第2章 東南アジア

 東南アジア地域には日本の二国間ODAの約4割近く(アジア全体では6割強)が向けられるなど、日本はODAを通じてこの地域に重点的な協力を実施してきた。同地域における高い経済成長の実現と「東アジアの奇跡」とも形容された発展の背景には、日本のODAを通じた経済・社会インフラ整備と人材育成が大きく貢献したこと、即ち民間資金流入の呼び水として援助が大きな影響を与えたことを指摘しえよう。
 その後発生したアジア通貨・経済危機は東南アジア諸国と日本との間に存在する経済面での密接な相互依存関係とともに、グローバル化の中で開発途上国が抱える構造的な脆弱性を明らかにした。これら危機の影響を受けた東南アジア諸国の経済構造改革や経済再生、社会的安定のためのODA等を通じた日本の包括的支援は同地域諸国からも高い評価を受けている。
アジア通貨・経済危機発生から約3年が経ち、東南アジア経済は本格的な回復基調にある。しかし、同地域諸国が持続的な経済成長を実現し、その成長の果実を多くの人が分かち合えるよう貧困削減等の中・長期的な開発課題に取り組んでいくためには、金融システムをはじめとする経済構造改革の更なる推進、腐敗防止や説明責任(アカウンタビリティー)の徹底を含む「統治(ガヴァナンス)」の強化が重要な課題となっている(注1)
 また、東南アジア諸国の直面する開発課題へ効果的に取り組んでいくためには優れた人材の育成が不可欠である。日本は、99年11月の日・ASEAN首脳会議に際し、アジアにおける人的ネットワーク構築のために人材育成と人的交流を強化すべく10項目にわたる包括的人材交流プログラム(「東アジアの人材の育成と交流の強化のためのプラン(小渕プラン)」)を提唱した。これは、第1に金融分野と高等教育分野における専門性の高い人材育成の拡充、第2に市民レベルでの人材交流の強化、第3に留学生受け入れの拡充という三つのレベルからなる取り組みであり、現在もその具体化が着実に進められている(注2)
 更に、東南アジア地域においては、ヴィエトナム、カンボディア、ミャンマー、ラオスといった一部の国とその他の東南アジア諸国連合(ASEAN)メンバー国との間にある経済的格差の是正が重要な課題となっている。こうした観点から、東南アジアの一体化を進め域内格差の是正を目指す構想として、メコン河流域総合開発への取り組みや日・ASEAN総合交流基金を活用した協力等が行われている(囲み25.「メコン河流域総合開発」参照)。
 2000年11月にシンガポールで開催されたASEAN+3(日中韓)首脳会議では、森総理より、今後の域内協力を進めていくに当たって、ASEANを含む東アジア全体のパートナーシップの構築、開かれた地域協力、政治・安全保障をも含む包括的な対話と協力を三原則として提唱し、今後、ASEAN諸国との間で議論を深めていくこととされた。東アジアにおいて幅広い地域協力強化に向けた機運の高まりが見られることは注目に値しよう。
 また、九州・沖縄サミットに先立ち森総理が発表した「国際的な情報格差問題に関する我が国の包括的協力策」(第3部第2章第3節参照)の実施に当たって、日本はアジア諸国を重視して実施していくこととしている。同協力策の具体化に向けた取り組みの一環として、2000年10月に東南アジア諸国3ヶ国(注3)を対象として外務省ほか関係省庁より構成される「IT協力に関する政策対話ミッション」が派遣された。同ミッションは、各国の物理的・制度的なIT環境を調査の上、これらの国のIT関係者に我が国の包括的協力策を説明し、意見交換を行うとともに、今後その具体的協力の方向性(人造り、情報通信基盤整備等)を検討することとなっている。また、上述のASEAN+3首脳会合において、東アジアにおけるIT協力の方途を検討するための「東アジア産官学合同会議」を2001年に日本で開催することが決定された。

第1節 インドネシア

 アジア通貨・経済危機後、経済・社会情勢が不安定化したインドネシアは、累積で日本の最大の被援助国である。危機後も日本は、インドネシアによる経済改革の遂行及び政治経済危機からの脱却を図り、同時に構造調整の過程で生じる社会的弱者に対する影響を最小限に止めるためのインドネシアの努力に対して支援を行ってきた。特に、経済的困難が政治的不安定に直結したことから、経済・社会開発支援に留まらず、社会的公平や民主化プロセスの推進への支援が重要となっている。この意味で、日本も積極的に支援した99年6月の総選挙や、同年10月の大統領選挙、更に新政権の発足が民主的なプロセスで実施されたことは評価される。今後は、回復基調にあるインドネシア経済を持続的なものとするためにも、中長期的開発という観点から同国の経済構造改革努力を支援していく必要がある。「良い統治」と腐敗防止は、インドネシアの経済環境を整備し、内外の投資家の活動を促し、持続的な経済成長を促進する点からも不可欠である(なお、東チモールについては、第3部第5章「紛争と開発」を参照。)。
 2000年10月には、世界銀行の主催により東京において対インドネシア支援国会合(CGI)が開催された。同会合では、一時の危機的状況を脱しつつある中で、インドネシアが直面する課題である構造改革、貧困、統治(ガヴァナンス)等の問題について意見交換が行われるとともに、2001年の資金需要への対応及び長期的な視点に立った支援についても検討された。
 今回の会合に参加した各国政府及び国際機関からは、2001年度財政の資金需要を充たすための支援として、約48億ドルに及ぶ援助の供与が表明された。また、日本、世銀、アジア開発銀行から、インドネシアの更なる発展と安定を確保するための中長期的視点に立った新たな支援表明が行われた(注4)

第2節 ヴィエトナム

 ヴィエトナムは、86年より「ドイモイ(刷新)」路線の下、市場経済化を進めている。日本は91年10月のカンボディア和平合意を受け、92年11月、ヴィエトナムに円借款を再開したことを踏まえ、新たな協力関係に入った。特に、従来の社会主義計画経済から市場経済への移行は、経済更には社会体制の根本的な変革をもたらすものであり、経験もノウハウもない同国にとっては困難を伴う作業である。こうした市場経済化への移行を支援するため、日本は95年から政策策定のための支援を実施している(石川一橋大学名誉教授を長とするいわゆる石川プロジェクト)。
 これは、日本の学者とヴィエトナムの政策当局者が共同で研究を行い、ヴィエトナム政府に政策提言を行うもので、これまでフェーズ0102が実施され、そのうちフェーズ01の提言は第6次5カ年計画(96~2000年)に盛り込まれている。現在実施中のフェーズ03の研究は、2001年第一四半期に開催予定の第9回党大会において採択予定の第7次5カ年計画(2001~05年)及び10カ年の中・長期戦略策定に貢献することを目的としている。この他、市場経済化を進めるために不可欠な行政官も含めた人材育成と法制度、税制、金融制度等構築のための支援を併せ行っている。また、現地における人材育成の拠点としてハノイ及びホーチミンに「日越人材協力センター」の建設も開始されている。
 ヴィエトナムにおいては、また、前述した国際的な開発パートナーシップの動きが及んでおり、ヴィエトナム支援国会合(CG)の流れの中で、国際機関や援助国の間で連携の動きが活発化している。分野・課題毎に約20のグループが活動している中で、日本は運輸セクター、中小企業振興、ホーチミン市都市開発グループの作業で中心的役割を果たしている。この他、日本は、包括的貧困削減戦略(CPRS)を策定するため作業をしている貧困問題グループにも積極的に加わっている。

第3節 ミャンマー

 ミャンマーについては、88年以降の民主化・人権状況を巡る推移を踏まえて、現在日本は既往継続案件や民衆に直接裨益する基礎生活分野の案件を中心にケース・バイ・ケースで検討の上実施するとの方針で援助を行ってきている。これに加え、99年11月、ASEAN首脳会議の際の日ミャンマー首脳会談において、小渕総理(当時)よりミャンマーの経済構造改革に協力する用意があることを伝えた。これは、ミャンマーの現政権が進める経済構造改革を知的交流・人材育成等により支援することを通じて、同政権の民主化に向けた政治改革のための環境造りを促していくことを目的とするものである。その後、日ミャンマー双方の学識経験者、産業界、政府関係者からなるジョイント・タスクフォースが設立され、2000年6月及び12月の二回に亘りヤンゴン及び東京において、日・ミャンマー両政府主催で経済構造調整支援ワークショップが開催され、ミャンマー経済の諸課題につき率直な意見交換が行われた。なお、同年7月には96年12月以降閉鎖されていたヤンゴン大学等の総合大学が全面的に再開されるなど前向きな動きが見られた一方で、同年9月には政府当局によりスー・チー女史を含む国民民主連盟(NLD)幹部に対し一時的に行動制限が課せられる等の動きも見られており、これらの状況の推移を引き続き注視していく考えである。


(注1) 世銀 「東アジア:回復と展望」(2000年6月発表)を参照。
(注2) いわゆる「小渕プラン」の具体化の一環として、金融セクター支援のほか、東アジア諸国の開発を担う人材に対して高度な開発教育を実施するため、市場経済化や貧困対策等の分野において、我が国の関係高等教育機関への長期の研修員受け入れを目的とする「長期研修プログラム」を策定し、99年度にはASEAN諸国より22名の受け入れが行われている。また、市民レベルの人材交流の強化策として、2000年6月現在ASEAN地域に88名のシニア海外ボランティアが派遣されている。この他、留学生支援無償や円借款を活用した留学生支援や私費留学生への学習奨励費の支給等を通じた留学生受入環境の改善に努めるなど、同プランの具体化が進められている。
 更に、2000年7月にバンコクで行われた日ASEAN外相会議では、日・ASEAN総合交流基金(JAGEF)の設立が決定されたほか、ASEAN+3(日中韓)外相会議においては、日本とシンガポール、韓国など一部の東アジアの国々が協力して東アジアの第3国を支援する「日・東アジア・パートナーシップ・イニシアティヴ」が提唱されるなど、ASEAN域内の人材育成や経済格差解消の問題が議論されている。
(注3) フィリピン、タイ、カンボディア
(注4) 日本は、「危機対応」型の支援から「中長期的視点に立った未来志向型」の支援へ重点を移していく時期に来ているとの考えから、貧困削減、ガヴァナンス改善、人材育成等の分野を対象とした新規のプロジェクト借款5件(約581億円)の供与を表明した。なお、中長期的視点から、世銀は、5~10億ドル、アジア開発銀行は8~12億ドルをそれぞれ新規コミットメントとして表明した。

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