第5節 援助実施の原則の運用状況

  政府開発援助(ODA)は、開発途上国の経済開発や福祉の向上に寄与することを主たる目的とします(注1)。また、国民の税金を原資としていることから、公的資金の適正な支出の観点からも、政府開発援助はこの目的に沿って使用されなければなりません。さらに、日本の政府開発援助は、国際社会の平和と発展に貢献し、これを通じて日本の安全と繁栄の確保に資することを目的としています。したがって、援助を行うにあたっては、単に開発途上国の援助需要を考慮に入れるだけではなく、当該開発途上国の軍事支出等の動向、民主化の促進や市場経済導入の努力、基本的人権および自由の保障状況などの要素に加え、全般的な二国間関係の状況等を考慮する必要があります。その点につき、政府開発援助大綱は、援助実施の原則において、政府開発援助大綱の理念(目的、基本方針、重点課題、重点地域)にのっとり、国際連合憲章の諸原則(特に、主権、平等および内政不干渉)および以下に示した諸点を踏まえ、開発途上国の援助需要、経済社会状況、二国間関係などを総合的に判断した上で政府開発援助を実施する旨規定しています。

(1)環境と開発を両立させる。
(2)軍事的用途および国際紛争助長への使用を回避する。
(3)テロや大量破壊兵器の拡散を防止するなど国際平和と安定を維持・強化するとともに、開発途上国はその国内資源を自国の経済社会開発のために適正かつ優先的に配分すべきであるとの観点から、開発途上国の軍事支出、大量破壊兵器・ミサイルの開発・製造、武器の輸出入などの動向に十分注意を払う。
(4)開発途上国における民主化の促進、市場経済導入の努力並びに基本的人権および自由の保障状況に十分注意を払う。


< 具体的な運用について >

  援助実施の原則の具体的な運用に際しては、一律の基準を設けて機械的に適用するのではなく、その背景や過去との比較なども含めて相手国の諸事情を考慮し、総合的にケース・バイ・ケースで判断することが不可欠です。
  また、援助実施の原則の運用にあたっては、開発途上国国民への人道的配慮も必要です。日本が援助実施の原則を踏まえ、援助の停止や削減を行う場合、最も深刻な影響を受けるのは当該開発途上国の一般国民、特に貧困層の人々です。したがって、援助を停止・削減する場合でも、緊急的・人道的援助の実施については、特別な配慮を行うなどの措置も併せて検討することが必要です。

環境や社会への配慮
  経済開発を進める上で、必然的に環境への負荷が高まることとなります。日本は、自らの開発の歴史の中で、水俣病をはじめとする数々の公害を経験してきました。このような経験を踏まえ、政府開発援助の実施にあたっては、環境に与える悪影響が最小化されるよう、慎重に政府開発援助を実施しています。また、開発によって、貧困層や少数民族など社会的弱者への望ましくない影響に配慮することも重要です。こうした観点から、援助の実施機関であるJICAJBICにおいて、それぞれ環境や社会への影響に配慮したガイドライン(注2)を設け、事前の調査における手続き、実施段階のモニタリングにおける手続きを行うなど、細心の配慮を払っています。

軍事的用途および国際紛争助長への回避
  援助が、軍事的用途や国際紛争助長に使用されることは、厳に回避されなければなりません。したがって、日本は、政府開発援助により、開発途上国の軍や軍人を直接の対象とする支援を行っていません。
  また、近年、日本はテロとの闘いや平和の構築に積極的に貢献していますが、日本の援助によって供与される物資が軍事目的に使用されるようなことがあってはならないことから、テロ対策等のために政府開発援助を活用する場合であっても、援助実施の原則を踏まえることとしています。
  日本は、2006年6月、新設されたテロ対策等治安無償を通じて、マラッカ海峡の警備体制強化のため、インドネシアに巡視船艇3隻(19億2,100万円を限度)を供与することを決定しました。マラッカ海峡は、年間9万隻以上の船舶が通航する国際的な海運の大動脈であり、日本関係船舶も世界で最も多い年間約1万4,000隻が通航し、日本に輸入される石油の約9割が通航する、日本にとっても極めて重要な海上交通路です。その一方で、海賊事件の約37%が同海峡およびその周辺地域を含む東南アジア地域において発生していることから、同海域における沿岸国の海上警備体制の強化は早急な対応を必要とする課題となっていました。本支援により日本から輸出された巡視船艇の供与先は、インドネシア国家警察本部海上警察局であり、軍とは別の機関ですが、この巡視船艇は乗務員を保護するための防弾措置を施しているため、日本の輸出貿易管理令に規定される「軍用船舶」に該当し、武器輸出三原則(注3)等の武器に当たります。このため、インドネシア側との間で、日本の援助により整備される巡視船艇がテロ・海賊行為等の取締りや防止のみに使用され、それ以外の目的で使用されないことや同船艇が日本の事前の許可なしに第三者に移転されないことを合意し、武器輸出三原則等の例外としました(注4)。これにより、政府開発援助大綱の実施の原則にのっとった支援の実施が確保されます。

→ テロへの取組については、こちらも参照してください

民主化の促進、基本的人権および自由の保障状況等
  開発途上国における政治的な動乱に対しては、動乱後成立した政権が民主的な正統性に疑いがあることがあり、また政府による人権侵害への歯止めとなる憲法も停止されることから、日本はこうした場合の支援について、慎重な対応をとっています。このような対応をとることにより、政府開発援助が適正に使用されることを確保すると同時に、開発途上国の民主化状況等に日本として強い関心を有しているとのメッセージを相手国に伝えています。
  最近では、タイやフィジーにおいて政治的な動乱が発生しました。
  タイでは、2001年2月に発足したタクシン政権が、首相の強力なリーダーシップの下、選挙を経て成立した政権としてはタイ政治史上初めて4年間の任期を全うするとともに、2005年2月の総選挙では与党タイ愛国党が、単独で過半数を上回り第2次政権を成立させました。しかしながら、首相のトップダウンによる強力な政治手法は都市部の中間層を中心に反発を呼び、2006年9月、ソンティ陸軍司令官を中心とする民主改革評議会による動乱が発生し、その後、同年10月、スラユット枢密院顧問が暫定首相に任命され、暫定政権が発足しました。暫定政権下での援助の実施については、民主的政府の成立に向けたプロセスの進ちょくを確認しつつ、個々の案件の内容等も踏まえて実施しています(注5)
  フィジーでは、1999年に初のインド系首相が選出されましたが、2000年5月、フィジー系フィジー人の政治的優位を主張する武装勢力が議会を占拠する事件が発生しました。バイニマラマ国軍司令官(フィジー系)は戒厳令を布告し、法と秩序の回復のため行政権を一時掌握しました。同年7月、フィジー系であるガラセ氏を首班とする暫定文民政権が発足し、翌年7月、総選挙を経てガラセ氏が首相に就任、フィジー系に有利な施策を進めました。こうした状況の中、バイニマラマ国軍司令官は、2006年12月5日、再び行政権を奪取、非常事態宣言を発出し、無血クーデターが実現しました。その後、国軍から大統領への行政権の返還を経て、同司令官が暫定首相に就任し、暫定内閣が樹立されています。
  日本は、太平洋島嶼国地域の平和と安定のためには、民主的政治体制の定着と良い統治が重要であるという考えの下、こうした事態を踏まえ、今後の民主的な総選挙までの状況を注視しつつ、フィジーにおける速やかな民主的政治体制の回復を、種々の機会をとらえ暫定政権に対して働きかけるとともに、政府開発援助に関しては、民主化プロセスの進ちょくを見極めつつ、当面、個別の案件ごとに実施の可否を慎重に検討する方針としています。(1)教育、保健、社会的弱者支援等の国民の生活向上に資するもの、(2)地球規模問題の解決、改善に資するもの、(3)他の島嶼国がひ益する広域案件に限り実施を検討し、警察等の公権力執行機関に対する支援は差し控えること-としています。
  また、アフリカのギニアビサウでは、1998年6月に発生した内乱が長期化し、2003年9月に政治的な動乱が発生したことから、日本政府承認の必要が生じると判断したため、国際機関を通じた支援などを除いて援助を一時中断しました。しかし、2005年10月の大統領就任を受け、2006年1月には正常な政府間関係を回復したので、今後の政情・治安情勢の推移を注視しつつ、同国政府との協議を踏まえ、支援を検討していく考えです。

人権状況に関する懸念要因が存在する国々の扱い
  人権状況に関する懸念要因が存在する国々に対しては、これを改善すべく種々の機会をとらえて働きかけを行っています。例えば、援助の文脈では、民主化支援の一環として行っている法制度整備支援や行政制度支援、並びにこれら分野での人材育成等がそれに当てはまります。
  具体的な動きとして、ミャンマーのように、経済協力案件を基本的に見合わせるといった対応をとっている場合があります。2003年5月にアウン・サン・スー・チー女史などが軍政当局に拘束され、自宅軟禁下に置かれる(4度目)という事態が発生しました。日本は、事件直後からこの事態を懸念し、国民和解・民主化プロセスの早急な進展をミャンマー政府に求めてきました。こうした状況を踏まえ、日本は新規の経済協力案件を基本的に見合わせています。ただし、同国の劣悪な生活環境などを考慮して、(1)緊急性が高く、真に人道的な案件、(2)民主化、経済構造改革に資する人材育成のための案件、(3)CLMV(注6)もしくはASEAN (注7)全体を対象とした案件-については、政治情勢を注意深く見守りつつ、案件内容を慎重に吟味した上で実施してきました。
  2007年8月、僧侶を中心としたミャンマー政府へのデモ活動が活発化し、これに対し治安当局は実力行使し、同年9月には邦人1名を含む多数の死傷者が出ました。この事態を受け、援助を更に絞り込むこととし、同年10月16日、無償資金協力案件「日本・ミャンマー人材開発センター」を取りやめることを発表しました。
  その一方で、人権状況を注視しつつ、協力を行っている場合もあります。
  ウズベキスタンでは、特に2005年5月に発生したアンディジャン事件(注8)以降、同国の人権状況について懸念が持たれています。2006年8月、小泉純一郎総理大臣(当時)が訪問し、民主化、人権保障、市場経済化が真の安定をもたらす旨指摘し、そのための努力を支援する考えを示しました。2007年7月には、同国との外務省間実務者協議において、民主化および人権に係る諸問題について意見交換を行うとともに、日本側から人権・民主化の状況や改善に向けた一層の努力の働きかけを行いました。このほか、同年5月に同国はEUとの間でも人権に関する対話を行うなど、国際社会との協調という面での努力も示しており、同年10月、EUはアンディジャン事件後に同国に課していた制裁措置を一部緩和しました。こうした同国の努力に対し、日本は同国の歴史・文化・伝統も踏まえつつ、今後も法制度整備支援等の取組を行っていく方針です。

→ 同国への具体的な法制度整備支援については、こちらを参照してください

  また、フィリピンのいわゆる「政治的殺害(注9)」の問題については、これまで、様々な機会をとらえて、日本の国内の関心や懸念をフィリピン政府に伝えてきています。アロヨ大統領も状況の改善に向けた取組を強化しており、日本としてもこうした取組を促進するよう働きかけています。日本は、今後とも、フィリピン政府による対応を注視するとともに、政府開発援助大綱にのっとり基本的人権および自由の保障状況等に十分注意を払いつつ、フィリピンの安定と発展に資する援助供与(注10)を検討していく考えです。


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