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2013年2月現在
110万平方キロメートル(日本の約3倍)
1,038万人(2012年11月 国家統計局暫定値)
ラパス(憲法上の首都はスクレ)
先住民55%、混血32%、欧州系13%
スペイン語及びケチュア語、アイマラ語を中心に先住民言語36言語
国民の大多数(95%以上)はカトリック教
| 年月 | 略史 |
|---|---|
| 1825年 | スペインより独立 |
| 1964年~1982年 | 軍事政権 |
| 1982年~1985年 | シーレス・スアソ大統領(民政移管) |
| 1985年~1989年 | パス・エステンソロ大統領 |
| 1989年~1993年 | パス・サモラ大統領 |
| 1993年~1997年 | サンチェス・デ・ロサダ大統領 |
| 1997年~2001年8月 | バンセル大統領 |
| 2001年~2002年 | キロガ大統領 |
| 2002年8月~2003年10月 | サンチェス・デ・ロサダ大統領 |
| 2003年10月~2005年6月 | メサ大統領 |
| 2005年6月~2006年1月 | ロドリゲス大統領 |
| 2006年1月~現在 | モラレス大統領 |
立憲共和制
ファン・エボ・モラレス・アイマ大統領
二院制(上院36名、下院130名)
(1)副大統領 アルバロ・ガルシア・リネラ
(2)首相 なし
(3)外相 ダビッド・チョケワンカ・セスペデス
ボリビアは,1982年に民政移管を達成した後,民主化・市場経済化に向けた改革を推進してきたが,市場経済化に伴う貧困や貧富の格差問題の悪化を背景として,先住民を中心とする反政府運動が頻発化した。
2003年10月,政府による対米天然ガス輸出計画の推進を機に,右に反発する先住民団体を中心とする暴動が発生し,サンチェス・デ・ロサダ大統領は退陣に追い込まれた。副大統領から繰り上がり就任したメサ大統領は,天然ガス輸出政策に関する国民投票、緊縮財政政策の実施等,各種改革に努めた。しかしながら,より資源ナショナリスト的な要求を掲げ,貧しい先住民層を中心とする西部地域住民と,豊富な資源を有し,地方自治の強化を求める東部地域住民との対立が深まり,再度国内道路封鎖等の抗議行動が過激化し,2005年6月,メサ大統領は辞任,憲法上第3位の継承権を有するロドリゲス最高裁長官が大統領に就任した。
2005年12月,大統領選を含む総選挙が前倒し実施され,左派先住民指導者のモラレス社会主義運動党(MAS)候補が,保守派のキロガ民主社会勢力(PODEMOS)候補を押さえ,53.7%の票を獲得して当選し,2006年1月に就任した。
モラレス大統領は,貧富格差の是正,先住民の権利拡大を掲げ,新憲法制定の実現を目指した。また,米国主導の麻薬撲滅政策や急速な経済自由化に強く反対し,天然資源による収益のボリビア国民への一層の還元を主張。2006年5月には,炭化水素資源(天然ガスが中心)の「国有化」に係わる大統領令を発出した(実際には,株式の過半数取得を通じ,生産・輸送・精製・販売・価格決定に関する国家管理を強化する内容)。2007年11月には,鉱業税制改正法を公布した。
野党及び比較的豊かな東部4県は,新憲法制定の試みに反対し,地方自治の強化を要求。2008年5月から6月にかけて東部4県が独自の自治憲章の制定の是非を問う県民投票を順次実施,いずれも80%以上の賛成を獲得した。モラレス政権は,反対勢力との対話を達成できないまま,新憲法制定国民投票を延期した。他方で,国会で可決された大統領,副大統領及び各県知事の不信任国民投票実施法案に基づき,8月,不信任国民投票が実施され,大統領及び副大統領は信任(支持率67.41%),ポトシ県,オルロ県及び東部4県知事も信任された。その後,政府と反対勢力の対立は一時激化したが,9月,南米諸国連合(UNASUR)等国際社会の働きかけにより漸く両者の対話が再開され,10月,地方自治や先住民の扱い等を含め新憲法に係る政治的合意が達成された。
上記合意を踏まえ,2009年1月に新憲法制定の是非を問うための国民投票が実施された。その結果,先住民の権利拡大,地方分権推進,農地改革・土地所有制限,天然資源の国家による所有等を定めた新憲法が61.43%の支持を得て、2月に発布された。現在では,新憲法に基づいて,具体的な政策を実施するとともに,未制定の法律(新投資法や新鉱業法)を制定するための努力が続けられている。
また,新憲法に基づく,大統領選挙・総選挙が2009年12月に実施され,過去最高の94.55%の投票率のもと,モラレス大統領が64.22%の支持率を獲得し,再選された。2010年1月,モラレス大統領の第二期新政権(任期5年)が発足した。
2010年4月の地方選挙ではラパス,サンタクルス両県知事を野党に奪われる等,若干の勢力後退を見せた他,12月にはガソリン価格大幅値上げ(平均80%)及びその撤回,2011年9月のイシボロ・セクレ国立公園(TIPNIS)縦断道路建設に反対する先住民デモ行進への警察の暴力介入,MAS党が過半数を占める議会が候補者リストを作成する等の選挙システムが国民の非難を集めた結果,無効票が有効票を上回った10月16日の司法官選挙等多くの内政問題の悪化が影響し,モラレス大統領に対する支持率は30~35%まで低下した。
2012年も,公務員や司法関係者の汚職発覚,警察官によるデモに加えて,鉱山労働者間の争いが首都ラパスにまで波及し市民生活に大きな影響を及ぼしたが,順調な経済状況等もあり,モラレス大統領の支持率は2012年12月現在で55%程度まで回復している。
なお,2009年3月,国名を「ボリビア共和国」から「ボリビア多民族国」に変更した。
近隣諸国及び米国をはじめとする先進諸国との関係強化が従来ボリビア外交の基本であったが,モラレス政権の下,対米関係,地域統合等に関し路線変更(FTAAへの消極的対応,ベネズエラやキューバへの接近)が行われたほか,新たなパートナー(イラン,中国,ロシア等)との関係構築を模索している。特に対米関係は,2008年9月の駐ボリビア米国大使へのペルソナ・ノン・グラータ宣言,これに伴う米国のボリビアに対するATPDEA(アンデス通商促進麻薬根絶法)適用停止決定により,二国間では緊張関係が続いていたが,2011年11月7日,両国は国交正常化に向けた枠組協定に署名し,現在,大使交換に向け協議を進めている。
チリとの間では,「海への出口」問題を巡り,外交関係はない(領事関係のみ)。モラレス政権に入り,両国政府間では本件に関する協議が進められてきたが,2011年3月にボリビアが国際裁判所への提訴意向を表明したことで,両国関係は再び停滞している。
ボリビアは,アンデス共同体(CAN)加盟国であるものの,2012年12月に開催されたメルコスール首脳会合において,メルコスールへの正式加盟を目的とする加入議定書に署名し,正式加盟国となるための手続を開始した。
かねてからの懸案であった「コカ葉の咀嚼」の承認のため,2011年12月,関連部分に留保を付した上で麻薬単一条約再加入を要請。期限である2013年1月10日までに15ヶ国が異議申し立てを行ったが,留保付つき再加入は承認され,ボリビア外交の大きな目的のひとつが達成された。
(1)予算 約3億5,700万ドル(2010年予算,ミリタリーバランス2012)
(2)兵役 徴兵制
(3)兵力 陸軍34,800人,海軍4,800人,空軍6,500人(ミリタリーバランス2012)
天然ガス,鉱業(亜鉛,錫,鉛),農業(大豆,木材,砂糖)
230億米ドル(2011年世銀)
2,247米ドル(2011年中銀)
5.2%(2012年中央銀行)
4.54%(2012年国家統計局)
5.5%(2011年国家統計局)
(1)輸出 117.65億ドル(2012年国家統計局)
(2)輸入 81.80億ドル(2012年国家統計局)
(1)輸出 天然ガス,銀,大豆,亜鉛
(2)輸入 機械,石油製品,化学品,自動車
(1)輸出 ブラジル,アルゼンチン,米国,ペルー,日本,コロンビア
(2)輸入 ブラジル,アルゼンチン,中国,米国,ペルー,ベネズエラ,日本
ボリビアーノス
1米ドル=6.96ボリビアーノス(2012年12月)
ボリビアは,農業(大豆、砂糖等),天然資源(亜鉛,銀,天然ガス等)を中心とする一次産品への依存率が総輸出の約8割を占め,国際価格の影響を受けやすい経済構造。
1985年から新経済政策を導入し構造調整を推進した結果,比較的安定した経済成長を保っていたが,1999年以降,ボリビアは深刻な経済難に直面し,貧富の格差、失業問題等が深刻化した。2001年には「拡大HIPC(重債務貧困国)イニシアティブ」の適用を受けた。2004年はIMFとの合意により,新税導入及び緊縮財政による財政赤字の削減を実現した。
財政難の打開のため,天然ガスの対米輸出を推進しようとする政府に対し,天然ガス収入が国民の大半に裨益していないとして,先住民団体を中心とした反発を招き,2003年10月には暴動に発展するに至った。かかる動きを受け,議会は,2005年5月,天然ガス関係外資企業に対し,より高率の税を課す新法(新炭化水素法)を採択した。これにより歳入は大幅に増大し,財政赤字も対GDP比1.6%まで削減された。モラレス政権下では,天然資源国際価格の上昇を背景に,安定した経済成長(ここ数年は平均5%程度),外貨準備高増大(2012年末時点で約140億ドル),財政黒字等のマクロ経済面での健全化が達成されている。この保守的なマクロ経済運営が評価され,国際的な格付会社各社はボリビアの格付を軒並み上方修正した。この評価を受けて,自国を国際レベルの返済・信用能力を有する国として位置付けるべく,2012年10月,ボリビア政府は約4.8%の利率で5億ドル・10年物の国債の発行に踏み切った。結果として対外債務は前年度比20%程度の増加を見たものの,2013年度の国家予算にも国債発行のために同額(5億ドル)が計上されている。
モラレス政権は,資源収入のボリビア国民へのより多くの還元を強く主張し,資源ナショナリズム色の強い政策を展開している。特に2006年5月の「炭化水素資源国有化」に係る大統領令発出およびこれに伴うガス輸出価格大幅引き上げの意図表明は内外の大きな波紋を呼んだ。その他,電力部門の完全国有化,鉱業部門(現在新鉱業法改正中)や農地の扱い(外国人の土地所有制限等)についても新政策の導入が行われつつある。
なお,ボリビアのリチウムは全世界の埋蔵量の約50%を占めると言われており,電気自動車用電池等の需要の増大に伴い,ボリビア鉱山公社による開発が進められており,その開発動向に注目が集まっている。
41.96億ドル(2012年経済財務省)
(1)有償資金協力 470.26(E/Nベース)
(2)無償資金協力 900.34(E/Nベース)
(3)技術協力実績 660.62(JICA実績ベース)
(1)米国(101.55) (2)スペイン(97.60) (3)ドイツ(45.67) (4)オランダ(45.56) (5)デンマーク(34.32) (6)日本(31.78)
1914年4月13日通商条約の締結により外交関係樹立。1942年,ボリビアが第2次世界大戦に参戦し,外交関係が途絶,1952年12月20日外交関係再開。
日本人移住者・日系人の活躍,日本の積極的な経済技術協力の実施等により良好な友好協力関係にある。2009年に日本人移住110周年を迎えた。2014年は外交関係樹立100周年にあたる。
(1)対日貿易
(2)日本からの直接投資
ラパス市及びサンタクルス市を中心に日本文化紹介事業を開催している。文化無償・草の根文化無償を数年に1件程度実施。毎年2名程度の研究留学生を日本に送り出している
在留邦人数 2,818人(2011年)
日系人 11,350人(推定)
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1993年 | 林屋永吉元駐ボリビア大使(特派大使) |
| 1995年 | 清子内親王殿下 |
| 1997年 | 松永信雄政府代表(特派大使) |
| 1999年 | 清子内親王殿下(移住100周年記念式典) 山下徳夫衆議院議員(移住100周年記念式典) |
| 2001年 | 江田衆議院議員(麻薬サミット) 佐々木参議院議員(麻薬サミット) |
| 2002年 | 今村外務大臣政務官 自見庄三郎衆議院議員(特派大使) |
| 2004年 | 稲嶺沖縄県知事 西銘参議院議員 (オキナワ移住地入植50周年祭) |
| 2006年 | 有馬龍夫政府代表(特派大使) |
| 2007年 | 西村康稔衆議院議員 大塚拓衆議院議員(日本・ボリビア友好議員連盟) |
| 2009年 | 常陸宮同妃両殿下(移住110周年記念式典) |
| 2010年 | 吉良外務大臣政務官(特派大使) 高橋経済産業大臣政務官 内藤総務副大臣 |
| 2011年 | 田嶋経済産業大臣政務官 |
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1990年 | オシオ・サンヒネス副大統領 パス・サモラ大統領(即位の礼) フォルトゥン無任所相 ガルシア企画調整相 |
| 1991年 | ガルシア企画調整相 バルダ上院議長 パス・サモラ大統領(公式実務訪問) イトゥウルデ外相 ドリア・メディーナ企画調整相 ブランコ蔵相 |
| 1994年 | アラニバル外相(外務省賓客) |
| 1995年 | コシオ蔵相 レヴォージョ資本化政策担当相 アラニバル外相(リオ・グループトロイカ外相会合) ビジャロボス経済開発相(アンデス開発公社セミナー) |
| 1996年 | サンチェス・デ・ロサダ大統領(実務訪問賓客) アラニバル外相(外務省賓客) |
| 1998年 | ナヤル内相,ミリャーレス蔵相 |
| 1999年 | ムリーリョ外相(外務省賓客) |
| 2005年 | シーレス外相(外務省賓客) メサ大統領(IDB沖縄年次総会) |
| 2006年 | チョケワンカ外相(JETRO招聘(三ヵ国展出席)) |
| 2007年 | モラレス大統領(実務訪問賓客),キンタナ大統領府相 |
| 2008年 | エチャス鉱山冶金相(JOGMEC招待) |
| 2010年 | モラレス大統領(公式実務訪問賓客),アルセ経済・財務相 |
| 2012年 | アルセ経済・財務相,カロ開発企画相(IMF・世銀東京総会) |
1956年 移住協定
1977年 青年海外協力隊派遣取極
1978年 技術協力協定