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2008年10月現在
1,139,000平方キロメートル(日本の約3倍)
45.6百万人(2006年世銀)
ボゴタ
混血75%、ヨーロッパ系20%、アフリカ系4%、先住民1%
スペイン語
カトリック
| 年月 | 略史 |
|---|---|
| 1810年 | 独立宣言 |
| 1819年 | グラン・コロンビア共和国成立 |
| 1885年 | コロンビア共和国と改称 |
| 1903年 | パナマ分離独立 |
立憲共和制
アルバロ・ウリベ・ベレス大統領
(H.E. Dr. Alvaro URIBE VELEZ)
(任期4年。2006年5月の大統領選で再選された)
二院制:上院102、下院166議席(任期4年)
(1)首相名 首相職無し
(2)外相名 ハイメ・ベルムデス・メリサルデ・外相(H.E. Mr. Jaime Bermúdez Merizalde)
コロンビアは憲政100年を誇る民主国家であり、二大政党(保守党・自由党)による民主体制が継続してきた。他方、コロンビアには、コロンビア革命軍(FARC、約1万人)及び国民解放軍(ELN、約5,000人)の非合法武装勢力が存在し、40年に亘り政府、治安当局、外国人に対して、政治目的のテロや資金調達のための誘拐等を行ってきており、その活動資金は麻薬取引にて調達しているなど、治安に対する脅威が依然として存在している。コロンビアにおいては、かかる非合法武装勢力の解体と右の平和的な社会復帰が歴代政権の主要懸案事項である。
ウリベ大統領は、2002年5月の大統領選挙において、テロに対して強硬的な政策を掲げ、第一回投票で過半数を獲得し当選した。ウリベ大統領は、国軍強化及び軍事・治安政策の強化による強硬策を採用し左翼ゲリラ勢力等への圧力を強め、その勢力の弱体化を図りつつも、ゲリラ側との交渉の可能性を模索してきている。
ウリベ大統領は治安対策に力を入れており、誘拐事件の減少、幹線道路の安全確保等一定の成果を挙げてきている。これら治安面の成果もあり、就任以来、大統領に対する支持率は7〜8割にも及んでおり、歴代大統領の中でも高支持率を誇っている。国民からの高い支持を背景に、ウリベ大統領は2006年5月の大統領選挙で再選を果たした。
非合法武装勢力の解体に向けた動きに関しては対FARC、対ELN共に目立った進展は見られない。他方、2005年2月以降テロ活動を激化させてきているFARCは、FARCが拘束している仏等外国籍を含む人質の解放を切り札に、チャベス・ベネズエラ大統領の仲介や国際社会の声を利用しつつ、強硬なウリベ大統領に対し、交渉を持ちかけている。しかし、今年になってFARCの最高司令官及び幹部が相次いで死去、殺害されるなど、FARC自身の弱体化が露呈してきており、今後のFARCの動向およびウリベ政権の対FARC政策に注目が集まっている。本年7月、コロンビア国軍は、FARCにとらえられていた人質の内15名(内、仏等外国籍の人質4名を含む)の救出に成功、今後のFARCの動きが注目されている。
ELNに関しては、キューバにて直接対話を実施(2005年12月、2006年2月、同年4月、同年10月及び2007年2月)してきたが、現在進展は見られていない。
ウリベ政権は前政権が策定したコロンビア開発計画である「プラン・コロンビア」を継承、本年初頭には今後6年間を対象とした「第二プラン・コロンビア」を策定し、国際社会に対し支援を要請している。また2007年11月末に「対コロンビア支援ボゴタ会合」を開催、国際社会に対しコロンビアの和平プロセスへの取り組みへの支援を要請した。
歴代政権は、米国との協調を優先しつつ、近隣アンデス諸国との友好関係を維持、さらに日本を始めアジア・太平洋諸国との交流強化することを外交政策の基本方針としている。
テロ対策に主眼を置くウリベ政権は、主要な軍事援助供与国である米国が、2001年の同時多発テロ事件以降テロ取締を強化したことで、テロ撲滅における同盟国として親米路線を一層強めている。イラク戦争に際しては、中南米諸国としては最初に米軍の行動に対する公式の支持を表明。中南米近隣諸国ともテロ・麻薬対策をベースに、国境監視、国境地域共同開発等での協力を模索。
(1)予算 51億ドル(2007年)
(2)兵役 18〜28歳までの男子:12〜24ヶ月間(義務制)
(3)兵力 254,259人(陸軍216,912人、海軍27,605人、空軍9,773人) (「Military Balance」2008年)
農業(コーヒー、バナナ、砂糖キビ、じゃがいも、米、熱帯果実等)、鉱業(石油、石炭、金、エメラルド等)
1,720億ドル(2007年コロンビア国家統計庁)
3,918ドル(2007年コロンビア国家統計庁)
7.5%(2007年コロンビア国家統計庁)
5.6%(2007年コロンビア国家統計庁)
13%(2007年コロンビア国家統計庁)
(1)輸出 299億ドル
(2)輸入 328億ドル
(1)輸出 石油、コーヒー、石炭、バナナ、エメラルド、切り花、衣類
(2)輸入 機械、通信機器、食品、自動車
(1)輸出 米、ベネズエラ、エクアドル、ペルー、EU
(2)輸入 米、メキシコ、中国、ブラジル、ベネズエラ
ペソ
(1)有償資金協力(E/Nベース)673.16
(2)無償資金協力(E/Nベース) 99.17
(3)技術協力実績(JICA実績ベース)257.51
(1)米国 (2)スペイン (3)オランダ
1908年5月25日 外交関係樹立。
1954年5月28日 外交関係再開。
対日貿易
在留邦人:1,119人(2006年)、日系人:約1,800人
2,902人
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1984年 | 福田赳夫元総理(O・Bサミット執行委出席) |
| 1985年 | 安倍晋太郎外相 |
| 1986年8月 | 住栄作特派大使(大統領就任式) |
| 1990年8月 | 中島源太郎特派大使(大統領就任式) |
| 1991年8月 | 武藤嘉文衆議院議員 |
| 1992年2月 | 柿澤外務政務次官 |
| 1992年6月 | 海部前総理 |
| 1994年8月 | 上原康助特派大使(大統領就任式) |
| 1994年9月 | 武藤嘉文衆議院議員 |
| 1997年7月 | 逢沢一郎衆議院外務委員長 |
| 1998年8月 | 亀井善之衆議院議員(大統領就任式) |
| 2000年8月 | 荒木外務総括政務次官 |
| 2002年8月 | 植竹外務副大臣(大統領就任式) |
| 2006年8月 | 金田外務副大臣(大統領就任式) |
| 2008年5月 | 安倍前総理 |
| 2008年5月 | 中川昭一衆議院議員 |
| 2008年5月 | 山口泰明衆議院議員 |
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1989年2月 | バルコ大統領夫人(大喪の礼) |
| 1989年7月 | マルランダ経済開発大臣 |
| 1989年12月 | バルコ大統領(公式実務) |
| 1990年4月 | バルコ大統領夫人(黄金展開会式) |
| 1990年11月 | ハラミーリョ外相(即位の礼) |
| 1991年4月 | オメス蔵相(IDB) |
| 1991年11月 | パルド外務次官(日・コ経済合同委員会) |
| 1992年4月 | ガビリア大統領夫人(サンタ・マリア号入港式) |
| 1992年10月 | サニン外務大臣(外務省賓客) |
| 1993年4月 | サントス貿易大臣(「コ」貿易ミッション) |
| 1994年2月 | ガビリア大統領(非公式) |
| 1994年4月 | オカンポ農牧大臣 |
| 1994年11月 | オカンポ国家企画庁長官 |
| 1995年3月 | ロペス環境大臣 |
| 1995年5月 | マスエラ貿易大臣 |
| 1995年7月 | ペリー大蔵大臣 |
| 1995年11月 | ビジャミサール鉱業エネルギー大臣 |
| 1996年7月 | クリスト外務次官(中堅指導者招聘) |
| 1997年2月 | オカンポ大蔵大臣 |
| 1997年5月 | ビジャミサール鉱業エネルギー大臣 |
| 1997年5月 | ロンドーニョ上院議長(上院議長会議) |
| 1997年11月 | カブラーレス鉱業エネルギー大臣 |
| 1997年12月 | ベラーノ環境大臣(COP3) |
| 1998年1月 | ガビリア前大統領(OAS事務総長) |
| 1998年1月 | メヒーア外相(外務省賓客) |
| 1998年6月 | ウルディノラ大蔵大臣(中南米シンポジウム) |
| 1999年3月 | ラミレス貿易大臣(高級実務者招聘) |
| 1999年5月 | パストラーナ大統領(公式実務) |
| 2000年3月 | フェルナンデス外務大臣 |
| 2000年7月 | ベル副大統領(G8/NAM) |
| 2001年10月 | マイル環境大臣(ITTO会議出席) |
| 2003年3月 | ロドリゲス環境・住宅・国土開発大臣(水フォーラム出席) |
| 2003年10月 | ブラ国際協力庁長官・大統領補佐官 |
| 2004年3月 | バルコ外務大臣 |
| 2004年9月 | カーノ農業大臣 |
| 2005年4月 | ウリベ大統領(IDB沖縄総会出席、実務訪問賓客) |
| 2007年1月 | ラミレス上院議員(外交委員長)(21世紀パートナーシップ招聘) |
| 2008年4月 | プラタ商工観光大臣 |
| 2008年7月 | アラウッホ外務大臣 |
1962年 査証相互免除取極
1976年 技術協力協定
1985年 青年海外協力隊派遣取極