アジア

世界地図 アジア | 北米 | 中南米 | 欧州(NIS諸国を含む) | 大洋州 | 中東 | アフリカ

日中歴史共同研究第2回会合(概要)

平成19年3月22日

 3月19日及び20日、日中歴史共同研究(日本側座長:北岡伸一東京大学教授、中国側座長:歩平中国社会科学院近代史研究所所長。委員リスト別添)第2回会合が、三田共用会議所(東京)において開催され、全体会合及び分科会が行われた。また、両国委員は麻生外務大臣を表敬(プレスリリース別添)した他、防衛省防衛研究所図書館及びアジア歴史資料センターを視察した。

 今次会合では、2008年6月までに取りまとめる予定の報告書の体裁及び作業の進め方の二点について主に議論され、以下のとおり合意された。

1.成果物(報告書)のイメージ

 報告書は、各分科会で1巻ずつ(第1巻:古代・中近世、第2巻:近現代史分科会)とし、日中双方で共同報告も作成する。共同報告は、各巻で1つずつとするか、全体で1つとするか、今後の議論の中で決定される。各分科会における報告書のとりあえずのイメージは、以下のとおり。

(1)近現代史分科会

 近現代史については、時期により大きく3つに分け、全3部、9章から構成される。各章につき日中双方1本ずつ論文を執筆し、双方が共通で取り上げる関心事項(歴史的事象)を1章につき5~10個程度定め、これらの事項については必ず言及することとする。作成の過程において、日中それぞれが報告書に対して意見を出し合い、受け容れられる意見については報告書に反映させ、受け容れられない意見についても、どの論点において如何なる理由により意見の相違があったかが分かるように報告書に明記することとする。なお、報告書の作成にあたっては、日中各委員の合意の下に、外部の専門家に執筆を委嘱することができるものとする。

第1部 アヘン戦争(1840年)から満州事変(1931年)までの時期
 第1章 アヘン戦争(1840年)から日清戦争(1894年)まで
 第2章 日清戦争(1894年)から辛亥革命(1911年)まで
 第3章 第一次大戦(1914年)から1920年代まで

第2部 満州事変(1931年)から終戦(1945年)までの時期
 第1章 満州事変(1931年)から盧溝橋事件(1937年)まで
 第2章 盧溝橋事件(1937年)から日米開戦(1941年)まで
 第3章 日米開戦(1941年)から終戦(1945年)まで

第3部 戦後(1945年以降)の時期
 第1章 戦後(1945年)から日中国交正常化(1972年)まで
 第2章 日中国交正常化(1972年)から現在まで
 第3章 日中における歴史認識、歴史教育等について

(2)古代・中近世分科会

 最初に総論をおき、古代・中近世史をどのように捉えるのかについて、日中双方の側から総論的な記述を行う。以下は次のような3部構成となり、各部とも2章ずつの構成となる。各章には日中それぞれの視点から各1論文を収める。

第1部 「東アジアの国際秩序とシステムの変容」
 第1章 「7世紀の東アジア国際秩序の創成」
 第2章 「15世紀から16世紀の東アジア国際秩序と日中関係」

第2部 「中国文化の伝播と日本文化の創造的発展の諸相」
 第1章 「思想、宗教の伝播と変容」
 第2章 「ヒトとモノの移動」

第3部 「日中両社会の相互認識と歴史的特質の比較」
 第1章 「日本人と中国人の総合認識」
 第2章 「日中の政治、社会構造の比較」

2.今後のスケジュール

 2008年6月に報告書をとりまとめ、同年8月に両政府への報告、対外公表を行うことを目指し、以下のスケジュールで活動を行う。なお、以下の期間において、必要に応じ、日本側委員による準備会合、中国側委員との分科会等を随時開催する。

今後のスケジュール
日付 予定
2007年3月 第2回全体会合(日本)
・ 具体的テーマの設定
・ 成果物(報告書)の取りまとめ方の決定
2007年9月目処 報告書(各章につき1本ずつ)の第1稿を提出。
2007年9月~12月 提出された報告書について日中委員間で討論を重ねる。この間、分科会を1、2回程度開催することを想定。
2007年12月 第3回全体会合(中国)
・ 各章についての報告書を踏まえ、共同報告の検討を開始。
2007年12月~翌6月 共同報告、各章ごとの報告書につき討論。この間、分科会を最低1回は開催することを想定。
2008年3月 各章ごとの報告書の最終稿を提示。
2008年6月 第4回全体会合(日本)
・ 共同報告も含め、報告書を完成。
2008年8月 両国政府に報告、対外的に公表
このページのトップへ戻る
前のページへ戻る | 目次へ戻る