目次 > 外交青書2010(HTML)目次 > 第3章 分野別に見た外交 第1節 日本と国際社会の平和と安定に向けた取組【総論】

第3章 分野別に見た外交

第1節 日本と国際社会の平和と安定に向けた取組

【総論】

今日の国際的な安全保障環境は冷戦時代に比べ質的に変化しており、大国同士による紛争の蓋然(がいぜん)性が低下する一方、大量破壊兵器やミサイルの拡散、国際テロや海賊事案の増加、さらには、貧困、環境、難民、麻薬、感染症といった地球規模の問題などの非伝統的な脅威も増大している。こうした中で、日本がその領土を保全し、国民の生命・財産を保護し、持続的な繁栄・発展を確保するためには、伝統的脅威のみならず、非伝統的脅威への対応も含めた、多面的な安全保障政策が求められる。具体的には、日米安全保障体制の維持・強化に加え、近隣国との安定した国際関係の増進に向けた外交努力や、国際社会の平和と安定に向けた取組、そしてこれらを支える適切な防衛力の整備を引き続き積極的に進めていくことが重要である。

日米安保体制は、戦後、アジア太平洋地域における安定と発展のための基本的な枠組みとして有効に機能し、日本及び極東に平和と繁栄をもたらしてきた。同時に、北朝鮮の弾道ミサイル及び核問題が示すとおり、アジア太平洋地域には、冷戦終結後も朝鮮半島や台湾海峡をめぐる情勢等、不安定な要素が依然存在している。このような状況において、日本及び地域の平和と安全を確保するために、同盟国である米国と日米安保体制を一層深化させていくことは重要な課題である。2010年に現行の日米安保条約締結から50周年を迎える中、二国間関係はもとより、アジア太平洋地域やグローバルな課題における協力を強化し、日米同盟を21世紀にふさわしい形で深化させるために、日米両国で協議を進めている。

アジア太平洋地域では、政治・経済体制や文化・民族の多様性等を背景として、欧州におけるNATOのような多国間の集団防衛的な安全保障機構は発達せず、米国を中核とした二国間の安全保障取極(とりきめ)の積み重ねを基軸として、地域の安定が維持されてきている。日本は、自国を取り巻く安定した安全保障環境を実現し、アジア太平洋地域の平和と安定を確保していくためには、この地域における米国の存在と関与を前提に、二国間及び多国間の政治・安保対話の枠組み及び経済的な相互依存を強化するための枠組みを、重層的に整備し強化していくことが現実的で適切な方策であると考えている。

国連が果たす役割は以前にも増して重要となっている。国連は、唯一の普遍的かつ包括的な国連機関として、総会や安全保障理事会(安保理)を始めとする諸機関の活動を通じ、平和と安全の維持を図るとともに、諸国間の友好関係を発展させ、経済的、社会的、文化的、人道的な問題や人権の促進に関する国際協力を推進している。

日本は、国際社会において日本の国益を増進し、前述した課題に多国間の枠組みで対処するように、国連を積極的に活用し強化するため、安保理改革を始めとする国連改革の早期実現を目指すとともに、国連を始めとする国際機関における指導力を発揮し、人的・財政的貢献を行っている。

また、分野別の課題についても、日本は積極的に取り組んでいる。軍縮・不拡散については、日本は、かねてから安全保障環境を改善し、平和な世界を築く上での重要な課題として積極的に取り組んでいる。2009年は、安保理で史上初めて核軍縮・不拡散をテーマとした首脳会合が開催されるなど、国際的機運が高まる中、日本はNPTを基礎とする軍縮・不拡散体制の維持・強化に向け、主導的な役割を果たしてきた。

このほか、日本の取組は、世界中で増加している地域紛争、テロ、国際組織犯罪についても主体的な役割を果たしている。また、海洋国家であり貿易立国である日本にとって海上の安全を確保することは、国家の存立・繁栄に直結する問題であるだけでなく、地域の経済発展を図る上でも極めて重要な課題である。特に、2009年のソマリア沖・アデン湾における海賊事件発生件数は217件であり、2008年に比べほぼ倍増していることに加え、ソマリア東方沖水域の海賊事件も増加している。海賊対策は引き続き国際的な課題であるとの考えから、海上の安全確保に向け、ソマリア沖・アデン湾への自衛隊の派遣に加え、周辺国の海上取締り能力の向上や地域協力、さらには、不安定なソマリア情勢の安定化という中長期的な観点からの取組を含めた多層的な取組を行っている。

依然として世界各地で問題になっている地域紛争や内戦については、平和構築の重要性が高まっている。日本は、紛争の再発防止や持続的な平和に向けた開発の基礎を築くことを念頭に置いた、紛争直後の緊急人道支援、和平プロセスの促進から紛争後の治安の確保、復興・開発に至る継ぎ目ない取組である平和構築を主要な外交課題の一つとし、国連PKO等への貢献、ODAを活用した現場における取組、知的貢献及び人材育成について、具体的な取組を推進してきている。

テロに関しては、国際社会は2001年9月11日の米国同時多発テロ事件以降、テロ対策を最優先課題の一つと位置付け、国連やG8など多国間の枠組み、二国間協力や開発途上国の治安対策への支援を通じ、国際的なテロ対策の強化を進展させてきた。日本はいかなる理由をもってしてもテロを正当化することはできず、断じて容認することはできないとの基本的立場である。

また、人の移動の拡大や情報技術(IT)の高度化に伴い、薬物犯罪、サイバー犯罪、資金洗浄(マネーロンダリング)等の国境を越える組織犯罪(国際組織犯罪)は、一層広域化・高度化している。問題解決のためには、一国だけでなく、国際機関や地域機関とも連携しながら一致して努力していくことが重要である。国連、G8、金融活動作業部会(FATF)注1等において精力的な取組がなされており、日本も国際的な取組に積極的に参画している。

人権・民主主義は普遍的な価値であり、その基盤が各国において十分に整備されることは、平和で繁栄した社会の確立、ひいては、国際社会の平和と安定に資するものである。日本は、国連を始めとする多国間の場における人権・民主主義にかかわる取組と、人権対話や開発援助等を通じた二国間の場における取組を相互に連携させつつ、開発援助を通じた人権・民主主義基盤の整備などを通じ包括的に人権・民主主義外交の強化を図っていく考えである。

また、日本は、国際社会における「法の支配」の促進を外交政策の重要な柱の一つとして位置付け、様々な取組を積極的に行ってきている。国際社会における「法の支配」の確立は、国家間の関係の安定化、紛争の平和的解決、国内の「良い統治」を促進するものであり、日本の領土や海洋権益等の国益の確保や、個人や企業の国際的活動の保障のためにも重要である。

(注1)1989年7月のG8アルシュ・サミットにおいて、国際的な資金洗浄対策の推進を目的に召集された国際的な枠組みで、日本を含め、経済協力開発機構(OECD)加盟国を中心に33か国・地域及び2国際機関が参加。現在では、テロ資金対策についても指導的役割を果たしている。