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カンボジア情勢と日カンボジア関係

平成23年3月

1.カンボジア情勢

(1)歴史

 カンボジアは、1991年のパリ和平協定により内戦が終結し、1993年の国連カンボジア暫定機構(UNTAC)による総選挙を経て、「カンボジア王国」として再出発した。当初は内戦時代を反映した二人首相体制の下で国家再建が開始されたが、1997年の政変など不安定化の危険もあった。その後1998年及び2003年の総選挙を経て成立したフン・セン首相を首班とするカンボジア政府は、様々な課題を抱えつつも安定した政権運営を行い、国づくりに取り組む中、2008年7月に第4回目の総選挙が実施され、与党・人民党が大勝した。同年9月25日に新政府が成立した。

(2)政治

(イ)政治体制

  • 立憲君主制(1993年憲法にて王制復活)
     元首:ノロドム・シハモニ国王(2004年10月即位)
  • 首相:フン・セン(人民党副党首)
  • 議会:二院制(上院、下院(国民議会))
    - 上院(1999年3月新設。全61議席・任期6年)
     議長:チア・シム(人民党党首)
     議席配分:人民党(45)、フンシンペック党(12)、サム・ランシー党(2)、国王任命(2名)
    - 国民議会(2008年7月改選。全123議席・任期5年)
     議席配分:人民党(90)、サム・ランシー党(26)、人権党(3)、フンシンペック党(2)、ノロドム・ラナリット党(旧愛国党)(2)

(ロ)2008年の国民議会選挙(7月27日)及び新政府成立

 第4回目の国民議会議員選挙が実施され、与党・人民党が123議席中90議席を獲得し大勝した(議席配分は上記(イ)のとおり)。登録政党は、人民党、フンシンペック党、サム・ランシー党、人権党、ノロドム・ラナリット党など11党。原油高、食料価格の高騰等インフレ下で初めての選挙となり、有権者の関心は政治から経済に傾く中で行われた。
 日本政府は、木村外務副大臣を団長とする23名の選挙監視団を派遣した。同監視団は、今回の選挙がこれまでにない平和的な環境の中で円滑に実施されたことを歓迎する内容の声明を発出した。
 人民党とフンシンペック党との連立が維持される形でフン・セン首相を首班とする新政府が9月25日に成立した。

(ハ)2009年の首都・州、市・郡・区評議会議員選挙

 昨年5月17日には、第1回首都・州、区・市・郡評議会議員選挙(村・地区評議会議員を選挙人とした間接選挙:3,235議席)が実施され、人民党は2,551議席(約8割)を獲得し、全選挙区(首都及び州の24選挙区、並びに市・郡・区の193選挙区)で評議会議長の座を獲得した。

(3)経済

(イ)諸改革

 2008年9月に成立した第四次連立政権で、フン・セン首相は前政権で発表した「四辺形戦略」を継承する形で「第2次四辺形戦略」を発表した。中央部に「グッド・ガバナンス」(汚職との戦い、司法改革、行政改革、国軍改革と兵員削減)を掲げ、グッド・ガバナンスの確立を最優先課題として取り組む一方、四辺には、(1)農業セクターの強化、(2)更なるインフラの復興と建設、(3)民間セクター開発と雇用創出、(4)キャパシティービルディングと人材開発を掲げ、優先課題を明確化した上で引き続き国家開発に取り組んでいる。

(ロ)経済

 観光業、縫製・製靴などの製造業が成長分野。内戦が終結し、政治的安定が達成され、経済も徐々に回復してきている(2004年から2007年までは年率二桁の成長率)。基幹産業は農業でGDPの3分の1を占め、就業人口の7割を吸収する。フン・セン首相はODA依存(DAC諸国からの二国間のODA総計額はカンボジアの国家予算の3割に相当)を脱し海外直接投資の誘致による更なる経済発展を標榜し、外国投資を優遇する投資法を策定した他、経済特区(SEZ)を設置、また首相自らが半年に一度民間企業との対話フォーラムを持つなど種々努力している。
 近年韓国、中国、台湾、タイ、ベトナムからの投資が増加している。他方、安価な労働力などの好条件がある反面、インフラの整備、法の支配の確立、透明性のある行政運営等、依然として課題は多い。
 世界的物価高騰の影響を受け、2008年のインフレ率は上昇したが、2009年は5.3%と落ち着いた。金融危機の影響については、縫製品輸出、観光業、建設業、ODA及び直接投資に顕著な影響を及ぼしたが、2010年は回復傾向にある。

(4)外交

 外交政策の原則は、中立、非同盟、世界の国々との平和的共存である。外交政策上の最優先課題は、社会経済発展のために経済支援の獲得や、貿易・投資・観光の促進とそのために国際社会への統合、各国との二国間・多国間関係の強化である。
 1998年に国連の代表権を回復し、1999年にはASEANに正式加盟した。2002年にASEAN議長国に就任し、ASEAN関連の一連の首脳会議を主催した。2004年にはWTOに加盟し、ASEM参加が決定された。
 また、国際貢献を行うため、2006年以来スーダンやチャド、中央アフリカ等にPKO要員を派遣している。
 タイとの関係では、2008年7月上旬にタイとの国境地帯に位置するプレアビヒア寺院が世界遺産に登録されたが、その登録を契機に両国間の国境問題が再燃し、同年10月以降数回にわたり同寺院周辺のタイ・カンボジア国境にて両国軍が交戦する事態に発展し、死傷者が発生した。その後、小規模な銃撃戦や世界遺産委員会における議論などにより、更に緊張したが、2009年以来カンボジア政府経済顧問に就任していたタクシン・タイ元首相が職を辞したことを機に、両国は相互に召還していた大使を帰任させ、外交関係が正常化した。しかし2011年2月に再び発生した交戦を受け、ASEAN議長国による仲介が行われている。

(5)クメール・ルージュ(KR)裁判

 1970年代後半のクメール・ルージュ(民主カンボジア)政権下で行われた自国民の大量虐殺の罪を裁くため、国連の支援を受けてカンボジア国内裁判所に設置される特別法廷。
 2006年7月に特別法廷は立ち上がり、翌2007年6月の内部規則の採択を受けて、7月に本格捜査が開始し、2007年11月までにヌオン・チア旧ポル・ポト政権国民議会議長、イエン・サリ同政権外交担当副首相、キュー・サンパン国家幹部会議長等被疑者5人が拘束(逮捕)された。2009年2月に最初の公判が開廷し、2010年7月には初の初審判決が出され、ドゥイッ元S21国家中央治安本部長に対し、禁固35年の有罪判決が出された。
 同裁判費用は被害者部の創設や全ての裁判記録及び証拠書類のクメール語、英語及びフランス語への翻訳の必要性など当初想定されなかった費用の発生及び裁判期間の延長のため追加的な資金需要が発生する中で、日本としては、本件裁判がカンボジアに和平を定着させるために不可欠との観点から、これまで約67.7百万ドルの支援を行っている。
 また、最高審判事として野口検事を派遣する等、人的協力においても裁判実施に多大な貢献を行っている。

2.日カンボジア関係

(1)歴史

 日本は、1980年代末よりカンボジア和平への積極的関与を開始し、1992年~1993年にはPKO法に基づき日本初の要員派遣を実施した。以来、カンボジアの復興、内政安定、国造りに対する積極的な支援を行ってきている。
 1953年1月、日本カンボジア両国は、外交関係を樹立した。2008年は、日カンボジア外交関係樹立55周年にあたり、カンボジア外務国際協力省と在カンボジア日本大使館とが実行委員会を立ち上げ、同年を日カンボジア友好年と位置づけ記念事業の認定申請を受け付けた結果、55件の記念行事が実施された。
 2009年は、日メコン交流年であり、日本とカンボジアを含むメコン諸国との間で様々な交流事業を行い、同年10月、カンボジアはシアムリアップにおいて第2回日メコン外相会議を主催した。
 2010年は日本カンボジア友好条約調印55周年にあたり、同年5月に、日本は、ノロドム・シハモニ国王を国賓として訪日招待した。同国王は、天皇皇后両陛下との御会見、宮中晩餐、鳩山総理主催午餐会等の行事に出席し、その後京都を訪問した。
 2011年はパリ和平協定20周年に当たる。

(2)防衛交流

 2008年3月、高村大臣は、外務省賓客として訪日したティア・バニュ副首相兼国防相と会談を行い、防衛交流の活発化のため、日本の在ベトナム大使館の防衛駐在官がカンボジアを兼轄することで一致した(2008年6月に発令済み)。また2010年6月、第1回日カンボジア政務・防衛当局間協議を実施した。

(参考)日カンボジア間の要人往来(2000年以降)

  • 2000年1月 小渕総理が日本の総理として43年ぶりにカンボジア訪問
  • 2001年6月 秋篠宮同妃両殿下が日本の皇族として初のカンボジア御訪問
  • 2002年1月 塩川財務大臣、日本の財務大臣として初めてカンボジア訪問
  • 2002年3月 ラナリット下院議長が訪日(衆議院議長招待)
  • 2002年11月 小泉総理がASEAN+3首脳会議出席のためカンボジア訪問
  • 2003年2月 ハオ・ナムホン外務国際協力相が外務省賓客として訪日
  • 2003年6月 川口外務大臣がASEAN・PMC出席のためカンボジア訪問
  • 2003年12月 フン・セン首相が訪日(日ASEAN特別首脳会議出席)
  • 2005年3月 ソック・アン副首相兼閣僚評議会担当大臣訪日(外務省賓客)
  • 2005年5月 フン・セン首相が来日(愛・地球博ナショナルデー出席)
  • 2005年6月 町村外務大臣がカンボジア訪問
  • 2006年5月 ソー・ケーン副首相兼内務大臣が訪日(外務省賓客)
  • 2006年8月 横路衆議院副議長、カンボジア訪問
  • 2007年2月 ハオ・ナムホン副首相兼外務国際協力相が訪日
  • 2007年6月 フン・セン首相が訪日(公賓)
  • 2007年10月 ヘン・サムリン国民議会議長が訪日(衆議院議長の招待)
  • 2008年1月 ハオ・ナムホン副首相兼外務国際協力相が訪日(日メコン外相会議出席)
  • 2008年3月 ティア・バニュ副首相兼国防大臣が訪日(外務省賓客)
  • 2008年7月 木村外務副大臣がカンボジア訪問(政府選挙監視団団長)
  • 2008年9月 チャム・プラシッド上級相兼商業相が訪日(カンボジア投資セミナー参加)
  • 2009年1月 中曽根外務大臣がカンボジア訪問
  • 2009年5月 鳩山総務大臣がカンボジア訪問
  • 2009年10月 岡田外務大臣がカンボジア(シアムリアップ)訪問(第2回日メコン外相会議参加)
  • 2009年11月 フン・セン首相が訪日(第1回日本・メコン地域諸国首脳会議出席)
  • 2009年12月 ソック・アン副首相兼閣僚評議会担当大臣訪日(アンコールワット展出席)
  • 2010年1月 ハオ・ナムホン副首相兼外務国際協力大臣訪日(第4回FEALAC外相会合出席)
  • 2010年5月 ノロドム・シハモニ国王訪日(国賓)

(3)経済関係

 2007年6月のフン・セン首相の訪日の際、安倍総理との間で「投資の自由化、保護及び促進に関する日本国とカンボジア王国との間の協定」(日カンボジア投資協定)の署名が行われ、2008年7月末に発効した。この協定は、投資の保護規定に加え、投資の自由化規定を盛り込んだものであり、韓国、ベトナムとの投資協定やマレーシア等との経済連携協定(EPA)の投資章とほぼ同内容の自由度の高い協定となっており、同協定により日本からカンボジアへの投資が活発化することが期待される。2009年8月、同協定の実施・運用状況を協議する合同委員会を実施。同国の投資環境改善のため、日本の民間企業の参加を得て、官民合同会議も随時開催している。

(4)経済協力 

 日本は、カンボジアにとって最大の援助供与国であり、2009年度までの援助実績は、円借款312.91億円、無償資金協力1,383.11億円、技術協力554.97億円である。
 日本の対カンボジア援助は、2002年に策定された対カンボジア国別援助計画において、持続的な経済成長、貧困対策を中心とし、ハード及びソフトの両面にバランスのとれた支援を行うこととしている。具体的な援助重点4分野は、1)持続的な経済成長と安定した社会の実現、2)社会的弱者支援、3)グローバルイシューへの対応、4)ASEAN諸国との格差是正のための支援である。

(5)文化関係

 1994年よりユネスコ文化遺産保存日本信託基金により日本国政府アンコール遺跡救済チーム(JSA)を通じてアンコール遺跡の保存修復活動を実施中である。第1期及び第2期事業期間中、延べ700名を超える日本人専門家が現地に派遣され、約200名のカンボジア人スタッフと共同で保存修復活動に従事した。2005年より第3期事業を実施中(6か年計画)。
 また、仏とともにアンコール遺跡救済国際調整委員会の共同議長国として関係国間の会合を毎年開催している。

(6)人権

 日本は、1999年より2003年まで国連総会第3委員会において、また1999年より2009年まで、国連人権委員会(2006年に国連人権理事会にに改組)においてそれぞれ「カンボジアの人権状況決議」の主提案国となっている。同決議は、カンボジアの人権状況を公平な視点から評価しつつ、更なる進展を慫慂するバランスの取れた内容となっている。同決議はこれまで全て無投票採択されており、これは日本がカンボジア側と西側諸国間の意見調整に努力した成果として評価されている。

[参考]統計資料 

(1)基礎経済データ(IMF資料等)

  2005 2006 2007 2008 2009
人口(百万)(注) 13.0 13.0 13.0 13.4 13.4
実質GDP成長率 % 13.4 10.4 10.1 6.7 -2.0
GDP (百万ドル) 6,287 7,223 8,619 11,277 10,800
1人当たりGDP(ドル) 454 513 626 805 768
物価上昇率 % 6.7 2.8 10.8 13.5 5.3
輸出 (百万ドル) 2,910 3,692 4,089 4,708 3,907
輸入 (百万ドル) 3,928 4,771 5,471 6,509 5,448

(注)2005-2007年の数値は推定値。

(2)日本の経済協力

年度 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
無償資金協力 86.0 79.1 76.5 103.1 62.5 66.9 69.1 65.1 68.9 61.1 106.62
有償資金協力 41.4 0 0 0 0 73.4 3.2 26.3 46.5 35.1 71.76
技術協力 23.3 30.6 43.1 40.4 37.6 40.8 45.9 40.4 37.8 39.8 44.46
アンコール遺跡保存
第1期事業:960
(1994-1999年)
第2期事業:1,100
(1999-2005年)
第3期事業:240
(2005-2010年)

(単位:無償・有償・技協:億円、アンコール遺跡:万ドル)

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