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第4章 各分野別協力の強化
地域別に各国を組織するのに加えて、IYCCは、地球規模もしくは地域ベースの社会的インフラの具体的な部分、すなわち各分野に取り組む組織と協力した。これらの重要インフラは国境または地域の境界線をまたがるものである。資金の流れ、電子通信及び航空と海運は地球を巡っている。エネルギー分野については、石油は地球規模で管理されている一方で天然ガスや電力はより地域的なものであるというように、複雑になっている。保健医療は、一般大衆が国境を越えて存在しているものの、一義的には地域の問題である。政府サービス、食糧、水道及び陸上交通といった他の主要分野は、本質的に地域的なものである。
IYCCの分野別組織戦略は、可能な限り現存する組織を活用することであった。さし当たっての課題は、重要分野におけるY2K対策に関する可能な限り最高の情報を国家及び地域のY2K組織が入手することを保証することであった。地球規模の分野に対しては、世界的組織が対応した。地域的なエネルギー分野に関しては、事情は複雑であった。IYCCは、英国の主導で、Y2K保健医療構想を策定した。その他の分野に対しては、IYCCは各国調整官が及ぶ限りの情報を保有することを保証することに焦点を当て、各分野の組織と各国調整官とを結びつけるための重要なつなぎ役となった。
1999年5月初旬、IYCCは、主要分野の組織をジュネーブに集め、分野間の相互依存の状況、対応の状況、地球規模の調整の重要さ、危機管理計画策定につき確認した。航空分野(国際航空輸送協会・国際民間航空機構)、銀行・金融分野(国際決済銀行及びグローバル2000)、エネルギ-・石油分野(国際エネルギー委員会・UNIPEDE/EURLECTRIC)、海洋分野(国際海洋機構・米国沿岸警備隊)及び電気通信(国際電気通信連合)からの主要な代表者が集められた。国際電気通信連合が本会議の主催者となり、世界銀行が財源確保、危機管理計画及び他の構想に関する情報を共有するために参加した。
Y2K問題に直面した全ての分野の中で、金融は、デジタル・コンピュータへの依存度が高いため、最もY2K問題にさらされた分野であった。公的及び民間金融は、地域のクレジット料金から国家の負債返済に至るまでの幅広い情報を管理するために自動化が高度に進んでいる。万が一自動化されたアプリケーションが誤作動を起こしたりダウンしたとすると、金融を行うことが不可能とまでは行かないにしても、困難になっていたであろう。この分野の特徴は、地方、国家、地域、地球規模の複雑な相互依存である。
取り引きから支払い、決済に至るまでの金融の全ての段階が広く地理的に多岐に渡る、高度にコンピュータ化された地球規模のインフラに依存している。全ての金融取り引きに関しては、小売りのクレジット取り引きであろうと銀行間の信用取り引きであろうと公的分野の支払いであろうと、記録、管理、取り引き決済活動には下部の管理者網との関係を維持する地球規模の管理者(民間銀行、公的銀行、証券会社等)が関与している。この枠組みの主要な要素には、交換代理銀行間支払い機構、交換代理銀行自動交換機構、世界銀行間金融通信協会、預金信託会社、フェドワイヤー、TARGET及び国立証券交換機構(NSCC)等の交換、決済及び通信組織が含まれる。例えば交換代理銀行間支払い機構及びフェドワイヤーは、平均的な日で、計約3兆ドルの資金の送金を扱う。世界銀行間金融通信協会の通信網は一日当たり300万件を超える金融取り引きを取り扱う。この分野は、多額な財源及び技術的な専門性をもって弱点に対する対策を早期に実施した。1998年初め、金融分野は、公的な金融を代表する2000年問題合同委員会と、民間部門を代表するグローバル2000調整グループを設立した。1998年4月、第1回2000年問題金融円卓会議において国際決済銀行(本部スイス・バーゼル)及びその代表者は2000年問題合同委員会設立に合意した。主要な資金提供者は、バーゼル銀行監督委員会、支払い決済機構委員会、国際保険監督協会及び国際証券監督機構であった。1998年夏、2000年問題合同委員会は、金融サービス提供業者、金融市場団体、格付け機関等を含む民間の国際的組織で構成する対外協議委員会を設立した。金融部門にとっての電子通信の重要性に鑑みて、国際電気通信連合も、対外協議委員会のメンバーとなった。
2000年問題合同委員会の目的は、以下の通りである
- 国際金融監督界におけるコンピュータ2000年問題への高度な関心を維持することを確保する。
- 規制、監督戦略及び手法に関する情報の共有。
- 危機管理の対応策に関する論議を行う。
- 国内及び国際的民間部門との連絡窓口になること。
ロジャー・W. ファーガソン・ジュニア米連邦準備機構総裁が議長を務め、BISが国際事務局として資金を拠出した。定期的な会合を開催し、2000年問題合同委員会はY2Kに対する公的部門の対応のあらゆる側面を監督・調整した。
国際的な金融機関の小規模なグループで導かれている国際金融分野は、公的部門と対等の存在でありパートナーとしてグローバル2000調整グループを設立した。グローバル2000は、銀行、証券会社、保険会社の非公式な組織である。UBSAG出身のティム・シェファード=ワルウィン議長とビル・ムント事務局長率いる同グループの目的は、国際金融界の一致したY2K対策を特定、支援することであった。この目的は、自己査定の開示を推進し、国家の対応状況を向上させ、それを公に公開し、試験、リスク緩和、危機管理計画に関する有益な実例情報を共有することにより達成されるとされた。最終的には、参加金融機関の自己負担で、107ヵ国・地域(注12)の民間金融界の参加をみた。
IYCCはグローバル2000及び2000年問題合同委員会と密接に協力した。グローバル2000と連携してIYCCは、専門技術の意識を1年を通じて多数の合同プレゼンテーションに参加し、データー及び有益な実例を共有した各国調整官に持ってもらうよう努力した。
Y2Kに対する技術的弱点に加えて、金融分野は特有の情報の弱点に直面した。金融においては、世間の信用が通常の運営に必要不可欠なものである。国際金融網は流動性、すなわち国境を越えた障害のない資本の電子的な流れによって機能する。Y2Kは国際金融市場の参加主体(個人、法人及び経済圏)がY2K問題発生の危険性が高いと思われた国において自らの危険を軽減するために行動を起こす可能性を付与した。投資家はクレジットを引き締め、投資先を変更し、流動性を減じ、国の経済、特に変化や国際的な資本の流れの遅延に影響を受けやすいよりぜい弱な経済を潜在的に害する可能性があった。唯一の療法は、各国が信頼できるY2K対策の情報を投資家に公開することであり、金融分野のY2K対策がそのニーズを反映した。
グローバル2000及び2000年問題合同委員会の戦略の最も創造的な面は、Y2K対策の図表の作成及び活用であった。[1999年4月以降のサンプルは附属書G(注13)] 図表は、金融分野の国際Y2Kチームがマスコミや中央政府の文書及び取り引き銀行及び監督者等の民間の情報源から得られた情報に基づいて作成した。この図表には49ヵ国、6分野(通信、運輸、エネルギー、水道、政府サービス、金融、金融はさらに二小部門に分類された)を網羅した。各国、各分野は、Y2K対策の対応状況及びその状況に関する公の情報の公開という、二つの基準に基づいて評価された。「緑」の評価は適切な公的情報公開と十分な進展を意味した。「黄」はいずれかの、または両方の基準に照らして改善の余地ありを意味し、「赤」の評価は、いずれかの、または両方の基準に照らして相当程度の改善の必要があることを意味した。「黒」は、評価のための実質的な公の情報が入手できないことを意味した。
注12:
アルジェリア、アンゴラ、アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、バーレーン、バルバドス、ベラルーシ、ベルギー、ベナン、バーミューダ、ボリビア、ボツワナ、ブラジル、ブルガリア、ブルキナファソ、ブルンジ、カメルーン、カナダ、チリ、中国、コロンビア、コンゴ、クロアチア、チェコ、デンマーク、エクアドル、エジプト、エリトリア、エストニア、エチオピア、フィンランド、フランス、ガボン、ドイツ、ガーナ、ジブラルタ、ギリシャ、香港SAR、ハンガリー、インド、インドネシア、アイルランド、イスラエル、イタリア、象牙海岸、ジャマイカ、日本、ヨルダン、ケニヤ、クウェート、ラトビア、リビア、リヒテンシュタイン、リトアニア、ルクセンブルグ、マダガスカル、マラウィ、マレーシア、マルタ、モーリシャス、メキシコ、モザンビーク、モロッコ、ナミビア、オランダ、ニュージーランド、ナイジェリア、ノルウェー、オマーン、パキスタン、パレスチナ、パナマ、フィリピン、ポーランド、ポルトガル、プエルトリコ、カタール、ルーマニア、ロシア連邦、サウジアラビア、セネガル、セイシェル、シンガポール、スロバキア、スロベニア、南アフリカ、韓国、スペイン、スーダン、スウェーデン、スイス、台湾、タンザニア、タイ、トーゴ、トリニダッド・トバゴ、トルコ、ウガンダ、アラブ首長国連邦、英国、米国、ベネズエラ、イエメン、ユーゴスラビア、ザンビア、ジンバブエ。注13:1999年9月の最終報告によると、さらに対応状況が改善している。
同チームはこの図表を、透明性及びY2K対応の推進に活用した。最初に、グローバル2000が各国調整官や他の主要な各国の関係者に、自国の対応の評価のみを告知し、コメントを求めた。多くの場合、各国の関係者は、自国の対策状況に関する追加情報を提供し、それが評価の向上に至る場合が多かった。全ての国家の評価を記載した図表全体は、定期的に、グローバル2000及び2000年問題合同委員会全加盟国に回覧された。1999年4月、金融チームは評価の対象になった全ての国家のY2K担当者に全体の図表を配付し、これにより、一層の透明性向上と対応強化につながった。図表の回覧に加え、グローバル2000チームは関係国の多くを訪問し、民間及び公的部門の関係者を集め、Y2K対策について議論した。これらの会合は、早期のY2K対応推進の重要な触媒となった。
これらの図表は、国際金融界の内部では幅広く出回っていたが、グローバル2000は、これらを公表しなかった。早い段階における図表の公開の可否に関する議論では、公開は透明性を向上し、市場における不確定要素を軽減することにはなるが、望ましいアプローチは、各国が自国のY2K対策については自ら発表べきであるとの結論に達した。公開により予見される危険性は、潜在的な法的責任、世間の信用を損なう危険、報道各社が、この図表を、今まで分かったことの表示としてよりもむしろ、Y2K問題を予測するものととらえる可能性があることなどであった。このアプローチは、各国の調整官間の連絡のチャンネルの役割を果たすとしたIYCCのアプローチに合致するものであった。(他の機関は、公的機関であれ民間であれ、さほど情報の公開には慎重ではなく、第5章「公的情報共有」の項に詳しく述べられているような効果を引き起こした。)
グローバル2000が1999年9月下旬に対応状況を表した図表を発行した段階で、「黒」の評価を受けた国はもはやなく、公開情報の有用性の勝利を示すものであった。「赤」の評価は若干残っていた。1999年10月下旬、グローバル2000は1999年9月の図表をもって最後とすることを発表し、「関心ある当事者はIYCCのホームページにアクセスして最新の各国の対策情報を検索するように」との勧告を出した。
1999年終盤の活動はリスク軽減及び2000年への移行の際のトラブルの監視態勢整備を含む危機管理計画に重点を置いた。グローバル2000は危機管理計画に関する詳細な手引きを策定し、2000年問題合同委員会の委員は、国際的な現金化の要請があればさらなる担保を受け入れる態勢を整えた。各国政府の多くは、国民がY2Kへの不安から現金を余分に引き出した際に備えて札を増刷した。1999年9月24日に、国際通貨基金(IMF)は、潜在的または実際のY2Kに関連したコンピューター誤作動に起因する信用失墜その他の問題による国際収支の困難に直面した国家に対する短期融資を行う特別な金融ファシリティーを設置した。国際金融界は、特別なY2K監視または危機解決センターを設けず、代わりに、万一Y2Kによるコンピューター誤作動またはそれに対する国民の反応が金融危機に陥った場合は十分に確立された公式もしくは非公式な手続きに依存することにした。国際Y2K協力センターのY2K対策調査は金融がテクノロジーへの依存度が最も高い分野であることを示した一方、各国調整官は、同分野が平均で1999年7月初旬には対応が完了しており、最も対策が進んだ分野であるとも報告した。
新千年期への移行の際、金融分野では地方レベルにおいて、大問題ではないが、若干の誤作動が発生した。実際に予測された金融危機は発生しなかった。この結果は、金融分野におけるシステム修正に費やされた数十億ドル及び人々が費やした数百万時間、及び2000年問題合同委員会及びグローバル調整グループの世界的リーダーシップの結果である。
エネルギーは社会機能持続に不可欠なものである。最も重要なものは、地方または地域の発電及び電力供給である。(原子力は後に個別に扱う。)発電及び電力供給が国家により行われようと民間業者により行われようと、一定の類似点が存在する。電力は蓄積不可能で即時に消費しなければならない。停電が広範であったり長引いた場合、深刻な影響を及ぼしうる。エネルギー分野においてY2Kの危険性が最も高かったのは、国内通信、デジタル制御システム、及び監視制御及びデーター入手(SCADA)システムであった。社会が産業化されていればされている程、地下電気ケーブル網の故障、過負荷による電圧降下サービス中断等Y2Kの電力への影響が大きくなる。さらに石油及び天然ガス供給継続は、直接的影響は少ないにせよ、経済的政治的に重要である。
エネルギー分野においては国際的組織は存在しない。燃料の生産から加工、輸送に至るまでの縦割りに集約された複数の関係者からなるというのが、この分野の特徴である。これらの関係者は供給網に至るまで、例えば、石油生産、化石燃料の採掘、精製、海運等に携わっている。一地域におけるY2Kに起因する障害が世界の他の地域での電力に影響を及ぼしうると考えられていた。エネルギー各分野及び地域別にみると、主要な関係団体は米国石油研究所(全世界)、電力研究所(米国及び全世界)、欧州委員会企業エネルギー環境理事会(EU、CEEC、NIS加盟国)、国際エネルギー委員会(全世界)、国際Y2K協力センターのアジアエネルギー専門家ネットワーク(アジア)、国際Y2K協力センターの南米Y2Kフォーラム(南米)、北米信頼性会議(北米)、石油輸出国機構(OPEC加盟国)、UNIPEDE/EURLECTRIC(西欧及び東欧諸国)、米エネルギー省(主として東欧及びロシア)。
先進国の大半に関しては、個々の民間供給業者、または公的部門あるいはその両者が、地方及び全国レベルで電力及び天然ガスを取り扱っていた。途上国に関しては、Y2K対策に対して国際及び国内の寄付、金融機関、国際機関及び非政府組織による援助が行われた。IYCCは各々の地域において、エネルギー分野の問題解決のための専門知識を持ち寄り、エネルギー関連会議を開催した。南米などはY2K合同対策の中で電力に重点を置いた。IYCCは、新たな取り引きに関しては調整役を担った。これには、エネルギー分野の会議の組織あるいは、出席又は組織及び出席、各国の調整官への技術資源の特定及び主要分野の参加者間のインターネットのリンク設定のお膳立てなどを含む。
特筆すべき取り組みは、日本政府が1999年初頭のオーストラリア国営電力市場による取り組みを参考にした、アジア・エネルギー専門家ネットワークを構築したことである。電力業界中央研究所の谷口富裕氏の主導で、日本は、人的交流、電子メール、インターネット経由でアジア・太平洋地域でY2K対策及び危機管理計画に関する情報を共有した。このネットワークは日付けが99年12月31日から2000年1月1日に切り替わる間、発電所のY2K問題の発生状況に関する情報交換に活躍した。
石油業界は、米国石油研究所(API)及び石油輸出国機構(OPEC)を通じた民間部門及び各国の取り組みの調整を行うことにより、全世界における石油及び天然ガスの供給継続を保証した。1997年発足のAPIのY2K対策本部は全世界の企業に対し、ソフトウェア、ハードウェア、内蔵システム、及び他の関連部品に対する各企業により確認済みの試験結果を含む民間製品試験データベース等Y2K問題及びその解決に関する情報を共有できるようにした。APIは、「石油業界は各企業がすべての機材の試験にかけた莫大な経費について認識しており、この資源の開発が、全般的な状況の大幅改善につながることを希望する」と述べた。(Y2K対応のための)修正作業が基本的に1999年11月下旬に完了した段階で、OPEC加盟国であるサウジアラビアとベネズエラは非加盟国であるメキシコと共に、Y2Kは世界の石油供給に影響があるとは考えにくいが、もし、不測の事態が発生した場合には、業界の通常の手続きをもって対応すると発表した。この手続きには、国際エネルギー委員会と協力して、90日間分の通常の備蓄を世界規模で必要に応じて配分することが含まれる。
大きい貢献となる可能性があったが、資金不足により実現不可能となったIYCCの取り組みは、電力研究所(EPRI)のデータベースの全面的な活用であった。同データベースはAPIの確認済み試験データベース同様に、各企業確認済みの試験データが含まれる。二年間かけて開発したERPIデータベースは、発電及び電力供給に用いられるプロセス制御システムを網羅したものであった。このデータベースは加入者のみ利用可能であった。1999年7月、EPRIは自らの取り組みの結果を全ての国に150万ドルで提供することを提示した。EPRIの見積もり経費を反映したこの料金には、電力利用リスク及び管理に関する地域会議(の費用)が含まれる。EPRIは予備製品と生産するためにかなり努力したが、この計画への財源が確保できなかった。1999年12月、EPRIは二年間の努力を凝縮したマニュアルを、世界中の関心ある電力事業者に配布してもらうために、米エネルギー省に手渡した。米国からデータベースを受領するとIYCCはそれをウェブ・サイトに掲載し、各国のY2K調整官に公表した。各国は、いかなるY2K問題発生に際してもこのマニュアルを継続して利用できる(はずだった)が、年越しまでに利用できる状態にならなかった。
年末にIYCCは、エネルギー分野においては、深刻なY2K障害はほとんど発生しないと予測していた。石油及び天然ガス業界は周到に準備を完了していた。IYCCの準備状況に関する調査は、エネルギーのテクノロジーへの依存度は、途上国の僅かな依存度から先進国の高い依存度まで、大幅に開きがあることを示していた。平均すると、各国の調整官の報告では、各国のエネルギー分野は1999年8月初旬までに対応を終えており、金融、通信、航空業界に次いでかなり対策の進んだ分野であった。
IYCCは、発電及び電力供給に関しては、「富める国はデジタル・システムに大幅に依存している。全般的に、これらの国々は、日付けの切り替えに対してこういったシステムを対応させるために多大な努力を行っており、詳細な危機管理計画を策定、試験してきた。途上国のインフラは、デジタル・システムへの依存度が低く全般的に、システムの対応が比較的進んでいない。しかし、日頃、手動やアナログ・システムを使用しており、いざというときの対策に関しては経験があり、これらの国々ではシステムダウンによる影響は少ない。」と述べた。(IYCC国際状況報告、'99年12月13日)
31ヵ国に稼動状態の原子力発電所(NPP)は430ケ所あり、約35万メガワットの発電能力をもち、これは全世界の総発電量の17パーセントに相当する。全世界のNPPの90パーセント余りが北半球に集中している。西欧及び北米には、それぞれ約30パーセントが集中している。アジア、ロシア、及び旧ソ連の国家に約15パーセントずつが存在する。国によっては、NPPが消費電力の70パーセント余りを供給している。NPPを保有する国は、アルゼンチン、アルメニア、ベルギー、ブラジル、ブルガリア、カナダ、中国、チェコ、フィンランド、フランス、ドイツ、ハンガリー、インド、日本、韓国、リトアニア、メキシコ、オランダ、パキスタン、ルーマニア、ロシア、スロバキア、スロベニア、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、スイス、台湾、ウクライナ、英国、米国など。
原子力は多くの意味で先進産業であるが、ハードウェア、ソフトウェア、内蔵システム等のデジタル・システムへの依存度は一様ではない。デジタル・システムは、NPPの3種類の部分に使用されている。先進的な原発においては、デジタル・システムは、発電所の運転制御に使用されており、最新鋭の原発では、原子炉の自動停止など安全確保のために使用されている。しかし、より一般的には、デジタル・システムは、運転管理及び監視システムに使用されている。これらのシステムは、運転担当者が、燃料の使用及び需要量の管理及び監視、作業命令の発動及び処理、その他の作業を行うことを補助するために用いられている。原発運転の安全に直接影響を与えない二次的また付随的な幅広い作業も、放射線量計量システム、放射線監視システム、入り口通行許可システム、振動監視システム、分光装置、燃料在庫明細システム及び事務管理ソフト等のデジタル・システムに依存する場合がある。内部のシステムに加えて、NPPは、電力地下ケーブル網、通信、水、燃料供給等、通常の運転に際して外的インフラに依存する。これらのシステム障害が発生すると、発電所は、運転の変更、制限、または運転中止を余儀なくされる。
各NPPにおけるY2K対策の責任は、運転担当者にあり、国の監督官庁に監視される。各監督官庁及び各NPP運転担当者はY2K対策に当たり、原発分野においては、2000年への移行期に際してY2Kによる大きなトラブルは発生しなかった。欧州委員会、国際原子力エネルギー機関(IAEA)、米国エネルギー省及び核管理委員会、世界核運用者協会等は、主にロシア、ウクライナなど旧ソ連諸国のNPPなど外部の技術協力を必要としたNPPに対して資金援助、または技術協力、あるいはその両方を供与した。
1999年9月に開催された主要8ヵ国(G-8)専門家会議において、市民団体から、Y2Kの問題が原発の安全に影響を及ぼすのではないかという強い懸念が示された。その結果G-8諸国はIAEAに対して、原発のY2K対策についての一般市民への情報提供に関してより強力な役割を果たすよう要請した。1999年12月に、IYCC関係者がIAEAを訪問し、それまでなされた取り組みをいかに十全に公表するかについて、検討を行った。その直後にIAEAは、原発の安全に直接かつただちに影響のあるシステムや設備に対するY2K対策のための修正及び復旧手順は完了したが、他のシステムへの作業が引き続き必要で、財源確保が必要であるとの短い発表を行った。IYCCはウェブ・サイトにこれらの結論を確認し説明した「原子力とY2K」と題した見解を掲載した。
2000年への移行期に、世界の原発において若干の細かいY2Kトラブル発生が報告された。いずれも安全に直接影響のあるシステムや設備に関係するものではなかった。IYCCは残された作業が完了したことを確認するため欧州委員会と協力している。
保健・医療分野は、公的部門の主導であろうと民間部門の主導であろうと、殆どの側面が地域的である点で特異である。早期にIYCCは、保健・医療分野はY2Kに起因する障害に関しては危機的でありうることを認識してきた。IYCC執行委員会の承認を得てIYCCは、英国政府に接触し保健・医療分野においてY2K問題に関して国際社会で率先して行動する意志があるかを確認した。これに対して(英国)国営健康システム公社(NHS)のケート・プリストリー代表取締役はIYCCの保健・医療分野調整官就任を引き受けた。プリストリー女史及びスタッフは、全員英国NHSからの出向でありinfoDev及び英国国際開発庁(DFID)からの拠出金によりIYCCが実施した、全般的な範囲にわたる取り組みを企画した。その取り組みは次のようなものであった
- IYCC保健・医療分野のウェブ・リンクを作成、管理し、各国の調整官及び関心のある保健・医療ケア供給業者に対して迅速な支援を提供した。
- 国連世界保健機関(WHO)及び国際赤十字に対し、保健・医療分野におけるY2K問題に関して情報提供を常に行った。
- G-8等の国際フォーラムや1999年6月の国連会議、各国政府等に対して多数のプレゼンテーションを行った。
- 各国の調整官や他のY2K健康部門担当者のために、保健・医療分野の危機管理計画及びトラブルが実際に発生した場合の対応マニュアルを作成、管理した。
- IYCCの各国の調整官地域会議及びキューバ、南アフリカ、パラグアイ、モロッコの健康分野の指導者のためにY2K研修会を開催した。
- 南アフリカ、ボリビア、エクアドル、モロッコ、パラグアイ、リトアニア、ブルキナ・ファソ、ヨルダン、レバノン、チュニジア、ブルガリア、スーダン、トリニダッド・トバゴに13の「Y2K保健調査」ミッションを派遣した。
- ピーター・クラーク・保健・医療分野戦略プログラムマネージャーを2000年への移行期にすべてのY2Kに関する国際保健・医療情報を調整するためにワシントンのIYCCに派遣した。
IYCCの健康部門の戦略は多くの国家に対して、保健・医療分野のY2K対策に関して援助することに成功した。
IYCCはさらに、米国の非営利団体であるRx2000と協力して、医療機器のY2Kに対する弱点についてのデータベースの普及を試みたが成功しなかった。Rx2000は、重要な医療機器2万5千機種のウェブ・ベースでのデータベースを開発した。民間企業、病院及び地方の保健・医療ケア供給業者の加入により財源を得て、Rx2000のデータベースは医療機器及びY2Kに関する第一の情報源と思われた。Rx2000は、このデータベースを150万ドルで全世界で利用可能にしうると考えた。米国政府が、同プロジェクトに資金を拠出することに関心を示したが、財源が確保できなかった。1999年12月下旬にRx2000はデータベースを米国に対して全世界に配信するために提供したが、各国調整官が活用できる状態にするには、残された時間が不十分であった。
2000年への日付けの切り替わり以前に、各国調整官はIYCCのY2K準備状況に関する調査に対して、保健サービスは対策終了の平均が1999年9月であり、最も対策が遅れている部門であると報告した。カナダ、ドイツ、スイス、米国等、保健サービス分野が多かれ少なかれテクノロジーに依存している多くの産業国は、対策完了が1999年11月または12月とした。テクノロジーへの依存度が低い途上国の対策完了はそれより若干早かった。
医療機器に関しては日付け変更の後にわずかなY2Kによる不調が発生し、手動によるリセットが必要となったが、IYCC健康部門戦略は、ただ一つのケースのみが国際的な注意が必要であると判断した。これは、英国医療機器庁が最初に発見した腎臓の人工透析機器の日付けの誤りに関するもので、これは患者の安全に全く影響のあるものではなかった。
通信及び電気は、あらゆる分野が依存する現代社会のインフラサービスの核となるものである。通信は全ての経済的(電力、金融、産業等)、社会的(健康ケア、統治、公安等)の活動に不可欠である。Y2Kによる通信の故障が一国家を越え、地域や世界全体に波及する影響を及ぼす可能性があるため、1998年3月に、国際通信連合(ITU)がY2Kによる危険性を特定し、危険を軽減し、危機管理計画作成に関して国際的なリーダーシップをとることを引き受けた。
ジュネーブに本部を置くITUは、主要な通信サービス提供、通信機器製造、及びネットワーク及び無線インフラ設計の分野における主要なプロバイダーすべてを含むすべての通信に絡むすべての範囲の組織を代表する官民合同の組織である。189ヵ国及び600以上の民間企業が加盟するITUは、世界中の通信分野における国際的なY2K対策に主導的な役割を果たすには適任の組織であった。
1998年3月にITUは、2000年への移行に絡む潜在的な問題をいかに完璧に克服するかということに関する助言及び情報を供与する「ITU 2000年問題対策本部」を設立した。同対策本部の任務は以下の通りである
- すべての通信従事者及び通信業者のY2Kに対する意識を高めること。
- IUT傘下で設定されたY2K対応基準に関する助言をおこなうこと。
- 必要に応じて対応のために要する時間を理解し、援助を供与し、すべての通信従事者及び回線等提供者の立場の確定を図ること。
- 通信分野内及び各部門間で情報の共有について合意の推進を図ること。
- ITU正加盟国間において最良の実例を確立し、その実行を図ること。
ブリティッシュ・テレコムのロン・ボール氏が本部長を務める同対策本部は、サービス運用、技術情報、新規市場との連絡、事業の継続、地域グループ協力の各部門における下部グループの活動を行った。対策本部の存在した期間、具体的な活動は以下の通りであった。
- 英国、カナダ、スイス、オーストラリアにおいて対策本部会議を開催し、通信会社間の試験及び情報管理に関する分科会の会合を開催。
- 14ヵ国において技術ワークショップを開催。
- 1999年6月の国連会議、及びアフリカ、中央アメリカ、南米、東欧、アジアにおける国際IYCC地域会合等の国際フォーラムに出席。
- スイス・ジュネーブにおいてIYCC国際分野別調整会議を主催。
- 要請に応じて、各国の通信会社及び監督官庁による技術助言サービスを提供。
- 対応、試験、修正及び危機管理計画に関する業界基準を策定、実施。
- 対策本部の活動を網羅した一般社会及び加盟団体向けのY2Kウェブ・サイトを開設。
- ワシントンの米国調整センターと協力して、2000年への移行期のY2K問題を追跡する2000年早期警告システム監視団を設立。
- 最終的なY2K対策の一部として、IYCC、他の部門の団体、主要な政府機関及び民間団体等の関連監視拠点との迅速な連絡態勢を維持。
ITUは1998年末に各国の通信分野の準備状況に関する調査結果をまとめ、国別報告書を、そのウェブ・サイトに掲載した。この調査は、通信業界におけるY2K対策の重要性に各国及び国際社会の注目を集める上で有益であった。しかしながら、多くの国はその調査結果を最新の状況にあわせて更新することはせず、広報の手段としてはあまり有益とは言えなかった。
IYCCはITUのY2K対策本部と密接に協力した。国際サービス提供者が通信システムの実際の修正を行うのに十分によく組織されていたことが認識されたため、IYCCは原則的に、各国調整官が地方レベルにおいて意識を高めたり準備を推進するのを援助するのにITU対策本部を活用した。さらに、韓国政府のジョンウォン・ユーン氏の指導の下、IYCCは対策本部が途上国の現状に特に注意を払うことの必要性を強調した。こういった関与により、途上国の通信提供者はサービスの継続を確保し、国際的試験に問題なく参加するのに必要な情報入手を確実に行うことができた。
IYCCの準備調査結果は、通信がかなりの程度テクノロジーに依存していることを示した一方、各国調整官は、この部門は、平均で1999年7月下旬にY2K対応を完了しており、最も対応の進んだ部門の1つであると報告した。
2000年への移行期には個々の通信業者のレベルにおいてはわずかな不調しか発生しなかった。年明け直後には通常に比して国際電話の通話量が著しく増大したため、回線の若干の混雑がみられた。この部門における関係者が長期にわたり準備をし、また広範囲にわたる世界的な試験を行っていたこともあり、地域的にも国際的にもY2Kによる不調は発生しなかった。
国際航空業界は、国際航空輸送を安全で効率的かつ平常通りに行うためにY2K対策を成功裏に行うことの重要性を早くから認識していた。幅広い定義がなされる分野である航空業界は、多くの地域及び各国の支援団体に支持され、Y2K対策に主導的役割を果たした2団体があった。その2団体は、国際民間航空機構(ICAO)及び国際航空輸送協会(IATA)であり、前者は公的部門を、後者は民間部門をそれぞれ代表する。
約50年前に設立されたICAOは国連の専門機関であり、国連経済社会理事会と関連がある。カナダのモントリオールに本部を置くICAOはすべての国家の中央政府の支持を受け、国内及び国際航空運輸の公的部門を代表する組織である。その主要な構成団体は空港、航空サービス、及び航空会社である。1997年にすでにICAOはY2Kに注目し、同年12月12日に第一回公式文書を発出し、続いて1998年5月15日に第2回公式文書を発出した。ICAOの主要な活動は情報開示、国際民間航空業界における意識向上、各国のY2K対応状況進展の査定、各国の危機管理計画作成の援助及び地域ぐるみの危機管理計画作成作業の調整に重点をおいた。
国際航空運輸の民間側には、核となる組織である国際航空輸送協会(IATA)がある。ICAO同様にカナダのモントリオールに本部を置き、269の航空会社が加盟しており、これは世界中の航空会社の95パーセント以上を占める。1998年6月IATAは、「2000年プロジェクト」を立ち上げ、航空会社や極めて重要なサービスパートナーとより緊密に協力して、4つの主な取り組み-すなわち人々の意識向上、業界内の協力強化、Y2K対策情報収集、危機管理計画の推進-により、潜在的なY2K問題の特定、除去にあたった。IATA加盟航空会社が資金を負担して空港、航空各社、航空行政当局向けの国際、国内、地域レベルのセミナーを開催し、Y2Kに関する密接な調整、協力の推進を図った。
昨年の間しばしばICAOまたはIATAもしくはその両者はIYCCに対して、地域レベルでIYCCの協力なしでは得られない情報の収集に協力を求めた。例えば、東欧の一部の国の航空会社及び空港はICAO及びIATAに対する情報提供が遅かった。IYCCはブルガリアのボボレツにおいて開催されたECA地域会議において各国調整官と協力して彼らが各国政府に影響力を行使して最新情報を提供させるよう力添えをした。他のIYCCの活動は以下の通りである。
- ジュネーブにおける第1回航空分野世界会議へのICAO及びIATAの参加呼びかけ。
- ICAO及びIATAの、航空部門の地域的及び国際的対策に関する各地域におけるY2K会議(少なくとも1回)出席確保。
- 1999年6月の国連会議へのICAO及びIATAの出席確保。
- ICAOまたはIATA、もしくはその両者が主催した年末のY2K対策の計画を協同で行うための会議へのIYCC幹部及び各国調整官の出席確保。
- これらの団体間のウエブ・サイト接続。
- 各国調整官の持つ2000年への移行に関する情報とICAO/IATA合同新千年紀移行監視団の情報、7つの地域監視システムの情報の綿密な調整。
国際状況監視システムは、興味深い2000年への日付け移行の予行演習を行った。この人工衛星を用いたナビゲーション及び位置確認システムは、1999年8月22日、日曜日に登録過剰となり、旧式の受信機の一部に誤作動が生じた。それ以前に幅広く行われた船舶乗務員、パイロット、ハイカーに対する啓蒙活動のお陰で大きい混乱はなかった。国家行政機関はいかなる問題にも備えて監視態勢に入っていた。しかし米国においては、平常時の週末よりも沿岸警備隊にナビゲーション上の協力を求める要請は少なかった。
最も興味深い公的情報問題の1つは運輸関係のものであった。航空旅行の安全宣言が早くからくり返し出されていたにもかかわらず、航空乗客の一部は日付け移行時まで、航空機搭乗には慎重であった。航空旅行への需要は、ただでさえ年末年始は少ないのに、1999年から2000年にかけての年末年始は、それに輪をかけて少なかった。需要がないため、一部の便を欠航した航空会社もあった。日付け移行の時間帯は、空の交通量が余りにも少なかったため、手動操縦への迅速な切り替えができるよう航空機の間隔を大きくとることとした危機管理計画は、便の遅延を伴わずに実施された。
米国、英国、オーストラリア、カナダ等の政府が公表した各国のY2K対策に関する文書は海外旅行にも影響を与えた。これらの政府は、自国民が停電や通信途絶等の困難に直面する可能性がどこに存在するかを旅行者に知らせる義務を重く受け止めた。1999年初頭から、これらの諸国の政府は、Y2K問題の国際的次元での情報を自国民に流した。1999年9月、10月に、これらの政府は各国別Y2K報告を発表した。全般的に、各国別Y2K報告案については、公表前に当該国の政府と議論を行った。国別報告が、特定の国への渡航を自粛するよう勧告した例も若干あった。
2000年への日付けの移行前に、IYCCの準備状況調査により航空分野は十分に対応が完了していることが確認された。テクノロジーへの依存度は中から高くらいであるが、各国調整官は、航空分野は、平均で1999年7月下旬にはY2K対応のための修正を完了しており、通信分野より僅かに遅れている程度で、最も対応の進んだ分野であるとした。
Y2Kに対する懸念から旅行者数に若干の減少が見られたものの、結局は空の交通は日付け移行期から休暇明けにかけて平常通り流れた。航空交通及び航空各社の広範な努力が実ったのである。
海運は、港湾、船舶、サービス提供業者、支援サービス(電力、運輸、電気通信等)からなる、縦割りで統合された分野である。同分野の多様性ゆえに、Y2Kに関する決定は各船舶、各港湾で個別に行う必要がある一方、海運分野が2000年への移行に十分対応できることを保証するのに統一、標準化したアプローチが必要である。米国沿岸警備隊及び英国海洋沿岸警備庁の主導により、全世界の海運分野のY2K対策計画が国際海洋機関(IMO)の傘下に策定された。回章2121と呼ばれた同計画は、「2000年模範行動規則」と「船舶、港湾、ターミナルのためのY2K危機管理計画主要条項」の2つの部分から成っていた。
模範行動規則は
- 船長は自らの船舶に影響を及ぼす命令に関する決定を行う自由を引き続き有することを確認した。
- 船舶所有者、船長、港湾当局及びターミナル運用者の安全と環境に対するそれぞれの責任を明確にした。
- 航行計画、適切な余裕の維持及び迅速な報告等を網羅した対応基準を実施した。
- 影響を受けるすべての当事者間の情報交換を推進した。
- 適切かつ応用可能な訓練の実施。
危機管理計画は以下の通り。
- Y2Kの影響を受ける可能性のある機材装置の特定
- 潜在的な障害のシナリオの作成
- リスク評価の方法論
- (障害の影響)軽減の選択肢(障害発生以前の防止策)
- 危機管理の選択肢
回章2121は世界中のすべての関係者が使用した業界基準となった。IYCCは米沿岸警備隊と、さらに国際海洋機構とも若干の協力をして各国調整官、海運関係団体等に回章2121を配布した。その内容は以下の通り。
- 1999年6月の国連会議、地域運輸会議等の各国のフォーラム及び国際フォーラムにおける合同プレゼンテーション
- 港湾及び船舶の危機管理計画の訓練への、各国のY2K問題調整官との合同参加
- 各国調整官にIMO等の海運分野の対策における進展を確実に常に認識させること
- 2000年への移行時の米国沿岸警備隊海運監視団との連絡
IYCCは、英国のロイズ・レジストリー等現存する海運団体との関係強化を図った。ロイズの支援により、IYCCはすべての各国調整官に対してチェックリスト及び対応するCD-ROMを添付した危機管理計画に関する指針を配付した。
IYCCのY2K準備状況調査は、海運のテクノロジーへの依存度は、僅かな依存度の開発途上国から、高い依存度の先進国まで幅広いばらつきがあることを示した。平均すると、各国調整官は、自国の海運分野は、Y2K対応のための修正完了時期が1999年8月であり、対応の遅れている部門の1つであると報告した。
Y2Kは、海運に深刻な影響を及ぼさなかった。世界中で若干の船舶や港湾における僅かな不調は報告されたが、健康や安全、重要な商業上の問題は発生しなかった。大局的に、IMO等が回章2121を世界中で、業界のY2K対策の基準として採用、活用したことが成功につながった。
化学工業分野においては、潜在的なY2Kの影響は早期に特定され、各国政府及び大企業がかなり周到な準備作業を行った。にもかかわらず、(政府・大企業と)中小企業及び有害化学物質を工業以外の目的で利用する者(病院、農業ビジネス、水処理アルカリ施設等)との間の落差は、化学分野における大きい問題と考えられた。化学の安全に関する問題の世界中の意識向上及び危機管理計画作りを推進した主役は化学の安全に関する政府間フォーラム(IFCS)、経済協力開発機構(OECD)であった。
1998年12月、横浜における第3回IFCS会議において、IFCSは、化学業界のY2K問題に関する基準となった「国際化学安全に関する提言」を発表した。OECDは、化学事故に関する作業グループの29加盟国が支援する「化学の非常事態に関する電子情報交換機関」を設立し、調整・協力団体となった。
IYCCはIFCSとともに、化学安全意識について綿密に調整を行い、年間を通じてOECDと緩やかな協力関係を保っていた。特にIFCSは殆どの国において、産業界もしくは政府における連絡窓口をもっている。IYCCは、3つの提言を各国調整官向けに、IFCSと協議しつつ作成した。これらの提言は、各国調整官とIFCSの各国の窓口の協力に焦点を当て、アンモニア、塩化物、プロパンの危険に関する意識を高め、さらに両機関間で2000年への移行期における監視態勢の調整を進めることとしていた。IYCCは、IFCSのすべての連絡先情報を回覧し、IFCSは年末の取り組みの一環として、IYCCとのホットリンクを公開した。国際Y2K協力センターは、米国国際開発庁の「化学工場Y2K安全指針」の作成に協力した。エジプトの化学分野における実際の経験に基づき、同指針は、国際的に広く配布され、IFCSのホームページでも公開された。
Y2K問題による化学安全に関する事故は報告されていない。
税関における潜在的なY2K問題に対処することは、あらゆる経済活動に必要不可欠な物及びサービスの国際的流通が障害なく行われることを保証する上で緊要なものである。この分野で中心的役割を果たした2団体は世界税関機構(WCO)(注14)及び税関データ自動システム(ASYCUDA)を維持している国連貿易開発会議(UNCTAD)である。ASYCUDAは、ほとんどの国際貿易手続きを網羅し、アフリカなどの新進市場におけるUNIXやDOSの運用システムに幅広く利用されているコンピュータによる税関管理システムである。
税関の運用は世界各地において、高度に自動化された電子申告(シンガポールなど)から発展の度合いの低い国家における手書きの帳簿記入まで、大きい開きがある。Y2Kに関するリスクは、単純なコンピュータ(高度な自動化への)使用から移行段階にあった、「中規模」の国において最も強く感じられていた。不安のあった6つの分野は、貨物・モノの申告・通関、収入回収、税関管理、貿易統計、乗客通関及び内部税関組織であった。
意識喚起及び150加盟国への援助を目的とした活動の一環として、WCOは1999年3月にY2K危機管理計画に関するワークショップを開催した。同ワークショップは「2000年問題業務継続計画に関する指針」を策定した。さらにWCOが発表し、全世界に配付したのは、「税関ITシステム及び2000年問題対応」であった。UNCTADは、技術上の意識計画を立ち上げ、UNIX及びDOS操作システム向けのASYDCUDS改良版を作り、要請に応じて、技術協力の必要なあらゆる国に提供した。
IYCCは税関に関する分野では、メキシコ2000年問題国家変革委員会において主導的役割を果たしました。中米・カリブ地域における取り組みの一環として、同センターは、「税関と2000年問題」と題した税関に関する分野別資料を策定した。IYCCはこの資料をすべての各国調整官、WCOに配付し、1999年11月24日に英語、仏語、スペイン語、ポルトガル語でウェブ・サイトで公開した。WCOはウェブ・サイトをIYCCに接続した。注14:1950年設立。本部をベルギーの、ブリュッセルに置くWCO(www.wcoomd.org/home.htm)は、150ヵ国の税関行政当局から成り、同分野の効果的な調和を保証することを目的としている。
2000年への日付け移行の前に、税関分野の対応状況には疑問が残った。各国調整官は、IYCCの準備状況調査においては、対応のための修正完了時期が1999年6月以前から同年12月まで大きなバラつきがあり、平均は1999年8月であると報告した。テクノロジーへの依存度も、またわずかしか依存していない多数の国から大きく依存している数ヵ国にいたるまで、度合いにバラつきがあり、この依存度は、国の準備状況とは一致していなかった。一部の先進国においては、対応完了が1999年11月というところさえあった。
幸いにも2000年への移行期には税関において僅かな不調が発生したに過ぎない。ほとんどの問題は、UNIX及びDOSのシステムが新しいASYCUDAにバージョンアップしていなかったことによるものだった。これらの不調の中には手動で修復したものであれば、バージョンアップを待っている状態のものもある。
政府サービスは、公共サービスとも称されるが、その状況は国ごとに異なる。ほとんどの政府は、電力や電気通信等、極めて重要なインフラ・サービスを提供、管理している。保健や税関サービスは多くの政府が提供している。これ以外にも、公務員の給与支払い、社会保障、所得税、国防、非常時のサービス、また市町村サービス等、他の政府サービスは、経済及び社会が円滑に機能していく上で重要である。
これらの分野のテクノロジーへの依存度もまた、多様である。途上国に比べて、先進国は政府サービス分野のテクノロジーへの依存度が高い。これらのサービスの国境を越えての依存は、税関を除いて低いか無であるかであるが、近隣国におけるY2K問題が発生すると、特に国防分野において、影響は大きかったであろう。
これらのシステムが適切な修正が行われず、その結果公務員への給与支払い遅延や誤配、または税関や政府の財政管理システムの問題から国家歳入における重大な損失が発生した場合、影響は深刻であったであろう。国によっては、政治的不安定や社会不安が起きたかもしれない。最悪の場合、防衛警告システムにおけるY2Kに起因する誤作動は国防部隊の過った対応を引き起こしていた可能性がある。世界の最も危険な兵器庫が確実な管理の下に置かれることを保証するために、米国とロシアは、米コロラド州に、両国の軍が協力して日付け移行時の両国の警告システムのデータを監視、分析を行う2000年問題戦略安定センターを設立した。
この項においては別個に扱う税関と健康分野は、多くの国が同様のシステムを使用しており、かつ国際的Y2K対策が行われた唯一の政府サービス分野である。ほとんどの場合は、すべての他の政府のシステムは各国調整官の責任であった。国防や公務員への給与支払い等のシステムは機微な問題であると考えられ、各国の報告書においては、余り詳述されなかった。
IYCCは、政府サービスの重要性及びその影響の機微な性質を理解した。そのウェブページは市町村の計画や非常時のサービスにおける最良の例を紹介し、広報した。さらに地域会議において国境を越える部門に関する討論が行われた際各国調整官が最良の実例についての情報を共有し、学ぶために政府サービスに関する会議も地域会議の一環として開催された。中米及びカリブ地域では、政府サービスは地域会議における焦点であった。
IYCCの準備状況調査によると、各国調整官は、政府サービスは、平均でY2K対応のための修正完了が1999年8月下旬であり、最も対応の遅れている部門の1つであると報告した。同時に、この調査結果によると、政府サービスのテクノロジー依存度は高くない。
2000年への移行の際、僅かなY2K絡みの問題は発生した。国際Y2K不調報告が示すように、報告された問題の大半は、政府サービス部門であった。(附属書C参照)これらのトラブルは、公営集合住宅における暖房の一時停止、財政管理システムの誤作動及び防衛衛星のトラブル等であった。これらのトラブルの大半は数時間以内に修復されたが、システム修理または新システム購入、設置まで、手動操作を含む、危機管理計画を実施した場合もあった。
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