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(2)保健医療
多くの途上国においては依然として、先進国では日常的に受けることができる基礎的な保健医療サービスを受けることができずに多くの人が苦しんでいます。国連ミレニアム開発目標(MDGs)では、保健医療分野で、乳幼児死亡率の削減、妊産婦の健康の改善、感染症等の蔓延防止の3つの目標が掲げられており、貧困削減に直接関連する分野として重視されています。日本は、感染症、母子保健、保健システムの整備を保健医療分野の重点課題として援助を行っています。
感染症は、単に途上国住民一人ひとりの生命への脅威という保健上の問題にとどまらず、今や途上国の経済・社会開発を阻害する大きな要因になっているとの認識から、日本は、2000年7月の九州・沖縄サミットにおいて「沖縄感染症対策イニシアティブ(IDI)」を発表し、このイニシアティブの下で包括的な感染症対策に取り組んでいます。2002年度の感染症対策支援の実施状況については、地球規模問題への対応の一環として、第III部2章1節4-(2)で説明しています。
母子保健については、貧困の影響を最も受けやすい子どもと女性のための支援として、感染症や保健システムの整備とともに、保健分野の重点課題と位置づけて支援を実施しており、主に子どもの健康、妊産婦の健康及びリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)(注)に関する支援を行っています。また、リプロダクティブ・ヘルスに関する支援は、地球的規模の問題の1つである人口問題に対処するためにも重要なアプローチです。日本は、人口政策への支援として、家族計画などの直接的な対策とともに、基礎的保健医療、女子の基礎教育やWID/ジェンダーなどを含めた包括的なアプローチをとってきています。
子どもへの支援では、乳幼児の死亡要因となりうるポリオや麻疹、破傷風などの疾病はワクチン接種等の比較的安価な介入により予防可能なものが多いことから、日本はこれらのワクチン接種の普及を支援しています。深刻な後遺症を与えるポリオについては、国連児童基金(UNICEF)や世界保健機関(WHO)と連携しつつ、ポリオ・ワクチンの接種普及を通じて全世界からのポリオ撲滅を目指して積極的に取り組んでいます。2002年度には、インド、パキスタン、バングラデシュの「ポリオ撲滅計画」(ポリオ・ワクチンの供与)、ベトナムの「麻疹ワクチン製造施設建設計画」、アフガニスタン、スーダン、コンゴ(民)、エチオピア、ナイジェリアへの「小児感染症予防計画」(ポリオと麻疹のワクチンの供与)等の支援を実施しました。
妊産婦の死亡率低減については、日本の経験を応用したインドネシアにおける母と子の健康手帳の普及プロジェクト、助産師・看護師など母子保健サービスに従事する人材の育成、家族計画及び性教育の推進など、日本は従来からリプロダクティブ・ヘルスの視点に立った地道な援助を実施してきました。しかし、直接的に妊産婦死亡率を減らすには、緊急産科医療体制を含む適切な医療サービスの提供も必要であり、妊産婦死亡率の低減は保健分野の3つのMDGsの中でも最も達成が難しいものとなっています。このため、国際的にはUNICEFが主導して緊急産科医療サービスの整備に援助を集中させていく動きもあり、日本はこうした動きも踏まえ、UNICEFや国連人口基金(UNFPA)、国際NGOである国際家族計画連盟とも連携しつつ、この分野での援助を実施しています。2002年度には、ベトナムの「リプロダクティブ・ヘルス・プロジェクト」(妊産婦ケアに関する保健行政の強化)、バングラデシュの「リプロダクティブ・ヘルス人材開発」(母子保健分野の人材育成)、チュニジアの「リプロダクティブ・ヘルス教育強化」(人材育成、視聴覚教育の作成、統計データの整備)、バングラデシュの「緊急産科医療サービス強化支援計画」(医療器材の整備)、モロッコの「地方村落妊産婦ケア改善計画」(産科関連施設の建設、医療器材の整備)等を実施しました。また、UNFPAへの49億円の拠出、及び、国際家族計画連盟への19億円の拠出を通じたリプロダクティブ・ヘルス分野の活動とエイズ予防活動を支援しています。
感染症や母子保健分野での取組は、国全体として有効に機能する保健医療システムが整備されなければ十分に効果を発揮できません。国際社会ではHIV/AIDS対策などの直接的な疾病対策に焦点が当てられる傾向にありますが、日本としては、直接的な疾病対策とともに、途上国内における公衆衛生の確立が途上国の開発にとり、極めて重要な役割を果たすと認識しています。このため日本は、より多くの人々へ平等に基礎的な保健医療サービスを提供するという「プライマリー・ヘルス・ケア」の視点に立った地域保健医療及び予防活動の強化、また、途上国の実情に即した保健医療制度の構築、保健医療に携わる人材の育成及び保健医療インフラの整備といった国全体の保健システムの整備及び改革を支援しています。
2002年度には、パキスタンに保健行政強化のための専門家を派遣したほか、タンザニアの「モロゴロ州保健行政強化プロジェクト」(州レベルの保健行政の運営管理能力強化)、セネガルの「保健人材開発促進プロジェクト」(保健医療従事者教育の量の拡大と質の向上)、ザンビアの「ルサカ市プライマリー・ヘルス・ケア・プロジェクト」(住民組織とヘルスセンター職員によるプライマリー・ヘルス・ケア事業運営体制の確立)等の支援を実施しました。
コラムIII-1 インドネシアにおける母子手帳の導入
また、貧困削減と密接な関係にある保健分野の援助では、国際社会の幅広いパートナーと、政策対話、事業の計画から実施、評価・モニタリングの各段階において連携を進めています。
NGOとの間では、外務省と日本の保健関係のNGOが定期的に懇談会を開催して意見・情報交換を行っているほか、援助の実施に資するための各種調査をNGOに委託しています。
UNICEFとの間では、1990年代初頭からポリオ根絶のための協力を継続してきましたが、近年では、麻疹、破傷風などの小児感染症のワクチン接種、マラリアの治療薬や蚊帳の配布、安全な水の供給といった分野にも協力が広がってきています。
米国との間では、2002年6月に「保健分野における日米パートナーシップ」を発表し、途上国の保健医療水準を向上させるための協力を、米国国際開発庁(USAID)との間で進めています。ケニアにおけるVCT活動(HIVの自発的カウンセリングと検査)、タンザニアにおける国境地帯でのHIV予防活動などアフリカ、アジア、中南米の各地域の事業で連携しており、JICAとUSAIDとの間で人事交流も行っています。