外務本省

外務省外交史料館 特別展示

サンフランシスコ講和への道

(チラシ)外交史料館特別展示 サンフランシスコ講和への道

 1952(昭和27)年4月28日,サンフランシスコ平和条約が発効しました。これによって連合国軍の占領が終了し,日本は独立を回復して国際社会に復帰しました。そしてその後めざましい発展を遂げたのです。しかし,講和に至る道のりは決して平坦なものではありませんでした。当時の首相兼外相であった吉田茂は,東西冷戦の難局のなか,外務事務当局を督励して対米交渉を進め,講和への道を切り開きました。今年(2012年)は,平和条約発効から,ちょうど60年になります。今回の特別展示では,講和達成に向けた日本の外交努力を関係史料によって振り返ります。この展示を通じて,日本外交が講和を実現するに至る苦闘の道程を体感していただければ幸いです。

展示概説と主な展示史料解説

 (注)各テーマをクリックすると,展示の概説と主な展示史料の解説が表示されます。

I 外務省内における講和問題研究(PDF)

 1945年10月,外務省では来るべき平和条約の締結に備え,条約締結問題の予備的な検討を開始しました。その後,冷戦が本格化し,早期講和の実現が難しくなると,外務省は次第に東側諸国を除外した「多数講和」を講和方式とする方針を固めることとなりました。

II 対米交渉準備作業(PDF)

 朝鮮戦争が勃発し,1950年9月,米国が対日講和実現の意思を示したことを受け,外務省事務当局は,対米交渉に備えた対応策の検討に着手しました。また,吉田首相は有識者を集めて会合を開き,安全保障や再軍備問題等,講和に関する意見交換を行いました。これら,準備作業をもとに日本側は吉田・ダレス会談を迎えることになりました。

III 吉田・ダレス会談(PDF)

 1951年1月から,講和と安全保障問題について日米間で協議が行われました。吉田首相とダレス特使との会談では,自由世界の防衛に対する日本の貢献等について意見交換がなされました。また,あわせて事務レベル折衝も行われ,これら協議の結果,2月9日,平和条約と日米安全保障条約の基本的な枠組みについて合意がなされました。

IV 講和会議開催に向けて(PDF)

 1951年3月下旬,米国は平和条約草案を関係各国へ送付し,以後米国は英国をはじめ各国と協議を進める一方,条文をめぐって日本側との間で協議を行いました。また,平和条約案と並行して日米安全保障条約についても日米間でさらに協議が行われました。9月8日,サンフランシスコ平和条約が日本を含む49か国によって署名され,同日,日米安全保障条約(旧安保条約)も署名されました。そして,1952年4月28日,平和条約が安保条約とともに発効しました。

サンフランシスコ講和関連史料(PDF)

 本特別展示では,全19点の展示史料のほかに,外交史料館が所蔵する「吉田茂関係資料」や常設展示等の中から,講和関連史料を紹介します。

展示史料解説(PDF)

  • 場所:外務省外交史料館別館展示室(地図
  • 開催期間:平成24年7月4日(水曜日)~10月31日(水曜日)
  • 開館時間:10時~17時30分(土曜日・日曜日・祝日を除く)
  • 入場無料

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