豊かで安定し開かれたアジア・大洋州地域の実現は、日本の平和、安全、繁栄にとって不可欠である。日本は日米同盟を外交の基軸としつつ、「東アジア共同体」構想を長期的ビジョンとして掲げ、アジア外交を積極的に推進していく。
アジア外交の柱である「東アジア共同体」構想は、貿易・投資、金融、環境、エネルギー、災害救援、教育、人の交流、感染症対策など可能な分野から開放的で透明性の高い地域協力を積み重ねた先に実現することを目指している。その際に、東アジア首脳会議(EAS)、ASEAN(注1)+3(日本・中国・韓国)、ASEAN地域フォーラム(ARF)、APECなどの既存の枠組みを重層的かつ柔軟に活用していく考えであり、どこの国が入る、入らないという考えではなく、可能な国と一歩一歩具体的な協力を進めていき、機能的な共同体の網を幾重にも張りめぐらせることが唱えられている。鳩山総理大臣は、11月のシンガポールにおけるアジア政策講演においてこうした考え方を説明するとともに、当面重視すべき分野の例として、「共に繁栄するための協力」、「緑のアジアを守るための協力」、「いのちを守るための協力」、「『友愛の海』をつくるための協力」及び青少年交流等の人の交流を例示しており、今後こうした分野で協力を深めていく方針である。
アジアにおいて着目すべきは、その経済力である。「世界の成長センター」と称されるこの地域では、ASEAN+6(日本・中国・韓国・インド・オーストラリア・ニュージーランド)が世界の国内総生産(GDP)の23%、APECが53%を占め、その割合が今後も増加傾向にあることが示すように、アジアは「世界の成長センター」として注目されている。特に、世界経済・金融危機後に、アジアの新興国を中心とした景気回復は、世界経済をけん引する役割を果たしている。また、この地域では成長に伴い、今後中間層が飛躍的に増加することが期待される。少子高齢化に直面する日本が今後も着実な成長を続けていくためには、日本が有する資金・技術・知恵を活用することでアジアの活力ある発展を促し、成長著しい「アジア内需」を日本の成長へとつなげていくことが重要となる。アジアでは実体経済のレベルで域内統合が進んでいるものの、域内の一体化に向けた障壁や成長の障害もいまだ多い。域内のヒト、モノ、カネの流れを円滑化するとともに、インフラ整備等を通じて成長の障害の軽減・解消に貢献することが、日本、アジア、そして世界にとって大きな利益となる。
一方、環境・気候変動、自然災害、新型インフルエンザなどの地域共通の課題も顕在化するようになった。また、2009年の北朝鮮によるミサイル発射や核実験にも見られるように、朝鮮半島情勢を始めとする地域の安全保障環境は依然予断を許さない。こうした状況の下、アジアにおける米国のプレゼンス(存在)は日本を含めたアジアの平和と繁栄に極めて重要な役割を果たしている。日本が日米同盟を引き続き日本外交の基軸と位置付ける最大の理由はここにあり、また、「東アジア共同体構想」が提唱されるのも、まさに日米同盟がその基軸にあるからこそである。日本は、アジア太平洋を重視し、関与を強化している米国との連携を強化しつつ、地域協力を着実に推進していく。
隣国である韓国、中国との関係は重要であり、日中韓3か国は、首脳間や外相間を始め、あらゆるレベルで関係を強化し、また日中韓サミットの機会などを通じて、環境、経済、大学間交流等の分野で3か国の協力を推進していく。
日本がアジアの地域協力において重要視しているのがASEANである。ASEANは2015年までのASEAN共同体の実現を目指し、2009年10月に開催された第15回ASEAN首脳会議(於:タイ)でも「ASEANの連結性の強化」を掲げるなど、統合努力を加速化させている。日本としても、結束したASEANが地域協力のハブ(中心)となることは、日本とASEAN、さらには、東アジア全体の安定と繁栄にとって重要であるとの考えの下、同月の第12回日ASEAN首脳会議においても、域内格差是正や「連結性強化」といった取組への積極的貢献を表明した。11月に東京で開催された初めての日本・メコン地域諸国首脳会議でも、ASEAN統合を進める上での課題である格差是正に向け、開発や環境・気候変動等に関するイニシアティブが発表され、着実に実施されている。
また、経済連携についても、ASEANを中心とした自由貿易協定(FTA)網の形成が進みつつある。2008年にはASEANとの間に、日本初の多国間経済連携協定(EPA)となる日・ASEAN包括的経済連携(AJCEP)協定が発効した。また、ASEAN+3の各国で構成される東アジア自由貿易圏(EAFTA)構想、EAS(ASEAN+6)の各国で構成される東アジア包括的経済連携 (CEPEA)構想が、従来の民間研究の段階から政府間での検討段階へ移行することが10月に開催されたASEAN関連首脳会議の際に決定された。
また、11月には第17回APEC首脳会議がシンガポールで開催された。首脳声明「21世紀におけるアジア太平洋の連繋のための新たな成長パラダイム」が採択され、均衡がある、あまねく広がり、かつ持続可能な成長の追求を通じ、経済の長期的な回復を図ることで一致した。APECの枠組みにおけるアジア太平洋の自由貿易圏(FTAAP)構想についても、今後ありうべき道筋を探求することについて合意している。
二国間関係はこうした地域協力の基盤となるとともに、日本のアジア外交の重要な柱となっている。韓国は、地理的に最も近いだけでなく、自由と民主主義、基本的人権等の基本的価値を共有し、共に米国との同盟関係にあり、政治、経済、文化といったあらゆる面で極めて密接な関係にある重要な隣国である。韓国とは過去の歴史を直視した上で、「シャトル首脳外交」等を通じ、成熟したパートナーとして未来志向の日韓関係を強化していく。2009年にも、1月の日韓首脳会談(於:韓国)に始まり、新政権発足後も9月にニューヨークで首脳会談を行った後、10月には鳩山総理大臣が初の二国間での外国訪問として韓国を訪問し、首脳会談を実施した。経済面では、日本にとって韓国は第3位の貿易相手国(韓国にとって日本は第2位の貿易相手国)であり、引き続き両国は経済的にも重要な関係にある。両国の緊密な経済関係を一層強化するためにも、日韓EPAについて、引き続き、交渉再開に向けて取り組んでいく。
中国は急速な経済発展を背景に、東アジア地域を含め、国際社会の中で政治的・経済的なプレゼンスを高めている。中国が国際社会と協調しつつ安定的に発展することは、日本や地域の国々にとっても一つの機会であり、中国が国際社会でより一層責任ある役割を果たすことを期待している。中国との間では2009年も引き続き、国際会議の場を含めて頻繁に首脳会談を実施し、首脳間の緊密な意思疎通を図った。また、両国首脳は、地域や国際社会の諸課題に共に取り組み、「戦略的互恵関係(注2)」の内容を一層充実、具体化していくことで一致している。同時に、食の安全や東シナ海資源開発などの両国間の懸念について、引き続き取り組んでいく必要がある。
また、モンゴルとの間では、7月に東京で行われた日・モンゴル首脳会談のほか、外相会談を2度実施するなど、ハイレベルでの積極的な意思疎通を通じた更なる信頼関係の強化を図った。また、課題である経済関係強化のために、EPAの官民共同研究の立ち上げに向け、政府間の実務レベル協議を開催することで一致するなど、「総合的パートナーシップ」の構築を目指した取組が行われた。
また、北朝鮮については、日朝平壌(ピョンヤン)宣言に基づき、拉致(らち)、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して国交正常化を図るという基本方針の下、朝鮮半島の非核化と拉致問題を含む日朝関係の双方が共に前進するよう、日本は最大限の努力を行っている。そのような状況の中、北朝鮮は4月、日本を含む関係各国が自制を求めたにもかかわらず、ミサイル発射を強行し、5月には核実験を行った。日本にとってこれらの北朝鮮の行動は決して容認できるものではなく、北朝鮮に対して直ちに抗議を行った。六者会合を通じた北朝鮮による検証可能かつ不可逆的な核放棄を早期に実施するため、関係国と緊密に連携し、同時に国連安保理決議に基づく措置や日本独自の措置を着実に実施していく考えである。さらに、拉致問題については、日本は北朝鮮に対し、2008年8月の日朝実務者協議で合意された拉致問題に関する全面的な調査を開始するよう繰り返し要求しているものの、いまだに北朝鮮は調査を開始していない(2010年2月末現在)。今後とも六者会合などの場を通じ、関係国とも緊密に連携・協力しながら、日朝協議に真剣に取り組み、北朝鮮に対し、拉致問題を含む諸懸案の包括的解決に向けた具体的な行動を求めていく。
南アジア地域は、世界最大の民主主義国家であるインドを擁しており、約15億人の域内人口や地域全体としての高い経済成長率を背景に、近年その存在感を着実に高めている。日本との関係では、歴史的な負の遺産を持たず、国際機関選挙等多くの場面で日本を支持するなど伝統的に親日的な国が多く、アジアと中東を結ぶ海上輸送路に位置する地理的重要性からも、緊密な協力関係の構築が重要となっている。グローバルパワーとして台頭するインドとの間では、2005年以降、首脳の年次往来が重ねられている。2009年12月には鳩山総理大臣がインドを訪問し、シン・インド首相との間で、安全保障や経済等幅広い分野で連携し、両国間の「戦略的グローバル・パートナーシップ」を更に強化・発展させることを確認した。その一方で、南アジア地域は、民主化、平和構築、テロ対策などの課題も抱えている。スリランカにおいては、政府軍が反政府組織を事実上壊滅させ内戦を終結させるなどの動きも見られた一方で、パキスタンではテロによる犠牲者数が過去最悪を記録するなど、テロ情勢には依然として改善の兆しが見られない。パキスタンの安定は、国際社会全体の最重要課題の一つであり、日本は2009年4月にパキスタン支援国会合を開催するとともに、テロ対策支援のための新戦略として、11月に新たなアフガニスタン・パキスタン支援パッケージを発表した。また、南アジアの重要性を踏まえ、日本は多国間の枠組みにおいても積極的な外交を行うために、南アジア地域協力連合(SAARC)に対し、民主化・平和構築支援、域内連携促進支援、人的交流支援の三つを柱として、積極的に支援している。
オーストラリアとニュージーランドは、アジア太平洋地域において日本と基本的価値を共有する重要な国々である。特に、オーストラリアとの関係は経済を中心とする二国間関係から進化し、国際社会の平和と安定のために共に取り組む戦略的パートナーシップへと発展している。その中で、共に米国の同盟国である日豪両国は安全保障協力も深化させつつある。
太平洋島嶼(しょ)国は、親日的な国が多く、国際社会での協力や水産資源の供給の面で、日本にとって重要なパートナーである。2009年5月には、北海道で第5回日・太平洋諸島フォーラム(PIF)首脳会議(太平洋・島サミット)を開催し、今後3年間で500億円規模の支援策を発表するなど、日本と太平洋島嶼国との関係強化が打ち出された。
(注1)東南アジア諸国連合(ASEAN):1967年設立。加盟国はインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアの計10か国(2009年時点)。
(注2)アジア及び世界の平和、安定及び発展に対して共に建設的な貢献を行うことが、新たな時代において日中両国に与えられた厳粛な責任であるとの認識の下、将来にわたり、二国間、地域、国際社会等、様々なレベルで互恵協力を全面的に発展させ、両国、アジア及び世界のために共に貢献する中で、互いに利益を得て共通利益を拡大し、それによって両国関係を新たな高みへと発展させていくという関係(2007年4月11日、日中共同プレス発表)。