第2章 | 地域別に見た外交 |
第1節アジア・大洋州 |
豊かで安定し開かれたアジア・大洋州地域の実現は、日本の安全と繁栄にとって不可欠である。そのため、アジア諸国における安定と成長が持続的に実現できるよう、強固な日米関係を基盤として、積極的なアジア外交を進めることが重要である。
アジアは、1997年の経済危機を克服し、グローバル化の波に乗って高い経済成長を続け、製造業の生産ネットワークの拡大を通じ、域内の経済的相互依存関係が深まっている。また、共通の生活様式の浸透、人的交流の活発化、ポップカルチャーの広がり等を通じ、域内の一体感の醸成も見られる。これらを背景に近年、東アジア共同体の形成に関する論議が高まっている。こうした前向きな動きの一方で、国際テロや海賊、エネルギー問題、新型インフルエンザ等の感染症といった地域共通の困難な課題も顕在化しており、昨今の金融危機及び世界的な景気後退はアジア地域にも悪影響を与えている。また、朝鮮半島情勢を始め安全保障環境は依然予断を許さない。
さらに、各々世界総人口の5分の1と6分の1を占める中国とインドが政治、安全保障、経済面において台頭している。両国の潜在力を、アジアひいては世界の安定と持続可能な成長に貢献する形で建設的に引き出していくことは、日本にとって重要な課題である。
日本のアジア・大洋州外交の基本目標は、この地域において基本的価値を共有し、相互理解と協力に基づき、長期的に予見可能性が確保され、安定し繁栄した地域を各国と共に築いていくことにある。このため、日本は以下の3点を基本的な方針としてアジア・大洋州外交に取り組んでいる。
第一に、日本外交の要(かなめ)である日米同盟を一層強化し、米国を含む諸外国と共にアジア太平洋地域の平和と繁栄を築いていく。安全保障面においては、地域の安定にとって不可欠な日米安全保障体制を堅持して不安定化の動きに対する抑止力を引き続き確保する。また、中国、韓国を始めとする近隣諸国との未来志向の関係を強化し、積極的外交を推進する。
第二に、二国間外交に加え、共通の課題に対処するため、東アジア首脳会議(EAS)、東南アジア諸国連合(ASEAN)+3、日・ASEAN、日中韓協力といった東アジアにおける地域協力の枠組みや、アジア太平洋経済協力(APEC)、ASEAN地域フォーラム(ARF)、アジア欧州会合(ASEM)といった、域外国が広く参加する枠組みに積極的に関与し、地域協力を推進していく。
第三に、かつてアジア諸国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えた歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切なる反省と心からのおわびの気持ちを常に心に刻みつつ、強固な民主主義と市場経済に支えられた「平和国家」として戦後60年以上にわたり一貫して取り組んできた先駆者として、平和の定着、ガバナンス強化、経済面でのルール整備等に関する様々な協力を継続し、民主主義、人権、法の支配等の基本的価値の共有に立脚したアジアの発展を後押ししていく。
日本に隣接する朝鮮半島は、北東アジア地域に位置する日本にとって最も重要な地域の一つである。韓国は、地理的に最も近いだけではなく、自由と民主主義、基本的人権等の基本的価値を共有し、共に米国との同盟関係にあり、政治、経済、文化といったあらゆる面で極めて密接な関係にある重要な隣国である。一層強固な未来志向の友好協力関係を発展させることが、日韓両国のみならず北東アジア地域の安定と繁栄にとって極めて重要である。
2008年は、2月の李明博(イミョンバク)大統領就任式の際に行われた日韓首脳会談で「シャトル首脳外交」の実施で一致し、その1回目として4月に同大統領が訪日した際を含め、4回の日韓首脳会談を行った。加えて、3回の外相会談を始めとする様々な分野での重層的かつ緊密な政府間対話や民間レベルの交流が進展した。また、2009年1月には、麻生総理大臣が訪韓し、「成熟したパートナーシップ関係」を構築していくことを確認した。
北朝鮮については、日朝平壌宣言に基づき、拉致(らち)、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して国交正常化を図るという基本方針の下、政府としては、朝鮮半島の非核化と拉致問題を含む日朝関係の双方が共に前進するよう、最大限の努力を行った。
2008年6月には北朝鮮が核計画の申告を六者会合議長国の中国に提出し、また、無能力化作業も進められるなど、非核化に向けた一定の前進もあったが、朝鮮半島の検証可能な非核化を実現する上で重要な検証の具体的枠組みの構築について北朝鮮は前向きな姿勢を示していない。日本としては、検証の具体的枠組みを六者間で構築すべく、引き続き関係国と連携しつつ、粘り強く取り組んでいく方針である。
また、日朝関係についても、2008年には、2回にわたり、日朝実務者協議が開催され、日朝間で拉致(らち)問題に関する全面的な調査の実施及びその具体的態様等に合意した。しかし、9月に北朝鮮から、引き続き日朝実務者協議の合意を履行する立場であるが調査開始を見合わせるとの連絡があった。それ以降、日本は北朝鮮側に早期の調査開始を繰り返し要求しているが、いまだ北朝鮮は調査を開始していない。今後とも六者会合などの場を通じ、関係国とも緊密に連携・協力しながら、日朝協議に真剣に取り組み、北朝鮮に対し、拉致問題を含む諸懸案の解決に向けた具体的な行動を求めていく。
日中間では経済関係や人的交流がますます緊密化し相互依存関係が深まる中、日中関係は日中双方にとり最も重要な二国間関係の一つとなっている。日中平和友好条約締結30周年である2008年は、中国国家主席としては10年ぶりとなる5月の胡錦濤(こきんとう)国家主席の訪日を始め、5回の相互訪問が行われるなど、日中間で頻繁な首脳間の対話が行われた歴史的な1年となった。日中両国は、環境・エネルギーや刑事・領事分野での互恵協力の強化、青少年の相互訪問や中堅幹部交流、安全保障分野における交流等各種交流の拡大を通じた相互理解・相互信頼の増進、北朝鮮問題や国際経済・金融情勢等の地域・国際社会における協力の推進等を通じて、「戦略的互恵関係」(注1)の構築を着実に進展させた。東シナ海資源開発問題については、東シナ海を平和・協力・友好の海とするとの首脳間の共通認識を実現する第一歩として、6月に北部海域における共同開発及び白樺(しらかば)の現有の油ガス田における開発への日本法人の参加についての合意を発表した。また、中国製冷凍ギョウザ、メラミン等の「食の安全」に関する問題については、両国国民の生命と健康にかかわる重大な問題として、累次中国による適切な対処を求めており、日中間で緊密な連携の必要性について一致している。
今後とも、幅広い層で対話と交流を積み重ね、懸案にも適切に対処しつつ、「戦略的互恵関係」の構築を通じ、地域及び国際社会全体の平和、安定、繁栄に共に貢献していく考えである。
モンゴルとの関係においては、経済分野の協力強化がより一層重要視されるようになっている。外相会談や外務省間政策対話及び官民合同協議会等、様々なレベルでの話合いが実施されるなど、極めて良好な政治的関係と同等な経済関係の構築に向けて、双方による取組が行われた。
東南アジア諸国連合(ASEAN)は2015年までのASEAN共同体の実現を目指し、統合努力を加速化させている。12月15日にはASEANに法的地位を与え、その基本文書となる「ASEAN憲章」が発効した。
ASEANは、地政学的に重要な位置を占めており、また、経済の相互依存関係の深まり等を受け、アジア・大洋州地域の主要なプレーヤーとなってきている。ASEANはこれまでも東アジア地域協力において重要な役割を果たしており、ASEANの統合と発展は日本のみならず地域の安定と繁栄にとって極めて重要である。そのような観点から、日本は引き続きASEANの統合努力を支援していく。
また、日本は東南アジア各国との間でも、政治、経済、文化など様々な面で関係を強化している。具体的には、2008年には二度にわたりユドヨノ・インドネシア大統領との首脳会談が行われたほか、チュンマリー・ラオス国家主席兼党書記長やアブドゥラ・マレーシア首相との首脳会談など、首脳間での頻繁な意見交換が行われた。また、外相レベルにおいても初の日・メコン外相会議が行われたほか、カンボジア、ラオス、ベトナム(CLV)との外相会談、日越協力委員会で両国の互恵的協力の拡大のための包括的政策対話が実施された。2009年1月には中曽根外務大臣がカンボジア、ラオス、タイへの訪問を行うなど、ハイレベルでの活発な対話と交流が進んでいる。
また、経済連携については、日本初の多数国間協定となる日・ASEAN包括的経済連携協定が発効した。また、インドネシア、ブルネイ、フィリピンとは二国間の経済連携協定が発効した。なお、8月には日・インドネシア経済連携協定に基づいて看護師・介護福祉士候補者を日本として初めて受け入れた。また、日・ベトナム経済連携協定が9月に大筋合意に至り、12月に署名された。
文化面では、日越外交関係開設35周年、日・カンボジア外交関係開設55周年、日・インドネシア外交関係開設50周年を迎えた。また2009年は「日メコン交流年」であり、幅広い分野で日本とメコン地域諸国間の交流事業が実施されている。
南アジア地域は、世界最大の民主主義国家であるインドを擁し、約15億人の域内人口や、地域全体としての高い経済成長率を背景に、近年その存在感を着実に高めている。特に経済面では、BRICs(注2)の一員であるインドを中心に、今後の更なる発展の可能性を秘めており、国際社会の高い関心を集めている。その一方で、民主化、平和構築、テロ対策などの課題も抱えている。日本との関係においては、歴史的な負の遺産を持たず、国際機関選挙等多くの場面で日本を支持するなど伝統的に親日的な国が多く、アジアと中東を結ぶ海上輸送路に位置するという地理的重要性からも、緊密な協力関係の構築が重要である。
2008年の南アジア各国は、選挙の実施による民主化プロセスの進展に関して注目すべき動きが多く見られた一方で、大規模なテロ事件も頻発した。特に9月のパキスタンの高級ホテルをねらったテロや、日本人も犠牲となった、11月のインドのムンバイにおける連続テロ事件は、多くの外国人も犠牲となり国際社会に大きな衝撃を与えた。特に後者の事件は、インド・パキスタン関係に深刻な影響を与えている。テロ対策は、南アジア地域にとってのみならず国際社会全体にとっても喫緊の課題であり、日本は、各国と緊密に意見交換を行うとともに、テロが地域の不安定化につながることのないよう地域の信頼醸成を後押ししている。
南アジアの重要性にかんがみ、日本は二国間関係及び多数国間の枠組みにおいて積極的な外交を行っている。南アジアにおける唯一の地域的枠組みである南アジア地域協力連合(SAARC)に対しては、民主化・平和構築支援、域内連携促進支援、人的交流支援の三つを柱として、地域の発展と安定を積極的に支援している。
オーストラリア及びニュージーランドは、日本とアジア太平洋地域において基本的価値を共有する重要な国々である。特にオーストラリアとの間では、資源・食料の貿易を中心とした経済関係のみならず、政治・安全保障を含む包括的な戦略的関係を具体的な協力を通じて強化してきている。太平洋を共有し、水産資源の重要な供給地でもある太平洋島嶼(しょ)国との間では、ハイレベル訪問等を通じて着実に関係強化を促進したほか、2009年5月に北海道で日本・太平洋諸島フォーラム(PIF)首脳会議(太平洋・島サミット)を開催することを決定した。
2008年は、東アジアに複数存在する地域協力の枠組みのそれぞれで協力が進展した。
これまでの東アジア首脳会議(EAS)で取り上げられたエネルギー安全保障、環境・気候変動等の各種協力は2008年も着実に進められ、7月のEAS参加国外相非公式協議では、こうした協力の進ちょく状況及び将来の方向性が議論された。
9月のリーマン・ブラザーズ・ショック以降急速に深刻化した国際金融危機に関し、10月のASEM第7回首脳会合では、アジア・欧州各国の首脳が国際社会に対する共通のメッセージとして「国際金融情勢に関する声明」を発出した。また、その機会に、日本を含む関係国の呼び掛けにより急きょASEAN+3首脳非公式朝食会が開催され、アジアとしての現状認識及び対応について意見交換が行われた。
また、11月の第16回APEC首脳会議では「世界経済に関するAPEC首脳リマ声明」が採択され、実体経済への影響を含む金融危機に効果的に対応していくことで一致した。
さらに、12月には、これまでASEAN+3首脳会議等の機会に行われていた日中韓首脳会議を、福岡で「日中韓サミット」として初めて独立して開催した。この「日中韓サミット」でも、国際金融・経済の分野での協力の強化につき一致したほか、日中韓協力を新たな次元に押し上げるべく、未来志向で三国間協力を強化するとの共同声明に各国首脳が署名し、防災協力の文書及び「行動計画」を発表した。