(2)保健医療・福祉、人口

開発途上国に住む人々の多くは、先進国であれば日常的に受けられる基礎的な保健医療サービスを受けることができません。また、衛生環境などが整備されていないため、感染症や栄養不足、下痢などにより、年間690万人以上の5歳未満の子どもが命を落としています(注3)。また、産婦人科医や助産師など専門技能を持つ者による緊急産科医療が受けられないなどの理由により、年間28万人以上の妊産婦が命を落としています(注4)。さらに、世界の人口は増加しており、人口増加率が高い貧しい国では、一層の貧困や失業、飢餓、教育の遅れ、環境悪化などにつながります。

このような問題を解決する観点から2000年以降、国際社会は、ミレニアム開発目標(MDGs)の保健関連の目標(目標4:乳幼児死亡率の削減、目標5:妊産婦の健康改善、目標6:HIV/エイズ、マラリア、その他疾病の蔓延(まんえん)防止)の達成に一丸となって取り組んできました。MDGs達成期限が2015年に迫る中、低所得国を中心に進捗(しんちょく)が遅れ、達成が難しい状況にあります。また、指標が改善している国であっても、貧しい世帯は依然として医療費を支払えないため医療サービスを受けることができない状況にあります。国内の健康格差もさらなる課題となっています。加えて近年では、栄養過多を含む栄養不良、糖尿病やがんなどの非感染性疾患、栄養不良人口高齢化などへの対処が新たな保健課題となっています。このように、世界の国や地域によって多様化する健康課題に応じて、すべての人が基礎的な保健医療サービスを、必要なときに経済的な不安なく受けられる状態である「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」の達成が重要となっています。(こちらを参照

< 日本の取組 >

保健医療

日本は2013年5月に「国際保健外交戦略」を策定し、世界が直面する保健課題の解決を日本の外交の重要課題に位置付け、世界の健康改善に向けて官民が一体となって取り組む方針を策定しました。6月に開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD(ティカッド) V)では、安倍晋三総理大臣が開会式のオープニング・スピーチにおいて、この戦略を発表し、人間の安全保障を実現する上ですべての人々の健康の増進が不可欠であるとして、すべての人が基礎的保健医療サービスを受けられること(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ:UHC)の推進に貢献する決意を述べました。また、今後5年間で保健分野において500億円の支援、および12万人の人材育成を実施することを表明しました。

日本は、50年以上にわたり国民皆保険制度等を通じて、世界一の健康長寿社会を実現した実績を有しています。この戦略の下、二国間援助のより効果的な実施、国際機関等が行う取組との戦略的な連携の強化、国内の体制強化と人材育成などに取り組みます。

アンゴラでのブラジル・カンピナス大学専門家による新生児蘇生研修。日本は三角協力により支援している(写真:大町佳代/JICAアンゴラフィールドオフィス)

アンゴラでのブラジル・カンピナス大学専門家による新生児蘇生研修。日本は三角協力により支援している(写真:大町佳代/JICAアンゴラフィールドオフィス)

ウガンダ・ゴンベ病院の小児科病棟でベッドに据え付けられたディスペンサーからアルコール消毒剤を手に取り、手指消毒を行う看護師(写真:竹谷健太朗/サラヤ(株))

ウガンダ・ゴンベ病院の小児科病棟でベッドに据え付けられたディスペンサーからアルコール消毒剤を手に取り、手指消毒を行う看護師(写真:竹谷健太朗/サラヤ(株))(『国際協力の現場から』を参照

日本は従来から、人間の安全保障に結びつく保健医療分野での取組を重視し、保健システムの強化などに関する国際社会の議論をリードしてきました。2000年のG8九州・沖縄サミットにてサミット史上初めて、感染症を主要議題の一つとして取り上げ、これがきっかけとなって2002年には「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)」が設立されました。

2013年10月、ペー・テッ・キン・ミャンマー保健大臣と会談する三ツ矢憲生外務副大臣

2013年10月、ペー・テッ・キン・ミャンマー保健大臣と会談する三ツ矢憲生外務副大臣

2008年7月のG8北海道洞爺湖サミットでは、保健システムを強化することの重要性を訴え、G8としての合意をまとめた「国際保健に関する洞爺湖行動指針」を発表しました。また、2010年6月のG8ムスコカ・サミット(カナダ)では、母子保健に対する支援を強化するムスコカ・イニシアティブの下、2011年から5年間で最大500億円規模、約5億ドル相当の支援を追加的に行うことを発表しました。

さらに、2010年9月のMDGs国連首脳会合では、日本は「国際保健政策2011-2015」を発表し、保健関連のMDGs達成に貢献するために、2011年から5年間で50億ドル(世界基金への当面最大8億ドルの拠出を含む)の支援を行うことを表明しました。新たな国際保健政策では、(1)母子保健、(2)三大感染症(HIV/エイズ・結核・マラリア)、(3)新型インフルエンザやポリオを含む公衆衛生上の緊急事態への対応を3本柱としています。(「感染症」については、こちらを参照)特にMDGsの達成が遅れている母子保健分野については、EMBRACEに基づいた支援を目指し、ガーナ、セネガル、バングラデシュなどの国において、効率的支援を実施しています。その戦略は、国際機関などほかの開発パートナーとの間で相互に補完する連携を促進し、開発途上国が保健関連MDGsを達成していくための課題解決に照準を合わせたものです。また、支援の実施国において、国際機関などほかの開発パートナーと共に、43万人の妊産婦と、1,130万人の乳幼児の命を救うことを目指します。特に三大感染症対策については、世界基金に対する資金的な貢献と日本の二国間支援とを補う形で強化することで、効果的な支援を行い、ほかの開発パートナーと共に、エイズ死亡者を47万人、結核死亡者を99万人、マラリア死亡者を330万人削減することを目標に取り組んでいます。

ザンビアの都市コミュニティ小児保健システム強化プロジェクト。成長観察活動として乳幼児の体重測定と成長観察を行う(写真:稲葉久之)

ザンビアの都市コミュニティ小児保健システム強化プロジェクト。成長観察活動として乳幼児の体重測定と成長観察を行う(写真:稲葉久之)

用語解説

保健システム
行政・制度の整備、医療施設の改善、医薬品供給の適正化、正確な保健情報の把握と有効活用、財政管理と財源の確保とともに、これらの過程を動かす人材やサービスを提供する人材の育成・管理を含めた仕組みのこと。
三大感染症
HIV/エイズ、結核、マラリアを指す。これらによる世界での死者数は現在も年間約360万人に及ぶ。これらの感染症の蔓延は、社会や経済に与える影響が大きく、国家の開発を阻害する要因ともなるため、人間の安全保障の深刻な脅威であり、国際社会が一致して取り組むべき地球規模課題と位置付けられる。
EMBRACE(Ensure Mothers and Babies Regular Access to Care)
包括的な母子継続ケアを提供する体制強化を支援すること。妊娠前(思春期、家族計画を含む)・妊娠期・出産期と新生児期・幼児期といった時間的流れを一体としてとらえた継続的なケアおよび家庭・コミュニティ・一次保健医療施設・二次、三次保健医療施設が連続性を持ってケアを提供すること。具体的には、妊産婦検診、出産介助、予防接種、栄養改善、保健医療人材育成、施設整備、行政および医療機関のシステム強化、母子手帳の活用、産後検診などを含む。

注3 : (出典)UN “The Millennium Development Goals Report 2013”

注4 : (出典)WHO, UNICEF, UNFPA, and the World Bank “Trends in Maternal Mortality: 1990 to 2010”


●仏語圏アフリカ9か国

「仏語圏中西アフリカ保健人材管理2」
(本邦研修(課題別研修))(2012年〜2013年)

第5回アフリカ開発会議(TICAD V)で日本が支援を表明した「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」は、すべての人が、健康増進、予防、治療、機能回復に関する適切な保健医療サービスを、支払いに無理のない費用で受けられるようになることを目指すものです。

一方で、アフリカ諸国の多くでは、保健医療サービスを提供する保健人材の数が不足しています。また、保健人材の都市部への偏在、国外流出、質の低下などの深刻な課題も存在しています。

そこで、日本の保健人材の養成や配置、僻地(へきち)への定着などの取組について深く学び、そこで得た知識を活かして、自国における課題の解決に向けた取組を促していくことを目的として、「仏語圏中西アフリカ保健人材管理2」研修を実施しました。

この研修は、ベナン、ブルキナファソ、ブルンジ、コートジボワール、コンゴ民主共和国、ニジェール、マリ、トーゴ、セネガルの仏語圏アフリカ9か国の保健人材管理を担う行政官を対象にしています。2009年度からの5年間で延べ70名以上がこの研修に参加し、共通の課題を持つ他国の参加者と共に、活発な議論を行いました。

さらに、この研修の成果の一つとして、2012年には研修参加者の提案により「仏語圏アフリカ保健人材管理ネットワーク」が創設されました。国立国際医療研究センターの協力の下、日本の支援を通じて、仏語圏アフリカ地域内の知見が交換・蓄積されたことで、各国の保健人材概況書の作成、保健人材情報システムに関する技術交換、国際会議での発信など、多くの波及的な成果も上がっています。

本邦研修での講義の様子(写真:国立国際医療研究センター)

本邦研修での講義の様子(写真:国立国際医療研究センター)

障害者支援

日本はODA大綱において、ODA政策の立案および実施に当たり、障害のある人を含めた社会的弱者の状況に配慮することとしています。障害者施策は福祉、保健・医療、教育、雇用等の多くの分野にわたっており、日本はこれらの分野で積み重ねてきた技術・経験などをODAやNGOの活動などを通じて開発途上国の障害者施策に役立てています。たとえば、鉄道建設、空港建設においてバリアフリー化を図った設計を行ったり、障害のある人のためのリハビリテーション施設や職業訓練施設整備、移動用ミニバスの供与を行ったりするなど、現地の様々なニーズにきめ細かく対応しています。

また、開発途上国の障害者支援に携わる組織や人材の能力向上を図るために、JICAを通じて、開発途上国からの研修員の受入れや、理学・作業療法士やソーシャルワーカーをはじめとした専門家、青年海外協力隊の派遣などの幅広い技術協力も行っているところです。

ヨルダン・アカバで障害児のリハビリを行う横松青年海外協力隊員(写真:久保田弘信)

ヨルダン・アカバで障害児のリハビリを行う横松青年海外協力隊員(写真:久保田弘信)

●ミャンマー

「社会福祉行政官育成(ろう者(聴覚障害者)の社会参加促進)プロジェクト」
技術協力プロジェクト(2007年12月~実施中)

ミャンマーでは、障害者の社会参加のために必要な公的サービスが十分でなく、中でも、手話を言語としている耳の不自由な人(聴覚障害者)が必要な情報を得たり、教育や保健などのサービスを十分に受けたりできるようにすることが大きな課題となっています。日常生活における簡単な手話通訳は聴覚障害者のための学校の先生や聴覚障害者の家族が行っていますが、会議、裁判、病院、教育などの場で通訳できないことが多く、早急に手話通訳をできる人(手話通訳者)を育てることが必要です。

このプロジェクトは、手話の普及や手話通訳者へ手話を教える人(手話指導者)を育てることを通じて、ミャンマーの障害者分野の中でも特に支援が遅れている聴覚障害者の社会参加を目指すものです。

2007年から開始したフェーズⅠ(第1段階目)では、公務員、聴覚障害者、聴覚障害者のための学校の先生が協力して標準となる手話を決め、教材を作り、手話の普及活動を行いました。これらの活動を通じて、手話指導者を育てるとともに、障害のある人の要望に応える社会福祉行政サービスを確立できるように、公務員の能力を高めてきました。

2011年8月から実施中のフェーズⅡ(第2段階目)では、ミャンマーで行う手話指導者への訓練、手話通訳の重要性を学ぶ講習会に加え、日本で行う研修などによって、手話指導者の手話を教える能力を高めてきました。今では、手話指導者が講師となり、将来、手話通訳者が増えるよう教えています。

(2013年8月時点)

将来の手話通訳者の育成が進んでいる(写真:JICA)

将来の手話通訳者の育成が進んでいる(写真:JICA)


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