(参考1:同暗殺事件の概要)
8月13日、日本時間午前1時~2時(現地時間8月12日午後10時~11時)にかけて、公式行事から公邸に戻ったカディルガマール外相は、何者かに狙撃され頭部及び胸部に銃弾を受け、その後、国立病院に搬送され、緊急治療を受けたものの、治療の甲斐なく、日本時間午前3時15分に死亡した。
(参考2:カディルガマール外務大臣)
73歳。弁護士出身の少数民族タミル人。1994年から2001年までクマーラトゥンガ大統領率いる人民連合(PA)が与党であった時期に外務大臣として主要な役割を果たした。2001年12月の総選挙でPAが野党となって以降は、「ク」大統領の外交顧問に就任、大統領と外部とのコンタクト役を務めていたが、2004年4月の総選挙で「ク」大統領率いる統一人民自由連合(UPFA)が与党となり、再び外務大臣に就任した。
(参考3:スリランカ和平プロセス)
スリランカでは、約20年に亘り、多数派シンハラ人と少数派タミル人との間で民族紛争が発生し、これまでに約6万5千人が犠牲となった。わが国は、2002年2月のスリランカ政府とLTTEとの停戦合意を受けて、明石元国連事務次長を「スリランカにおける平和構築及び復興・復旧担当の政府代表」(Representative of the Government of Japan on Peace-Building, Rehabilitation and Reconstruction)に任命するとともに、昨年3月に第6回和平交渉を開催、同年6月には「スリランカ復興開発に関する東京会議」(The Tokyo Conference on Reconstruction and Development of Sri Lanka)を開催する等スリランカ和平プロセスを積極的に支援している。
(参考4:わが国からの弔電発出)
8月13日、小泉総理大臣よりクマーラトゥンガ大統領及びラージャパクサ首相に対し、また、町村大臣よりワルナパーラ外務副大臣に対し、弔意メッセージを発出した。