アジア | 北米 | 中南米 | 欧州(NIS諸国を含む) | 大洋州 | 中東 | アフリカ

2010年8月現在
756,000平方キロメートル(日本の約2倍)
1,680万人(2008年 世銀)
サンティアゴ
スペイン系75%、その他の欧州系20%、先住民系5%
スペイン語
カトリック(全人口の88%)
| 年月 | 略史 |
|---|---|
| 1818年 | 事実上の独立 |
| 1970年 | アジェンデ社会主義政権誕生 |
| 1973年 | クーデターによりピノチェット軍事政権誕生 |
| 1980年 | 新憲法草案に対する国民投票の実施 |
| 1981年 | 新憲法発効 |
| 1988年 | ピノチェット大統領信任投票 |
| 1989年 | 大統領選挙、国会議員選挙 |
| 1990年 | エイルウィン政権成立(民政移管) |
| 1994年 | フレイ政権成立 |
| 2000年 | ラゴス政権成立 |
| 2006年 | バチェレ政権成立 |
| 2010年 | ピニェラ政権成立 |
立憲共和制
セバスティアン・ピニェラ・エチェニケ大統領(任期4年、連続再選不可)
上下両院制(上院 38名、下院 120名)
(1)首相名 なし
(2)外相名 アルフレッド・モレノ・チャルメ
1973年にクーデターを敢行し発足したピノチェット軍事政権(1974年に大統領就任)は、1988年10月の国民信任投票で敗北。1989年末の選挙で反軍事政権諸党連合を母体にエイルウィン大統領が選出され1990年に民政移管を達成。以後、フレイ大統領、ラゴス大統領、バチェレ大統領と、4期連続して中道左派政権が継続。ピノチェット元大統領については、軍政時の人権侵害事件等に関与した容疑で1998年に英国で逮捕され、2000年にチリでの裁判が開始され、国内の左右両勢力の対立が一時顕在化する場面もあったが、2006年12月に同元大統領が死去したことで、現在は一応の落ち着きを見せている。
2000年に発足したラゴス政権は、市場重視の経済政策、開かれた地域主義の外交等従来の基本政策を継続し、課題であった経済の回復、高失業率(約8%)の解決、社会格差の是正、インフラ整備、軍政時代の負の遺産の処理(憲法改正等)に取り組み、2005年8月には大統領任期の短縮(6→4年)、任命・終身上院議員制度の廃止を含む憲法改正を行ったほか、世界経済全体の回復と銅価格の上昇も相まって着実な経済成長を実現させた。
2005年12月の大統領選挙では、いずれの候補も有効投票の過半数を獲得できず、2006年1月の決選投票の結果、バチェレ候補(与党連合)がピニェラ候補(野党同盟)に勝利。同年3月に大統領に就任し、チリにとって初の女性大統領の誕生となった。同大統領(社会党)は、主に社会分野(教育、年金、貧困対策、医療等)を中心とした具体的施策を展開。経済危機に際して失業の拡大を食い止め、雇用を維持するなど一定の成果をあげたものの経済成長の実現という点では顕著な成果を挙げることができなかった。
2009年12月の大統領選挙では、いずれの候補も有効投票の過半数を獲得できず2010年1月に決選投票が行われ、ピニェラ候補(野党同盟)がフレイ候補(与党連合)に勝利。1990年の民政移管後初めての中道右派政権の誕生となった。ピニェラ大統領は政権発足後100日間の重点課題として、雇用、治安、教育、保健分野等の各分野を重視。また2010年2月に発生した大地震の被害からの早期復興に向けた取組を推進。
ラゴス政権は、前政権に引き続き、チリ経済の国際化、中南米地域における安定した外交関係の構築、平和維持及び民主主義を確保するための活動への参加を外交基本政策に掲げ、活発な外交を展開した。特に輸出市場の安定確保・拡大を目指し、二国間の自由貿易協定の締結を推進するなど自由貿易に立脚した多角的経済外交を行った。バチェレ政権はこれまでの経済政策とともに、国際場裡への参画強化、近隣諸国との関係強化といった方針を踏襲。ピニェラ政権は、バチェレ前政権の外交政策、即ち対アジア太平洋、対米、対欧州、対近隣国との関係を重視しつつ、自由経済の推進を基本的に踏襲している。なお、本年4月、モレノ外務大臣が、ピニェラ政権外務大臣として初めてとなる二国間訪問として我が国を訪問した。
(1)国防予算 26億ドル(2007年)
(2)兵役 2005年より志願制
(3)兵力 陸軍36,000人、海軍20,400人、空軍8,500人(ミリタリーバランス)
鉱業、商業、農業、農産加工業
1,574億ドル(2008年 世銀)
9,400ドル(2008年 世銀)
3.2%(2008年 チリ中銀)
7.1%(2008年 チリ中銀)
7.8%(2008年 チリ中銀)
(1)輸出 530.2億ドル(前年比 -20.2%増)
(2)輸入 397.0億ドル(前年比 -31.1%増)
(1)輸出 銅、モリブデン、木材・チップ、サケ・マス、メタノール、果物、魚粉
(2)輸入 石油・石油製品、輸送機器、通信機器、金属製品、天然ガス、化学製品
(1)輸出 中国、米国、日本、蘭、韓
(2)輸入 米国、中国、ブラジル、アルゼンチン、韓国、ペルー
ペソ
1米ドル=517.67ペソ(2010年8月)
1970年代初めに、他の中南米諸国に先駆けて国家主導型産業育成政策から、民間主導、開放経済へと政策を転換。その後1980年代初めの債務危機を克服し、1980年代は平均成長率6.4%という高い持続的成長を達成したことから、中南米の「優等生」と称された。
1990年代も、輸出及び投資の伸びに支えられ経済は概ね順調に拡大。1991〜1997年の平均実質経済成長率8.3%を達成するなど長期に亘る高度成長を実現。1999年以降は、相対的に安定しているものの、アジア経済危機や世界経済の低迷を受け、チリ経済にも減速傾向が見られた。2002年は、国際銅価格の低迷等から輸出が伸び悩み、また国内需要が冷え込み、失業率も高率で推移。しかしながら、2002年後半からは、中銀の金融緩和政策の継続等の効果もあり、国内需要が回復。地域・世界経済の回復、銅価格の上昇等から安定した成長を維持している。チリは、エネルギー純輸入国であり、近年のエネルギー価格の高騰、国際金融危機等の影響を受け、2008年の成長率の推計は3.2%、2009年は−1.9%とマイナス成長の見通し。なお、国内の所得格差の問題に関し、2006年、チリ企画協力省により実施された実態調査では、所得上位10%の国民が、チリの全所得の44.7%を得ており、他方、同下位10%は、同全所得の1%しか得ていないことから、所得格差は高いと言える。
(1)有償資金協力(2008年度までの累計)270.70
(2)無償資金協力(2008年度までの累計)91.18
(3)技術協力実績(2008年度までの累計)401.96
(1)ノルウェー(38.86百万ドル)(2)独(27.45百万ドル)(3)仏(10.18百万ドル)(4)日本(8.75百万ドル)
1897年日本チリ修好通商航海条約署名。1992年11月、両国史上初のチリ大統領(エイルウィン)の訪日が実現。1996年8月には37年ぶりに日本の総理として橋本総理が訪問。1997年には修好百周年を迎え、両国における記念式典の開催をはじめとする各種記念行事が実施され、フレイ大統領夫妻、常陸宮同妃両殿下の相互訪問が実現。2004年はチリがAPEC議長国を務めたことから、多くの日本の要人がチリを訪問。同年11月には日本国総理としては8年ぶりとなる小泉総理のチリ公式訪問が実現。2007年には修好110周年を迎え、9月にはバチェレ大統領が訪日したほか、両国で様々な記念行事が開催された。
(1)対日貿易(2008年)(出典: チリ中銀)
(2)日本からの直接投資(2008年までの累計)(実績ベース)
23.0億ドル(鉱業・80%、製造業、サービス業等)(投資国中第6位)
(3)2005年11月に行われた日チリ首脳会談において、日本・チリ経済連携協定(EPA)の締結交渉の立ち上げに合意。2006年2月より交渉を開始し、同年9月に大筋合意。2007年3月に両国外相間で署名し、同年9月3日に発効。
文化無償 26件、975.3百万円(2007年度まで)
1,152名、日系人は永住者(486人)を含め2,600人程度と推定(2007年10月現在)
約730名(2007年)
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1959年 | 岸総理 |
| 1979年 | 園田外務大臣 |
| 1981年 | 田中(六)通産大臣 |
| 1990年 | 遠藤要参議院議員(特派大使) |
| 1992年 | 海部前総理 |
| 1993年 | 常陸宮同妃両殿下 |
| 1994年 | 中山日チ友好議連会長、田中秀征衆議院議員(特派大使) |
| 1996年7月 | 斎藤参議院議長 |
| 1996年8月 | 橋本総理 |
| 1997年6月 | 亀井建設大臣 |
| 1997年9月 | 常陸宮同妃両殿下 |
| 2000年3月 | 井上裕参議院議員 |
| 2001年1月 | 中曽根元総理等(APPF総会) |
| 2001年3月 | 荒木外務副大臣(FEALAC外相会合出席) |
| 2002年8月 | 植竹外務副大臣 |
| 2003年4月 | 瓦力衆議院議員他(IPU総会) |
| 2003年8月 | 茂木外務副大臣 倉田参議院議長 |
| 2004年1月 | 中川秀直日智友好議連会長一行 |
| 2004年4月 | 河村文部科学大臣(APEC教育大臣会合) |
| 2004年9月 | 谷垣財務大臣(APEC財務大臣会合) |
| 2004年11月 | 町村外務大臣・中川昭一経産大臣(APEC閣僚会議) 小泉総理(APEC首脳会議/チリ公式訪問) |
| 2006年3月 | 中川秀直衆議院議員(特派大使) |
| 2008年6月 | 近藤基彦衆議院議員、小平忠正衆議院議員、山際大志郎衆議院議員、鶴保庸介参議院議員(第60回IWC年次会合) |
| 2010年3月 | 吉良外務大臣政務官(特派大使) |
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1985年 | ビュッヒ大蔵相 |
| 1987年 | ビュッヒ大蔵相、コンチャ経済相 |
| 1988年 | ビュッヒ大蔵相 |
| 1989年 | エラスリス外相(大喪の礼) セゲル蔵相、ラロンド経済相 |
| 1990年 | オミナミ経済相、シルバ・シマ外相(即位の礼) |
| 1991年 | ハミルトン鉱業相 |
| 1992年 | エイルウィン大統領(シルバ・シマ外相、フォクスレイ蔵相、フィゲロア農業相同行) |
| 1993年 | シルバ・シマ外相 ボーニンゲル大統領府官房長官 |
| 1994年 | エイルウィン前大統領 フレイ大統領(インスルサ外相、ガルシア経済相同行) |
| 1995年 | フレイ大統領(インスルサ外相他同行) |
| 1996年3月 | テプリスキー鉱山大臣 |
| 1996年12月 | ディエス上院議長 |
| 1997年8、9月 | フレイ大統領(インスルサ外相他同行) |
| 1999年11月 | バルデス外相(外賓) |
| 2002年5月 | カンポス農業相 |
| 2002年9月 | サルディバル上院議長 |
| 2002年11月 | アルベアル外相 |
| 2003年2月 | ラゴス大統領 |
| 2003年9月 | アジェンデ下院議長 |
| 2003年11月 | バロス外務次官 |
| 2004年11月 | パエス列国議会同盟(IPU)議長 |
| 2005年4月 | エイサギレ蔵相 |
| 2005年5月 | エイサギレ蔵相、カンポス農業相 |
| 2007年3月 | フォックスレイ外相 |
| 2007年9月 | バチェレ大統領(フォックスレイ外相、フェレイロ経済相同行) |
| 2008年1月 | フレイ上院議長 |
| 2010年4月 | モレノ外務大臣 |
1969年 査証免除協定
1978年 技術協力協定
1996年 青年海外協力隊派遣取極
2007年 日本・チリ経済連携協定(EPA)