現在、世界は、貧困や飢餓、感染症、環境・気候変動問題、世界経済・金融危機など、複雑かつ多様な課題に直面し、多くの人々が生命の危機や厳しい生活状況にさらされている。こうした中、誰もが人間らしく生きられる平和で豊かな社会の実現に向け、国際社会全体が協力する必要性が増大している。したがって、これらの課題への対応において、日本が自らの経験と構想力に基づいてリーダーシップを発揮し、問題の解決に貢献していくことは極めて重要となっている。
9月、鳩山総理大臣は、第64回国連総会一般討論演説において、開発・貧困の問題についても、日本が先進国と開発途上国の間の「架け橋」となるべく全力を尽くすとし、「国際機関やNGOとも連携し、途上国支援を質と量の双方で強化していきます。TICADのプロセスを継続・強化するとともに、MDGs(注1)の達成と人間の安全保障の推進に向け、努力を倍加したい」と表明した。
日本は、2009年も引き続き人間の安全保障の推進に積極的に取り組むとともに、MDGs達成に向けて、保健や教育等の各分野における支援策の着実な実施等を通じて国際社会に貢献してきた。また、国際社会にとっての最重要課題の一つであるアフガニスタン及びパキスタン支援については、11月、両国の安定に向けた取組を支援するための新戦略を発表した。アフリカ支援については、TICAD Ⅳで表明したアフリカ向けODA倍増等の公約の着実な実施を通じて、アフリカの開発と成長、平和と安定への支援を実施している。さらに、世界経済・金融危機への対応として、アジア及び世界経済の回復と持続的な成長に向けて、同危機の影響を受けた開発途上国への支援を行っている。
日本は、国際機関やNGO、企業とも連携しつつ、開発途上国の開発及び地球規模の課題への取組に積極的な役割を果たすことを通じて、世界の平和と繁栄に貢献し、特にMDGs達成・人間の安全保障の推進に向けた取組、アフリカ開発のための支援、アフガニスタン・パキスタン支援等を強化していく。また、貧困等により深刻な状況に置かれている開発途上国の人々への共感を大切にし、国民に理解・支持されるような国際協力の推進に一層努めていく。
また、気候変動や生物多様性の損失を含む地球環境問題は、地球上の生命を脅かし、人類の生存に対する深刻な脅威である。日本はこの脅威に立ち向かうため、地球環境問題への取組を外交上の重要課題として位置付け、グローバルな議論を主導している。
気候変動問題については、9月の国連気候変動首脳会合において、鳩山総理大臣は、すべての主要国による公平かつ実効性のある国際枠組みの構築と意欲的な目標の合意を前提に、温室効果ガスの排出を2020年までに1990年比で言えば25%削減するとの目標を発表するとともに、「鳩山イニシアティブ」として開発途上国に対する支援策を発表し、気候変動をめぐる国際交渉の進展に弾みをつけた。また、日本は、12月に行われたCOP15において、議長国デンマーク政府との連携、米国等ほかの先進国との協調、中国を始めとする開発途上国への働きかけなどを進めながら、交渉に参画し、すべての主要国による公平かつ実効性のある枠組みの構築に向け積極的な主張を行った。さらに、鳩山総理大臣は首脳会合に出席し、コペンハーゲン合意の作成交渉に直接参加し、その策定に貢献した。
前述に加え、生物多様性の保全も地球人類にとって早急に達成するべき課題である。2010年の愛知県名古屋市における生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の開催に向け、日本も議長国としての責任を果たしつつ、主体的な貢献を進めている。
世界経済に関する2009年の最大の課題は、2008年9月のいわゆる「リーマン・ショック」によって決定的となった世界経済・金融危機の克服であった。その対処にあたっては、世界経済において重要性を増しつつあった新興経済国の関与の必要性が認識され、先進国と新興経済国の経済政策調整の場として、G20サミットが大きな役割を果たした。日本は、G20に加え、世界規模の課題に関する問題意識を共有する先進国の集まりであるG8を通じて、気候変動、開発、食料安全保障、エネルギー安全保障等の国際社会が迅速に解決することが求められている諸問題に対し、指導力を発揮した。
貿易・投資の自由化の推進は、日本の経済的繁栄のために不可欠であり、対外経済政策の重要な柱である。貿易分野では、保護主義を抑止するとともに、世界経済を持続可能な回復に導くため、国際貿易に法的安定性と予測可能性をもたらすWTO体制の整備・強化が引き続き重要な課題である。保護主義の抑止については、G20ロンドン・サミット、G8ラクイラ・サミット、G20ピッツバーグ・サミットを始めとする首脳会合において、保護主義的な動きをけん制する強いメッセージが発出された。また、WTOドーハ・ラウンド交渉については、ラクイラでのG8と新興国との首脳会合や、ピッツバーグでのG20首脳会合で、「2010年の交渉妥結の追求」という政治的メッセージが出されたが、新興国の利益と負担をめぐって、より一層の自由化を求める米国と開発途上国としての利益を強調する中国、ブラジル、インド等との間で対立が続いており、交渉はこう着状態にある。
WTOを中心とする多角的自由貿易体制を補完する取組として、日本は、EPA(注2)及びFTA(注3)交渉を積極的に推進している。EPAにおいては、貿易の自由化にとどまらず、人の移動や投資の自由化など、様々な分野でのルールづくりを行っている。2009年にはベトナム及びスイスとのEPAが発効した。また、GCC・インド・オーストラリアとの交渉の現状を点検の上、積極的に進めており、5月にはペルーとの交渉を開始した。交渉が中断している韓国とも、交渉再開に向けた環境醸成のため、実務協議を行っている。さらに日本は、東アジア及びアジア太平洋地域における様々な経済連携の枠組みに関する研究や検討に積極的に参加・貢献している。2010年に日本がAPECの議長を務めることを踏まえ、12月に開催された日本APECシンポジウムにおいては、岡田外務大臣から日本・APECのテーマ「チェンジ・アンド・アクション」についての説明を含めた講演が行われるとともに、ボゴール目標とAPECの将来、FTAAP構想を含む地域経済統合及びアジア太平洋の繁栄に向けた戦略について、産官学の有識者により議論が行われた。
このほか、日本は、模倣品・海賊版が世界中に拡散し、世界経済の持続可能な成長に対する脅威となっていることを踏まえ、二国間、多国間で知的財産権保護の強化のための様々な取組を行っている。このような知的財産権の保護強化を始め、租税条約・投資協定・社会保障協定を通じた法的・制度的基盤の整備は、海外に進出する日本企業の活動を支援し、日本経済の活性化に資するという意義をも有するという点で重要である(詳細は第4章第2節2「海外における日本企業への支援」を参照)。
また、日本は、国民生活の基盤となるエネルギー、鉱物、食料等の資源の多くを輸入に頼っており、経済安全保障の強化は基本的外交目標のひとつである。新興国の成長や気候変動等により、資源をめぐるパラダイムが移行期にある中、日本への資源供給の長期的な安定のためには、官民一体となっての資源確保への取組に加え、世界全体の責任ある資源開発・利用に向けた国際連携を促進していくことが必要である。こうした観点から、日本は、国際エネルギー機関(IEA)や近く正式発足が見込まれる国際再生可能エネルギー機関(IRENA)等の取組に積極的に参加しているほか、「責任ある国際農業投資の促進に関する高級実務者会合」を主催するなど、この分野で主導力を発揮している。
前述のような環境・気候変動、世界経済・金融危機、エネルギー問題等に対応する上でも、日本の科学技術に対する国際社会の関心と期待は高い。2009年も科学技術や宇宙を国際協力のフロンティア・ツールの一つとして位置付け、外交政策との相乗効果を図る「科学技術外交」・「宇宙外交」を引き続き推進した。
(注1)2000年の「国連ミレニアム宣言」を受け、極度の貧困・飢餓の撲滅、初等教育の完全普及の達成、乳幼児死亡率削減等、2015年までに国際社会が達成すべき8つの目標を具体的数値とともに掲げている。
(注2)経済連携協定(Economic Partnership Agreement)とは、特定の国・地域の間で、関税などを撤廃し、モノやサービスの貿易自由化を基礎としながら、投資、人の移動、政府調達、競争政策、知的財産などの分野におけるルールづくりや、様々な分野での協力を通じて各種経済制度の調和を図ること等を目的とした協定である。
(注3)特定の国・地域の間で、関税などを撤廃し、モノやサービスの貿易自由化を図ることを目的とした協定を自由貿易協定(FTA:Free Trade Agreement)と呼ぶ。FTAを基礎としながら、投資、人の移動、政府調達、競争政策、知的財産などの分野におけるルールづくりや、様々な分野での協力を通じて各種経済制度の調和を図ること等を目的とした協定をEPAと呼ぶこととしている。