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2012年4月現在
11.09万平方キロメートル(日本の約3分の1)
750万人(2010年、IMF)
ソフィア
ブルガリア人(約80%)、トルコ系(9.7%)、ロマ(3.4%)等
ブルガリア語
大多数はブルガリア正教(ギリシャ正教等が属する東方教会の一派)。他に回教徒、少数のカトリック教徒、新教徒等
3月3日(トルコからの解放記念日)
| 年月 | 略史 |
|---|---|
| 681年 | 第1次ブルガリア王国成立(~1018年) |
| 1185年 | 第2次ブルガリア王国成立(~1396年) |
| 1396年 | トルコによる占領(~1878年) |
| 1879年 | 第3次ブルガリア王国成立(~1944年) |
| 1944年 | 共産主義政権成立 |
| 1946年 | ブルガリア人民共和国成立 |
| 1989年 | 共産党独裁体制終焉 |
| 1991年 | 民主的な新憲法採択 |
| 2004年 | NATO加盟 |
| 2007年 | EU加盟 |
共和制
ロセン・プレヴネリエフ(Rosen Plevneliev)大統領(2012年1月就任、任期5年(2017年1月まで))
一院制(240名)
議長 ツェツカ・ツァチェヴァ(Tsetska Tsacheva)
(1)首相名 ボイコ・ボリソフ(Boyko Borissov)(2009年7月就任)
(2)外相名 ニコライ・ムラデノフ(Nickolay Mladenov)(2010年1月就任)
(1)1989年の独裁政権崩壊後、1991年7月に東欧諸国では初の民主的な新憲法を採択し、その後新憲法に基づく各種選挙(大統領選挙、議会選挙及び地方選挙)を実施し、民主制への移行を果たした。その後10年間、政権は社会党(旧共産党)と民主勢力同盟(中道右派)が交互に政権に就いたが、いずれも経済政策等の失敗から短命に終わった。
(2)特に1996年には経済改革の遅れのため、ハイパーインフレの発生等、経済状況が急激に悪化した。1997年4月に実施された繰り上げ総選挙で誕生した民主勢力同盟を中心とする連立政権は、急進的な経済改革を推進し、マクロ経済の安定を達成したが、同時に貧困と失業者の増大をもたらし、また構造的な汚職により国民の政治不信を招いた。
(3)2001年6月、任期満了に伴う国民議会選挙が実施され、「800日以内に経済を抜本的に改革し、国民生活を改善する」との公約を掲げた「シメオン2世国民運動」が第1党となり、トルコ系少数民族を支持母体とする政党「権利と自由のための運動」とともに、元国王シメオン2世(シメオン・サクスコブルグ)を首班とする連立内閣を樹立した。
(4)サクスコブルグ政権は、雇用創出・投資誘致・税制改革等を実施するとともにNATO加盟実現、EU加盟条約署名といった外交上の成果をあげたものの、生活レベルの改善に関して国民が抱いた大きな期待に応える程の成果をあげられず、また汚職・組織犯罪に関して有効な政策を打ち出せなかった。
(5)2005年6月の国民議会選挙を受け、同年8月、スタニシェフ社会党党首を首班とする「ブルガリアのための連合」、「シメオン2世国民運動」及び「権利と自由のための運動」の3党による大連立内閣が発足した。スタニシェフ内閣はEU加盟を果たし、雇用の増大、高い経済成長など国民生活には向上が見られたものの、司法改革や組織犯罪・汚職対策等の課題で成果を出せず、また、欧州委員会からEU資金の不適切な運用を指摘されEU資金を凍結された。
(6)2009年7月5日の任期満了に伴う総選挙では、ボリソフを首班とする新興野党「ブルガリアの欧州における発展のための市民(GERB)」(右派)が7月27日、単独少数与党内閣を発足させた。世論の堅い支持や野党勢力の足並みの乱れを背景に、アタッカ(ナショナリスト)との閣外協力を解消した後も安定的に政権を運営している。シェンゲン参加等、EUのフルフレッジメンバーとなることを目標とする。また、欧州債務危機のもと、引続き「財政・経済の安定」を重視しつつ、景気浮揚策としてはインフラ・プロジェクトを推進。また、汚職・組織犯罪対策や電子政府化に取り組む。
| 政党名 | 議席数 | |
|---|---|---|
| 1 | ブルガリアの欧州における発展のための市民(GERB) | 117 |
| 2 | ブルガリアのための連合(BSP他) | 40 |
| 3 | 権利と自由のための運動(MRF) | 35 |
| 4 | Blue Coalition | 14 |
| 5 | アタッカ | 10 |
| 6 | その他 | 24 |
| 計 | 合計240議席 | |
(1)ブルガリアはNATO、EU加盟を中心とした欧州統合プロセスを最重要課題として進めた結果、2004年3月にNATO加盟を、2007年1月にはEU加盟を果たした。親欧米政策をとりながら、ロシアとの関係にも配慮し、周辺国との友好関係の維持・強化、南東欧の安定と地域協力にも積極的に取り組んでいる。
(2)2001年9月11日の米国同時多発テロ後、ブルガリアは国際テロ対策を外交・安全保障政策上の重要な課題とし、米国を中心とする対アフガニスタン軍事行動及び対イラク武力行使の際には米軍部隊を受け入れ、出撃拠点を提供した。また、在欧米軍の再編にあたり、2006年4月、米国との間で、防衛協力協定に署名し、ブルガリア国内に米軍の拠点を設置することが合意された。
(3)ブルガリアは、バルカン地域の安定なしにブルガリアの繁栄はないとの立場から、すべての近隣諸国との友好関係の確立に努めている。特に、1996年に「南東欧協力プロセス」を提唱するなど、南東欧地域協力の推進、同地域の安定に積極的に貢献している。
(4)ブルガリアは2003年7月より5次にわたってイラクに400-500名の軍部隊を派遣(中南部の治安維持を担当)するなど、19名(うち6名は民間人)の犠牲者を出しつつも、イラクの安定と復興に対する貢献を継続してきたが、2005年12月のイラク国民議会選挙終了後、軍部隊の撤退を完了させた。その後、2006年春より、バグダッドの北60キロメートルにあるアシュラフ・キャンプ警護のため約150名の軍部隊を新たに派遣していたが、2008年12月をもって全部隊を撤収した。
(5)アフガニスタンについては、ISAF(国際治安支援部隊)の枠組みで、2003年8月から部隊を派遣し、2012年2月末現在約610名が、治安維持業務等に従事しているが、2014年までにその大部分が撤退する予定。
(1)防衛省予算 約502百万ユーロ(2012年)
(2)兵役:なし
農業(穀物・酪農)、工業(化学・石油化学、食品加工)
477億ドル(2010年、IMF)
6.356ドル(2010年、IMF)
0.1%(2010年、IMF)
3.0%(2010年、IMF)
10.2%(2010年、IMF)
輸出 155.61億ユーロ(2010年、ブルガリア中央銀行)
輸入 192.44億ユーロ(2010年、ブルガリア中央銀行)
(1)輸出 衣服、靴、鋳鉄類、非鉄金属、機械類、石油製品
(2)輸入 繊維、原油・天然ガス、機械類、運送設備、プラスチック・ゴム
(1)輸出 ドイツ、イタリア、ルーマニア、トルコ、ギリシャ
(2)輸入 ロシア、ドイツ、イタリア、ルーマニア、トルコ
レフ(複数形:レヴァ)
1ユーロ=1.95583レヴァ(固定相場制)
ブルガリアは1991年から市場経済移行のための経済改革を開始したが、1996年の経済危機によるマイナス成長、500%を超えるハイパー・インフレにより大きな困難に直面した。
1997年に通貨委員会制度を導入することにより、為替相場の安定、インフレの沈静、金利水準の低下、外貨準備高の増加等を図った。その後、ブルガリア経済はIMF主導の構造改革の下、マクロ的に一定の安定を達成し、2008年のGDPは341億ユーロにまで回復した。
2008年の年末以降、世界金融危機の影響を受け外国投資が大幅に減少し、2009年第3四半期には-5.8%のマイナス成長となったものの、輸出が持ち直し2011年はプラス成長を記録している。また緊縮財政を継続し健全な財政運営に腐心している。今後の課題は、インフラ整備を実現するための投資環境整備、産業振興等。
(1)ブルガリアは社会主義時代から親日的であった。大阪万博出席のために訪日したジフコフ国家評議会議長(元首)は日本の発展に強い印象を受け、その後も自ら2度訪日したほか有力者を次々に訪日させ、「日本ロビー」を形成した。
1989年の民主化以後、「日本ロビー」は姿を消したが、依然として我が国を「高度な経済・科学技術と豊かな伝統文化を有する国」として強い尊敬の念を有しており、経済協力、投資に関し大きな期待を抱いている。このため、毎年のように閣僚クラスの要人が来日している。
(2)2007年1月、ブルガリアがEUに加盟した機会をとらえ、麻生外務大臣が日本の外務大臣として24年ぶりにブルガリアを訪問した。また同年11月には、カルフィン副首相兼外相が訪日している。
(3)2009年は外交関係再開50周年にあたり、同年1月にはパルヴァノフ大統領が訪日し、5月には秋篠宮同妃両殿下がブルガリアを御訪問された。その他、2009年には「日本・ドナウ交流年」関連の様々な行事が行われた。
(4)2011年は年初に首相が訪日し、日・ブルガリア首脳会議が、また同行したムラデノフ外相との間で外相会議が行われ、両国間で「基本的価値を共有するパートナー」としての関係強化、特に経済関係の強化で一致した。
日本との経済関係については、EU加盟を機に加盟国のプレゼンスが高まる中、日本のプレゼンスは相対的に低くなっているものの、2006年に日本企業によりソフィアにおいて最先端の医療機器を持つ総合病院が開業し、また、京都議定書が規定する共同実施プロジェクト促進協力に関する覚書に基づき、カリアクラで風力発電プロジェクトが実施されている。また2006年に矢崎総業により自動車部品産業への投資が行われた。
(1)日本の対ブルガリア貿易
(2)日本からの直接投資
426.5百万ユーロ(1999年から2011年までの累計。ブルガリア中央銀行)
日本は、ブルガリアとの良好な二国間関係、ブルガリアの民主化、市場経済化移行の努力に対する支援、南東欧地域の平和と安定におけるブルガリアの重要な役割重視等の観点から、これまで積極的な経済協力を実施してきており、ブルガリアにとり最大の援助国の一つとなっている。
日本の援助
(1)1975年に文化取極が締結されて以来、日本・ブルガリア間の文化交流は様々な分野で活発に行われている。在ブルガリア日本国大使館は多くの団体の協力を得て1990年より16年連続して秋に「日本文化月間」を開催し、日本の伝統文化・現代文化を紹介する様々な行事をブルガリア各地で実施している。ブルガリア側も、1994年と1997年に日本において「ブルガリア文化月間」を開催した。最近では、ブルガリアにおいては地方自治体やNGOが中心になって地方で日本文化紹介行事を開催し、日本においては企業や財団がブルガリア文化紹介行事を開催することも多くなった。ソフィア少年少女合唱団、ソフィア国立オペラ劇場は、頻繁に日本公演を行っている。
(2)現在、岡山市とプロヴディフ市が姉妹都市関係にあり、2002年10月には姉妹都市提携30周年を記念する岡山市の訪問団がプロヴディフ市を訪れた。また、ばら公園で有名な広島県の福山市とバラの谷の中心都市カザンラク市との間、横浜保土ヶ谷区とソフィア市や宗像市と前出カザンラク市との間でも、活発な交流が行われている。
(3)スポーツの分野では、大相撲においてブルガリア出身力士の琴欧洲関や碧山関の活躍が両国国民の関心を集めている。
131名(2010年10月現在)
437名(2010年末現在)
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1979年 | 皇太子・同妃両殿下 |
| 1983年 | 安倍外相 |
| 1987年 | 三笠宮・同妃両殿下 |
| 1988年 | 金丸副総理 |
| 1992年 | 綿貫自民党幹事長、櫻内衆議院議長 |
| 1994年 | 海部元総理 |
| 1995年 | 柳沢外務政務次官 |
| 1996年 | 亀井運輸大臣(衆議院友好議連幹事長) 清子内親王殿下 |
| 1997年 | 堀之内郵政大臣 |
| 2000年 | 綿貫衆議院議長、浅野外務政務次官 |
| 2002年 | 松浪外務大臣政務官、倉田参議院議長 |
| 2004年 | 松宮外務大臣政務官、関谷参議院友好議連会長、川口総理大臣補佐官 |
| 2005年 | 常田農林水産副大臣 |
| 2006年 | 角田参議院副議長 |
| 2007年 | 麻生外務大臣 田中財務副大臣 |
| 2009年 | 秋篠宮同妃両殿下 |
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1990年 | ジェーレフ大統領(即位の礼出席) |
| 1991年 | ヴァルコフ副首相兼外相 |
| 1993年 | ヨルダノフ国民議会議長 |
| 1996年 | センドフ国民議会議長 |
| 1997年 | ストヤノフ大統領(国賓) |
| 1999年 | バカルジーエフ副首相 |
| 2000年 | カヴァルジエフ副大統領 |
| 2001年 | ゲルジコフ国民議会議長 |
| 2002年 | ヴァシレフ副首相兼経済大臣 |
| 2003年 | パシ外相(外務省賓客) |
| 2004年 | サクスコブルク首相(実務訪問賓客) |
| 2005年 | コヴァチェフ経済大臣(愛・地球博開会式出席) マーリン副大統領(博覧会賓客) |
| 2006年 | ピリンスキ国民議会議長 エテム副首相兼緊急事態・災害大臣 ガイダルスキ保健大臣 |
| 2007年 | ヴァルチェフ副首相兼教育大臣 カルフィン副首相兼外務大臣 |
| 2008年 | マスラロヴァ労働社会政策大臣 ヴァルチェフ副首相兼教育大臣(STSフォーラム出席) |
| 2009年 | パルヴァノフ大統領(公式実務訪問賓客) (カルフィン副首相兼外務大臣(同行)、チャカロフ環境・水大臣(同行)) |
| 2010年 | カラジョヴァ環境・水大臣(COP10ハイレベルセグメント出席) |
| 2011年 | ボリソフ首相(実務訪問賓客) (ムラデノフ外務大臣(同行)、トライコフ経済大臣(同行)、ナイデノフ農業・食糧大臣(同行)、ラシドフ文化大臣(同行)) |
| 2012年 | チェヴァ国民議会議長 |
長期貿易支払協定(1967年)、通商航海条約(1970年)、文化取極(1975年)、科学技術協力取極(1978年)、租税条約(1991年)、青年海外協力隊派遣取極(1992年)
(1)駐ブルガリア日本国大使 伊藤誠 特命全権大使
(2)在京ブルガリア大使 リュボミル・トドロフ(Dr.Lubomir Todorov)特命全権大使