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第2章 国際社会の平和と繁栄の維持・強化-ODAの果たす役割



 資源・エネルギー、食料等の多くを海外に依存するわが国にとって、アジア諸国をはじめとする途上国の発展に積極的に貢献していくことは、わが国が世界の平和と繁栄に向け積極的に貢献し、国際社会から信頼と評価を得ることを通じ、わが国自身の平和と繁栄を維持し発展させていく上で重要な意義を有するものです。
 わが国が国際社会の主要な一員としてその地位にふさわしい役割を果たしていく上で、ODAは引き続きわが国外交の重要な手段の一つです。中でも、21世紀における途上国の開発の道程を考えた場合、ODAを通じ途上国の発展に不可欠な人材の育成と技術移転を進めることは、途上国の国造りの基礎となるのみならず、わが国と途上国の相互理解を深めることにより、信頼関係の醸成、さらには二国間の友好関係の構築につながります。また「はじめに」でも触れたとおり、貧困、テロ、環境、感染症、難民などの地球規模の問題は、ますます多様かつ深刻になっており、世界の平和と繁栄を確保するためにも国際社会による迅速かつ包括的な取組を必要としていますが、これらの問題にODAが果たせる役割には大きなものがあります。さらに、従来、政治や安全保障面から取り上げられてきた紛争の予防や平和の構築についても、近年ODAが果たしうる役割が注目されるようになっています。本章では、こうした視点から、21世紀における途上国の開発や世界の平和と繁栄の確保のために開発援助が果たしうる役割とわが国の取組の主要な課題のうち、人(人造りとそのネットワークの構築)、地球(地球規模の問題)、平和(紛争予防、平和構築)に焦点を当てて解説していきますが(その他の取組も含めたわが国の重点課題別の取組の全体については、第II部第2章第1節に記述)、それに先立ち、これまでのわが国ODAの歩みを、簡単に振り返って見ましょう。
 わが国の開発援助は、54年のコロンボ・プラン加盟を機に技術協力が開始されて以来、地理的に近く、歴史、文化等あらゆる面で関係の深いアジア地域を中心に実施されてきました。現在でも同地域諸国への援助はわが国の二国間ODAの約6割を占めています。円借款をはじめとするわが国のODAは、総体としてみれば「アジアの奇跡」とも呼ばれるアジアの飛躍的発展に経済・社会インフラ整備と人材育成を通じて大きく貢献したこと、また民間資金流入の呼び水として、さらには、社会的安全網(ソーシャル・セーフティ・ネット)の構築を通じて東アジアの経済的・社会的発展と安定に大いに貢献したことは指摘して良いでしょう。
 97年のアジア通貨・経済危機の際にわが国がいち早く表明したアジア支援策は、99年に公表されたDACの対日援助審査報告書においても、「アジアの安定を維持し、危機から回復に向かわせる重要な要素である」との評価が与えられています。こうした危機に際しての支援を通じて、アジア諸国のわが国に対する信頼感が増したことはよく指摘されるところです。
 経済危機を克服しつつあるアジア諸国には、現在、経済発展に向けた域内の協力を模索する動きが見られます。わが国は、従来より地域の結びつきの強化を重視してきていますが、こうした動きをも踏まえ、安定的かつ持続的な経済成長に必要な経済基盤の確立や環境保護といった、いわば地域公共財を供給するために、開発援助を通じた域内ネットワーク化や貿易投資の活性化、金融システムの安定化、環境対策を支援しています。
 2002年1月、小泉総理大臣は東南アジア5か国を訪問し、改めてわが国のASEAN重視の姿勢を確認しました。同時に、国際情勢の変化を踏まえて、「率直なパートナー」として「共に歩み共に進む」との基本理念の下、改革推進支援と「繁栄」の確保のための協力、「国境を越える問題」等への共同の取組を通じた「安定」の確保のための協力、そして未来に向けた協力として、幅広い分野での経済連携を強化する「日・ASEAN包括的経済連携構想」や地域の開発の未来像を考える「東アジア開発イニシアティブ(IDEA)」会合の開催、大学間交流推進を含む教育・人材育成分野での協力等を提案し、今後の日・ASEAN協力関係のあり方に関するわが国の考えを幅広く内外に示しました。
 また、わが国の開発協力の対象地域は、アジア地域に留まりません。中でも、アフリカ地域は、貧困や感染症、紛争といった困難な問題が多く存在しており、2001年1月、森総理(当時)は現職総理として初めてサブ・サハラ・アフリカを訪問し、「アフリカ問題の解決なくして21世紀の世界の平和と繁栄はなし」との基本理念の下、新たな日本・アフリカ関係を発展させることを表明しました。また、わが国は、2回にわたるアフリカ開発会議(TICAD)の開催を通じ、アフリカ開発への国際社会の関心を高めるとともに、アフリカ諸国のオーナーシップと国際社会のパートナーシップの必要性を提唱してきました。2001年12月には第3回TICAD(TICADIII)の準備としてTICAD閣僚レベル会合を開催し、テロ対策と直面する国際社会にアフリカ開発の重要性を訴えるとともに、2003年後半にTICADIIIを開催することを正式に表明しました。

(トピックス1参照)

第1節 人造りとそのネットワークの構築、活動環境の整備:繁栄のために



 途上国の国民ひとりひとりが、人間としての潜在的能力を発揮し、社会・経済生活に十分参加していけるようになり、また、自らの生活を脅かすさまざまな脅威に立ち向かっていけるようになるための努力を支援すること(エンパワーメント)は、開発の目的そのものであるとともに、最も有効な援助方法の一つです。
 国レベルで見れば、国造りの担い手となる優れた人材を育成し、開発に動員可能な人的資源を確保していくことは、途上国自身による中長期的な開発努力の成否を左右する最も重要な要因です。また、途上国の自立的な発展のためには、グローバル化の動きに適応するために必要な制度の整備や能力の向上など人を基礎とした体制の強化が求められています。こうした人材育成に対する支援への期待は大きく、2001年10月のAPEC首脳宣言においても、人材養成が本年及び今後の中心的な議題であり続けることが確認されました。
 特にグローバル化が進む中での急激な変化に対応していくためには、途上国や先進国の関係者が一体となって、有形無形の人のネットワークを構築し、必要な情報や支援を遅滞なく入手・交換できるような協力関係の構築が求められています。また、情報通信技術(ICT)の格段の進歩により、そうしたネットワーク化が容易になったばかりでなく、ICTを活用して人造りを積極的に進めていくことが効果的である場合が多くなっています。
 ここでは、人造り支援として重要な基礎教育分野、またグローバル化の動きに適応するための人材育成・知的支援、さらには、そうした協力をネットワーク化していく努力である広域協力、南南協力の推進について、その取組を概観します。

(1)基礎教育


 人造りが国造りの基本であることは、わが国自身の開発の経験、そして東アジアでの開発協力を通じての経験に根ざしたわが国の信念ともいえるものです。ODA中期政策においては、途上国への基礎教育支援をわが国援助の「重点課題」の一つとしています。また国際社会においても、基礎教育普及と質の高い教育の提供は国際社会が一致して取り組むべき共通の課題として、2000年4月の世界教育フォーラムで採択された「ダカール行動枠組み」でも確認されており、昨年開催されたジェノバ・サミットにおいても「ダカール行動枠組み」の目標達成のためのG8としてのコミットメントが確認されているところです。
 基礎教育支援においては、読み、書き、計算をはじめ、途上国の人々が所属する社会の中で生きていくために必要な能力向上(エンパワーメント)に焦点を当てることが、受益者重視の視点から重要です。また、実際に子どもを学校に通わせるためには、親、教員等の人々が、それぞれの地域の開発において教育が重要であることを十分認識してもらう必要があるとともに、その地域のニーズに応じたきめ細かい取組が重要です。こうした中、途上国の現場レベルできめの細かい支援を行っているNGOや青年海外協力隊、シニア海外ボランティアの果たしている役割は大いに評価されるべきです。さらに、「万人のための教育」の達成には、子どものみならず親、青年、成人も含めたコミュニティ全体の教育への参画が不可欠であることに留意すべきでしょう。
 なお、国造りや経済発展の基礎となる農林水産業やICT分野を含む工業、市場経済の円滑な発展を支える金融セクター等を担う実務者・技術者等の人材育成を進める上で、基礎教育課程における理数科教育が重要な役割を果たしていることも留意されるべきでしょう。(基礎教育に対するわが国の支援状況は第II部第2章第1節(1)(イ)を参照。)

(トピックス2参照)


(2)人材育成・知的支援


 体制移行国を含め途上国が、加速的にグローバル化する世界経済への統合を図りつつ、その恩恵を享受していくためには、国内における市場経済システムの整備や貿易・投資の自由化等への取組に必要な政策の策定・実施、これら政策の実現に必要な法制度や行政機構等の整備に取り組む必要があります。
 また、グローバル化に伴う変化がもたらすさまざまなショックから、貧困層や女性、子ども、高齢者など社会的弱者を守るためのさまざまな仕組みの整備も必要です。さらに近年では前述の「貧困削減戦略書(PRSP)」や分野(セクター)ごとの開発計画を策定し、これに沿った開発努力を行うことが求められるなど、国際的な援助協調の動きを踏まえて取り組む必要があります。
 わが国としては、こうしたソフト面での高度な援助需要に応えるべく、政策アドバイザーの派遣や法制度整備支援などさまざまな支援を実施しています。この関連で、日本の貿易・投資の実務家、経済・法律、インフラ整備等の専門家が経済改革等の政策立案を担当する途上国政府機関関係者と粘り強い対話を積み重ねることで相互信頼を築きながら、途上国の長期的な開発戦略についてその国の実情を十分に踏まえた提言を行うという政策支援型のプロジェクトが進められており、近年におけるわが国独自の知的支援の例として注目を集めています。(典型的なものとして、「ベトナム市場経済化支援計画策定調査」がある。詳細は第II部第2章第1節(3)(ロ)知的支援の項参照
 また、国内産業の健全な発展や諸外国からの技術移転が円滑に進むためには、知的財産権の取得、行使が途上国において厳格に保護されることが求められています。わが国としては、かかる途上国の取組が進むように制度構築の支援等を行っていくことが必要です。
 さらに、途上国の人々がこうしたグローバル化がもたらす経済・社会開発ニーズや産業構造の急速な変化に適応するために必要な能力を備えることも重要であり、人材育成に対する支援への途上国の期待は大きいものがあります。わが国は、ASEAN諸国等における産業構造強化に向け、産業の担い手である中小企業の振興や人材育成機関の機能強化等によるさまざまな分野での産業人材の育成を支援しています。

(トピックス3参照)


(3)広域協力、南南協力の推進


 より開発の進んだ途上国が、自国の開発経験及び人材などを活用して他の途上国への協力を行う「南南協力」や、近隣諸国の間における国境をまたいだ「広域協力」は、社会・文化・経済事情などが比較的似通った国々による協力であり、移転できる技術・ノウハウも似通っており、また援助にかかるコストも比較的安く済むことから、開発協力の効率・効果や費用対効果を高める有効な手段であり、こうした動きを促進・支援していくことは極めて重要です。また、南南協力や広域協力の促進は、国際的開発パートナーシップの強化と援助資源の拡大につながるのみならず、途上国間での人的交流の強化や、地域の安定化、善隣友好関係の強化にも通じるものです。
 南南協力に関しては、わが国は、日本より移転した技術を活用し周辺国から研修員を受け入れる「第三国研修」(注1)や、途上国の人材を専門家として別の途上国へ派遣する「第三国専門家」(注2)等の制度を通じた支援を実施しています。例えば、農工業分野での技術者育成を目的としたケニアの「ジョモ・ケニヤッタ農工大学」設立に際して、わが国は校舎建設、資機材供与、専門家派遣等資金・技術協力を組み合わせた支援を実施してきましたが、現在さらにこの施設を拠点として第三国研修を行うなど、アフリカ各地の研究・実務者の育成を目指した「アフリカ人造り拠点プロジェクト」を進めています。
 わが国は、グローバル化の進展の下で、インフラ整備等実施場所やもたらされる利益が国境をまたぐ広域開発案件への支援も重視しています。例えば、南部アフリカのザンビアとジンバブエの国境をまたぐチルンド橋は、内陸とインド洋を結ぶ域内交通の要衝として、人や物の流通等南部アフリカ経済全体の発展にとって極めて重要であることから、わが国は老朽化した同橋梁の架け替えを支援しています。また、「メコン地域開発」と呼ばれるメコン河流域諸国の広域的開発も重視しています。わが国はそのための「旗艦プロジェクト」として、ベトナム中部からメコン地域を東西に横断する運輸インフラを整備する構想である「東西回廊」を、アジア開発銀行と緊密に連携しつつ従来より積極的に支援しています。2001年9月にE/N署名が行われたタイ-ラオス国境を跨ぐ「第二メコン国際橋」建設の円借款による支援はその一例です。さらにわが国は、2001年11月のASEAN+3首脳会議等で表明したとおり、「東西回廊」周辺地域の経済振興を進め、ソフト面での強化も併せて行い、実際の経済成長・貧困削減につなげるという「東西経済回廊」構想、及び、「アジア・ハイウェイ」としても重視されているバンコク-プノンペン-ホーチミン道路の整備「第二東西回廊」構想を今後の協力の柱としていくことにしています。
 さらに、地域協力支援とソフト型援助が連携した最近の協力の一例として、2001年4月に設立された「ASEAN工学系高等教育ネットワーク(SEED-Net:Southeast Asia Engineering Education Development Network)」が挙げられます。この構想は、ASEAN10か国でトップレベルにある19の大学を対象に、域内修士留学、日本への博士留学、日本の研究者派遣、研究助成、セミナー開催などを通じ、ASEAN諸国全体の工学系高等教育を向上させ、域内格差の是正など南南協力の推進を図ることを目的とするものです。また、この協力を通じて、ICT化時代に対応した人材育成を推進し、さらには人的交流を通じ日・ASEAN間の学界及び産業界の間での「人と人とのネットワーク」強化を図ることも期待されています。

(トピックス4参照)



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