アフリカ

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コートジボワール共和国国旗

国名:コートジボワール共和国
Republic of Cote d'Ivoire

2009年10月現在

一般事情

1.面積

322,436平方キロメートル(日本の約0.9倍)

2.人口

1,960万人(2008年、UNFPA)

3.首都

ヤムスクロ(Yamoussoukro)
(実質的首都機能はアビジャン)

4.民族

セヌフォ族、バウレ族、グロ族、グン族、アチェ族、ベテ族、ゲレ族

5.言語

フランス語(公用語)、各部族語

6.宗教

イスラム教30%、キリスト教10%、伝統宗教60%

7.国祭日

8月7日(独立記念日)

8.略史

年月 略史
14世紀以前 グリシャボ、ベチェ、アンデニュ等の王国が混在
1958年9月 仏共同体加盟
1960年8月 コートジボワール共和国として独立
1960年11月 初代大統領にウーフェ・ボワニ選出
1990年10月 ウーフェ・ボワニ再選
1993年12月 ウーフェ・ボワニ大統領逝去
1994年2月 コナン・ベディエ(暫定)大統領就任
1995年10月 コナン・ベディエ大統領に正式就任
1999年12月 ゲイ元参謀総長が全権を掌握。ベディエ大統領は国外へ。
2000年1月 ゲイ元参謀総長を首班とする暫定政府が設置。
2000年10月 ゲイ元参謀総長失脚。大統領選挙の結果、バグボ大統領就任
2001年1月 クーデター未遂
2001年10〜12月 国民和解フォーラム開催
2002年9月 一部兵士による騒擾事件が発生し、北部及び西部掌握
2003年1月 マルクシ合意(和平合意)成立
2003年3月 国民和解政府樹立
2004年4月 国連PKO(UNOCI)派遣
2005年12月 新内閣(バニー首相)成立
2007年3月 ワガドゥグ合意成立
2007年4月 新内閣(ソロ首相)成立
2007年11月 ワガドゥグ合意の補足的合意成立

政治体制・内政

1.政体

共和制

2.元首

ローラン・バグボ(Laurent GBAGBO)大統領(2000年10月就任)

3.議会

国民議会(225議席、任期5年)

4.政党

与党:コートジボワール人民党(FPI)
野党:コートジボワール民主党(PDCI)、共和主義者連合(RDR)、民主平和党(UDPCI)等

5.政府

(2007年4月組閣)

(1)首相 キバフォリ・ギョーム・ソロ

(2)外相 ユスフ・バカヨコ

6.内政状況

 同国においては、1993年12月のウフエ・ボワニ大統領逝去後、クーデター等内政の混乱が始まった。2000年10月、バグボ候補が選挙により大統領に就任し、国民議会及び地方議会選挙が実施され、2001年10月には「国民和解フォーラム」が開催され和平が訪れるかに見えたものの、2002年9月に政府軍と反政府勢力との対立が発生、反政府勢力が同国の北部・西部を支配下に置き、事実上国を二分する状態となった。2003年1月和平合意(マルクシ合意)が成立、3月には国民和解政府が樹立されたが、2004年11月の政府軍による反政府軍への攻撃を契機に情勢は緊迫、2005年、再度和平合意(プレトリア合意)が成立、大統領選挙は最大2006年10月まで延期された。12月にはバニー新首相が就任し新内閣が成立、和平合意履行に向けた努力が行われたものの危機脱却には至らず、予定されていた2006年10月末までの大統領選挙は実施されず、移行期間を更に1年延長(2007年10月末まで)した。その後2007年3月、紛争当事者であるバグボ大統領とソロ「新勢力」事務局長との間で和平プロセスを進めるための合意(ワガドゥグ合意)が成立、同月政府と対立していたソロ事務局長が首相に就任し、4月新内閣が成立した。これにより国を二分する状況は解消されたものの和平及び選挙プロセスは進展せず、大統領選挙は延期を重ねた結果、現在、2009年11月29日に予定されている。

外交・国防

1.外交方針

 1960年の独立以来、非同盟を掲げつつもフランスを中心とする西側寄りの穏健かつ現実的な外交政策をとってきたが、2000年に就任したバグボ大統領のもとより多角的外交を目指す。

2.軍事力

(1)予算 3億ドル(2007年)

(2)兵力 17,050人(2007年)(陸軍6,500人、海軍900人、空軍900人、大統領警備隊1,350人、憲兵隊7,600人)

(3)外国人駐留:仏軍約950人、国連コートジボワールミッション約9,000人

経済

1.主要産業

農業(コーヒー、ココア等)

2.GNI

178億米ドル(2007年、世銀)

3.一人当たりGNI

920米ドル(2007年、世銀)

4.経済成長率

1.7%(2007年、世銀)

5.インフレ率

2.7%(2007年、世銀)

6.総貿易額・主要貿易品目(2007年、EIU)

(1)輸出 96億ドル ココア、石油・石油製品、材木、コーヒー

(2)輸入 60億ドル 食品、石油・石油製品、機材

7.主要貿易相手国(2006年、EIU)

(1)輸出 仏、オランダ、米、ナイジェリア、独

(2)輸入 ナイジェリア、仏、中国、ベネズエラ、独

8.通貨

CFAフラン

9.為替レート

655.957CFAフラン=1ユーロ(固定レート)

10.対外債務残高

108億ドル(2007年、EIU)

11.経済状況

 同国の基幹産業は農業で、農業に従事する人口は全体の80%を占め、GDPの約30%、輸出の大部分を占める。主要産品であるココア、コーヒー等の一次産品の国際価格の低迷、膨大な対外債務により、経済的危機に陥り、1987年5月にはパリ・クラブ、ロンドン・クラブに対して債務支払い停止を宣言。結果1989年9月よりIMF・世銀の下で構造調整計画を開始した。しかし、1999年初めには経済改善策が不十分としてIMFによる融資が停止された他、EUの援助約180億CFAフランに対する汚職が暴かれEUの援助が停止されたが、国内情勢の安定化に伴い2002年2月に再開。同年9月に発生した反政府派による武装蜂起により国が2分され、その後の和平プロセスの停滞の中で経済活動は大きな制約をうけていた。1993年より産油が開始し、近年、石油輸出額は、コーヒー、ココアの輸出額と並び、主要貿易品目となっている。

経済協力

1.援助実績(2007年度までの累積)

(イ)有償資金協力 (E/N(交換公文)ベース) 122億円

(ロ)無償資金協力 (交換公文ベース) 420.99億円

(ハ)技術協力 (JICAベース) 103.32億円

2.最近の主要案件

 1999年12月の政変により我が国は経済協力の実施を見合わせていたが、2000年半ば以降民主化プロセスの進展もあり、2002年5月援助を再開。しかしながら、2002年9月の情勢悪化以降は、緊急的・人道的性格を有する支援、草の根無償資金協力、及び研修員受け入れを除き原則として停止。現在は、ノン・プロジェクト無償資金協力の見返り資金を利用し、国際機関経由の食料援助やDDR(武装解除・動員解除・元兵士の社会復帰)に対する支援等を実施している。
 2004年11月の政情悪化により、JICA事務所は一時閉鎖している。

3.主要援助国(2006年:単位百万ドル)

(1)仏(106.82)、(2)米(30.92)、(3)日本(12.95)、(4)独(12.47)、(5)スウェーデン(7.83)

二国間関係

<極めて親日的>

1.政治関係

1.政治関係
 我が国は、同国の独立と同時に同国を承認。以来友好的な関係にあり、同国の発言力等に鑑み、西アフリカにおける重要国の1つに位置づけている。また、故ウーフェ・ボワニ大統領は機会あるごとに同国の国家建設の模範として我が国をあげる等同国は極めて親日的。1999年6月、ベディエ大統領が同国元首として初めて我が国への公式訪問を果たした。

我が方公館:
在コートジボワール大使館(開設:1964年2月22日)
(2006年4月28日から2007年8月31日まで一時業務停止)

先方公館:
在日大使館(開設:1969年9月19日)
リリアン・マリー・ロール・ボア特命全権大使

2.経済関係(対日貿易)

(1)貿易額(2008年)

対日輸出 16億2,200万円
対日輸入 54億1,900万円

(2)主要品目(2008年)

輸出 カカオ脂、カカオ豆、ココアペースト等
輸入 鉄鋼類、タイヤ、セメント、自動車等

3.文化関係

 政情悪化以前は文化無償により視聴覚機材等の供与を実施し、また毎年、現地において、柔道大会等が開催されており、日本文化に対する関心は高い。また、青年招聘計画等において、同国青年を我が国に招待する等、人物交流も盛んであったが、上述の政情悪化に伴い、文化事業は停滞を余儀なくされている。

4.在留邦人数

45名(2008年10月現在)

5.在日当該国人数

95名(2007年12月現在)

6.要人往来

(1)往訪(1979年以降)
年月 要人名
1979年7月 園田外相
1981年7月 愛知外務政務次官
1987年10月 浜野外務政務次官
1993年4月 高円宮同妃両殿下
1999年7月 藤田JICA総裁
2004年1月 田中外務政務官
(2)来訪(1989年以降)
年月 要人名
1989年2月 アリアリ国務相(大喪の礼)
1990年3月 アケ外務大臣(外務省賓客)
1991年8月 ゴーズ一次産品担当相(高級実務者レベル招聘)
1992年1月 ダンカン首相付大臣
1992年11月 ワタラ首相他
1993年11月 ダンカン首相兼、財政・計画相(TICAD(アフリカ開発会議))
1995年1月 ドンワヒ国民議会議長
1995年3月 エシー外相(第49回国連総会議長)
1996年12月 ダンカン首相(コートジボワール経済・投資セミナー)
1997年12月 ティアパニ住宅・生活環境・環境相(COP3)
1998年10月 ダンカン首相(TICAD II(第2回アフリカ開発会議))
アウア工業開発・中小企業相(TICAD II(第2回アフリカ開発会議))
バンバ国際協力担当外相付大臣(TICAD II(第2回アフリカ開発会議))
1998年11月 クアシ環境・森林大臣(ITTO)
1999年6月 ベディエ大統領(公式実務)
エシー外相(随行)
ムロー経済インフラ相(随行)
ティアム計画相(随行)
1999年10月 コネ技術教育・職業訓練相
1999年11月 クアシ環境・森林相(ITTO)
2001年12月 アシ経済インフラ大臣
ココトレ工業・民間センター振興相(TICAD閣僚レベル会合)
2003年9月 バンバ外務大臣(TICAD III(第3回アフリカ開発会議))
2004年11月 ボウン経済・財務大臣(TICADアジア・アフリカ貿易投資会議)
2005年8月 ニョンソア環境大臣(愛・地球博)
2007年5月 バカヨコ外務大臣
2008年5月 ボウン・ブアブレ国務大臣、計画開発担当大臣(TICAD IV(第4回アフリカ開発会議))

7.二国間条約・取極(発効年)

貿易取極締結(1970年5月26日)
青年海外協力隊派遣取極締結(1989年12月22日)

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