オーストリア共和国
オーストリア共和国(Republic of Austria)

基礎データ

平成26年11月7日

  • オーストリア共和国国旗

一般事情

1.面積

約8.4万平方キロメートル(北海道とほぼ同じ)

2.人口

約850万人

3.首都

ウィーン(人口約176万人)

4.民族

主としてゲルマン民族

5.言語

ドイツ語

6.宗教

カトリック約63.1%、プロテスタント約3.55%、イスラム約6.8%

7.略史

年月 略史
1270年 ハプスブルク家ルドルフ公、オーストリア王権確立
1918年 第一次世界大戦敗北によりハプスブルク帝国崩壊、共和制開始
1938~1945年 ナチス・ドイツによるオーストリア併合
1955年 連合国との国家条約締結により独立を回復。永世中立を宣言、国連加盟。
1995年1月 EU加盟

政治体制・内政

1.政体

連邦共和制(9つの州から構成)

2.元首

ハインツ・フィッシャー大統領
Dr. Heinz Fischer、任期6年、2004年7月8日就任、2期目)

3.議会

 二院制(国民議会(第1院)183議席、連邦参議院(第2院)62議席)。立法権については国民議会(第1院)が大きな権限を有する。
 直近の国民議会選挙(比例代表制・直接選挙、任期5年)は2013年9月29日。連邦参議院議員は各州議会から各州の人口比に従い選出(各議員の任期は州議会任期に一致)。

表:国民議会
政党名 議席数
与党 社民党 52
国民党 47
野党 自由党 40
緑の党 24
シュトロナハ 11
NEOS 9
合計 183
表:連邦参議院
政党名 議席数
与党 国民党 25
社民党 22
野党 自由党 9
緑の党 4
その他 1
合計 61

(いずれも2013年12月現在)

4.政府

(1)首相
ヴェルナー・ファイマンMr. Werner Faymann)(社民党)
(2)欧州・統合・外務大臣(外相)
セバスチャン・クルツ(Mr. Sebastian Kurz)(国民党)

5.内政

 1980年代中頃から社民党・国民党による大連立政権の下、首相は社民党、副首相は国民党から選出される期間が長く続いた。1999年、右翼的言動で国際的に注目を浴びたハイダー党首(故人)率いる自由党が総選挙で躍進し、2000年から数年間国民党との連立政権に参加した。2007年以降は社民党・国民党による大連立に回帰し、2008年の総選挙の結果、ファイマン社民党党首を首班とする現政権が発足した。

 2013年9月の選挙戦では汚職等による政治不信により、連立与党の社民党及び国民党はいずれも史上最低の得票率となった(ただし、過半数は維持)。自由党、緑の党は得票率を大きく伸ばした。12月13日、社民党と国民党が連立交渉に合意し、第二次ファイマン連立政権が誕生。

 2014年8月、プラマー国民議会第一議長が逝去。9月1日、6閣僚の交代を含む内閣改造が実施され、第二次ファイマン改造内閣が発足。

外交・国防

1.概要

 1995年以降、EU加盟国として、欧州統合を通じた地域の安定と繁栄に取り組むとともに、EU共通安全保障防衛政策(CSDP)への参画を基本に非EU諸国とも関係深化を図っている。EUの中では、地理的・歴史的につながりの深い西バルカン諸国のEU加盟に向けた動きを積極的に支援することなどで、独自性発揮に努めている。1955年の主権回復時に永世中立を宣言し国連に加盟したが、CSDPはオーストリア憲法の原則(戦争不参加等)に矛盾せず、中立政策と両立するとの立場。NATOには非加盟だが、協力関係(PfP枠組み文書に署名)にある。

2.外交政策の重点分野

  • (1)中・東欧近隣諸国との地域的連携を含む関係促進、南東欧諸国のEUへの統合を視野に入れた地域の安定化。
  • (2)米国、ロシア、中国との関係。
  • (3)拡大後のEUの周辺諸国との関係、地中海・中近東諸国における平和、安定及び繁栄に向けた支援。
  • (4)国連の役割強化(オーストリアは2009~2010年の間、国連安保理非常任理事国を務めた)、OSCE及び欧州評議会の活用。
  • (5)国際法の尊重、特に人権及び少数民族の権利の保護。
  • (6)オーストリアの安全保障に関わる欧州安全保障・防衛政策(CSDP)、NATO平和のためのパートナー(PfP)枠組みにおける協力。
  • (7)大量破壊兵器の不拡散、地雷・クラスター弾の禁止、小型武器の規制、国際的なテロとの戦い、文明間の対話。

3.国際機関

 ウィーンは、ニューヨーク、ジュネーブに次ぐ「第三の国連都市」として、国際原子力機関(IAEA)や国連工業開発機関(UNIDO)等、国連諸機関の本部が置かれている他、OSCE事務局やOPEC本部を有する国際都市。冷戦期には東西両陣営の接点として、ケネディ-フルシチョフ会談(1961年)等数々の国際交渉の舞台ともなった。

 2012年、宗教・異文化間の対話を促進するために、サウジアラビア、スペイン、オーストリアが設立国となり、キング・アブドッラー国際宗教・文化間対話センター(KAICIID)がウィーンに設置された。

4.国際貢献

 国連平和維持活動に積極的に取り組む(レバノン等5つのPKOに180人を派遣)他、コソボ支援(KFOR:383人)やボスニア支援(EUFOR:207人)やマリ支援(EUTMMLI:8人)を行っている。また、人道支援及び災害援助分野においての国際貢献活動も積極的に行っている。

5.国防予算等

(1)国防予算:
20.05億ユーロ(2013年)(出典:2013年国防省)
(2)兵役:
徴兵制(なお、2013年、徴兵制の維持を問う国民アンケート(1月20日実施)の結果、今後も引き続き、徴兵制を維持することに決した。)

経済(出典:EU統計局2013年、7.についてはオーストリア統計局 2013年)

1.名目GDP総額

3,131億ユーロ

2.1人当たりGDP(購買力平価)

33,200ユーロ

3.実質GDP成長率

0.3%

4.消費者物価上昇率

2.1%

5.失業率

4.9%

6.主要産業

機械、金属加工、観光

7.貿易

輸出
1,258億ユーロ
輸入
1,307億ユーロ

8.通貨

ユーロ(2002年1月より流通開始。)

9.財政(2014/15年連邦予算)

歳入
721億ユーロ
歳出
757億ユーロ

(出典:オーストリア財務省)

10.最近の経済概況

主要経済指標 2010年 2011年 2012年 2013年
実質GDP成長率(単位:%) 1.8 2.8 0.9 0.3
1人当たりGDP(単位:ユーロ) 30,900 32,300 33,100 33,200
消費者物価上昇率(単位:%) 1.7 3.6 2.6 2.1
失業率(単位:%) 4.4 4.2 4.3 4.9

(出典:EU統計局)

 2010年以降はプラス成長を維持しているが、EU諸国の財政緊縮に伴う景気の足踏みの影響もあり、2013年は0.3%の成長となった。対EU貿易が全体の7割を占め、うちドイツの割合が最大。オーストリアの銀行は従来、東欧諸国向けの融資を積極的に行ってきており、融資残高のシェア(国別)では最大規模。

二国間関係

1.二国間関係全般

 伝統的に友好な関係。1869年に修好通商航海条約を締結して外交関係を樹立(当時はオーストリア=ハンガリー二重帝国)。また、1955年のオーストリアの永世中立国の宣言に対して我が国は最初に承認を行った。

 2009年は、両国の外交関係開設140周年に当たり、「日本オーストリア交流年2009」として、両国で多くの行事が行われ、活発な要人の往来があった。

2.経済関係(財務省統計)

(1)対日貿易
日本はオーストリアにとり、アジア有数の貿易相手国である。
主要貿易品目
日→オーストリア(輸出):自動車、一般機械、化学製品等(2013年)
オーストリア→日(輸入):機械類及び輸送用機器、木材・木製品、化学製品(2013年)
日・オーストリアの貿易の推移 (単位:億円)(括弧内は対前年度比増減(%))
  対オーストリア輸出 対オーストリア輸入 収支
2010年 847(14.6) 1,316(4.2) -469
2011年 931(9.8) 1,458(10.8) -527
2012年 761(-18.3) 1,469(0.8) -708
2013年 903(+18.7) 1,686(+14.8) -783

(出典:財務省貿易統計)

(2)投資
 2013年の対オーストリア直接投資は18億円、対日直接投資は▲54億円。
(出典:日銀「国際収支統計」)

3.文化関係

 音楽分野での交流が活発なことが特徴であり、ウィーン国立音楽大学等において多くの日本人留学生が音楽を学ぶ他、著名な日本人音楽家がオーストリアを拠点として活動している。また、ウィーン少年合唱団、ウィーン国立歌劇場、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団等の著名な楽団が毎年のように日本公演を実施している。

 アニメ・ブームの影響もあり、日本語を学習する学生の数は少なくない。オーストリアで唯一日本学科を有するウィーン大学東アジア研究所には、毎年200名程度の学生が入学している。日本の伝統文化や武道等に関心を持つオーストリア人も少なくない。日本食もブームとなっている。

4.東日本大震災支援

 オーストリアからは、総額100万ユーロ(約1億1,500万円)にのぼる義捐金の他、EUを通じ、毛布2万枚、水の容器450個の物資支援を受けた。また、首都ウィーンでは、多数のチャリティイベントが行われた。

5.在留邦人数

 2,839人(2013年10月)/在留邦人の35%を永住者が占めており、これに次いで留学生・研究者・教師(23%)、駐在員(13%)となっている。

6.在日当該国人数

 在日オーストリア人:約499人(2013年12月統計:法務省)(除、短期滞在者)

7.要人往来

(1)往(1959年以降)
年月 要人名
1959年 岸総理大臣
1979年 金子科学技術庁長官
1980年 中川科学技術庁長官
1983年 安田科学技術庁長官
1985年 安倍外務大臣、竹内科学技術庁長官
1988年 高鳥総務庁長官、伊藤科学技術庁長官
1989年 宮崎科学技術庁長官、江藤運輸大臣、土屋参院議長、安井衆院副議長、中山外務大臣
1990年 中山外務大臣、山本農林水産大臣、保利文部大臣
1993年 江田科学技術庁長官
1994年 憲仁親王同妃両殿下
田中科学技術庁長官、高円宮同妃両殿下
1995年 正仁親王同妃両殿下(非公式)
1994年 憲仁親王同妃両殿下
1996年 池田外務大臣、土井衆議院議長
1997年 豊田経団連会長、藤本農林水産大臣
1999年 高村外務大臣、高村政府代表、斎藤参議院議長、玉沢農林水産大臣
2001年 綿貫衆議院議長
2002年 遠山文部科学大臣、天皇皇后両陛下
2003年 川口外務大臣
2004年 承子女王殿下
2006年 眞子内親王殿下(ホームステイ)
2009年 秋篠宮同妃両殿下
2010年 小沢環境大臣
2011年 彬子女王殿下
2013年 小野寺防衛大臣
2014年 伊吹衆議院議長
(2)来(1959年以降)
年月 要人名
1959年 ラープ首相
1968年 クラウス首相
1980年 パール外相
1982年 ザルヒヤー蔵相
1985年 フイツシャー科学研究相、ラツィーナ運輸・国有企業相、シュテーガー副首相
1986年 ヤンコヴィッチ外相
1988年 グラッツ下院議長、シャンベック上院議長
1989年 モック副首相兼外相(大喪の礼)、リーグラー副首相及びモック外相(IDU)、フラニツキー首相、シュッセル経済相
1990年 ワルトハイム大統領(即位の礼)
1991年 フィッシュラー農林相
1992年 モック外相、ブセック副首相
1993年 シュッセル経済相
1995年 ハーゼルバッハ上院議長、シュミット・リベラルフォーラム党首
1997年 ファルンライトナー経済相
1997年 シャンベック上院議長
1998年 リープシャー経済相
1999年 クレスティル大統領(国賓)、ファルンライトナー経済相
2000年 パイヤー上院議長、モルテラー農林・環境・水利相
2001年 グラッサー蔵相、フェレーロ=ヴァルトナー外相
2002年 フェレーロ=ヴァルトナー外相
2004年 バルテンシュタイン経済労働相
2005年 バルテンシュタイン経済労働相
2006年 シュッセル首相
2009年 シュピンデルエッガー外相
プラマー下院議長一行(衆議院招待)
ベルラコヴィッチ農林・環境・水資源相

フィッシャー大統領夫妻(公式実務訪問賓客)、シュミート教育・芸術・文化相、
ブレス交通・革新・技術相、ミッターレーナー経済・家族・青少年相、ハーン科学・研究相
2014年 ラインホルト・ロパトカ国民党院内総務

8.二国間条約・取極

  • オーストリアの永世中立の承認に関する取極(1955年)
  • 査証・査証料免除取極(1958年)
  • 租税条約(1961年)
  • 司法共助取極(1963年)
  • オーストリアのある種の請求権解決に関する取極(1966年)
  • 繊維製品の貿易に関する取極(1976年)
  • 航空協定(1989年)

9.外交使節

  • (1)駐オーストリア日本国大使 竹歳誠特命全権大使
  • (2)駐日オーストリア大使 ベルンハルト・ツィンブルク駐日大使
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