アジア | 北米 | 中南米 | 欧州(NIS諸国を含む) | 大洋州 | 中東 | アフリカ

2012年5月現在
13,878平方キロメートル(700余りの小島から成る。福島県とほぼ同じ。)
35.1万人(2012年 ECLAC)
ナッソー
アフリカ系 85%、欧州系白人12%、アジア系及びヒスパニック系 3%
英語(公用語)
キリスト教(プロテスタント、英国国教会、カトリック等)等
| 年月 | 略史 |
|---|---|
| 1492年 | コロンブスが「発見」 |
| 1782年 | スペイン領となる |
| 1783年 | ヴェルサイユ条約により正式に英領となる |
| 1964年 | 英国自治領となる |
| 1973年 | 独立 |
立憲君主制
エリザベスニ世女王
二院制(上院16名、下院38名)
(1)首相名 ペリー・クリスティー
(2)外相名 フレデリック・ミッチェル
イギリス議会制度の下で安定した民主主義が継続している。主要政党は自由国民党(Free National Movement: FNM)と進歩自由党(Progress Liberal Party: PLP)の二政党であり、政権はこの二大政党間で交互に交替してきている。
独立前の1967年以降、PLPのピンドリング党首が政権を担当していたが、1992年8月の総選挙でFNMが圧勝し、25年振りに政権交代が行われ、FNM党首イングラハムが首相に就任した。1997年3月の選挙においてもFNMが圧倒的に優勢となった。しかしながら、2002年5月の総選挙ではPLPが圧勝し、クリスティー政権が発足した。クリスティー政権は長引く経済の停滞による失業者の増加問題等を抱えていたこともあり、2007年5月の総選挙では、野党であったFNMがPLPに勝利し、1992~2002年にかけて2期連続首相を務めたことのあるイングラハム党首が首相となった。
しかし、FNM政権は、経済構造多様化を含めた経済成長路線を国民に示せなかったことに加え、失業率の上昇や犯罪増加のため、支持率が減少した。結局、2012年5月の総選挙では野党第一党のPLPが勝利し、2002年~2007年に首相を務めたクリスティー党首が首相に就任した。
(1)英連邦の一員
(2)近隣国、経済的に関係の深い米国及び英国との友好、協調が基軸。
(3)政府は政策目標の1つとして外交関係の多角化を図っている。
(4)カリブ共同体(カリコム)加盟国。
(5)1997年に台湾と断交、中国と国交樹立。
(1)予算 49百万米ドル(ミリタリーバランス2010年)
(2)兵役 志願制
(3)兵力 国防軍 860人(ミリタリーバランス2010年)
観光、オフショア金融業
6,973百万米ドル(2009年 世銀)
20,610米ドル(2009年 世銀)
0.9%(2010年 ECLAC)
99.6(2009年) (IMF指標)
14.2%(2009年 ECLAC)
(1)輸出 666百万米ドル(2009年 ECLAC) (財、F.O.B.)
(2)輸入 2,540百万米ドル(2009年 ECLAC) (財、F.O.B.)
(1)輸出 鉱物・塩、動物、ラム酒、化学製品、果物
(2)輸入 機械・輸送機器、化学製品、燃料、食品、動物
(1)輸出 米国、EU、シンガポール、ポーランド
(2)輸入 米国、ベネズエラ、日本、韓国、EU
バハマ・ドル(B.$)
1米ドル=1BSD(固定)
バハマはカリブ諸国の中ではもっとも豊かで安定した経済で、「一人当たりの所得」においては、西半球において米、加に次いで3番目。経済の原動力は観光とオフショア金融サービスであり、特に観光及び観光関連建設はバハマのGDPの60%にも及ぶ。観光客の85%と観光投資は米国から来ており、バハマ経済は米国経済の影響を受け易い。2009年の経済危機の後、GDPの縮小、財政赤字が拡大した。金融サービスはGDPの約36%を占めている。製造業及び農業等はGDPの約10%。
1996年の技術協力(研修員受入)を最後に実施されていない。
1973年7月10日の独立後、日本は同27日これを承認。
1975年3月11日外交関係開設。我が方は在ジャマイカ大使館が同国を兼轄。1997年4月シドニー・ポワチエ初代駐日大使(本国常駐)の信任状捧呈が行われた。首都ナッソーには、我が方の名誉総領事が置かれている。2004年8月、東京にバハマ名誉領事館が設置された。(現在は不在)
対日貿易(2009年 JETRO貿易統計)
2005年11月 津軽三味線公演、ミュージック・フォー・カリブ公演(国際交流基金事業)
33人(2009年10月現在)
104人(2010年現在)
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1988年 | 大野功統衆議院議員 |
| 2005年2月 | 小野寺五典外務政務官 |
| 2006年7月 | 衆議院中米・カリブ各国政経事情調査団(東順治議員一行) |
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1974年 | ピンドリング首相 |
| 1982年 | ノッテージ青年・スポーツ相 |
| 1983年 | ピンドリング首相 |
| 1986年 | メイナード副首相 |
| 1988年 | ピンドリング首相 メイナード副首相 |
| 1990年 | メイナード副首相(即位の礼) |
| 1991年 | クリスティー農業・貿易・工業相 |
| 1992年 | スミス外務政務次官 |
| 1995年 | ボストウィック外相(立ち寄り) |
| 1995年 | イングラハム首相 アレン蔵相 |
| 2003年8月 | ミッチェル外務・公共サービス相 |
| 2005年4月 | スミス金融担当国務相(IDB沖縄総会) |
1981年 査証相互免除取極
2011年 租税に関する情報交換協定