訪問。同ミッションは、今後のミャンマーとの文化・スポーツ交流についての指針となる政策提言を玄葉外務大臣(当時)に提出。

 2014年の両国外交関係樹立60周年にあたり、多くの周年事業を実施した。

4 在留邦人数

2,370人(2017年1月現在)

5 在日ミャンマー人数

15,912人(2016年6月末現在、外国人登録者数)

6 要人往来

(1)訪緬(1961年以降)
年月 要人名
1961年11月 池田総理大臣
1967年9月 佐藤総理大臣
1974年11月 田中総理大臣
1977年8月 福田総理大臣
1983年3月 安倍外務大臣
1992年7月 柿澤政務次官
1997年8月 高村政務次官
2002年8月 川口外務大臣
2003年6月 矢野外務副大臣
2005年8月 福島外務大臣政務官
2008年5月 木村外務副大臣
2008年5月 宇野外務大臣政務官
2011年6月 菊田外務大臣政務官
2011年12月 玄葉外務大臣
2013年1月 麻生副総理兼財務大臣
2013年5月 安倍総理大臣
2014年3月 岸田外務大臣
2014年8月 岸田外務大臣(ASEAN関連外相会議出席のため)
2014年11月 安倍総理大臣(ASEAN関連首脳会議出席のため)
2015年9月 麻生副総理兼財務大臣
2016年5月 岸田外務大臣
(2)来日(1988年以降)
年月 要人名
1989年2月 ペー・テイン保健相兼教育相(大喪の礼)
1990年11月 ター・トゥン法務長官(即位の礼)
1991年10月 オン・ジョー外相
1992年10月 オン・ジョー外相
1993年6、10月 オン・ジョー外相
1994年6、10月 オン・ジョー外相
1995年10月 マウン・エーSLORC副議長
1995年11月 オン・ジョー外相
1996年5月 オン・ジョー外相
1998年6月 マウン・マウン・キン副首相
1999年6月 ウィン・アウン外相
2000年6月 キン・ニュンSPDC第一書記
(小渕総理大臣合同葬)
2003年7月 キン・マウン・ウィン外務副大臣
(タン・シュエ議長特使として)
2003年12月 キン・ニュン首相、ウィン・アウン外相(日ASEAN特別首脳会議出席のため)
2005年5月 ニャン・ウイン外相(第7回ASEM外相会合出席のため)
2008年1月 ニャン・ウイン外相(日メコン外相会議出席のため)
2009年11月 テイン・セイン首相(第1回日メコン首脳会議出席のため)
2010年1月 ニャン・ウイン外相(アジア中南米協力フォーラム第4回外相会合出席のため)
2011年10月 ワナ・マウン・ルイン外相(公式訪問)
2012年4月 テイン・セイン大統領(実務賓客訪問)
2012年5月 キン・アウン・ミン民族代表院(上院)議長(参議院による招待)
2012年7月 ワナ・マウン・ルイン外相(世界防災会議in東北出席のため)
2013年4月 アウン・サン・スー・チーNLD議長(閣僚級招聘)
2013年11月 シュエ・マン国民代表院(下院)議長(衆議院による招待)
2013年12月 テイン・セイン大統領(日ASEAN特別首脳会議出席のため)
2015年7月 テイン・セイン大統領(第7回日メコン首脳会議出席のため)
2016年1月 ワナ・マウン・ルイン外相
2016年11月 アウン・サン・スー・チー国家最高顧問

7 二国間条約・取極

  • 平和条約(1954年11月締結)
  • 賠償協定(1954年11月締結)
  • 経済技術協力協定(1963年3月締結)
  • 航空協定(1972年2月締結)
  • 投資協定(2014年8月締結)
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