【
アフガニスタン】
2001年9月11日の米国同時多発テロの発生後、米国や英国等による武力行使の結果、アフガニスタンを支配していたタリバン政権は崩壊し、ドイツのボン近郊で行われたアフガニスタン各派代表者会合において、今後のアフガニスタンにおける和平プロセスの道筋が示された(ボン合意)。2002年1月に東京で、アフガニスタン復興支援国際会議(東京会議)が開催され国際社会は総額45億ドル以上の支援を表明し、今後のアフガニスタンの復興へ向けた道筋が示された。
<アフガニスタン情勢と国際社会の取組>
アフガニスタンの和平については、2003年12月14日より2004年1月4日にかけてアフガニスタンの新しい憲法を制定するための憲法制定ロヤ・ジェルガ(国民大会議)が開催された。憲法制定ロヤ・ジェルガには、アフガニスタン全土から502名の代表が出席し、途中、投票ボイコットなどによる混乱もあったものの、最終的にコンセンサスで新しい憲法が採択された。
新しい憲法は、大統領制を基本としており、憲法制定ロヤ・ジェルガにおいて大統領と議会の関係、イスラム主義と人権保障(女性の権利、障害者及び遊牧民の権利の保護に配慮)、民族の融和などにつき調整が行われた。正式政権発足のための選挙については、最初の大統領選挙と国会議員選挙を可能な限り同時に行うよう努力する旨の規定となった。
なお、ボン合意では、2004年6月までに実施される選挙を経て、国民を完全に代表する政府が樹立されるという政治プロセスの道筋が示されている。
カブールをはじめとする都市部では、小規模な経済活動が活発化してきており、国際通貨基金(IMF)は2002年~2003年の同国の経済成長率を約30%と推計している。また、2003年は降雨に恵まれ、穀物、特に小麦の収穫量が顕著に増加したと発表されており、畜産の増加も見込まれている。5月、統一新通貨の導入が成功裡に行われ、それ以降、為替と物価の安定が維持されている。このようにアフガニスタンの経済状況は改善しつつあると言えるが、基礎的インフラは未整備の部分が多く、国民一人当たりのGDPは最貧国レベルの約170ドルと推計されており、経済基盤は依然として脆弱である。また、麻薬生産量が増大しており、大きな問題となっている。
パキスタンと国境を接する南部・南東部・東部を中心としてタリバン等テロ勢力の活動が依然活発であり、最近では同地域を中心に国連関係者・外国人を狙った攻撃・誘拐が発生している。さらに、地方軍閥間の戦闘や麻薬関連犯罪も治安の不安定要因となっている。首都カブールの一般的な治安状況は国際治安支援部隊(ISAF)の活動により比較的安定して推移しているが、2004年1月27日、28日には、カブールにおいてISAFに対する連続自爆テロ事件が起こる等、依然として大規模テロ事件や騒擾事件が発生する危険性は残っている。
このような情勢の中で、アフガニスタン国内において、米軍等による「不朽の自由」作戦の一環として、テロ撲滅のための掃討作戦が実施されている。これと併行して、アフガニスタン政府の治安維持能力を再構築するため、G8が主導する形で国軍創設、DDR(元兵士の武装解除・動員解除・社会復帰事業)、警察再建、麻薬対策、司法の各治安分野における改革が実施されている。8月にISAFの総指揮権がNATOに引き継がれ、また、地方の治安情勢の不安定化により、ISAFの地方展開の必要性を主張する声が高まったため、10月に国連安保理会合において、ISAFのカブール以外への任務拡大を承認する決議1510が採択された。
また、インド洋上では、米英軍等の艦船により、テロリストや武器等の関連物資の海上移動を阻止し、テロの脅威の拡散を防止することを目的とした海上阻止活動が引き続き行われている。この活動を通じ、テロの資金源となっていると見られる大量の麻薬が押収されるなど、「テロとの闘い」には一定の成果が見られている。
<
日本の取組>
日本は2002年1月の東京会議において、今後2年半で5億ドルまでの復興支援を行う旨表明し、2004年3月1日時点で、総額約4億7,700万ドルの支援を実施・決定している。これに加えて、帰還難民や国内避難民に対する医療や食糧の提供など約1億2,800万ドルの人道支援を2001年10月以降実施している。
支援の方針としては、移行政権を中心とした国家統一が促進され、アフガニスタンに平和が定着するよう和平プロセス、治安、人道・復興分野を軸とした支援を行ってきている(「平和の定着」構想)。具体的には、和平プロセス支援としてメディア支援や行政経費支援等、治安分野の支援としてDDRや地雷対策等、さらに地域総合開発支援「緒方イニシアティブ」、幹線道路整備等に重点を置いて実施してきており、現地でも高く評価されている。
アフガニスタンの治安分野改革において、日本は軍閥兵士のDDRを主導的に支援してきており、10月末にはDDRに関する大統領令が公布され、クンドゥズなどにおいてDDRの試行段階(パイロット・フェーズ)が実施された。
また、日米間で協力し取り組んできたカブール・カンダハル間の幹線道路整備計画は、第一期工事(簡易舗装)を終え、12月16日に全線が開通した。
7月には、緒方アフガニスタン支援総理大臣特別代表がアフガニスタンを訪問し、同国の和平と復興の問題や日本の支援等につきカルザイ大統領等と意見交換を行った。また、11月には、田中外務大臣政務官が、小泉総理大臣からカルザイ大統領宛の親書を携えアフガニスタンを訪問し、カルザイ大統領、ブラヒミ国連事務総長特別代表等と会談したほか、日本の経済協力案件等の現地視察を行い、また、日本人のNGO・国際機関職員らと意見交換を行った。さらに、同政務官より、同月に発生した日本のNGOの事業現場銃撃事件に関し、再発防止策の徹底をアフガニスタン及び米国に申し入れた。
日本は、テロ対策特別措置法に基づく協力支援活動として、海上自衛隊艦船をインド洋に派遣し、海上阻止活動に従事する艦船に燃料を提供してきているほか、物資の航空機による空輸等の実施や、被災民救援活動として、国連機関の要請によりテント等の海上輸送を実施してきている。