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2011年12月現在
19万8,500平方キロメートル(日本の約2分の1)
560万人(2010年:国連人口基金)
ビシュケク(Bishkek)
キルギス系(75%)、ウズベク系(14.3%)、ロシア系(7.2%)、ドウンガン系(1.1%)、ウクライナ系(0.3%)、その他ウイグル系、タタール系など(2011年:キルギス統計委データ)
キルギス語が国語。(ロシア語は公用語)
主としてイスラム教スンニ派(75%)、ロシア正教(20%)、その他(5%)
| 年月 | 略史 |
|---|---|
| 17〜18世紀頃までにキルギス人の民族形成が進行 | |
| 18世紀後半〜19世紀前半 | コーカンド・ハン国による支配 |
| 1855年〜1876年 | ロシア帝国に併合 |
| 1918年 | ロシア革命後、ロシア連邦共和国内の「トルキスタン自治ソヴィエト社会主義共和国」の一部となる |
| 1924年 | 中央アジアの民族・共和国境界確定により、ロシア連邦共和国内のカラ・キルギズ自治州となる |
| 1926年2月 | キルギス自治ソヴィエト社会主義共和国成立 |
| 1936年 | ロシア連邦共和国から分離し、ソ連邦を構成するキルギス・ソヴィエト社会主義共和国に昇格 |
| 1990年6月 | オシュ事件(キルギス人とウズベク人の民族間衝突) |
| 1990年10月 | アカーエフ大統領就任 |
| 1990年12年12日 | 「キルギスタン共和国」に改名、主権宣言 |
| 1991年8月31日 | 共和国独立宣言 |
| 1993年5月 | 国名を「キルギス共和国」に変更 |
| 2005年4月 | 政変によりアカーエフ大統領辞任 |
| 2005年7月 | バキーエフ大統領当選 |
| 2009年7月 | バキーエフ大統領再選 |
| 2010年4月 | 政変によりバキーエフ大統領辞任 |
| 2010年6月 | 南部にてキルギス系とウズベク系住民の大規模衝突 |
| 2010年6月 | 国民投票により、新憲法採択 |
| 2010年7月3日 | オトゥンバエヴァ大統領就任 |
| 2010年10月10日 | 議会選挙実施 |
| 2010年12月 | 連立与党結成・新内閣発足 |
| 2011年12月 | アタムバエフ大統領就任 |
共和制
アルマズベク・アタムバエフ大統領(2011年12月1日就任)
一院制(定数120)。2003年の憲法改正により二院制から一院制に移行。2007年10月の新憲法採択により定数を75から90に、2010年7月の新憲法案では120に拡大。
(1)外相 ルスラン・カザクバエフ
(1)ロシアとの良好な関係維持を重視(特に安全保障面、貿易等経済面で、密接な関係を有する)しつつ、中国や米国といった大国の中でのバランス外交を標榜。
(2)CISの枠内で、1996年3月にロシア、ベラルーシ及びカザフスタンと関税同盟条約及び統合強化条約を締結(両条約には後にタジキスタンが参加)。関税同盟は後にユーラシア経済共同体に発展。上海協力機構(2007年議長国、同年8月ビシュケクにおいて首脳会合開催)、CIS集団安全保障条約機構(2008年議長国、同年10月ビシュケクにおいて首脳会合開催)等にも積極的に参加。
(3)1998年10月、同国はCIS諸国で初のWTO(世界貿易機関)加盟国となった。
(1)総兵力10,900人(陸軍8,500人、空軍2,400人)、準兵力9,500人(ミリタリー・バランス2010)
(2)1997年及び1998年、米軍及び中央アジア・コーカサスの一部諸国の軍隊と合同で、中央アジア合同軍事演習(Tsentrazbat)を実施。また、キルギスは、上海協力機構の枠内で実施されている対反テロ共同軍事演習に、しばしば参加。
(3)2001年12月以降、米軍がアフガニスタンにおける対テロ作戦実施のためキルギス・マナス空港に駐留している。2009年2月、米軍に8月18日までの駐留期限終了を通告したが、結局、同年6月、米・キルギス両国は、同基地の名称をマナス中継輸送センターとして、実質的な継続使用の協定に合意。2010年4月の政変後、キルギス新政権と米国は、同センターの使用契約を2011年7月13日まで1年間自動延長。2010年12月、アタムバエフ首相が、議会演説においてマナス中継輸送センターの合意を今後4年間順守すると言及。
(4)2003年10月以降、集団安全保障条約機構(CSTO)の枠内で、露空軍が駐留している(カント基地)。
(カッコ内は出典)
農業・畜産業(GDPの約3割)、鉱業(金採掘)
46.15億ドル(2010年:IMF)
863.65ドル(2010年:IMF推定値)
-1.4%(2010年:IMF)
7.8%(2010年:IMF)
1.8%(2009年:CIA)
(1)輸出 22.92億米ドル
(2)輸入 38.98億米ドル
(2009年:WTO)
(1)輸出 貴金属・真珠・宝石、化学製品、鉱物製品、繊維製品、野菜・果物
(2)輸入 鉱物製品、機械設備、化学製品、運輸関連製品、食料
(キルギス共和国統計委員会)
(1)輸出 スイス、ロシア、ウズベキスタン、カザフスタン、UAE
(2)輸入 ロシア、中国、カザフスタン、ウズベキスタン、米国
(キルギス共和国統計委員会)
ソム(Som:1993年5月10日導入)(CIS統計委員会)
1ドル=44.77ソム(2011年10月現在:キルギス国立銀行)
(1)産業構造
キルギスの主要産業は農業及び牧畜業(GDPの約3割)、農畜産物を加工する食品加工業、金採掘を中心とする鉱業である。エネルギー資源には恵まれていないが、水資源が豊富。
(2)経済改革及び経済成長率
キルギスは、独立後、1992年の価格自由化を皮切りに、IMFの緊縮財政勧告に従って急進的市場改革路線を推進した。ソ連崩壊の混乱の中で経済不振が続いたが、1996年に独立後初めてGDPがプラスに転じた。その後、1998年ロシア金融危機の影響を受け、財政が逼迫するなど危機もあったが、基本的にはプラス成長が続いている。(但し、2002年及び2005年はクムトール金鉱の金生産の減少の影響もあってマイナス成長)。
2008年10月以降は、世界金融危機の直接的な影響は見られないものの、経済的に関係の深いロシア、カザフスタンの景気後退の影響を受け、海外出稼ぎ労働者からの送金も減少し、GDPの成長が鈍化している。
(3)累積債務問題
従来から多額の累積債務を抱えている(推定20億ドル、GDPの約90%)。2002年3月にはパリクラブにおいてリスケが合意されている。その後、国内で重債務貧困国(HIPC)プログラム参加の可否が議論されたが、2007年2月不参加が決定された。
(1)有償資金協力 256.65億円 (2010年度までの累計)
(2)無償資金協力 141.1億円 (2010年度までの累計)
(3)技術協力 103.12億円 (2009年度までの累計)
米、独、日、英、スイス
| 暦年 | 1位 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005年 | 米 40.8 | 独 27.6 | 日本 21.0 | 英 9.4 | スイス 9.3 | 125.8 |
| 2006年 | 米 50.3 | 独 17.9 | 日本 17.2 | スイス 16.5 | 英 11.2 | 123.6 |
| 2007年 | 米 39.8 | 独 25.0 | 日本 15.7 | 英 13.0 | スイス 10.6 | 118.7 |
| 2008年 | 米 63.6 | 独 21.3 | 英 13.7 | 日本 12.3 | スイス 10.8 | 121.7 |
| 2009年 | 米 52.5 | 独 24.0 | スイス 18.2 | 日本 17.8 | 英 8.9 | 139.6 |
(出典:DAC/International Development Statistics)
(1)国家承認日 1991年12月28日
(2)外交関係開設日 1992年1月26日
(3)日本大使館開館 2003年1月27日(駐日キルギス大使館は2004年4月に開館)
1991年12月の独立以降、積極的なODA供与も背景に両国関係は進展。
また1995年5月、日本は市場経済化促進のための人材育成を目的とする「キルギス日本人材開発センター」を首都ビシュケクに開設。
1999年8月、南部バトケン州にて国境を越えて侵入してきた武装勢力による邦人誘拐事件が発生。10月に無事解放。
日本の対キルギス貿易(2010年:財務省貿易統計)
(両国間には当初旧ソ連との間で締結、その後キルギスとの間で承継した文化協定あり。)
文化無償資金協力 5件
1993年度 国立オペラバレエ劇場に対する楽器供与(50百万円)
1995年度 国立テレビ・ラジオ協会に対するスタジオ機材(48.4百万円)
1998年度 国立高等音楽院に対する楽器供与(46.6百万円)
2003年度 国立図書館に対するマイクロフィルム機材及び印刷機材(42.7百万円)
2010年度 体育庁柔道器材整備計画(6千9百2十万円)
145人(2011年6月現在)
220人(2011年8月現在:法務省)
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1992年4月 | 渡辺外務大臣 |
| 1997年7月 | 対ロシア・中央アジア対話ミッション(団長:小渕恵三衆議院議員) |
| 1997年9月 | 麻生経済企画庁長官 |
| 1999年8月 | 武見外務政務次官 |
| 2002年4月 | 杉浦外務副大臣 |
| 2002年7月 | 杉浦外務副大臣 |
| 2003年1月 | 土屋外務大臣政務官 |
| 2004年8月 | 川口外務大臣 |
| 2005年7月 | 福島外務大臣政務官 |
| 2005年8月 | 川口総理大臣補佐官 |
| 2005年11月 | 衆議院外務委員会公式派遣議員団(団長:原田義昭外務委員長) |
| 2006年8月 | 海部元総理大臣 |
| 2008年7月 | 山本経済産業大臣政務官 |
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1992年10月 | チングイシェフ首相(旧ソ連支援東京会議) |
| 1993年4月 | アカーエフ大統領(公式実務訪問) |
| 1994年11月 | ジュマグーロフ首相(第1回日本・キルギス経済合同会議) |
| 1996年10月 | ジュマグーロフ首相(キルギス支援国会合) |
| 1996年11月 | ジュマグーロフ首相(第3回日本・キルギス経済合同会議) |
| 1997年5月 | コイチュマノフ経済大臣訪日(アジア開発銀行年次総会(福岡)) |
| 1998年8月 | アブドゥラザコフ国務長官(アカーエフ大統領訪日先遣隊) |
| 1998年10月 | アカーエフ大統領(非公式) |
| 2000年2月 | ムラリエフ首相(第5回 日本・キルギス経済合同会議) |
| 2001年6月 | バキーエフ首相(EBRD主催「中央アジア諸国への投資促進会議」) |
| 2001年11月 | イマナリエフ外務大臣(外務省賓客) |
| 2002年1月 | イマナリエフ外務大臣 |
| 2003年11月 | オトルバエフ副首相(UNCTAD第4回投資諮問評議会) |
| 2004年1月 | アイトマートフ外務大臣(外務省賓客) |
| 2004年4月 | アカーエフ大統領(実務訪問賓客) |
| 2005年6月 | ボルジュロヴァ副首相代行 ムラリエフ経済産業貿易大臣(万博賓客) |
| 2006年6月 | ジェクシェンクロフ外務大臣(「中央アジア+日本」第2回外相会合) |
| 2006年9月 | ルステンベコフ非常事態大臣(防災能力向上研修) |
| 2007年11月 | バキーエフ大統領(実務訪問賓客) |
| 2007年12月 | ヌル・ウル・ドスボル副首相(第1回アジア・太平洋水サミット) |
| 2008年11月 | アブドゥラザコフ元国務長官(秋の外国人叙勲) |
| 2009年5月 | スラマイノフ運輸通信大臣(無償資金協力関係) |
| 2010年12月 | イサコフ運輸通信大臣(無償資金協力関係) |
| 2011年8月 | ババノフ第一副首相(Asia 2050 Launch Seminar) |
| 2011年10月 | マムベトジャノフ財務大臣(IMF・JICA合同セミナー) |
1993年4月 日ソ間で結んだ条約の承継を確認。
2004年10月 日・キルギス技術協力協定署名。