第3章 > 第2節 > 1 多角的自由貿易体制の強化
【総論】
日本は、1955年に関税及び貿易に関する一般協定(GATT)に加入して以来、多角的自由貿易体制を支えるGATT/WTO体制の下で、最大の受益者であった。日本は、経済を貿易と投資に大きく依存しており、多角的自由貿易体制の維持・強化は死活的に重要である。1995年にWTOが成立してから初めてのラウンドとなる「ドーハ開発アジェンダ」(注1)を成功させることは、日本を含む国際社会にとって切実な課題となっている。ウルグアイ・ラウンド(注2)により、多角的自由貿易体制は大きく強化されたが、国際社会が、
更なる貿易の自由化とルールの改善、
グローバル化の進展に対応する新しいルール作り、といった課題に取り組むことがますます必要になっている。さらに、今回の交渉では、ウルグアイ・ラウンド合意の実施段階に入って様々な困難に直面している開発途上国をどのようにして多角的自由貿易体制に取り込んでいくかという視点も重要である。日本はこれらの課題に積極的に取り組み、世界経済の安定的な発展のために貢献していく必要がある。
GATTからWTOへ:対象分野と参加国の拡大
【2002年における交渉の概観】
1999年、シアトルで開催された第3回閣僚会議での交渉の立ち上げの失敗を経て、2001年11月、カタールのドーハで開かれた第4回閣僚会議においてドーハ開発アジェンダの立ち上げが決定された。現在、2005年1月1日の交渉妥結を目指して各分野で交渉が進んでいる。2002年11月にシドニーで開かれ、川口外務大臣が出席した非公式閣僚会合では、知的所有権の貿易的側面(TRIPS)と、医薬品アクセス、特別のかつ異なる待遇(S&D)(注1) 等の開発途上国問題について一定の成果が見られた。また、2003年2月には東京において川口外務大臣を議長として非公式閣僚会合が開催され、農業、サービス、非農産品の市場アクセス3分野とTRIPSと医薬品アクセス、S&D等の開発関連問題を中心とした様々な議題について、極めて非公式な雰囲気の中、閣僚間で建設的かつ双方向的な議論が行われた。特に、現時点のラウンド交渉における中心的な課題である農業と開発関連問題については、今後の交渉の促進につながる議論が展開された。2003年9月にはメキシコのカンクンで交渉の中間見直しにあたる第5回閣僚会議が開催される予定である。
WTO東京非公式閣僚会合で議長を務める川口外務大臣(2003年2月)
〈農業〉
農業交渉は、2003年3月末のモダリティ(注2)確立という大きな山場に向けて、市場アクセス、国内助成、輸出競争の三つの分野を中心に交渉が進められている。
日本は、2000年12月の「日本提案」(注1)及び累次の詳細提案を行い、交渉に貢献してきた。2002年11月にはこれら提案をまとめ、更に掘り下げた「追加的インプット」を行い、さらに、2003年1月にはEUモダリティ提案の削減幅の部分(注2)に支持を表明し、3月までのモダリティ交渉に向け、準備を着実に進めている。
日本の考え方のポイントは、個別品目への配慮を可能とする「柔軟性」、ウルグアイ・ラウンド合意からの「継続性」、輸出国と輸入国の権利・義務関係の「バランス」の三点である。日本は、農業の多面的機能(注3)、食糧安全保障等の非貿易的関心事項を十分に考慮したルールを確立することが重要であるとの考えの下、交渉に臨んでいる。
WTO新ラウンド(今後のスケジュール:概観)
〈サービス〉
サービス貿易の自由化交渉については、ドーハ閣僚会議での決定に従い、各加盟国は2002年6月末から、関心のあるサービスについての最初の自由化要望(初期リクエスト)の提出を開始した。各加盟国は、2003年3月末にそれぞれ受けたリクエストに対する最初の提案(初期オファー)を提出することとなっており、それ以降本格的な交渉が行われる予定である。サービス交渉の成功に向けては、先進国や主要開発途上国の自由化レベルを引き上げるとともに、より多くの開発途上国の交渉への積極的な参加を確保することが不可欠である。サービスに関するルールの分野では、国内規制の透明性や、緊急セーフガード措置(注1)等について交渉が行われている。
〈非農産品市場アクセス〉
農産品以外のモノの関税を引き下げる交渉である非農産品市場アクセス交渉では、いかなる手段で関税の引下げ又は撤廃を実現していくのか、開発途上国からの要望である先進国のタリフ・ピーク(注2)とタリフ・エスカレーション(注3)の撤廃及び先進国からの要望である開発途上国の高関税の是正をいかに実現するか、開発途上国に対するS&Dをいかに実現するかが大きな課題となっている。日本は、非農産品の市場アクセス改善は開発途上国を含むすべての加盟国にとって利益になるという考えに基づき、関税の引下げ方式、開発途上国に対する措置等に関する提案を2002年11月に提出した。
〈ルール(主にアンチダンピング)〉
ルール交渉においては、アンチダンピング(AD)、補助金、地域貿易協定についてそれぞれ議論が行われているが、その中でもAD交渉では、AD措置の保護主義的使用を防止するため、AD協定の規律の明確化と改善を目指す日本を始めとする「被発動国」等とAD協定の改正に消極的な米国等との間で議論が進められている。日本は立場を同じくする各国・地域とグループ(ADフレンズ)を作り、共同ペーパーを提出するなど積極的に交渉に臨んでいる。第5回閣僚会議では、AD協定改正に向けた作業の促進を確認することを目指している。
〈TRIPS〉
著作権、商標、地理的表示、意匠、特許など知的所有権を包括的に取り扱うTRIPS協定(注4)に関して、特許制度により医薬品が高価になることで開発途上国による医薬品の入手・利用(アクセス)が阻害されてしまうという医薬品アクセスと地理的表示の追加的保護に関する多国間通報・登録制度の設立が課題となっている。医薬品アクセスについては、自国内で医薬品を生産する能力がある国は、強制実施権(注5)の利用により特許にかかわる医薬品を生産することが可能であるが、自国内において医薬品を生産する能力のない国への対応が求められている。迅速な対応策について、2002年末までに一般理事会に報告することになっていたが、最終的な合意には至らず、2003年も協議を継続することになった。また、地理的表示の追加的保護に関する多国間通報・登録制度の設立については、WTO協定で認められたワイン、スピリッツへの追加的保護(注1)を更に強化するための多国間通報・登録制度の設立が課題となっており、日本は米国等と共同で、各国の負担が軽く、法的拘束力のない制度の設立を提案して「る。
〈紛争解決にかかわる規則及び手続に関する了解(DSU)〉
貿易問題を解決するための一種の裁判手続とも言えるDSUの改正(制度の改善及び明確化)については、第4回閣僚会議で2003年5月までに合意を目指すことが決定された。日本は、議論に積極的に貢献し、2002年10月に提出した提案(注2)をできる限り交渉に反映させつつ、期限までに合意を得られるように努力している。
〈環境〉
貿易と環境については、環境を重視したルール作りを主張する欧州連合(EU)と、環境保護を理由とする貿易制限が保護主義の隠れ蓑〔みの〕となることを懸念する開発途上国等の間で意見が異なっている。日本は、持続可能な開発の実現を目指し、貿易ルールと環境ルールの整合性を高めるための提案を行っている。
〈シンガポール・イシュー〉
投資、競争、貿易円滑化、政府調達の透明性といういわゆる「シンガポール・イシュー」は、第5回閣僚会議で交渉のモダリティーについて明示的に全会一致で合意した上で、交渉に移行することになっている。日本が特に重視している投資ルールの策定に関しては、一部の開発途上国は、開発政策上重要な位置を占める投資政策がWTOルールによって制約されることを懸念し、消極的な態度をとっている。これらの開発途上国をいかに交渉に取り込んでいくかが大きな課題である。
【開発途上国問題】
開発途上国は、WTOのルールや規律を遵守する上で様々な困難に直面している。このことは、多くの開発途上国が交渉への参加を躊躇〔ちゅうちょ〕する大きな原因となっており、そのためWTO協定の改正、S&D条項の義務化及び協定を履行するための能力向上(キャパシティ・ビルディング)のための支援を要求している。日本を始めとする先進国は、WTO協定の規律の一体性を維持しつつも、開発途上国の要望にどこまでこたえ得るかを検討すると同時に、開発途上国に対するキャパシティ・ビルディングのための技術支援を行っている。日本は、開発途上国の積極的な参加なしでは交渉の成功はあり得ないと認識しており、今後とも積極的にこの問題に取り組んでいく考えである。
【WTOの下での紛争解決制度】
GATT時代に比べると、WTOの紛争解決制度は、加盟国によって積極的に利用されており、1995年1月のWTO設立以来、2002年12月末までに275件(協議要請件数)の紛争案件がWTO紛争解決制度に持ち込まれている(1948年~1994年のGATTの下での件数は314)。
日本も積極的にこの制度を利用しており、2002年は、日本、欧州共同体(EC)、韓国等11か国・地域が共同で申立てを行っている「米国のバード修正条項」(注1)に関し、申立国・地域による主張の大部分を認めるパネル報告が発出され、米国の上訴を受けて上級委員会での審議が行われた。また、日本、EC、韓国等8か国・地域が共同申立国となっている「米国の鉄鋼セーフガード措置」、及び日本が単独で申立てを行っている「米国の表面処理鋼板サンセット・レビュー」(注2)につき、各々パネルでの審議が行われた。一方、米国が日本に対して申立てを行っている「日本の検疫措置(リンゴ火傷病)」についてもパネル審議が行われている。
WTOの中立かつ公正な紛争解決制度は、多角的自由貿易体制の安定性の確保に役立っており、今後とも、本件制度の実効性と信頼性を高めていくことが重要である。