水!生命の源
~世界水フォーラムと水問題の現状と課題~
国際社会協力部 側嶋秀展 地球環境課長に聞く
収録:平成15年5月30日
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筑波大学国際総合学類 伊藤 裕太さん |
水は人間の生活と密接に関わっています。水は必要不可欠なものであり、水の確保は死活的問題です。国際政治の上でも水問題は大きく取り上げられ、先進国と開発途上国は今まさに水問題に対し連携して取り組むときにきています。水に関する様々な問題を解決するために、日本、そして個々人の責任は大きいものがあります。今回は深刻な水問題について側嶋地球環境課長にお伺いしました。(伊藤)
水問題に対する関心の高まり
伊藤:水問題と言いましても、島国であり、水の豊かな国といわれる日本に住む日本人にはなかなかイメージをすることが難しいのですが、今なぜ「水」なのでしょうか。水問題の現状についてお話いただきたいと思います。
側嶋:水は日々我々が飲んだり、あるいは使ったりしていて空気と同じように、あまり「ある」ということを感じていないのですけど、いざ、なくなってしまうとこれは大変なことですよね。日本にいるとあまりありがたみを感じていないのかもしれませんが、例えば世界の5人に1人の約12億人が安全な飲料水を得られていないですとか、5人に2人の約24億人が下水道などの基本的な衛生施設が整っていない状況下にあるという現実があります。また1日に約6000人の子供達が安全ではない水を飲んだりすることによって、水に関係する病気で命を落としています。
もう一つ、水は有限な資源であり、地球上の97.5%は海水で、残りの2.5%が淡水ですけども、人々が直接使える水はそのうちのわずかです。水の無駄使いをしてしまうと水が枯渇してしまう恐れがあります。従って、改めて水の大切さを認識する必要があると思います。
伊藤:何気なく飲んだり使用したりしている水ですが、そのような問題があることを、我々は理解する必要がありますね。
水問題が取り上げられたきっかけは、1970年代以降の国際社会における環境問題に対する関心の高まりとされていますが、それからの経緯をお聞かせください。
側嶋:1972年のストックホルムでの国連人間環境会議において、環境問題に取り組むことが大事であるという認識が示されました。環境が、平和と安全保障、経済社会開発と並ぶ大事な柱だということが認識されたのです。同会議では国連環境計画(UNEP)が設立されました。国連組織の中に、環境問題を扱う機関ができたのです。その後、日本の提案を受けて設置されたブルントラント委員会(環境と開発に関する世界委員会)における検討の中から「持続可能な開発」という概念が提案され、定着してきました。そして、一つの大きな節目は1992年のリオでの地球サミット、国連環境開発会議です。そこではアジェンダ21が採択されました。水の質と供給を確保することが大事だという認識のもと、その中の一つの章(第18章)が水問題に当てられたのです。
そのような水問題の重要性の高まりを受け、世界水会議(World Water Council)が発足しました。世界水会議と主催国が中心となって、1997年に第一回世界水フォーラムがモロッコのマラケシュで、2000年に第二回世界水フォーラムがオランダのハーグで開催されました。
伊藤:そのような流れを受けて、先般、京都・滋賀・大阪で開催されたのが第三回世界水フォーラムなのですね。第三回世界水フォーラムには、182の国・地域から私自身も含め24,000人以上が参加し、当初の予想を大幅に上回る参加者により大盛況のうちに行われたと思います。一方で、同フォーラムは議論のための議論から具体的な行動を始めることが求められました。その成果は何だったのでしょうか。
側嶋:閣僚会議と世界水フォーラムに分けて、各々の成果をお話したいと思います。まず、閣僚会議ですが、三つの成果があります。第一に、閣僚宣言が採択されたことです。水問題が重要であるという認識のもと世界各国、国際機関が努力をして取り組むことを宣言しました。
この閣僚宣言において特に注目していただきたいのは次の2つです。第一の特色は、冒頭で安全な飲料水、基本的な衛生施設がない人々が多くいるということを申しましたけれど、2000年のミレニアム開発目標と昨年の持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)での合意に基づいて、2015年までにそれらの割合を半減させるという、国際社会において最も関心が高い懸案に対し、真剣に取り組んでいくという強い決意を示したことです。この問題は、人口増加の問題とも密接に関わっています。即ち、人口増加の分、水にアクセスすることができる人々をさらに増やさなければなりません。閣僚宣言のパラグラフ16で、これらの目標を改めて確認し、着実に実施していくという努力の増加を謳っています。また、これにどのように取り組んでいくのかについては、例えばパラグラフ5や6に挙げられています。
第二の特色はパラグラフ3で、「水管理においては…家庭および近隣コミュニティーに根ざしたアプローチに一層強い焦点を当てて、良いガバナンスを確保すべきである」という指摘です。これは、自分達にとって最も身近なところからの取り組みを強化しなければいけないという認識です。実は、近隣コミュニティーとは英語の原文のneighborhood communityの訳ですが、名詞を二つつなげた新しい言葉です。こういう言葉が各国、国際機関に受け入れられたということは、私達が重視した最も身近なところからの取り組みの重要性についての認識が共有されたということが言えると思います。このことは、草の根レベルからのガバナンスの強化と言い換えることができます。
伊藤:なるほど。閣僚宣言で参加閣僚の強い政治的意思が表明されたということがいえると思います。第二、第三の閣僚会議の成果をお聞かせください。
側嶋:閣僚会議の第二の成果は水行動集、“Portfolio of Water Actions”です。これは扇国土交通大臣が2日間の閣僚会議の初日に発表しました。行動が大事だということで自主的に36カ国、16国際機関が水分野での合計422の行動計画を持ち寄りました。そのような具体的な行動が集まったことが大きな成果です。
第三に、その行動を計画倒れにしないよう、各国・機関の計画の実施を図っていくために、フォローアップの仕組みとしてウェッブ上にネットワークを作るということに合意したことです。閣僚宣言のパラグラフ9がそれです。これは現在、国土交通省水資源部のホームページにおいて水行動集の内容が公表され、外務省のホームページにもリンクをはっています。
この422件を掲示しているサイトに掲示板を作り、各国及び国際機関がそれぞれの行動計画の実施状況について、情報を追加していくことができるという仕組みにして、このネットワークを暫定的に立ち上げています。これにより、計画が着実に実施されていくことについて確認できるようになったのです。ゆくゆくは水の問題を扱っている関連の国際機関にこのネットワークそのものを委譲したいと考えていますが、それまでは当面、日本政府が責任をもってネットワークを管理していきます。
伊藤:では、世界水フォーラム全体の成果は何だったのでしょうか。
側嶋:フォーラム全体では351の分科会があり、それらから閣僚会議に対していろいろなインプットがありました。橋本龍太郎第三回世界水フォーラム運営委員会会長が閣僚会議に対して、フォーラムでどのような検討、議論がなされたかについて報告を行いました。また、33のテーマと5つの地域についての報告と提言が閣僚会議に寄せられました。さらに、フォーラム参加者と閣僚会議の出席者との間で、ダイアログ(対話)が開催され、閣僚会議とフォーラムの間の連携を図りました。フォーラムでの351もの分科会の成果を踏まえ、閣僚宣言をまとめることに成功したことが、大きな成果だと言えると思います。
閣僚会議の成果とフォーラム全体での成果が相まって、今後、国際的な水問題に対する取り組みの強化につながっていくことを期待しています。
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右:筑波大学国際総合学類 伊藤裕太さん
左:国際社会協力部 側嶋秀展 地球環境課長 |
水問題における日本の貢献
伊藤:ところで、水は人間が生きていくためには必要不可欠なものであり、必要なところにいかに迅速に資金援助や技術援助を行うか、ということにかかっているのではないかと思うのですが、どのようにしてそれを実施していくのでしょうか。第三回世界水フォーラムの開催国として、日本には大きな責任があると感じるのですが。
側嶋:すでに、日本は水分野において大きな額の援助をし、援助国の中では最大の貢献をしてきています。例えば、飲料水と衛生の分野に対して最近3年間の平均で年間約10億ドルの援助を行っています。これは先進諸国の水分野に対する援助である約30億ドルのうちの3分の1を占めています。そして、当然、引き続き日本は第三回世界水フォーラム、閣僚会議の主催国として水問題解決に向けて努力していきます。
伊藤:大変心強いです。橋本龍太郎運営委員会会長がおっしゃられていたのですが、途上国に対する援助や蓄積された技術の提供ということが大事になってくるのではないかと思います。
日本の水問題に対する援助のお話ですが、日本は3月23日の閣僚会議の終了後に藤崎外務審議官が日本のODAによる水分野協力の取り組みとして、ガバナンスの強化、キャパシティ・ビルディング、資金を軸とした『日本水協力イニシアティブ』を発表されました。そのことについてお聞かせください。
側嶋:『日本水協力イニシアティブ』では日本が水分野での協力をしっかり行っていくということを表明しました。そこでは、新たに3つのことを打ち出しました。第一に、無償資金協力について、『水資源無償資金協力』という制度を新設し、平成15年度予算において160億円計上しました。第二に、途上国の都市部を中心とした水分野における大規模な資金ニーズ、すなわち、上水道や下水処理施設などの整備の必要性に対応するために、最も譲許的な条件での円借款の供与を行うこととしました。第三に、キャパシティ・ビルディングへの支援として、途上国の上水道、下水道分野における計画策定、運営及び維持管理の能力向上を目的とし、本年度以降5年間で約1000人の人材育成を行うこととしました。
これらは日本の取り組みです。同じようにG8のほとんどの国からも、水分野での貢献策が、先程ご紹介した水行動集に対して提出されており、水問題に対する取り組みが示されています。
国際政治上の水
伊藤:G8のお話が出ましたが、昨年のWSSD、第三回世界水フォーラム、そして6月のG8と、国際的にも水問題の比重が高まっていると感じます。
そのような中で日米間でも水協力イニシアティブ『きれいな水を人々へ』があり、その進展と成果が3月に発表されました。しかし、一方で米国の京都議定書への不参加表明などの問題があり、水問題を含めた地球環境問題に、いかに米国を取り込んでいくのでしょうか。
側嶋:おっしゃるとおり、WSSDの際に川口外務大臣とパウエル国務長官の間で『きれいな水を人々へ』という日米イニシアティブが発表されました。その後、実務レベルでの協議が積み重ねられ、両国が連携しながら具体的な水問題についての協力を着実に展開しています。
また、4月末から5月初旬にかけて国連で持続可能な開発委員会(CSD)が開催されました。私も参加したのですが、そこでは、米国とも連携しながら、WSSDのフォローアップについて議論しました。CSDでは今後2年間を一つのサイクルとしてWSSDのフォローアップを進めていくこととなったのですが、来年から始まる最初のサイクルでは水問題を中心的に扱うことが合意されました。日米両国は水問題を重視しているという点で一致しています。
しかし、おっしゃられたように、京都議定書については日米間で立場が違います。米国の現政権は京都議定書を締結しないと表明していますが、我々は引き続き京都議定書に対する参加を求めていきたいと考えています。また、米国や開発途上国すべてが参加できる共通のルール作りが大事です。そのようなことも念頭に置きながら気候変動について議論し、米国に働きかけていきたいと思っています。
伊藤:そうですね。米国の現政権は環境問題に対する取り組みがあまり積極的ではないと言われていますが、水問題を重視する米国に、ぜひ京都議定書の締結を望みたいと思います。
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水と平和
伊藤:水と平和についてお伺いしたいと思います。既に1995年の時点でセラゲルディン元世界銀行副総裁は、水の獲得をめぐる紛争が石油争奪戦にかわって発生する可能性が高いということを指摘されていました。現在、水紛争は世界で30あるといわれていますが、日本としてその解決に向けて関わっていくことはあるのでしょうか。
側嶋:難しい問題です。日本は周りを海で囲まれていますから、国際河川はありません。従って日本が直接当事国となる淡水資源をめぐる国際紛争は想定されません。他方、海の問題については海洋法条約があり、条約に従って問題の解決が図られます。
例えば中東地域などでは、国際河川、あるいは国際的な湖などで水そのものをめぐる問題、または、そこに埋蔵されている資源をめぐる問題が生じている場合があります。カスピ海には石油や天然ガスが埋蔵されていますが、それをめぐる交渉が決着していないという状況にあります。そのような問題に対して、日本は国際的なルール作りの面でリーダシップを執ることができると思います。また、ルールへの参加を呼びかける、条約の実施を各国に呼びかけるということも一つの方法です。国際的な協力を進める条約の締結の促進というのが日本のできる貢献だと思います。
伊藤:先般の世界水フォーラムには『水と平和』という分科会がありました。水と平和について真剣に議論がされているまさにその最中に、イラク戦争が始まってしまったのですが、ある分科会の司会者がこれは非常に皮肉だとおっしゃっていました。
そのような中で、藤崎議長は閣僚会議の際にイラクの水施設の再建の必要性について述べられました。日本の取り組みについて教えてください。
側嶋:イラクに対する日本の支援は迅速に進んでいます。合計7800万ドルの国際機関経由の支援が決定しています。その中で、例えば、詳細はまだ検討中ですが、水供給、下水および衛生分野におけるプロジェクトを実施する予定です。また、NGO経由の支援として、ウンム・カスル市の互助組織に対する草の根・人間の安全保障無償資金協力として9万ドルの支援を決めました。この支援の中には飲料水タンクや医療キットの供与が含まれています。イラクに対しては既に人道的支援を決定しているのです。
伊藤:それが先程おっしゃられていた、neighborhood communityという、人に根ざした身近なところからの取り組みになると思うのですが、そのような観点からの支援ですね。
側嶋:そうですね。現地で活動しているNGO、あるいは既に協力の計画・準備をしている国際機関を通じて支援をすることが、足の速い協力になるということで、まさに、身近なところからということに通じると思います。
水問題と今後の外交政策
伊藤:日本が第三回世界水フォーラムのホスト国となったことや、第三回アフリカ開発会議(TICAD III)を日本で9月に開催することは、水問題や地球環境問題に対して、日本が積極的にイニシアティブをとって行動をしていくという意志の表れではないかと感じるのですが、日本の今後の水問題や地球環境問題に対する外交政策、また国益とはどのようなものなのでしょうか。
側嶋:日本にとっては国際社会と共存していくことが不可欠です。一方で、日本自身の水問題もあるかと思います。例えば、最近、井戸から砒素が検出されたという事例もあり、日本自身が対応しなければならないこともあるかと思います。
また、先程来申していますように、世界には多くの人々が不自由な状況に苦しんでいます。国際社会として、水問題、地球環境問題はしっかりと取り組んでいくべき重要な課題です。国際社会の一員として、国際社会全体のために貢献することは大事です。日本国憲法に、『国際社会において、名誉ある地位を占めたい』とありますけれども、深刻な水問題を自分のこととして受け止め、日本が途上国等と一緒になって考えて、行動していくことが大事だと思います。また、冒頭にも申しましたが、日本ではそれほど切迫感はありませんけれども、水資源は有限であるという認識に立てば、効率的なかたちで人々に水を供給することができるように努力していかなければなりません。地球環境保護の一環として、水資源を保護していくことは、ひいては日本の国益にもなるということだと思います。
伊藤:本日はどうもありがとうございました。
【インタビューを終えて】
「日本は水問題、地球環境問題に対して積極的に関わっていくのですか」、という質問に、「そうです」と力強く答えてくださった側嶋課長。水は有限である、との認識からその重要性を身にしみて感じている外交官の言葉に、改めて水問題について身近なところからの取り組みが大事であると感じました。(伊藤)
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