第5章 紛争と開発

 世界の平和と安定に向けた軍縮・不拡散や紛争予防への取り組みは日本外交の重要な柱である。これらの課題と開発協力との係わりは近年ますます重要となっており、ODA大綱「原則」においても途上国の上述の分野における努力を慫慂するとともに、ODAについても様々な関連の取り組みが行われている。
 紛争は、人道上の問題を引き起こすと同時に、これまでの開発の成果を損なうものである。また紛争後の復旧・復興やその後の開発を困難とする様々な傷跡を残す。特に、対人地雷の規制は、国際的な軍縮・不拡散の一つの流れであるとともに、紛争等の際に埋設される対人地雷による被害は、途上国の住民一人一人の生命や生活に直接的な影響を与え、この問題への対応は「人間の安全保障」の観点からも重要な課題である。紛争問題への取り組みについては、解決に向けた政治的努力とともに、紛争の潜在的要因への対応を通じた紛争発生の予防、紛争発生時の緊急人道支援、更には紛争終結後の復興・開発支援など様々な段階で開発協力を積極的に活用していくことが重要である。
 冷戦後、軍縮・不拡散の分野において提起された小型武器の非合法製造、取引、移転、拡散、蓄積の問題は、緊急人道支援活動や、紛争後の復興・開発を阻害し、紛争を長期化、悪化させる要因になっている。このため、日本は紛争終了後に小型武器が問題となっている国、地域における同問題の解決に向けた取り組みを開始している(注1)。なお、日本がカンボディアにおいて取り進めている「武器回収の代価としての開発を提供するプロジェクト」については、軍縮と開発を組み合わせた包括的なアプローチとして国際社会において注目されている(注2)
 本章では、こうした「紛争と開発」に関する日本の取り組みについて、具体例を挙げて述べたい。
 なお、紛争と並び、地震や洪水といった自然災害は、途上国における人々、特に貧困層の生活を根底から覆すものであり、「人間の安全保障」の観点からも重大な問題である。このような観点から、日本は、途上国における大規模な自然災害に対し、救助チーム・医療チーム等国際緊急援助隊の派遣、緊急援助物資の供与、あるいは緊急無償資金援助による緊急人道支援活動を行っており、2000年中はインドネシア・スマトラ島での地震災害のほか、モザンビーク等南部アフリカでの洪水災害などに際し支援を行ったほか、2001年1月に、エルサルバドルやインド西部において大規模な地震が発生した際に、医療チームの派遣、テント・毛布や医薬品・医療資機材の供与、緊急無償援助等を通じた支援を実施している。特に、インド西部地震災害に対しては、自衛隊の部隊等からなる国際緊急援助隊が緊急援助物資を自衛隊輸送機で被災地まで輸送し、テント設営技術指導等の災害応急対策活動を行った。

第1節 東チモール支援

 東チモールでは、長年インドネシアからの分離・独立を求める動きが活発であったが、99年5月の国連、インドネシア、ポルトガルの三者合意を受け、99年8月に国連東チモール・ミッション(UNAMET)の下で、インドネシアからの拡大自治提案受け入れの是非を問う直接投票が実施された。その結果、拡大自治提案を拒否し、インドネシアからの分離・独立を求める票が多数を占めた。
 しかし、投票結果が判明した直後から、投票結果に反対する勢力による殺人、放火、略奪、インフラ等の破壊活動等が激化し、治安が悪化した。その後、国連安保理決議に基づき展開された多国籍軍により、治安は回復した。そして、同年10月、インドネシア国民協議会が東チモールのインドネシアからの分離を認める決議を採択したのを受け、国連安保理決議により国連東チモール暫定行政機構(UNTAET)が東チモールの暫定統治を担うこととなった。
  日本は、直接投票の実施に際して、その円滑な実施のために約1000万ドルの拠出、広報用ラジオ2000台の供与、文民警察官の派遣等の支援を行った。また、直接投票実施以降、様々な形で積極的な支援を行ってきている。まず、現地の治安回復のために展開した多国籍軍への途上国の参加に資するため約1億ドルの財政的支援を行ったのに加え、人道支援として、総額約3000万ドルの財政支援、自衛隊機による国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の援助物資の輸送やテント・毛布等のUNHCRに対する物資協力等を行った。
 更に、UNTAET設立以降、国際社会による復興開発支援が開始されてからは、東チモールにおける国造りと独立に向けたプロセスが円滑に進むよう、日本は、復旧、復興、開発の各段階に応じてきめ細かな支援を実施している。まず、99年12月、UNTAETと世銀を共同議長とする東チモール支援国会合を東京において開催し、東チモールの復興開発のために今後3年間で1億ドルを目途とした支援を行うことを表明した。その後、2000年1月に派遣された経済協力調査団の結果を踏まえて、同年2月より緊急復興計画の策定や道路・水供給施設等の緊急復旧を行う開発調査を実施したほか、機動性に富むNGOを通じた支援として開発福祉支援事業(4団体が実施する農業、保健・衛生、市場復興の各分野での事業を対象)や緊急人道支援事業への支援措置(西チモールに残る避難民への支援を含む5団体5事業)等も広く実施している。
東チモールの小学校を訪れる河野外務大臣

 2000年7月には国連開発計画(UNDP)の行う道路、水道施設、港湾施設、電力施設及び灌漑施設の復旧のためのプロジェクト並びに国連児童基金(UNICEF)の行う小学校修復のためのプロジェクトに対する緊急無償援助合計2,871万ドルの復興開発支援の実施を決定した。UNDPが実施するプロジェクトは、日本が実施した開発調査結果をもとに策定されたものである。また、UNTAET信託基金に900万ドルを既に拠出したのに加え、世銀信託基金(TFET)に総額約2,800万ドルの拠出を予定している(内約1,600万ドルは拠出済み)。
 更に、日本が東チモールの国造りにおいて特に重視している取り組みの一つに人材育成がある。2000年12月には、インドネシアの大学で勉強する東チモール人学生に対する支援として、UNDPの実施する「チモール・ロロカン奨学金プログラム」に対し65万8000ドルの緊急無償援助を決定した。また、インドネシア、シンガポール、タイ等の第三国と協力して様々な分野における東チモール人材育成支援を実施している。
 これらに加え、日本はUNTAETに対する人的協力も積極的に行っており、高橋JICA参与をはじめ、外務省員を含む邦人が様々な分野で活躍するなど、東チモールの独立と国造りに向けた取り組みを包括的に支援している。

トピックス:12.東チモール緊急復興開発調査
 東チモールでは、99年8月の直接投票後の騒乱の後、UNTAET(国連東チモール暫定行政機構)の下、国際社会の支援を受けながら、新たな国造りに向けた努力がなされている。
 日本としてもこの歴史的な努力を支えるべく、種々の支援を行ってきている。
 2000年1月には経済協力調査団を派遣、その結果を受け2月よりJICAが開発調査団を派遣し、道路・発電所等のインフラ整備、水供給施設整備及び地図情報整備の調査を開始し、これら分野の復興の青写真づくりに着手することとなった。しかし、当時の東チモールは国際機関及びNGOによる緊急人道支援により食糧・医薬品等の供給は進みつつある一方で、ライフラインである道路や水道網は、それまでの整備不足と今回の騒乱のため各所で寸断され、緊急物資輸送の大きな障害となっていた。また、都市部には政府も職場も失った住民が日々働く場所のないままあふれかえっていた。したがって、現地住民を参加させ雇用を創出しながらこれからの東チモールに不可欠なインフラを復旧するプロジェクトの実施が緊急の課題となっていた。
 このような状況を受け、開発調査団は復興計画づくりに従事しつつも、調査の過程の中で現地住民を多数雇用しつつ道路や水道管の補修を実施した。当時はまだ他のドナーや国際機関の復興支援が本格化していない時期であったこともあり、騒乱後の不安定な時期の日本の支援は、東チモールの人々に働く喜びを感じてもらうという貴重な役割を果たすこととなった。調査過程での住民の総雇用数は延べ57,000人を超え、騒乱後の治安の悪化を抑制する役割をも果たし、現地政府であるUNTAETからも高い評価を得ることができた。
 もちろん本来の目的であった復興計画についても緻密な現地調査に基づいたものとして同様の高い評価を受け、現在国際機関及び日本をはじめとするドナーによってやっと本格化しつつある復興支援の基礎として、地味ながら大きな役割を果たしている。日本としても、これらの努力を実際の復興に一日も早く結びつけるべく引き続き努力し、現地の人々及び国際社会の期待に応えていきたい。
現地住民を雇用した水道施設の補修工事



図表―24 対人地雷問題に関連する日本の支援実績
2000年9月現在で総計 約5,988.7万ドル
 1.地雷撤去(地雷対策センターの設置等統合的なプロジェクトへの支援を含む):5,426.7万ドル
(1) 国際機関を通じた支援:4,353万ドル
  (イ) 国連地雷対策支援信託基金:1,058万ドル
  (ロ) カンボディア地雷対策センター(CMAC):870万ドル
  (ハ) 国連人道問題調整事務所(UNOCHA):1,830万ドル
  (ニ) 米州機構(OAS):34万ドル
  (ホ) 国連開発計画(UNDP):191万ドル
  (ヘ) 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR):150万ドル
  (ト) その他:220万ドル
(2) 二国間援助:991.7万ドル
  (イ) 「地雷除去活動機材整備計画」:4.7億円(約398万ドル)
   CMACに対し、人道的な対人地雷除去関連機材(金属探知機、灌木除去機等)、地雷回避啓蒙機材等を供与するもの。
  (ロ) 「第二次地雷除去活動機材整備計画」:3.3億円(275万ドル)
  (ハ) CMACへの専門家派遣2名(現在更に2名派遣中):8.7万ドル
  (ニ) ボスニア・ヘルツェゴヴィナ地雷除去機材整備計画:3.72億円(310万ドル)
(3) NGOを通じた支援
    草の根無償:約82万ドル
   (カンボディア、ニカラグア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ。地雷除去活動支援用草刈りトラクター、救急車等)
 2.犠牲者支援・地雷啓発活動支援 :562万ドル

(1) 国際機関を通じた支援:312.7万ドル
  (イ) 国連地雷対策支援信託基金:165万ドル
  (ロ) 赤十字国際委員会(ICRC):147万ドル
  (ハ) その他:0.7万ドル
(2) 二国間援助
   シェムリアップ病院医療器材整備計画:1.12億円(約93.3万ドル)
(3) NGOを通じた支援
   草の根無償及びNGO事業補助金を通じて、過去8年間で累計約156万ドルの支援を行ってきている。その多くはカンボディア向けで、NGOによる義肢製作、犠牲者のリハビリ、職業訓練プロジェクト等に使われている。



(注1)日本は、紛争後の武器回収との連携を踏まえた復興開発等のため、アルバニアに対し98年にUNDP「人造り基金」を活用し10万ドルを供与するなどの取り組みを行っている。
(注2)カンボディアにおいて「武器回収の代価としての開発を提供するプロジェクト(Weapons for Development」を実施すべく、住民の保持する小型武器の引き渡しと引きかえに学校、保健所などの建設への支援を行うこと等を内容とする草の根無償資金協力を実施している。

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