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第2節 課題別の取組状況
1.貧困削減
貧困には、単に所得や支出水準が低いといった経済的な側面に加え、教育や保健などの基礎社会サービスを受けられないことや、ジェンダー格差、意思決定過程への参加機会がないことといった、社会的、政治的な側面もあります。世界共通の開発目標であるミレニアム開発目標(MDGs:Millennium Development Goals)は、貧困削減、初等教育の普及、保健の改善等の8つの目標からなっており、2015年までの達成を目指して努力しています。また、東アジアにおける開発の経験が示すとおり、持続的な経済成長は貧困削減のための必要条件になります。それぞれの国の貧困を形成する要因は、その国の経済構造、政治、文化、社会、歴史、地理などの諸要因が複雑に絡み合ったものであり、各国の個別状況を十分踏まえて支援することが必要です。以下では、日本のこのような考えに立った貧困削減への支援について説明します。
(1)教育
教育は、社会・経済発展に必要な人材を供給するとともに、個々人の生計をたてる能力の向上を通じて貧困削減に貢献します。また、教育によって、人間一人ひとりが自らの才能と能力を十分に伸ばし、政治や経済、社会のさまざまな活動に参加できるようになることで、人生の選択の幅が広がり、尊厳を持って人生を送ることが可能になります。
しかしながら、世界では今なお1億人以上の子どもたちが様々な理由から教育を受けることが出来ません。また、世界の成人人口の5分の1である約7億7千万人が成人非識字者であり、そのうち約3分の2が女性です。
このような状況を改善するため、国際社会は1990年から、全ての人に基礎的な教育の機会を提供する「万人のための教育」*1の実現に取り組んでいます。
また、2000年には、「万人のための教育ダカール行動の枠組み」が設定され、MDGsにおいても、ダカール行動の枠組みのうち2015年までの初等教育の完全普及や教育における男女平等の達成などが、盛り込まれました。そのため、日本は二国間援助及びUNESCO等の国際機関を通じた協力によりダカール行動の枠組みの目標が達成できるように積極的に支援しています(注)。
日本は、従来より「国づくり」と「人づくり」を重視し、教育支援に取り組んできています。2002年には向こう5年間で低所得国に対する教育分野のODAを2,500億円以上実施することを表明し、2004年度末までに無償資金協力、技術協力、UNESCOなどの国際機関に設置している信託基金などから約1,562億円の支援を実施しました。また、日本は「万人のための教育」の実現を支援するため、2002年に「成長のための基礎教育イニシアティブ(BEGIN:Basic Education for Growth Initiative)」を発表し、教育の「機会」の確保に対する支援、教育の「質」の向上への支援、教育の「マネジメント」の改善を重点分野とし、新たな取組として紛争終結後の国づくりにおける教育支援などを掲げて、開発途上国の「万人のための教育」の達成に向けた努力を支援しています。
<BEGINに基づく基礎教育支援>
(イ)基礎教育の「機会」の確保
教育の「機会」の確保に関する取組として、日本は学校施設建設などのハード面と、親や地域住民への啓蒙活動といったソフト面の両面から取り組んでいます。ハード面の支援の例として、2005年度、日本はネパールに対し、「「万人のための教育」支援のための小学校建設計画」の支援を実施しました。教育は持続的経済成長に重要な手段であり、同案件による就学率の向上が期待されます。特に、2006年度に新たに創設された「コミュニティ開発支援無償」では、現地仕様による設計や施工段階での現地業者の積極的な活用により、大幅なコスト縮減と建設数の増加が可能となることが期待されます。また、学校に男女別トイレを設置し、女子も安心して通える環境整備の工夫も行っています。ソフト面での取組の例としては、エチオピアの農村部での初等教育へのアクセス向上を目的として「住民参加型基礎教育改善プロジェクト」を実施しています。このプロジェクトでは、同国の農村部のオロミア州の農村部において、地域の教育ニーズを的確に把握するための教育情報整備、住民参加型手法を活用した地域住民による小学校建設への支援、学校運営委員会の運営への支援、地方教育行政官の能力構築等を通じて、農村部での住民と行政の協働による初等教育の機会を確保するためのモデルづくりを支援しています。
「万人のための教育」の実現のためには、世界の成人人口の約5分の1を占める非識字者に対して教育の機会を提供することも不可欠です。2004年度から日本は、全人口の半数近くが非識字であるパキスタンの識字率向上を目的として、「パンジャブ州識字行政改善プロジェクト」を実施しています。このプロジェクトでは、識字データベースの開発、ノン・フォーマル教育を含む識字教育事業計画の策定と実施、事業のモニタリング、事業評価を一貫して支援しています。また、本プロジェクトにおいて一部実施している、正規の学校教育を受けていない人を対象としたノン・フォーマル教育への支援は、非識字者にとって必要な教育を提供する有効な手段です。
(ロ)基礎教育の「質」の向上
多くの開発途上国では、教育の機会のみならず、教育の「質」の確保が大きな課題です。開発途上国では教育の質が十分でないことから、小学校を卒業したにも係わらず基礎的な読み書きや計算が出来ないといった問題のほか、留年や中途退学の割合も多くなっています。教育の質が低い要因には、教科書や教材の不足、カリキュラムの未整備に加え、訓練を受けた教師の不足という大きな問題があります。この観点から、日本は教育の「質」の向上のための支援として、これまでに世界26か国で理数科教育を重点分野とした教員訓練を支援してきています。理数科は、一人ひとりが社会の中で生きていくための基礎となるとともに、その国が技術的科学的進歩や経済社会発展を果たすためにも重要です。実践的な授業を行う教員研修を通じて教師が具体的に授業の改善を行うことにより、児童・生徒が授業をよりよく理解し、学ぶ楽しさを得ることができます。さらに、こうした取組が持続的なものになるように、教師用指導書の作成、教員研修の制度化、学校管理運営の改善、カリキュラムや教科書の改善など、多様な取組を組み合わせた支援を行っています。

海外青年協力隊員が作成した教材
(ハ)基礎教育の「マネジメント」の改善
教育の「マネジメント」については、教育政策や計画の作成、学校や地方教育行政のマネジメント能力向上支援も実施しています。世界でも初等教育の就学率が最低レベルにあり、ファスト・トラック・イニシアティブ *1の被支援国の一つと認定されているニジェールにおいて、2004年から日本は教師、保護者、地域住民らで構成される学校運営委員会の機能強化、地方教育行政官の能力向上を通じて、住民たちの手による学校運営を支援しています。対象地区では、既に殆どの学校で、住民たちが学校を良くするための活動を自発的に計画・実施するようになるなど、目覚ましい成果を挙げています。
(ニ)紛争終結後の国づくりにおける教育への支援
教育は、紛争終結後の開発途上国の国づくりにおいて復興の基盤となるばかりでなく、相互理解を促進し平和の礎ともなるものです。また子どもを様々な危険から守る保護的役割も果たしています。日本は、国際機関やNGOと連携し、紛争終結後の教育復興支援を実施しています。中でも、近年UNICEFとの連携が強化されており、アフガニスタンでの「バック・トゥー・スクール・キャンペーン」、イラクでの初等・中等教育の復興支援を実施しました。この経験を生かして、2005年9月に、南部スーダンで「ゴー・トゥー・スクール・キャンペーン」を通じ、小学校の建設、教科書の供与等を行う支援活動を開始しました。さらに、2006年2月には、同様の初等教育支援をアフリカの平和の定着支援イニシアティブの一環として、UNICEFと連携してブルンジにおいても開始しました。

アフガニスタンでの「バック・トゥー・スクール・キャンペーン」により小学校に通えるようになった子どもたち(写真提供:UNICEF)
(ホ)「拠点システム」の構築と現職教員の活用
日本の教育分野の協力に関する国内体制を強化するために2003年4月に発足した「拠点システム構築事業」*2では、大学・NGO等が中心となり、日本の教育上の知見や教育協力の経験を整理・蓄積するとともに、国内外の援助関係者が活用可能な教育協力モデルの作成等を行っています。
拠点システム事業の一環として、文部科学省と外務省の共催により、国際教育協力日本フォーラムを2003年より実施しています。2006年2月に開催された第3回フォーラムでは、拓殖大学学長とガーナ教育スポーツ省次官による講演や、UNESCO国際教育計画研究所次長、インドネシア教育省教職員資質向上総局長、フィリピン大学国立理数科教育開発研究所所長によるパネル討論により、教育の質の向上にとって不可欠な教員の質の向上について意見交換を行いました。
また、2001年度に創設された「青年海外協力隊(JOCV:Japan Overseas Cooperation Volunteers)現職教員特別参加制度」(注1)のもと、5年間の累計353名の現職教員が派遣され、多くの国で活躍しています。
column II-2 国民の中に広がったアフガニスタン女性支援 ~アフガニスタン指導的女性教育者のための本邦研修~
<教育分野における南南協力支援>
日本の理数科・理工系教育支援は、域内他国への支援を行う南南協力に発展しています。アフリカでは、日本がケニアにおいて1998年以来支援している、「中等理数科教育強化計画(SMASSE)」*1プロジェクトを核とした域内連携ネットワーク「SMASSE-WECSA(Western, Eastern, Central and Southern Africa)」が設立され、プロジェクトで確立された中等理数科の実験・実習の実施及び教師の創意工夫の促進を通じた授業改造アプローチを、他のアフリカ諸国へ普及させる活動を行っています。また日本は、2004年にアフリカ教育開発連合(ADEA:Association for the Development of Education in Africa)(注2)に加盟した後、日本のイニシアティブにより理数科作業部会を立ち上げ、SMASSE-WECSAの知見、経験の共有化、理数科教育の援助潮流の形成に貢献しています。中南米においても、ホンジュラスで、日本が2003年より開始した「算数指導力向上プロジェクト(PROMETAM)」*2を核として、ニカラグア、エルサルバドル、ドミニカ共和国、グアテマラの域内4か国を対象とした広域協力が開始されています(注)。また高等教育レベルでも、2003年にASEAN10か国と日本の大学をつなぐ「アセアン工学系高等教育ネットワーク」が開始されるなど、日本は南南協力(三角協力を含む)に最も積極的に取り組んでいる援助国の一つです。

ホンジュラスでのJICA専門家による理数科教育(写真提供:JICA)
図表II―11 2005年度における理数科教育支援の実績

<持続可能な開発のための教育の10年への支援>
上記のような教育への取組に加え、日本は「国連持続可能な開発のための教育の10年」(注)を、2002年の持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD:World Summit on Sustainable Development)において提唱し、その年の国連総会で採択されました。この取組は、2004年3月、日本が10万ドルを拠出し、「国連持続可能な開発のための教育の10年の推進機関」であるUNESCOによる国際実施計画の策定を支援して2005年1月から始動しました。さらに2005年度からは、UNESCOによる持続可能な開発のための教育に関する教材開発やコミュニティ・学校レベルでの活動などを支援するため、「持続可能な開発のための教育信託基金」を設置しました。また、2006年6月には仙台で、アジア協力対話(ACD:Asia Cooperation Dialogue)の第3回「環境教育」推進対話において、同3月に策定した日本の実施計画を発表し、アジア諸国と意見交換を行うなど、推進に取り組んでいます。