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(2)「人間の安全保障」の視点

 第1章で述べたとおり、近年、人間の安全保障という新しい考え方が国際的にもますます重要なものとなりつつあります。新しいODA大綱は、「人間に対する直接的な脅威に対処するため……個々の人間に着目した「人間の安全保障」の視点で考えることが重要である。このため、我が国は、人づくりを通じた地域社会の能力強化に向けたODAを実施する。」としています。以下では、「人間の安全保障」の理念、日本がこの視点を具体的にどのようにODAに体現していくのかについて説明します。

ラ・パス県サカテコルカ市サン・フランシスコ学校講堂建設計画(エルサルバドル・草の根・人間の安全保障無償)
ラ・パス県サカテコルカ市サン・フランシスコ学校講堂建設計画(エルサルバドル・草の根・人間の安全保障無償)

■人間の安全保障の理念
 「人間の安全保障」とは、人間の生存・生活・尊厳に対する広範かつ深刻な脅威から人々を守り、人々の豊かな可能性を実現するために、人間中心の視点を重視する取組を統合し強化しようとする考え方です。
 国際社会において「人間の安全保障」という概念を初めて公に取り上げたのは1994年の国連開発計画(UNDP:United Nations Development Programme)の人間開発報告でした。その後、「人間の安全保障」の理念の進化、そして、その普及について各国、各国際機関が努力してきましたが、なかでも日本は大きな貢献をしてきました。日本において、人間の安全保障を外交の視点として初めて導入したのは1998年の小渕外務大臣(当時)のASEAN訪問の際でした。その後、同年、総理として訪問したベトナムにおいて、人間の安全保障の重視と人間の安全保障基金の創設を表明しました。2000年の国連ミレニアム総会では森総理(当時)より、世界の有識者の参加を得て人間の安全保障のための国際委員会創設を呼びかけました。これを受けて、2001年1月に人間の安全保障委員会の創設が発表され、その共同議長に緒方貞子前国連難民高等弁務官(現国際協力機構理事長)とアマルティア・セン・ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ学長が就任しました。その後、2年にわたる議論の末、2003年5月、同委員会は最終報告書をアナン国連事務総長に提出しました(報告書の内容については囲みI-2参照)。同報告書は、国家の安全保障のみの理論的枠組みを再考し、安全保障の焦点を国家から人々に拡大する必要があること、人々の安全を確保するには包括的かつ統合された取組が必要であることを述べています。また、人間の安全保障は「人間の生にとってかけがえのない中枢部分を守り、すべての人の自由と可能性を実現すること」と定義され、生存・生活・尊厳を確保するためには人々の保護(プロテクション)と能力強化(エンパワーメント)の戦略が必要であるとされています。人間の安全保障の概念については、今なお一部の国において、国家の安全保障を否定するものではないかとの懸念や、人道的介入を招くのではないかとの懸念、国家を無視して個々の人間に関与しようとする先進国の意図があるのではないかとする懸念などがみられます。しかしながら、日本が考える人間の安全保障は、そのような近視眼的なことではなく、従来からある国際機関や当事者の枠組みを超えて連携を強化することを通じて、国際社会の抱える問題全体に対処しようとするという新たな視点に基づくものです。日本は、引き続き、こうした人間の安全保障の考え方の普及と実践のため努力していく考えです。

■人間の安全保障の視点に基づく取組
 日本は、21世紀の国際協調の理念として「人間の安全保障」を掲げ、21世紀を人間中心の世紀とするために努力しています。人間の安全保障を推進するためには、関係者が同概念の重要性を理解することが重要ですが、そういった理念の普及だけでなく、ODAの実施にあたっても「人間の安全保障」の視点で考え、人づくりを通じた地域社会の能力強化に向け教育、保健医療、環境、ジェンダー、平和の定着と国づくりといった分野に関わるODAを積極的に推進していく考えです。
 日本は、人間の安全保障分野における協力を強化すべく、1999年3月、国連に「人間の安全保障基金」を設置し、2003年12月までに国連に設置された信託基金の中で最大規模の累計約229億円を拠出してきています。同基金による支援実績は、2003年12月末現在で94プロジェクトに上り、総額11,740万ドルとなっています。分野別では、健康・医療分野(31件、2,045万ドル)や貧困分野(19件、1,592万ドル)、それに紛争分野(13件、5,407万ドル)のプロジェクトの数が多く、また、実施地域の内訳は、アジア39件(3,178万ドル)、アフリカ20件(2,007万ドル)等となっています。

囲みI-2 「人間の安全保障委員会」の報告書の発表

囲みI-3 人間の安全保障基金

囲みI-4 草の根・人間の安全保障無償資金協力

 さらに2003年度より、従来の草の根無償資金協力を拡充し、人間の安全保障の理念をより強く反映させた、草の根・人間の安全保障無償資金協力として、150億円を計上しました。NGO等を対象に、難民・避難民帰還支援など、迅速な実施が求められる緊急支援等にも対応しています。例えば、2003年5月には、東ティモールにおいて難民の帰還を総合的に支援するプロジェクトを実施したほか、9月にはパプアニューギニアのブーゲンビル島において総合的な地域開発を目指すプロジェクトを実施しています。また、紛争後の地域における人間の安全保障の実現としては、アフガニスタンの復興支援に関して、2003年度、既に100件近くの案件を精力的に形成しているほか、幾つかの地方都市にて、地域の総合開発を目指す大型案件の形成にも努めています。アフガニスタンについては、この他、緊急支援無償資金協力を通じて、「緒方イニシアティブ」の名称で、アフガニスタンにおける統合的な復興援助プログラムを多くの国際機関などと協力しながら進めているところです(I部2章1節3-(4)-(ロ)参照)。 


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