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2012年5月現在
25.6万平方キロメートル(本州と九州を合わせた広さ)
1,500万人(2011年、IMF)
キト
欧州系・先住民混血79%、欧州系8%、先住民7%、アフリカ系・アフリカ系との混血3%(2001年、国勢調査)
スペイン語
カトリック
| 年月 | 略史 |
|---|---|
| 1822年 | 大コロンビアとして、スペインより独立 |
| 1830年 | 大コロンビアより分離独立 |
| 1979年 | 民政移管 |
共和制
ラファエル・コレア大統領(2007年1月~。2009年4月に新憲法(大統領の任期は4年。1回に限り連続再選可)に基づく大統領選挙が実施され、コレア大統領が再選。再選後の任期は2013年5月まで。)
一院制(任期4年:計124議席)
(1)首相名 首相職無し
(2)外相名 リカルド・パティーニョ 外務・通商・統合大臣
1822年の独立後、クーデターによる政権交代が繰り返され、1979年の民政移管以降は、民主主義体制は維持されてはいるものの、政情不安が継続。
2003年1月に就任したグティエレス大統領は、先住民系政治組織パチャクティをも巻き込んだ連立政権を発足させたが、支持基盤である先住民等貧困層の離反を招き、連立政権は数か月で崩壊、その後は国会で野党勢力と順次手を結び、辛うじて政権を維持するも,05年4月に国会が同大統領を罷免したのを受け、パラシオ副大統領が大統領職を継承した。パラシオ大統領は、政治経験も確たる政治基盤も無いことから、政権運営は困難を極め、重要閣僚が相次いで辞任・交代するなど、不安定な状況が続いた。
かかる国政の混乱及び寡占的な政治経済構造に対する国民の歴史的な不満を背景に、貧困層の多数の支持を得て、コレア大統領が07年1月に大統領に就任した。コレア大統領は大統領選挙の公約(新憲法制定のための制憲議会の設置、対米FTA交渉の打ち切り、米軍によるエクアドル空軍基地(マンタ基地)の09年11月以降の使用許可延長拒否、予算を貧困層に重点的に配分)を、議会に確たる支持基盤を持たない中で積極的に推し進めてきた。特に新憲法制定に向けては、全権を担う制憲議会の開催の是非を問う国民投票の実施を推進する大統領及び世論と、これを阻止しようとする議会の間で混乱が生じたが、07年4月、国民投票の結果、多数の支持を受けて制憲議会の発足が承認された。続いて制憲議会議員選挙を9月に実施、その結果コレア大統領支持政党が制憲議会の絶対過半数を占め制憲議会が発足した。08年7月には制憲議会にて、94票の賛成と32票の反対又は棄権により、新憲法草案が可決された。同新憲法草案は同年9月に国民投票に付され、10月、約64%の賛成票をもって可決された旨選挙最高裁判所により公式結果が発表され,10月20日新憲法が発効。09年4月26日に新憲法に基づく総選挙が実施され,コレア大統領が再選。
新憲法の下で、コレア大統領は大統領の権限を使って種々の改革を早急に推進しようとしているが、政治的安定を維持しつつ、改革を推進できるかどうかが課題である。10年9月には、警察官が改革の一環である公務員法制定に反対して抗議行動を行い非常事態宣言が発出されるなど,各方面との摩擦が起きている。
コレア政権は,09年6月に、エクアドルは、チャベス・ベネズエラ大統領が主唱している米州ボリバル代替統合構想(ALBA。現在の正式名称は米州ボリバル同盟。)に加盟するなど,ベネズエラを中心とした近隣国左派政権との関係を強めている。米国との関係では、09年11月18日まで米軍による使用が認められているエクアドル空軍基地(マンタ空軍基地)の翌19日以降の利用を認めない旨正式に表明し,米国はエクアドルの決定を受け容れ、2009年9月18日、同基地から撤退した。さらに04年5月から交渉されていた米・エクアドルFTAを締結しない旨表明し、米国との関係が冷却化した。
隣国コロンビアとの関係では,08年3月、コロンビア国軍が、コロンビア非合法武装勢力FARC(コロンビア革命軍)掃討作戦の最中、エクアドル領内のFARC野営地に対し、エクアドル政府の事前承諾なしに空爆を行ったとして、エクアドル政府は反発、コロンビアとの外交関係を断絶したが、OAS(米州機構)、周辺諸国及びカーター元米国大統領の仲介により関係は修復している。
(1)予算 15億ドル
(2)兵役 (1年)
(3)兵力 58,483人(陸軍46,500人、海軍7,283人、空軍4,200人)
(2010年、ミリタリー・バランス2011年版)
鉱工業(石油)、農業(バナナ、カカオ、生花)、水産業(エビ)
660億ドル(2011年、IMF)
4,424ドル(2011年、IMF)
2.12%(2010年、エクアドル中銀)
4.5%(2011年、IMF)
(1)輸出 223.2億ドル(2011年、エクアドル中銀)
(2)輸入 229.4億ドル(2011年、エクアドル中銀)
(1)輸出 石油、バナナ、コーヒー、生花、えび
(2)輸入 石油製品、自動車、車両部品、鉄鋼
(1)輸出 米国、ペルー、イタリア、コロンビア、独
(2)輸入 米国、コロンビア、ベネズエラ、ブラジル、チリ、日本
米ドル(2000年3月より)
歴代政権の主な経済政策(00年以降)は以下のとおり。
ノボア政権(00年1月~03年1月)ドル化を含む経済変革基本法(1ドル=25,000スクレに固定、国営電力会社、電話会社の株式の51%までの売却、労働法の改正等)を制定。国際金融機関の融資により、経済開発を推進。年金・公務員給与の値上げ、燃料価格の引き上げ等を内容とした経済・社会政策を実施。
財政赤字の削減を目的とした緊縮財政を中心に据え、IMFとの合意を基に公共料金の引き上げや増税を実施し、歳入増を図った。緊縮財政の下、インフレ率は低い水準で推移し、マクロ経済は安定した。
05年9月、石油部門における利益分配が不公平であるとして、政府と外資系石油会社の間に締結された参入契約につき、契約の見直しを開始。国内では先住民グループ等による対米FTA反対デモ、米国石油企業による他国企業への石油権益の移転に対する非難デモ等が影響し、対米FTA交渉は難航。また、06年5月、米国石油企業オキシデンタル社がエクアドル当局の承認なしにカナダの石油企業エンカナ社に石油権益の移譲を行ったために、エクアドル側はオキシデンタル社との石油開発への参入契約を破棄。これを契機に対米FTA交渉は頓挫。
対米FTA交渉は、選挙公約に基づき打ち切り。市場主義経済はエクアドルに発展をもたらさないとの考えにより、石油を含む天然資源に対する国家管理を強化。07年11月OPECに再加盟した(73年に加盟後、93年に脱退していた)。 石油輸出に大きく依存する経済構造であるとともに、バナナ、カカオを中心とする農業や水産業が主要な産業となっている。貿易面でも、石油が輸出額の5割を占め、バナナ、水産加工品(主にエビ)、生花等の一次産品が残りの輸出のほとんどを占める。
(1)有償資金協力(2010年度まで、ENベース) 50.03
(2)無償資金協力(2010年度まで、ENベース) 263.55
(3)技術協力実績(2010年度まで、JICAベース) 189.00
(1)米(52.07) (2)西(48.70) (3)独(24.66)
1918年8月26日、外交関係開設。
1954年9月30日、外交関係再開。
(1)対日貿易(日本財務省貿易統計)
(2)日本からの直接投資(2005-2009年度累計、エクアドル中銀)
429人(2010年)
209人(2010年)
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1979年8月 | 安孫子藤吉特派大使(大統領就任式) |
| 1984年8月 | 武藤嘉文特派大使(大統領就任式) |
| 1984年 | 北川外務政務次官 |
| 1988年8月 | 愛野興一郎特派大使(大統領就任式) |
| 1988年 | 武藤嘉文衆議院議員(日・エクアドル友好議連会長) |
| 1991年8月 | 武藤嘉文衆議院議員(日・エクアドル友好議連会長) |
| 1992年8月 | 中山正暉特派大使(大統領就任式) |
| 1993年11月 | 常陸宮同妃両殿下 |
| 1996年8月 | 野坂浩賢特派大使(大統領就任式) |
| 1998年8月 | 成重守重特派大使(大統領就任式) |
| 1998年11月 | 町村外務政務次官 |
| 2001年6月 | 石原都知事 |
| 2002年8月 | 植竹外務副大臣 |
| 2003年1月 | 村上誠一郎特派大使(大統領就任式) |
| 2006年7月 | 山中外務大臣政務官 |
| 2007年1月 | 浅野外務副大臣(大統領就任式) |
| 2008年11月 | 西村外務大臣政務官 |
| 2010年3月 | 内藤総務副大臣(総理特使) |
| 2011年1月 | 衆議院エクアドル訪問議員団(麻生元総理他) |
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1985年 | スウェット蔵相 |
| 1987年7月 | エスピノサ・エネルギー鉱山大臣 |
| 1987年11月 | ガルシア外相 |
| 1989年2月 | バラガン最高裁長官(大喪の礼) |
| 1990年5月 | コルドベス外相(外務省賓客) |
| 1990年11月 | パロディ副大統領(即位の礼) |
| 1991年3月 | ベテル蔵相 |
| 1991年12月 | ドゥラン・バジェン大統領候補 |
| 1993年8月 | パレデス外相(外務省賓客) |
| 1994年3月 | ドゥラン・バジェン大統領(公式実務訪問賓客) |
| 1994年6月 | ロバリノ蔵相 |
| 1994年12月 | コレア蔵相 |
| 1995年5月 | レオロ外相(日・リオグループ・トロイカ外相会合) |
| 1995年11月 | アルミホス通貨審議会議長 |
| 1998年12月 | ドゥラン大統領府官房長官 |
| 1999年3月 | アヤラ外相(外務省賓客) |
| 2001年9月 | バスケス観光相(世界観光機関総会) |
| 2002年3月 | ノボア大統領(非公式) |
| 2002年6月 | モス貿易・工業化・漁業・競争力相 |
| 2008年8月 | バレンシア筆頭外務次官 |
| 2010年8月 | カラオラーノ電力・再生エネルギー相 グラス戦略部門調整相 |
| 2010年9月 | コレア大統領(実務訪問賓客)、パティーニョ外務・通商・統合相他 |
| 2010年10月 | アギニャーガ環境相(生物多様性条約COP10) |
| 2011年9月 | モレノ副大統領 |
| 2012年4月 | エクアドル・日友好議員グループ(ダビラ会長他) |
1990年 青年海外協力隊派遣取極
1992年 技術協力協定(1994年10月発効)