第4章 国際社会で活躍する日本人と外交の役割



【海外邦人安全対策】
 海外に渡航する日本人は2004年に1,683万人(速報値)、長期滞在者は永住者も含め96万人(2004年10月1日現在)となった。これに伴い、海外において事件・事故に巻き込まれる邦人の数も増大し、2003年度に海外の日本大使館等が関与した援護実績は1万7,417人、1万4,473件に達している(2004年度統計は集計中)。外務省・在外公館は、これら事件・事故に巻き込まれた邦人に対して適切な援護を行うとともに、邦人が事件・事故に巻き込まれないよう各種情報提供及び広報啓発を行ってきている。



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<2004年の主要な事件・事故と外務省の対応>
 2004年に邦人が海外において巻き込まれた主要な事件・事故としては、12月26日に発生したスマトラ沖大地震及びインド洋津波被害が挙げられ、各国での死者は20万人を越え、邦人についても2005年3月28日現在で34人の死亡が確認される大惨事となった。そのほか、アメリカ合衆国カリフォルニア州における邦人2人の登山中の遭難死、ネパールにおける邦人2人の雪崩遭難死が挙げられる。また、2003年10月以降、イスラム過激派とみられる者による声明において日本も累次にわたって攻撃対象としてあげられているが、邦人が海外においてテロ・誘拐の被害に遭った事例としては、イラクにおける邦人5人の人質・拘束事件(4月)、邦人ジャーナリスト2人の襲撃・殺害事件(5月)、邦人人質殺害事件(10月)等が挙げられる。この他、スペイン・マドリードにおける鉄道爆破事件(3月)、サウジアラビアにおける石油関係企業等襲撃事件(5月)、ロシアにおける旅客機墜落事件(8月)、エジプト・シナイ半島における連続爆発事件(10月)等邦人が被害に巻き込まれる危険性も想定されるような事件も世界各地で発生している。
 邦人退避を伴った緊急事態事案としては、4月、イラクの治安情勢の緊迫化を考慮し、イラク・サマーワ市に滞在する邦人10人を、自衛隊法第100条の8に基づき、自衛隊機を用いてクウェートに退避させた。また、11月にコートジボワールにおいて騒擾事件が起こった際に、在留邦人・邦人短期渡航者等31人の退避オペレーションを実施した。外務省としては、このような緊急事態における邦人保護体制の一層の強化のために、在外公館の緊急事態体制を随時点検しつつ、邦人退避が必要となる状況を想定した対応訓練等を行ってきている。 
 近年、海外において邦人が犯罪・違法行為を行い、現地当局によって逮捕・処罰される事例が増加しており、特に中国においては2003年から2004年にかけて麻薬密輸容疑で邦人17人が逮捕され、そのうち1人に対して第一審で死刑判決(執行猶予なし)が下された(2004年12月31日現在、上訴中)。外務省としては、これら被拘禁者に対して領事面会の実施等必要な支援を行ってきている。
 2004年に、日本において多大な被害が発生したいわゆる「振り込め詐欺(オレオレ詐欺)」が数多く報告されたが、中には海外に旅行や留学している邦人の本邦留守宅にも送金要求があり、外務省に相談が寄せられたり、また、実際に送金してしまい被害にあった事例も数件あった。

<情報提供と広報・啓発活動の推進>
 外務省は、日本人が海外で危険に遭遇した場合には、その時々の状況を踏まえ、全力を尽くして支援を行っている。他方、国民が海外において事件・事故に巻き込まれないようにするためには、国民一人一人が自らの判断と責任をもってできるだけ危険に遭遇しないよう行動することが重要である。
 このような認識の下、外務省は「渡航情報」をはじめとした日本国民に対する様々な情報提供と広報啓発活動を行っている。これら「渡航情報」については、海外安全ホームページ(http://www.mofa.go.jp/anzen/)のほか、外務省の海外安全FAXサービス(0570-023300)、最新渡航情報メールサービス、旅行代理店等を通じて幅広く国民に提供してきている。さらに、外務省海外安全相談センターによる国民からの相談・照会への対応、各種講演会、旅行代理店との連絡会、若年層を対象とした「海外安全キャンペーン」、海外に進出している企業を対象としたテロ被害防止のための「危機管理セミナー」の国内主要都市での開催等を通じ、安全に対する意識の高揚、啓発を行っている。また、海外進出企業等との意見交換会である「海外安全官民協力会議」等による官民協力を通じ、安全対策の改善を図っている。海外においても、渡航情報のメール配信、在外公館と在留邦人との間で開催する安全対策連絡協議会、在留邦人を対象に各開催国の最新テロ情勢及びテロに係わる安全対策について講演を行う危機管理セミナー等を通じて、在留邦人に対して適時かつ適切な情報提供に努めている。
 なお、治安情勢が極めて厳しい状況にあるイラクについては、2003年2月以来全土について「退避勧告」の危険情報を発出している。2004年においてもテロや誘拐の脅威等について注意喚起を行う「スポット情報」を58回にわたって発出し、イラクへの渡航はいかなる理由であれ延期するよう、またイラクに既に滞在している日本人は安全な方法で速やかに退避するよう呼びかけてきたが、4月のイラクにおける邦人人質・拘束事件の発生を受け、「危険情報」の表示方法の改善や、各種広報の強化をはじめとして再発防止のために更なる努力を重ねてきている。


麻薬に手を出しては絶対ダメ~インドの例を中心に~

 最近の世界各国の「麻薬」に対する取締りや罰則は年々厳しさを増しており、死刑など日本とは比較にならないほど重い刑罰を科せらている国も少なくありません。一方で海外における日本人の麻薬犯罪も増加しており、2003年の邦人援護統計では63件、その人数においては69人(そのうちアジア地域だけで46人)に上っています。また、麻薬犯罪は20代~30代で全体の3分の2以上を占め、その大多数が旅行者です。いまさら言うまでもなく、「麻薬」は洋の東西を問わずそもそも違法なものですが、特に最近インドでは「麻薬(多くの場合マリファナやハシシ)」の所持や密輸未遂などで逮捕される日本人が増加しています。例えば、初めてインドを訪れたバック・パッカーの日本人青年が、マリファナくらいなら大丈夫だろうと安易な気持ちで吸い始め、結果として数か月の滞在中に明らかな依存状態となった上、国内を長距離バスで移動中に警察の検問で荷物の中から数百グラムのマリファナを発見され、麻薬所持の現行犯で逮捕されるという事件も起こっています。
 あまり知られていないかもしれませんが、インドでは1985年にいわゆる麻薬取締法が改正され、麻薬の所持・使用等に対する量刑が厳しくなっており、単なる所持でも罰金に加え10年から20年の懲役刑に処せられるなど長期にわたる拘留を強いられる可能性があり、密輸等の再犯では死刑すらあり得ます※1。また、裁判までの勾留期間の長さや、刑務所での苛酷な生活は日本人の想像以上に厳しいものがあり、量刑が軽い場合であってもその代償はあまりにも大きなものになってしまいます。
 また、現在インドに限らず世界中の在外公館の領事担当者をより悩ませているのは、薬物使用の影響によって精神障害を引き起こした旅行者の保護で、その数は逮捕者の数の比ではありません。日本人がホテルで暴れて手に負えないとの通報が増えており、飛行機に乗る寸前の空港ターミナルで突然暴れ出すといったケースもありました。一度このような状況に陥ると自らの力ではその中毒症状からは離脱することは非常に難しく、精神病院等でまず治療を受け、いざ日本に帰国するに際して専門の医師の同行がなければ飛行機に乗れないことになります。このようなことが、どれだけ日本で待っている家族に精神的、金銭的負担を強いることになるものかということに思いを致す必要があります。
「旅の恥は掻き捨て」は海外では通用しません。「麻薬に手を出しては絶対ダメ」です。

※1 ちなみに、中国において、日本人が麻薬密輸の廉で執行猶予なしの死刑判決を受けた事実もあります(2005年3月29日現在控訴中)。

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外務省海外安全ホームページ http://www.pubanzen.mofa.go.jp/


「自己責任」~危険の回避~

 2004年4月に発生したイラクにおける邦人人質事件をめぐっては、「自己責任」について活発な議論が交わされました。「自己責任」は、「気合いだー」や「負け犬」などとともに、「2004ユーキャン流行語大賞」(「現代用語の基礎知識」選)のトップテンに選ばれるほど、広く人々の間に知られる言葉となりました。
 しかし、「自己責任」という言葉の受けとり方は、人によって異なります。中には、「外務省は、邦人保護の職務を放棄するために『自己責任』という言葉を強調しているのではないか」などの誤解が生じたりもしました。
 外務省としては、「自己責任」を主張することによって邦人保護という責務を回避しようとしているわけではありません。邦人保護は、政府の重要な任務であると考えており、国民の皆様が海外で危険に遭遇された場合には、その時々の状況を踏まえ全力を尽くして支援する方針に今後とも何ら変わりはありません。実際、イラクにおいて人質事件が発生した際には、人質となられた方々が一刻も早く無事に解放されるよう職員を総動員し、あらゆる外交努力を重ねるなど全力を挙げて取り組んできました。
 しかし、外国においては、治安の確保は現地政府の責任であり、日本政府の取り組みにも国によって様々な制約があります。例えばイラクにおいては、テロリストなどの活動により、治安は非常に厳しい状況にあります。大使館員も常にテロの脅威に晒されているため移動を含め行動に大きな制約があります。このような状況の中では、邦人保護業務も極めて大きな制約を受けます。したがって、自らの安全を確保する上では、そもそも可能な限り危険に遭遇しないよう、危険を十分認識し、慎重に行動することが何よりも重要です。そして、このような自らの行動についての判断は、国民一人一人が、自らの責任において行うものであると考えています。
 外務省としては、今後とも安全に関する情報の適切な発信に努力してまいります。海外に渡航・滞在される国民の皆様におかれては、外務省の渡航情報も参考としつつ危険を十分認識し、不測の事態に遭わないように慎重に行動して頂ければと考えています。特にイラクの場合のように、外務省の渡航情報において退避勧告が出ている地域に対しては、テロや誘拐などの危険に遭遇しないよう、「退避勧告」を真剣に受け止めて頂き、渡航は絶対に差し控えて頂くようお願いいたします。

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