本編 > 第3章 分野別に見た外交 > 第1節 国際社会の平和と安定に向けた取組 > 2.「テロとの闘い」への取組
【総論】
2001年9月11日の米国同時多発テロ以降、国際社会はテロ対策を最優先課題の一つと位置付け、国連やG8など多国間の枠組み、ASEAN、APEC、ASEMなど地域的な協力、二国間協力など様々な場において、テロ対策の強化が合意・確認され、「テロとの闘い」に関する政治的意思の強化と実質的協力が進展している。
国際テロ組織「アル・カーイダ」及び関連団体の指導部の能力は減退し、戦闘員は減少したものの、いまだその勢力は軽視し得ない。2007年も、世界各地で多くのテロ事件が発生しており、日本人旅行者や在留邦人、日本企業に対しても、国際テロの脅威は及んでいる(図表「2007年に発生したテロ事件の例」を参照)。
テロは国家及び国民の安全の確保の問題のみならず、投資・観光・貿易等に対する影響を通じ、我々の経済生活にも重大な影響を与え得る問題である。いかなる理由をもってしてもテロを正当化することはできず、断じて容認することはできない。日本が旧テロ対策特別措置法(2001年)に基づいて実施していた活動は、同法の失効により一時中断したが、2008年1月に成立した補給支援特別措置法により再開された。そのほかにも、日本は、テロ対策を自らの問題ととらえ、他国に対する支援や国際的な法的枠組みの強化をはじめとする多岐にわたる分野で、引き続き国際社会と協力して積極的にテロ対策を強化していく考えである。
【各論】
2007年を通じ、国際社会はこれまでに達成された成果を基礎に、多国間及び地域的なレベルでの協力を推進し、国際テロ対策を一層強化してきた。
ドイツでの、G8ハイリゲンダム・サミットにおいて、国連システムのテロ対策能力の支援・強化、テロリストによる近代的通信・情報技術の濫用への対処、重要なエネルギー・インフラの保護、交通保安向上のほか、現金の密輸への対処及びアフガニスタン・パキスタン国境地域対策等を盛り込んだ「テロ対策に関するG8首脳声明―グローバル化時代の安全保障」並びに「国連のテロ対策の取組に対するG8の支援に関する報告」を採択した。2008年、日本がG8の議長国になることを受け、日本はテロ・国際組織犯罪対策のための秩序維持・法執行能力強化のための非G8各国への支援の強化、高度化・多角化するテロ・国際組織犯罪への対応及びテロに関連した非過激化・穏健化の推進を重点事項として取り組んでいく。
国連では2006年9月、国連総会本会議において「国連グローバル・テロ対策戦略に関する総会決議」が採択され、同決議に附属されている、加盟国及び国連機関のテロ対策における更なる能力強化を目指した行動計画の実施が進められている。
そのほか、テロ資金対策分野では金融活動作業部会(FATF) (注1)が、テロ対処能力向上支援に関してはテロ対策行動グループ(CTAG) (注2)が活動を展開するなど、様々な分野でテロを予防・根絶するための多国間協力が進められている。
地域レベルでは、5月、シンガポールにて、日本、シンガポールとロシアの共同議長により第5回「テロ対策及び国境を越える犯罪に関するARF会期間会合(ISM)」が開催された。ASEMでは、日本は5月にASEM第5回テロ対策会議を東京において主催し、過激化への対処、テロ対処能力の向上、国連や地域テロ対策機関との連携といった課題をとりあげ、その成果を、国際社会へのメッセージとして発出した。9月のシドニーでの第15回APEC首脳会議で採択された共同声明においては、テロ及び大量破壊兵器の拡散は、自由で開かれ、かつ繁栄したエコノミーというAPECの展望に対する挑戦であり、テロ集団の解体、テロ集団からの経済・金融システムの保護といったメンバー・エコノミーの責務につき再確認がなされた。
2001年の9.11同時多発テロを受けて、米国や英国をはじめとする諸外国は、「不朽の自由」作戦(OEF:Operation Enduring Freedom) (注4)の下、アフガニスタン国内においてアル・カーイダ等のテロリスト掃討作戦を行い、また、インド洋において海上阻止活動(OEF-MIO)を行ってきている。日本は、2001年12月以降、旧テロ対策特別措置法に基づく協力支援活動として、このOEFの下での活動に参加する各国艦船に対し、海上自衛隊による補給支援を実施してきた(注5)。
海上阻止活動とは、テロリストの移動や武器、麻薬などの関連物資の移動を阻止し、抑止するために、インド洋を航行する不審船舶等に対し無線照会や乗船検査等を行う活動(注6)であり、テロリストにこの海域を自由にさせないために極めて重要な役割を果たしてきた。この活動がテロリストや関連物資の移動、資金調達などの制約要因になることによって、アフガニスタンの治安・テロ対策や復興支援の円滑な実施を下支えしている。また、この海上阻止活動は、結果としてインド洋における海上交通の安全の確保にも貢献している。海上自衛隊による補給支援は、諸外国の軍隊等がこのような海上阻止活動を行うための重要な基盤となるとともに、この活動に参加する諸外国の軍隊等の作戦効率に大きく寄与してきたが、2007年11月1日、旧テロ対策特措法の失効に伴い、6年にわたる活動を一時的に中断した。
アフガニスタン、パキスタン等各国や国連からは様々な機会に日本の活動に対して、評価や謝意が示されるとともに、早期の活動再開に強い期待が寄せられた。また、9月19日に採択された国連安保理決議第1776号は、海上阻止の要素を含むOEFへの多くの国の貢献を評価し、OEFを含む持続的な国際的努力の必要性を強調しているが、これは、海上阻止活動に対する日本の補給支援についても評価し、その継続の必要性を表明したものと受けとめている。
「テロとの闘い」における国際社会の様々な努力の中核であるアフガニスタンでは、約40か国もの国々が部隊を派遣し、尊い犠牲を出しながら活動している。国際社会において国益を実現するためには、まず国際的な責任を果たすことが不可欠である。日本は憲法上の制約を抱えるが、湾岸戦争以来15年かけて積み上げてきた努力で勝ち得た国際社会の信頼の重みも十分に考える必要がある。
政府は、日本がテロの根絶に向けた国際社会の連帯において引き続き責任を果たしていくためには補給活動の継続が必要と考え、10月17日にテロ対策海上阻止活動に対する補給支援活動の実施に関する特別措置法案を閣議決定し、国会に提出した。2008年1月、同法案は約100時間に上る国会での審議を経て可決され、海上自衛隊の艦船は再びインド洋に向けて出航した。日本は引き続きこの補給支援活動を通じ、「テロとの闘い」に積極的に貢献していく。
日本の補給支援特措法成立に対する各国の評価
インド洋へ向かう護衛艦「むらさめ」(左)と補給艦「おうみ」(右)(写真提供:防衛省)
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ハ
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その他(人材育成、キャパシティ・ビルディング(能力向上)など)
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国際テロの防止・根絶には、幅広い分野で国際社会が一致団結し、息の長い取組を継続することが重要である。
日本は、G8等におけるテロ対策の議論に積極的に参画している。同時に、テロリストに対する制裁措置を定める国連安保理決議を誠実に履行し、外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づいて、ウサマ・ビン・ラーディンやオマルをはじめとするアル・カーイダ、タリバーン関係者などに対し、資産凍結措置を実施している。また、2006年に改正された出入国管理及び難民認定法に基づき、テロリスト等を退去強制措置の対象としている。
国際的なテロ対策協力として、開発途上国などに対するキャパシティ・ビルディング支援を重視しており、東南アジア地域を重点として、政府開発援助(ODA)も活用した支援を継続、強化している。具体的には、[1]出入国管理、[2]航空保安、[3]港湾・海上保安、[4]税関協力、[5]輸出管理、[6]法執行協力、[7]テロ資金対策、[8]CBRN(化学、生物、放射性物質、核兵器)テロ対策(注7)、[9]テロ防止関連諸条約(注8)などの分野で技術協力や機材等の支援を実施している。また、2006年度、開発途上国によるテロ・海賊などの治安対策への支援を一層強化することを目的として新設したテロ対策等治安無償資金協力の枠組みを通じて、7月にフィリピンの海上保安通信システムのための無償資金協力を決定し、交換公文(E/N)を署名した。さらに2008年1月、マレーシアの海上能力を強化するための無償資金協力を決定し、交換公文(E/N)を署名した。テロ対策に関し、関係国・機関とテロ情勢やテロ対策協力について協議・意見交換を行っており、ASEANとの間では、9月にクアラルンプールで第2回日・ASEANテロ対策対話(注9)を開催した。このほか、4月にイスラマバードにおいてパキスタンと初の二国間テロ協議を行い、6月にシドニーで日米豪テロ対策協議を、12月にはインドとの第2回日印テロ協議をニューデリーで行った。
核物質や放射線源を用いたテロ(核テロ)は、2001年9月11日の米国同時多発テロ以降、国際社会全体として取り組むべき新たな課題として注目されている。核テロを防止するための核セキュリティー強化については、国際原子力機関(IAEA)や国連等を中心に様々な取組が行われており、日本も、核物質等テロ行為防止特別基金(注10)への拠出、「核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアティブ(GI)」 (注11)への参加等を通じ、積極的に貢献している。加えて、二国間の枠組みにおいても、4月、カザフスタンの冶金工場等に対し、総額5億円をめどとした核セキュリティー向上のための協力を決定するなど、支援を行っている。また、日本は、8月に国際的な核によるテロ防止に資する「核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約」(注12)を締結した。
2007年に発生したテロ事件の例
2月18日 |
インド・ニューデリー北部における列車爆弾テロ事件 |
インド・ニューデリー北部において、デリー発パキスタン国境行きの国際列車が爆弾によって爆破され、68名が死亡、50名以上が負傷した。
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4月11日 |
アルジェリア・アルジェにおける同時爆弾テロ事件 |
アルジェリアの首都アルジェ市中心部の首相府及びアルジェ県東部の地区にある警察署に対する爆弾テロ事件が発生し、30名が死亡、330名が負傷した。
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6月29日、30日 |
英国・ロンドンにおける車両内の爆発物発見及びグラスゴー空港における車両テロ事件 |
地元警察はロンドン中心部において爆発物を積んだ車両を発見。爆発物は警察により処理され、被害はなかった。翌30日、スコットランドのグラスゴー空港の施設に車両が突入し、炎上した。
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7月2日 |
イエメン・マアリブにおける自動車爆弾テロ事件 |
イエメン中部のマアリブの西郊にある観光名所ビルキス神殿付近で、自動車爆弾を用いた自爆テロ事件が発生し、スペイン人観光客7名とイエメン人2 名の計9 名が死亡した。
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7月17日 |
パキスタン・イスラマバードにおける自爆テロ事件 |
パキスタンの首都イスラマバード市における政治集会にオートバイによる自爆テロ事件が発生し、一般住民など15名が死亡、44名が負傷した。
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7月27日 |
パキスタン・イスラマバードにおける自爆テロ事件 |
パキスタンの首都イスラマバード市内のアブパラ・マーケット内にあるムザファラ・ホテルで自爆テロ事件が発生し、警察官を中心に14名が死亡、60名以上が負傷した。
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8月25日 |
インド・ハイデラバードにおける爆破テロ事件 |
インドのハイデラバードにおける娯楽施設及びレストランでほぼ連続して爆弾テロ事件が発生し、42名が死亡、50名以上が負傷した。
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9月6日 |
アルジェリア・バトナにおける大統領暗殺未遂テロ事件 |
アルジェリアのバトナ県バトナ市でブーテフリカ大統領の一行をねらった自爆テロ事件が発生し、23名が死亡、114名が負傷した。同事件に関連して、2006年9 月にアル・カーイダへの合流が発表された「イスラム・マグレブ諸国のアル・カーイダ」が犯行声明を発出。
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9月8日 |
アルジェリア・デリスにおける自動車爆弾テロ事件 |
アルジェリア北東部のデリスで自動車爆弾テロ事件が発生し、約80名が死亡、約50名が負傷した。同じく、「イスラム・マグレブ諸国のアル・カーイダ」が犯行声明を発出。
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10月19日 |
パキスタン・カラチにおける同時爆弾テロ事件 |
パキスタン・カラチにおいて、亡命生活を終え帰国したベナジール・ブットー元首相を迎える群衆の中を移動していた同元首相の乗る車両付近で、2 度の爆発が連続して発生し、139名が死亡、550名以上が負傷した。
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12月11日 |
アルジェリア・アルジェにおける同時爆弾テロ事件 |
アルジェリア・アルジェ市内にあるアルジェリア最高裁判所付近及び国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)付近でほぼ同時に爆発が発生し、国連職員12名を含む37名が死亡、170名以上が負傷した。
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12月27日 |
ブットー・パキスタン元首相の暗殺テロ事件 |
パキスタンの首都イスラマバード市に隣接するラワルピンディー市で行われていた政治集会場でテロ事件が発生。ブットー・パキスタン元首相は病院に搬送されたがまもなく死亡したほか、20名以上が死亡、多数が負傷した。
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(注1) |
1989年のG8アルシュ・サミットにおいて、国際的な資金洗浄(マネー・ロンダリング)対策の推進を目的に招集された国際的な枠組みで、日本を含め、経済協力開発機構(OECD)加盟国を中心に32か国・地域及び2国際機関が参加。現在では、テロ資金対策についても指導的役割を果たしている。 |
(注2) |
2003年6月のG8エビアン・サミットにおいて採択された「テロと闘うための国際的な政治的意思及び能力の向上G8行動計画」により創設が決定され、その主たる目的は、テロ対策のためのキャパシティ・ビルディング支援に関する要請の分析や需要の優先付け及びこれらの被援助国におけるCTAGメンバーによる調整会合の開催。2007年12月までに計13回開催されている。 |
(注3) |
2001年9月11日の米国同時多発テロが国連安保理決議第1368号で「国際の平和と安全に対する脅威」と認められたことなどを踏まえ、日本が国際的なテロの防止・根絶のための国際社会の取組に積極的かつ主体的に寄与することを目的として制定。2001年10月29日成立、11月2日に公布・施行。 |
(注4) |
米国、英国等が、2001年9月11日の米国同時多発テロに関与したとされたアル・カーイダ及びそれを支援しているタリバーン政権に対して、米国等への更なる攻撃を防止し、阻止するための活動として開始。2001年10月7日、アフガニスタンにあるアル・カーイダのテロリストの訓練施設やタリバーンの軍事施設への攻撃等の行動を開始した。 |
(注5) |
米国(7隻)、英国(2隻)、ドイツ(1隻)、フランス(1隻)、パキスタン(1隻)、カナダ(1隻)及びニュージーランド(0隻)が参加している(2007年10月調査に基づく。ただし、ニュージーランドは2008年に再派遣予定)。 |
(注6) |
2001年12月から2007年10月までの間に、艦船用燃料については、計794回、約49万キロリットル、艦艇搭載ヘリコプター用燃料については、計67回、約990キロリットル、水については、計128回、約6,930トンの補給を、計11か国(米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、オランダ、カナダ、ニュージーランド、ギリシャ、パキスタン)の艦船に実施した。 |
(注7) |
2007年7月には、マレーシア政府と共催により、東南アジア地域テロ対策センター(クアラルンプール)において、「化学・生物テロの事前対処及び危機管理セミナー」を開催。ASEAN各国、中国及び韓国の生物テロ対策の担当者等39名を対象とし、日本をはじめ、米国、オーストラリア及び世界保健機関(WHO)等の各専門家による、テロの脅威の評価及び化学・生物テロ発生後の適切な対処等の講義を実施し、関係諸機関を見学するとともに、生物テロが疑われる状況に際しての課題の把握・対応策につき机上演習を実施した。 |
(注8) |
13本のテロ防止関連条約については、http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/terro/kyoryoku_04.html/を参照。また、日本は13本すべてのテロ防止関連条約を締結している。 |
(注9) |
2005年12月の日・ASEAN首脳会議での合意を受け、ASEAN全体との間でテロ対策を正面からとりあげ、協力の方途について意見交換を行うことを目的として、第1回日・ASEANテロ対策対話を2006年6月に東京にて開催。第2回対話においては、第1回対話において特定された優先協力分野における日・ASEAN間の具体的な協力につき協議が行われた。 |
(注10) |
米国同時多発テロを受け、2002年、IAEAが核テロ対策を支援するため設立した基金。 |
(注11) |
2006年、米国、ロシアの両大統領が、国際安全保障上の最も危険な挑戦の一つである核テロリズムの脅威に国際的に対抗していくことを目的として提唱。参加国は、核テロ対処能力を強化するためのセミナー、ワークショップなどを提案し、他の参加国の協力を得て実施している。2007年12月現在、64か国が参加。 |
(注12) |
核によるテロ行為が重大な結果をもたらすこと及び国際の平和と安全に対する脅威であることを踏まえ、核によるテロ行為の防止並びに同行為の容疑者の訴追及び処罰のための効果的かつ実行可能な措置をとるための国際協力を強化することを目的とした条約。1997年に条約作成交渉が開始。2005年4月、国連総会で採択され、2007年7月、22か国の締結を得て発効した。日本については、9月に効力を生じた。 |
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