(2)感染症
HIV/エイズ、結核、マラリアなどの感染症は、個人の健康のみならず、開発途上国の経済社会発展に影響を与える深刻な問題です。HIV/エイズと結核の重複感染や、従来の薬が治療効果を持たない多剤耐性・超多剤耐性の結核などの発生で、より深刻さを増していることも大きな問題です。また、新型インフルエンザやポリオなどの新興・再興感染症*への対策を強化することも引き続き国際的な課題です。さらに、シャーガス病、フィラリア症、住血吸虫症などの「顧みられない熱帯病」*に関しては、世界全体で約10億人が感染しており(注35)、開発途上国に多大な社会・経済的損失を与えています。感染症は国境を越えて影響を与えることから、国際社会が一丸となって対応する必要があり、日本も関係国や国際機関と緊密に連携して対策に取り組んでいます。
< 日本の取組 >
●三大感染症(HIV/エイズ、結核、マラリア)
日本は「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)」を通じた支援に力を入れています。世界基金は2000年G8九州・沖縄サミットで、感染症の対策を初めて議論したのをきっかけに設立された、三大感染症対策の資金を提供する機関です。日本は生みの親として、2002年の同基金設立から2011年までに約14億ドルを拠出しました。この支援により、2010年末までに救われた命は650万人と推計されています。さらに日本は、2010年9月のミレニアム開発目標(MDGs)国連首脳会合において、世界基金に対して当面最大8億ドルを拠出することを表明しました。また、世界基金の支援を受けている開発途上国において、三大感染症への対策が効果的に実施されるよう、日本は二国間支援でも補完できるようにしています。保健システムの強化や母子保健のための施策とも相互に連携を強めるよう努力しています。(三大感染症、保健システムについては用語解説参照)
結核のワクチン接種(BCG)を受けるバングラデシュの赤ちゃん(写真提供:松川香菜)
2011年6月、国連HIV/エイズ特別総会から10年となる節目を機に、世界のHIV/エイズをめぐる現状と対策の進み具合を確認するための国連HIV/エイズ・ハイレベル会合がニューヨークの国連本部にて開催されました。日本からは伴野外務副大臣を首席代表とする政府代表団が参加し、日本が震災後も変わらず国際的なHIV/エイズ対策に貢献していく決意を改めて表明しました。また、HIV/エイズ母子感染予防のための地球規模の計画(グローバル・プラン)の策定に当たり知識や技術面でも貢献を行いました。
二国間援助を通じたHIV/エイズ対策として、日本は新規感染予防のための知識を広め、啓発・検査・カウンセリングを普及し、HIV/エイズ治療薬の配布システムを強化する支援などを行っています。特に予防についてより多くの人に知識や理解を広めることや感染者・患者のケア・サポートなどには、アフリカを中心に「エイズ対策隊員」と呼ばれる青年海外協力隊が精力的に取り組んでいます。
結核に関して日本は、「ストップ結核世界計画2006-2015年」(注36)に基づき、世界保健機関(WHO)が指定する結核対策を重点的に進める国や、まん延状況が深刻な国に対して、感染の予防、早期の発見、診断と治療の継続といった一連の結核対策を進めています。またHIV/エイズと結核の重複感染への対策も促進しています。2008年7月に外務省と厚生労働省は、JICA、財団法人結核予防会、ストップ結核パートナーシップ日本で発表した「ストップ結核ジャパン・アクションプラン」に沿って、日本が自国の結核対策で培った経験や技術を活かし、官民が連携して、世界の年間結核死者数の1割(2006年の基準で16万人)を救済することを目標に、開発途上国、特にアジアおよびアフリカに対する年間結核死者数の削減に取り組んでいます。
乳幼児が死亡する主な原因の一つであるマラリアについては、地域コミュニティの強化を通じたマラリア対策への取組を支援したり、国連児童基金(UNICEF(ユニセフ))との協力による支援を行っています。
ニジェールで青年海外協力隊員の指導によりマラリア対策のために、ニームの葉を使って蚊よけ線香を作る(写真提供:玉井誠子)
●インフルエンザ
日本は、2005年以来、新型インフルエンザ対策として、総額約4億ドル(2011年4月時点)の国際協力を実施しています。開発途上国におけるワクチン接種を支援するため、2009年9月、WHOを通じて約11億円の緊急無償資金協力を実施したほか、将来発生するかもしれない新型インフルエンザに備えるため、東南アジア諸国連合(ASEAN(アセアン))(注37)、アジア欧州会合(ASEM)(注38)との協力でアジア地域における150万人分の抗ウイルス薬などの備蓄や供与を行いました。また、二国間協力によって、インフルエンザが発生する状況を監視する体制を強化したり、ワクチンの生産能力を向上させる支援などを推進して国際社会に積極的に貢献しています。さらに、家畜として飼育されている鳥類(家きん)への感染症対策のために、国際獣疫事務局(OIE)(注39)を通じてアジア・太平洋地域における協力体制を構築し、高病原性鳥インフルエンザ対策や野鳥の疾病の監視(サーベイランス)などを推進しています。
●ポリオ
日本は、根絶の最終段階を迎えているポリオについて、ポリオ常在流行国(ポリオが過去に一度も撲滅されたことのない国)であるナイジェリア、アフガニスタン、パキスタンの3か国を中心に、主にUNICEFを通じたポリオ・ワクチン供与等を支援しています。また、2009年4月にタジキスタンおよび周辺国における感染拡大の緊急事態に対応するため、UNICEFを通じたポリオ・ワクチン供与に20万ドルの支援を行いました。また、パキスタンでは民間のゲイツ財団と連携して、円借款を通じた全国の5歳未満の子どもたち約3,200万人に対するポリオ・ワクチンの接種を行い、ポリオ撲滅を目的とした支援も実施しています。(ゲイツ財団との協力についてはこちらを参照)
ポリオワクチン接種を受けるバングラデシュの子ども(写真提供:三宅大作)
●顧みられない熱帯病
日本は、世界に先駆けて中米諸国のシャーガス病対策に本格的に取り組み、媒介虫対策の体制を確立する支援を行い、感染リスクを減少することに貢献しています。フィラリア症についても、駆虫剤を供与し、多くの人に知識・理解を持ってもらうための啓発教材を供与しています。また、青年海外協力隊による啓発予防活動などを行い、新規患者数の減少や病気の流行が止まった状態の維持を目指しています。
●予防接種
予防接種は感染症疾患に対して、安価で効果的な手段であることが証明されており、毎年200万~300万人以上の命を予防接種により救うことができると見積もられています(注40)。開発途上国の予防接種率を向上させることを目的として2000年に設立されたGAVIアライアンス(用語解説参照)に対して、日本は2011年に初の拠出となる930万ドルの支援を行いました。GAVIを通じた支援により、2010年までに救われた命は582万人と推計されており、さらにMDGs達成期限である2015年までに420万人の命を救うことができると見積もられています。
用語解説
*新興・再興感染症
新興感染症:SARS(サーズ)(重症急性呼吸器症候群)・鳥インフルエンザ・エボラ出血熱など、かつては知られていなかったが、近年新しく認識された感染症。
再興感染症:コレラ、結核などのかつて猛威をふるったが、患者数が減少し、収束したと見られていた感染症で、近年再び増加してきたもの。
*顧みられない熱帯病
シャーガス病、デング熱、フィラリア症などの寄生虫、細菌感染症等を指す。感染者は世界で約10億人にのぼり、その多くが予防、撲滅可能であるにもかかわらず、死亡に至るケースがある。また感染者が貧困層に多いなどの理由で社会的関心が低いため、診断法、治療法、新薬の開発や普及が遅れている。
注35 :(出典)WHO “10 facts on neglected tropical diseases” http://www.who.int/features/factfiles/neglected_tropical_diseases/en/index.html
注36 : ストップ結核世界計画 Global Plan to Stop TB 2006-2015
注37 : 東南アジア諸国連合 ASEAN:Association of Southeast Asian Nations
注38 : アジア欧州会合 ASEM:Asia-Europe Meeting
注39 : 国際獣疫事務局 OIE:World Organisation for Animal Health
注40:(出典)WHO “Health topics Immunization” http://www.who.int/topics/immunization/en
●フィリピン
「レプトスピラ症の予防対策と診断技術の開発プロジェクト」
技術協力プロジェクト(2010年4月~実施中)
レプトスピラ症は、熱帯・亜熱帯を中心に広く分布し、人間に感染すると肝障害や腎不全、肺出血などの症状を引き起こし、死に至らしめることもある感染症です。全世界で年間50万人近くの患者がこの感染症にかかり、致死率は23%と推計されていますが(WHO(1999))、症状が他の感染症にとても似ていることもあり、予防・診断には高度な専門的技術が必要とされています。フィリピンもレプトスピラ症の流行地であり、2009年10月の台風の際には被災地でまん延、多数の死亡者を出しましたが、予防・診断が困難であることもあり、有効な対策は講じられていません。そこで日本は、日本と被援助国双方の研究機関による共同研究を支援する科学技術協力の枠組みを通じて、レプトスピラ症に関する疫学調査や迅速診断法の開発等を積極的に支援しています。
検出作業中の研究者(写真提供:JICA)
●タイ
「性感染症に係る症例管理技術」
第三国研修(2008年10月~2011年3月)
淋病・梅毒・HIV/エイズといった性感染症は、年間で約3億4,000万人の新規患者が発生しています。世界規模の深刻な公衆衛生上の課題となっているだけではなく、一見治ったように見えても、薬の服用中断などにより再感染することがあり、多くの開発途上国では有効な手立てがないのが現状です。
本研修は、日本・タイ両国の協力の下、アフリカの5か国(ボツワナ、ケニア、タンザニア、ウガンダ、ジンバブエ)から研修員をタイに招き、診断や治療だけでなく、カウンセリングや教育、パートナーへの対応なども含んだ症例管理技術について実践的な研修を実施するものです。2008年に横浜で開催された第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)でも謳われているとおり、 アジアの経験をアフリカに伝えることで、世界的な課題の解決を目指しています。
アフリカの研修員に性感染症の検査方法を指導するタイ人講師(写真提供:JICA)