ジョージア
ジョージア(Georgia)

基礎データ

平成28年1月15日

  • ジョージア国旗

一般事情

1 面積

6万9,700平方キロメートル(日本の約5分の1)

2 人口

430万人(2014年:国連人口基金)

3 首都

トビリシ

4 民族

ジョージア系(83.8%)、アゼルバイジャン系(6.5%)、アルメニア系(5.7%)、ロシア系(1.5%)、オセチア系(0.9%)

(ジョージア国勢調査)

5 言語

公用語はジョージア語(コーカサス諸語に属する)

6 宗教

主としてキリスト教(ジョージア正教)

7 略史

年月 略史
前6世紀 西ジョージアにコルキス王国成立
前4~3世紀 東ジョージアにイベリア(カルトリ)王国成立
4世紀 イベリア(カルトリ)王国がキリスト教を国教化。ジョージア文字の考案
562年 西ジョージア、ビザンツ帝国により併合
6世紀 東ジョージア、サーサーン朝ペルシアにより征服
7世紀後半 東ジョージア、アラブにより征服
975年 バグラト朝成立。タマラ女王(在位1184年~1213年)のもとバグラト朝最盛期、南コーカサス全域を領有
13世紀以降 数次にわたる外敵の侵入、国土の疲弊
16世紀以降 オスマン朝とサファヴィー朝により東西に分割
1783年 ロシア帝国、東ジョージアのカルトリ・カヘティア王国を保護国化
1801年 東ジョージア、ロシアに併合
19世紀前半 西ジョージアの諸地方、漸次ロシアに併合
1844年 ロシア帝国、チフリスにカフカース総督府設置
1878年 アジャリア併合によりジョージア制圧完了
1918年5月 ジョージア・メンシェヴィキによりジョージア共和国独立宣言
1921年2月 赤軍チフリス入城、ジョージア・ソビエト社会主義共和国成立
1922年 アルメニア、アゼルバイジャンと共にザカフカス社会主義連邦ソビエト共和国を形成、ソ連邦結成に参加。
1956年 トビリシ事件(民衆集会・運動が軍により流血の弾圧)
1989年4月 トビリシ事件(独立回復要求集会へのソ連軍の弾圧)
1991年4月9日 独立宣言
1991年5月 ガムサフルディア、初代大統領に当選
1992年1月6日 反ガムサフルディア派、大統領官邸占拠。ガムサフルディア大統領、ジョージアから脱出
1992年2月 国家評議会創設。シェヴァルナゼ元ソ連外相が帰国し、国家評議会議長に就任
1995年11月 シェヴァルナゼ大統領就任(2000年再選)
2003年11月 野党勢力が議会を占拠、シェヴァルナゼ大統領辞任(バラ革命)
2004年1月 サーカシヴィリ大統領就任
2007年11月 反政府デモ隊と治安当局の衝突により多数の負傷者が出たことを受け、非常事態令が発出。2008年1月に大統領選挙を繰り上げることで事態は収拾
2008年1月 大統領選挙が行われ、サーカシヴィリ大統領が再選
2008年8月 ジョージア軍と南オセチア軍の軍事衝突に、ロシアが介入。ロシアは南オセチア及びアブハジアの独立を一方的に承認
2012年10月 議会選挙にて野党「ジョージアの夢」が勝利。イヴァニシヴィリ首相率いる新政府が発足
2013年10月 大統領選挙が行われ、与党連合「ジョージアの夢」が立てたマルグヴェラシヴィリ候補が当選
2013年11月 マルグヴェラシヴィリ大統領就任。ガリバシヴィリ内務大臣が首相に就任

政治体制・内政

1 政体

共和制

2 元首

ギオルギ・マルグヴェラシヴィリ大統領(任期5年、2013年11月就任)

3 議会

一院制(任期4年、定数150、前回選挙は2012年10月)

4 政府

5 内政

 独立後就任したガムサフルディア初代大統領は、反政府勢力との武力衝突等により、1992年1月に失脚した。3月に新しい最高権力機関として国家評議会(約60%で構成、メンバーの大半は反共活動家)が創設され、同評議会議長にシェヴァルナゼ元ソ連外相が就任。10月には最高会議議長に選出された。

 テロ行為などが繰り返されてしばらく情勢は不安定であったが、1995年11月、新憲法のもとで大統領選と議会選挙が同時に行われ、シェヴァルナゼが圧倒的支持を得て大統領に当選(2000年4月再選)、議会選挙でも同大統領派「ジョージア市民同盟」が第一党となった。

 しかし、経済の低迷と政府の腐敗を背景として国民の不満が蓄積。2003年11月に議会選の結果を不服とする野党勢力が議会及び大統領府を占拠し、その結果、シェヴァルナゼ大統領は辞任に追い込まれた(バラ革命)。2004年1月の大統領選挙で、政変の中心人物であるサーカシヴィリが圧倒的支持を得て当選。同年3月には議会比例区の再選挙で与党ブロック「国民運動・民主党」が圧勝した。サーカシヴィリ大統領は汚職根絶などの改革を積極的に推進。

 2008年1月の繰り上げ大統領選挙では、サーカシヴィリ大統領が野党候補を破り再選した。2008年5月に行われた議会選挙では、与党統一国民運動が150議席中119議席を獲得し国内で盤石な基盤を確立していた。

 しかし、2012年10月に行われたジョージア議会選挙では、野党連合「ジョージアの夢」が与党「統一国民運動」を破り、150議席中85議席を獲得。この結果を受け、野党連合の指導者を務めていたイヴァニシヴィリが首相に就任し、新内閣が発足した。

 2013年10月に行われた大統領選挙では与党連合「ジョージアの夢」が立てたマルグヴェラシヴィリ候補が当選。翌11月に大統領に就任し、ガリバシヴィリ首相を首班とする新内閣が発足。

 ジョージアは国内に分離独立を主張するアブハジアと南オセチアを抱え、両地域には中央政府の実効支配が及んでいない。2008年8月、ロシアは両地域を「共和国」として独立承認したが、現時点でロシア以外に独立を承認したのは数カ国のみ。

外交・国防

1 外交基本方針

 ジョージアは、EU・NATO加盟を外交の優先課題としている。トルコ・アゼルバイジャンとの地域協力やGUAM内の地域協力にも熱心。

 ロシアとは、アブハジア及び南オセチア問題、ジョージアのNATO加盟に向けた動き等を背景に緊張関係が続いていたが、2008年8月、ジョージア軍と南オセチア軍の軍事衝突にロシアが介入したことで、緊張は武力紛争に発展。EU等の仲介により停戦したものの、ロシアが南オセチア及びアブハジアの独立を一方的に承認するとジョージアはロシアとの外交関係を断絶した。

 2012年10月の議会選挙後発足したイヴァニシヴァリ政権は、ロシアとの関係改善に向けて、「対露関係特別代表」のポストを新設し、同年12月からロシアとの対話を再開。2013年11月に発足したマルグヴェラシヴィリ政権はこの対話路線を維持しつつも、欧州への統合を基本的外交政策としている。

2 軍事力

総兵力20,650人(陸軍17,750人、空軍1,300人、国家警備隊1,600人)準兵力11,700人

(ミリタリー・バランス2014年)

経済

1 主要産業

農業、食品加工業、鉱業

2 GDP

160.5億ドル(2014年:IMF)

3 一人当たりGDP

3,680.0ドル(2014年:IMF)

4 経済(実質GDP)成長率

4.8%(2014年:IMF)

5 物価上昇率

3.1%(2014年:IMF)

6 失業率

12.4%(2014年:CIS統計委員会)

7 貿易額

  • (1)輸出 29.09億ドル
  • (2)輸入 78.74億ドル

(2013年:ジョージア国家統計庁)

8 主要貿易品目

  • (1)輸出 くず鉄、金属、輸送用機器、食料品(ナッツ、ワイン、ミネラルウォーターなど)
  • (2)輸入 燃料、石油製品、輸送用機器、医療品

(ジョージア中央銀行年次レポート)

9 主要貿易相手国

  • (1)輸出 アゼルバイジャン、アルメニア、ウクライナ、ロシア、トルコ
  • (2)輸入 トルコ、アゼルバイジャン、ウクライナ、ロシア、中国

(2013年:国家統計局)

10 通貨

ラリ(Lari:1995年9月25日導入)(CIS統計委員会)

11 為替レート

1ドル=2.40ラリ(2015年12月現在:ジョージア国立銀行)

12 経済概況

 主要産業は、茶、柑橘類、果物、たばこ、ブドウ栽培を中心とする農業及び畜産業、紅茶・ワインを中心とする食品加工業、マンガンなどの鉱業。

 旧ソ連解体後、一時経済は混乱したが、2004年に政権についたサーカシヴィリ大統領は、汚職撲滅、金融・財政制度改革、市場経済化などの改革を推進。アゼルバイジャン産の石油・ガス輸送のためのパイプライン建設等の成長に加え、海外直接投資の増大などにより、2005年には9.3%のGDP成長率を記録。

 2006年3月に主要貿易国であるロシアがジョージアの主要輸出品であるミネラルウォーター及びワインの禁輸措置を取ったことで、関連産業が深刻な打撃を受けたが、その後徐々に販路開拓に成功したこともあり、2007年には12.4%のGDP成長率を達成。

 2008年8月のロシアとの武力衝突及びその後の世界的経済危機はジョージア経済に深刻な影響を及ぼし、2009年はGDP成長率がマイナスとなったが、2010年には6.4%の成長率を達成し回復基調にある。

 2014年に世銀等が実施したビジネスの行いやすさランキング(Doing Business Ranking)において、ジョージアは8位にランクインし、2015年のランキングでは15位となった。

経済協力

1 日本の援助実績

  • (1)有償資金協力 230.54億円 (2013年度までの累計)
  • (2)無償資金協力 100.21億円 (2013年度までの累計/文化・草の根無償等を含む)
  • (3)技術協力実績 19.31億円 (2013年度までの累計)

((1)~(2)は、何れも交換公文ベース)

2 主要援助国

米国、日本、スウェーデン、ドイツ、フランス

DAC諸国のODA実績(過去5年)(支出純額ベース,単位:百万ドル)
暦年 1位 2位 3位 4位 5位 合計
2008年 米国 402.1 ドイツ 70.7 スウェーデン 27.3 ノルウェー 13.1 英国 12.8 578.5
2009年 米国 279.1 ドイツ 67.0 スウェーデン 15.7 フランス 14.0 日本 12.3 435.9
2010年 米国 202.2 ドイツ 82.0 スウェーデン 18.6 ノルウェー 10.0 日本 6.5 350.0
2011年 米国 172.6 ドイツ 73.6 スウェーデン 19.3 ノルウェー 10.1 スイス 9.4 315.8
2012年 米国 138.8 ドイツ 119.4 日本 30.7 スウェーデン 19.9 スイス 10.2 360.5
2013年 米国 175.7 日本 45.1 スウェーデン 19.7 ドイツ 17.0 フランス 16.4 317.5

(出典:DAC/International Development Statistics

二国間関係

1 政治関係

  • (1)国家承認日 1992年4月3日
  • (2)外交関係開設日 1992年8月3日
  • (3)日本大使館開館 2009年1月1日
  • (4)在日ジョージア大使館開設 2007年2月
  • (5)日本における国名呼称を「グルジア」から「ジョージア」へ変更 2015年4月22日

2 経済関係

日本の対ジョージア貿易(2014年:財務省貿易統計)
輸出 402.9億円(自動車、ゴムタイヤ・チューブ等)
輸入 10.5億円(化学製品等)

3 文化関係

一般及び草の根文化無償資金協力計6件 計1.04億円(2012年度まで)

最近の事例

一般文化無償資金協力(実施額)
2008年度 トビリシ国立大学に対する日本語LL機材(18.7百万円)
草の根文化無償資金協力(供与限度額)
2012年度 バトゥミ市考古学博物館整備計画(9,486,072円)

4 在留邦人数

42人(2014年10月現在)

5 在日当該国人数

37人(2015年6月:法務省)

6 要人往来

(1)往(1993年以降)
年月 要人名
1997年8月 中山太郎衆議院議員
1999年10月 コーカサス友好親善ミッション(中山太郎衆議院議員団長)
2006年7月 山中燁子外務大臣政務官
2006年8月 逢沢一郎衆議院議員
2007年5月 関口昌一外務大臣政務官
2009年5月 西村康稔外務大臣政務官
2013年11月 牧野たかお外務大臣政務官
2014年7月 逢沢一郎衆議院議員
2015年5月 薗浦外務大臣政務官
(2)来(1992年以降)
年月 要人名
1992年10月 チクヴァイゼ外相(旧ソ連邦支援東京会議)
1997年12月 レキシビリ国務相(民間招待)
1999年3月 シェヴァルナゼ大統領(公式実務訪問)
2001年6月 メナガリシヴィリ外相(コーカサス三カ国展)
2005年9月 チョゴバッゼ経済開発相(博覧会賓客)
2007年3月 サーカシヴィリ大統領(実務訪問賓客)
2009年3月 ヴァシャッゼ外相(外務省賓客)
2010年3月 ヴァシャッゼ外相
2010年9月 コヴァリア経済開発相(日ジョージア経済委員会会員企業との懇談)
2012年6月 ギラウリ首相
2012年7月 ヴァシャッゼ外相
2013年5月 パンジキゼ外相
2014年10月 パプアシヴィリ憲法裁判所長官
2014年10月 マルグヴェラシヴィリ大統領(実務訪問賓客)
2015年11月 ヒダシェリ国防相

7 二国間条約・取極

  • 1994年4月 旧ソ連邦との間で結んだ条約の承継を確認
  • 2007年3月 日・グルジア技術協力協定署名
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