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2009年11月現在
14万4千平方キロメートル(日本の約4割)
1億4,450万人(2008年7月、暫定値 バングラデシュ統計局)、年平均人口増加率:1.39%(2008年7月、暫定値 バングラデシュ統計局)
ダッカ
ベンガル人が大部分を占める。ミャンマーとの国境沿いのチッタゴン丘陵地域には、チャクマ族等を中心とした仏教徒系少数民族が居住。
ベンガル語(国語)、成人(15歳以上)識字率:52.5%(Human Development Report 2008年度)
イスラム教徒89.7%、ヒンズー教徒9.2%、仏教徒0.7%、キリスト教徒0.3%(2001年国勢調査)
| 年月 | 略史 |
|---|---|
| 1947年8月14日 | パキスタン(東パキスタン)として独立 |
| 1971年12月16日 | バングラデシュとして独立 |
共和制
ジルル・ラーマン大統領
一院制(総議席345)
(1)首相:シェイク・ハシナ
(2)外相:ディプー・モニ
(1)1947年の印パ分離独立時は、宗教(イスラム)に基づき、一旦はパキスタンへの帰属(東パキスタン)を選択したが、ベンガル人としてのアイデンティティーに訴えた独立戦争(第三次印パ戦争)を経て、1971年12月にパキスタンから独立。
(2)独立後、長年に亘り軍事政権(1975-1990)が続いたが、1990年12月、エルシャド将軍(大統領)が、2大政党(BNP、アワミ連盟)及び国民の退陣要求に応じた結果、平和裡に民主化に移行。1991年の憲法改正で議院内閣制へと体制を変更した。以降、5年ごとに総選挙を実施。総選挙の度に政権が交代。(1991年、1996年、2001年)。
(3)2006年10月ジアBNP政権は任期満了で退陣し、アーメド選挙管理内閣が発足した。2007年1月末、総選挙が行われる予定であったが選挙改革を巡る政党内対立による国内情勢悪化のため、同年1月11日非常事態宣言が発表され、総選挙も延期となった。その後、選挙管理内閣の下、自由、公正かつ信頼に足る総選挙の実施に向けた準備が進められた。2008年12月29日、自由、公正かつ平和的な状況下総選挙が実施され、前野党のアワミ連盟が大勝し、2009年1月6日、ハシナ新内閣が発足。マニフェスト・ビジョン2021に沿って、2021年までに中所得国になることを目標に取り組んでいる。
近隣諸国・イスラム諸国との友好関係維持、日本を含む主要援助国との協力関係強化。SAARC(南アジア地域協力連合)、非同盟グループ、イスラム諸国会議機構、英連邦のメンバー。2000年3月に南アジア諸国で初めてCTBTを批准。LDC(最貧国)のスポークスマンを自認。現政権は「東方政策」を提唱し、東南アジア及び東アジア諸国との経済関係強化を推進。国連平和維持活動に積極的に参加し、要員派遣数は常に上位3位以内。
(1)予算 679.0億タカ(対経常予算比8.6%)(2009/2010年度)
(2)兵役 志願制
(3)兵力 陸軍20万人、海軍24,000人、空軍22,000人
縫製品産業
684億ドル(2007年度(2006年7月〜2007年6月)、世銀)
注:バングラデシュの会計年度は7月〜翌年6月末
554ドル(2008年度(2007年7月〜2008年6月)、バングラデシュ中央銀行)
6.21%(2008年度、バングラデシュ中央銀行)
9.9%(2008年度、バングラデシュ中央銀行)
4,740万人 農業(48.1%)、サービス業(37.4%)、鉱工業(14.6%)
サービス業(49%)、工業・建設業(30%)、農林水産業(21%)
(1)輸出 13,945百万ドル FOB
(2)輸入 19,486百万ドル FOB
(1)輸出:衣料品(36.6%)、ニットウェア(39.2%)、魚介類(3.8%)、ジュート製品(2.3%)、革製品(2.0%)
(2)輸入:石油製品(10.6%)、繊維(9.7%)、機械機器(8.5%)、穀物類(7.2%)、化学薬品(6.2%)、食用油(5.2%)、鉄鋼製品(4.6%)、綿花(4.6%)
(1)輸出 米国、ドイツ、英国、フランス、イタリア、オランダ、カナダ、ベルギー、日本(9位)
(2)輸入 インド、中国、シンガポール、日本、香港、台湾、韓国(日本4位)
タカ
1米ドル=68.60タカ(2007-2008年平均、バングラデシュ中央銀行)
(1)2008年度(2007年7月-2008年6月)のバングラデシュ経済は、度重なる自然災害や食料品を中心とした生活必需品の国際価格高騰、厳しい汚職取締りによるビジネス界のしめつけ等による影響が懸念されたが、6.2%の経済成長率を達成した。背景として縫製品輸出や海外労働者送金の安定的伸長といった要因があげられる。他方、縫製品輸出や海外労働者の海外送金に依存するところが大きく構造的に脆弱であるため、産業の多角化と電力・道路等の基礎インフラの整備が課題である。
(2)バングラデシュの財政は慢性的な赤字となっており(2008年度の財政赤字の対GDP比は、2007年度(3.7%)から大幅に増加し、6.2%となった。)、これを外国援助と国内銀行借入等で補填する構造となっている。これは、主に政府の徴税能力及び歳入基盤の脆弱性、また非効率な国有企業に対する財政による赤字補填に起因している。
(3)予算は主に一般予算(Revenue Budget)と開発予算(Annual Development Budget)により構成され、2010年度(2009年7月-2010年6月)予算案ではそれぞれ7,866億タカ、3,050億タカとなり、全体として1兆1,382億タカの対前年補正比20.9%増の拡張型予算となっている。2010年度予算案では全体の32.7%が社会開発、27.7%がインフラ構築事業に当てられ、社会開発分野においては、主に人間開発(18.8%)に、また、インフラ構築分野においては、農業・農村開発(15.5%)、運輸・通信(6.5%)、電力・エネルギー(3.8%)に優先的に配分。
(1)有償資金協力 397.49 (累計総額 6,805.12(E/Nベース))
(2)無償資金協力 42.71 (累計総額 4,944.89(E/Nベース)
(3)技術協力 16.41 (累計総額(514.42(JICA経費ベース))2007年度。2008年度は集計中。)
経済協力関係を中心に友好関係が発展。極めて親日的な国民性。
1972年2月10日 日本側、バングラデシュを承認
1972年3月3日 バングラデシュ、東京に大使館開設
1972年7月1日 日本側、ダッカに大使館開設
(1)対日貿易(JETRO資料)(単位:百万ドル)
| 2004年 | 2005年 | 2006年 | 2007年 | 2008年 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 輸出 | 118 | 122 | 138 | 147 | 173 |
| 輸入 | 551 | 559 | 651 | 690 | 832 |
(2)日本からの直接投資(JETRO資料、投資庁登録ベース)(単位:百万ドル)
| 2003年度 | 2004年度 | 2005年度 | 2006年度 | 2007年度 | 2008年度 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 投資額 | 61.85 | 3.8 | 2.94 | 1.64 | 7.60 | 6.7 |
国費留学生の受入、文化無償協力の実施、南西アジア青年招聘、南西アジア高校生招聘など
459人(2008年10月1日現在)
約1万人(2008年現在、在京バングラデシュ大使館への登録者数)
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1975年 | 皇太子同妃両殿下御立ち寄り |
| 1977年 | 鳩山外相 |
| 1972、1977、1980年 | 早川特使 |
| 1980年 | 愛知政務次官 |
| 1983年 | 石川政務次官 秋田特使 |
| 1987年 | 倉成外相 |
| 1989年 | 福田元総理 |
| 1990年 | 海部総理 |
| 1994年 | 三塚日・バ議連会長 |
| 1995年 | 柳沢政務次官 |
| 1996、1998、2000、2001、2002年 | 桜井日・バ議員連盟副会長 |
| 2000年 | 森総理 |
| 2003年 | 桜井日・バ議員連盟会長代行 |
| 2004年 | 桜井日・バ議員連盟会長 |
| 2005年 | 常田農水副大臣 |
| 2005年 | 谷川外務副大臣 |
| 2005年 | 逢沢外務副大臣 |
| 2006年 | 桜井日・バ議員連盟会長 |
| 2006年 | 町村前外務大臣 |
| 2006年 | 麻生外務大臣 |
| 2008年 | 坂本日・バ議員連盟幹事長、西村同事務局長 |
| 2009年 | 橋本外務副大臣 |
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1973年(公賓) | ムジブル・ラーマン首相 |
| 1978年(国賓)、1980年 | ジアウル・ラーマン大統領 |
| 1985年(国賓) | エルシャド大統領 |
| 1987年 | チョードリー外相(第41回国連総会議長) |
| 1989年(大喪の礼) | チョードリー外相 |
| 1990年(即位の礼) | マームド外相 |
| 1990年(LDCミッション) | マームド外相 |
| 1991年(LDC東京フォーラム) | ラーマン外相 |
| 1992年 | アリ国会議長 |
| 1993年(外賓) | ラーマン蔵相 |
| 1994年(公賓) | ジア首相 |
| 1995年(LDCミッション) | ラーマン外相 |
| 1997年 | キブリア蔵相 ハシナ首相 |
| 1998年(外賓) | アザド外相 |
| 2000年(小渕前総理葬儀、G8外相会談) | アザド外相 |
| 2000年 | チョードリー国会議長 |
| 2001年 | カーン情報大臣 |
| 2002年(アフガン復興支援閣僚会合) | カーン外相 |
| 2003年(外賓) | カーン外相 |
| 2003年 | アーメド法相 |
| 2005年(公実賓) | ジア首相 |
| 2007年(ADB総会) | イスラム財務担当顧問 |
| 2007年(外賓) | チョードリー外務担当顧問 |
| 2009年 | マームド首相特使(外務担当国務大臣) |
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