「NGOと日本外交~民間外交の一翼を担う市民団体~」
五月女光弘 NGO担当特命全権大使に聞く
収録:平成15年1月29日
近年、国際社会に於いてNGOのプレゼンスが高まりを見せている。しかし日本国内に於いてNGOは未だ漠然とした概念に過ぎず、国民全体がNGOの活動に十分な理解を示しているとは言い難い。しかしNGOが主要なアクターとして民間外交の一翼を担うためには、その前提として個々の国民がNGOと深い理解を共有する土壌が不可欠である。こうした問題意識を胸に秘め、初代NGO担当大使に就任された五月女氏に話を伺った。(篠崎)
篠崎:まず、NGOの定義について伺えますか。
五月女:NGOは、非常に幅広い分野の団体を指します。その中には同窓会的なもの、地域の人達のために活動しているもの、途上国で活躍しているものまで色々とありますが、出会った団体によってそのイメージが変わってしまいます。100のNGOがあれば100の違った活動があるわけです。
私は、外務省が関係するNGOのタイプは大きく分けて3つあると思っています。1つが途上国で草の根レベルの支援を行っている「開発援助型」NGO。2つめは政府や自治体、国際機関に対してこうすべきだと提言する「提言型」NGO。そして、例えば留学生を支援するなどして親睦を深め、日本について良い印象を抱いて貰うという民間外交官的な役割を推進する「国際交流推進型」NGO。外務省が関わらないものでは、例えば介護のサービスや点字・手話を学んで還元するNGOがあります。厚生労働省といった他省庁が関係している団体ですね。
日本で継続的にそのような活動を行っている組織の数は、大雑把に見て10万程度でしょう。その中で外務省が関係する団体は、せいぜい3,000から3,500ぐらいです。その中で開発援助型となると300から350。数年前にNPO法という法律が成立しました。これに基づき登録されているNPO法人は8,700ぐらいでしょうか。しかしその中でも税制上の優遇措置を与えられている認定法人は9団体しかありません。
一方、アメリカにはそうした団体は140万ほどあります。税制上の優遇措置を与えられている団体も87万と、全体の60%を占めます。日本は0.1%です。それだけアメリカは寄付が集まり易く、活動し易い、NGO先進国ということです。日本はまだまだ追い付いていません。
世界的にもNGO活動の重要性についての認識は高まっています。国民の意識が高まって、政府だけでなく一般の民間の人達もサポートする組織にならないとNGOは育ちません。日本でも、よりNGO活動をし易くする下地を作ることが必要でしょう。NGO活動というのは単独ではとても出来るものではありません。政府の力、地方自治体の力、民間企業の貢献、そしてメディアの人達の支援。この4者が一体となって支援することが必要です。
篠崎:五月女大使は初代NGO担当大使に就任されましたが、同大使の目的は何でしょうか?
五月女:初代NGO大使になる前、私はアフリカのザンビア、マラウィという国の大使だったわけですが、そこで日本のNGOの方々や青年海外協力隊の活躍を拝見しました。実はマラウィはアフリカ大陸で1番の協力隊派遣国、2番目がザンビアなのです。
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篠崎:マラウィやザンビアに派遣が多いのはどうしてですか?
五月女:まず一つは、政治的に安定していたということでしょう。南部アフリカは紛争で危険な状態にあり、ボランティアの人達が活動しにくい現場でした。しかしザンビアとマラウィは比較的安定しており、日本人の活動を受け入れ易かったのです。気候的にも決して暑いところではなく、また、先駆者がその地で良い仕事をしたためそれに続く人も多くいました。
それで、なぜNGO担当大使になったのかというと、私が東京にいた時、スウェーデンのNGO担当大使が訪れてきたのがきっかけです。北欧諸国は、途上国支援を行う際にNGOと協力することが非常に多く、その中で政府とNGOの架け橋となる人として任命された世界で第1号の大使だと思いますが、その人の話を聞いて、ゆくゆくは日本にもこうした大使が欲しいな、と。
世界的に、政府がNGOと連携する場面は増えています。日本も、ODA自体は伸び悩んでいますが、NGOと一緒に行う事業の予算は増えています。より良い事業を行うにはNGOと政府の架け橋となって一緒に活動できる場と、それを執行する人間が必要です。しかしながら、これまでの制度は縦割りでした。つまり、外務省の中で、開発援助型NGOとの関係は経済協力局に、提言型NGOとの関係は国際社会協力部の関係部局に、国際交流型NGOとの関係は外務報道官組織の国内広報課にそれぞれ分かれていたわけです。そこで、全体として外務省とNGOとの関わりを見るNGO担当大使が設置されたのです。
私は以前に、経済協力局でNGO関連の仕事をする民間援助支援室の初代室長を務めており、またアフリカ大陸では日本のNGOの活動を見ました。そういう両面を知っているからということで初代大使に選ばれたのではないかと思います。
篠崎:最近、NGOのプレゼンスの増大を実感します。こうした背景と関連して、五月女大使はNGOの存在意義をどのようにお考えですか?
五月女:NGOの活動には政府より優れた部分があります。例えば、決定が迅速な点です。政府の場合は様々な手続きを経るためにどうしても時間がかかってしまう。一方、NGOの場合には資金面の問題があり、なかなか十分な活動が出来ません。政府は資金面では大きな規模を有しています。だから資金面で支援をするわけですね。この2つのプラスの面を合体すれば、オール・ジャパンとして国際社会で顔の見える貢献を更に進められるようになるのではないかと思います。
篠崎:アフガニスタン復興支援国際会議のNGOセッションでは、外務省とNGOとの対立が露呈しました。この事件を踏まえ、外務省にとって反省すべき点を挙げるとすると何ですか?
五月女:私も長い間、NGOと信頼関係を持って仕事をしてきましたから、残念なことです。
やはり相互の理解が足りない部分があったのだと思います。NGOの人達が目指す国際貢献の方策と政府が目指すものとが同じものではなかったのかも知れません。両方とも良かれと思って活動していたのは間違いないのですが、そのやり方についての意思の疎通がうまくいかなかったのでしょう。大枠では一致していたのですが、末端の決定の仕方で誤解が生じてしまった。それがきっかけで相手に対する不信感を抱いたのだとしたら、それは非常に残念です。目標は同じであったわけですから。やはりこういうことは是正し、NGOと外務省の間で更なる緊密な関係を築くべきだと思います。
そのためには「政府は何をどこまで出来るか」をNGOの方々も理解しなければなりませんね。例えば日本の予算制度は単年度制です。このことを理解しておかないと、例えば3年計画が「なぜ出来ないのか」ということになります。政府側も、NGOの方々がどんな意思をもってどんな分野で活動するかについて理解がなければ、やはり不安なわけです。お互いに理解し合えればスムーズに進みます。残念ながらそこがうまくいっていなかったわけですが、今は是正が進んでいると思います。
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篠崎:是正のための具体的な方針は何ですか?
五月女:例えば、NGOの活動を十分に理解するため、外務省の職員をインターンとしてNGOの現場に派遣するプロジェクトが始まり、もう50人近くが参加しました。参加者からは、NGOの重要性について理解したという声が非常に多くあります。また、出向という形で、数ヶ月、或いは1年に渡ってNGOの活動そのものを学んでくることも始まっています。更にNGOの人達が外務省や在外公館の活動を理解するために、専門調査員制度を設け、大使館員として活躍して貰っている例もあります。他にも海外の有力なNGOの本部に日本のNGOの人を派遣して、むこうで研修してもらう、一種の留学制度も始まっています。
ここ1、2年でこうした改革は相当進みました。構想自体は5、6年前からのものです。それが去年あたりから加速度的に実ってきたわけです。
篠崎:逆に、既存のNGOに対して改善を促したい点は存在しますか?
五月女:日本の場合、NGOそのものの問題ではないですが、基本的に規模が小さいということがあります。それから資金力が小さい。そのため専門性を持った人間がなかなか集まりにくい。これは団体の責任ではなく社会的な問題ですが、他の欧米諸国ではNGOの人達が安心して働ける環境が作られています。例えば有給スタッフです。安心して活動し、かつ生活できる手当があるため、修士・博士号を取った人達がそこで専門的な活動を行い、NGOが育っていくわけです。しかし日本の場合、有給スタッフが本当に少なく、金額も少ないため、安心して活動に打ち込める状況にありません。
継続は力なりといって、継続すれば経験と技術も身に付くわけですが、財政的な基盤が弱いとなかなか十分な活動が出来ません。民間からのサポート、個人からの寄付と企業からの寄付が十分に行われないとNGO自体が育ちません。政府としてはNGOを育てる手は打っていますが、やはり日本人のNGO活動に対する理解がまだまだ浸透していないと思います。欧米並みに、NGOという活動が社会から認知された「職場」にならないとダメだと思います。ボランティアで入ったとしても、そこで継続的に活動する人に対しては、社会がそれに報いてあげる必要があると思います。情熱だけでは絶対に出来ません。国民の意識をもっと高めるということと、人材を育成して専門性を高める必要があるでしょう。
篠崎:日本のNGOを特徴付けると、どういう点になりますか?
五月女:難しい問題ですが、規模が小さいため、「小回りが利く」ということはあります。また、「日本ならではの」というのがありますね。日本人のノウハウを活かしたもの。例えば感染症を防ぐための技術や井戸を掘る技術です。要するに日本の伝統的な技術を活かした支援、医療技術を活かしたもの、それから通信技術等が挙げられます。海外のNGOには地雷の除去や内戦の終結など、かなり国際的かつ大掛かりな活動に参加しているNGOがあるわけですが、日本の場合はどちらかというと草の根レベルですね。生活に密着した分野に日本は強いわけです。
NGOには「結果重視型」NGOと「理念型」NGOがあります。日本のNGOは、政府の支援を受けないことを重視する理念型NGOから始まりましたが、欧米のNGOは違います。どんな形であれ結果を残すことに意味があると彼らは考える。理念型だとどうしても活動が小さくなってしまう。欧米の発想からすると、やはり結果を出してこそのNGO活動だ、と。
無論、提言型NGOは理念重視型ですよね。それはそれで成り立つわけです。こういうのは政府との繋がりが薄い方が良いわけです。でもフィールドを持って活躍するNGOは政府の資金も活用しなくてはなりません。理念型から始まっても、やがて結果重視型になります。アメリカのNGOは結果重視型ですが、日本のNGOは理念重視型から始まってきて、徐々に結果重視型に近付いてきている。どちらが良いというものではなく、何を目的とするかだと思います。
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篠崎:日本のNGOは実力に乏しく、そのため日本のNGO活動は「顔が見えない」としばしば指摘されます。NGOの「実力育成」という観点から、外務省が果たすべき役割は何でしょうか?
五月女:たくさんありますね。そもそも日本は寄付が一般化している社会ではありません。でも欧米諸国は寄付をすることが当たり前になっています。欧米には国家よりも先にコミュニティがありました。彼らは相互扶助を目的に、キリスト教会を中心としたコミュニティを形成し、お互いに助け合う土壌を作ったわけです。それが後に州になって、国になった。だから国を頼るという発想がそもそもなかったわけです。でも日本という国は、中央集権的な国家というのがしっかりとあって、税金というものを取られます。また、アメリカには寄付に際して税金の優遇措置があるわけです。日本の場合と根本的に違うのはそこですね。日本の場合、まずは国民全体から税金という形で吸い上げて、それを政府が分配します。国民は税金として取られるために文句を言えません。でもアメリカの場合、寄付をする際は自分の意志が入ります。自分のお金が直接そこに行くわけです。
良い成果を挙げられるNGOになるためには、国の支援額を増やす他に、民間からの寄付が集まりやすい制度にしなくてはなりません。そのためには色々な改革が必要です。アメリカの場合、自分の収入の約1.5%程度を寄付することが一般的です。またODAの30%近くはNGOを通して行われています。ところが日本の場合、1%に満たないのです。
このように、アメリカと日本では、社会的なシステム、歴史的背景、全て違うわけです。色々な国の例を参考にして、どうしたら良い結果を残せるかを考えなくてはなりません。外務省の支援も改善されてきました。例えばNGOの海外留学制度です。他にも、特定のプロジェクトについては必要な人件費を支出する制度、緊急事態に関係する事業については事前にお金を支出しておいてすぐに活動して貰う制度などがあります。
お金の流れがある場合、必ず「透明性」が必要です。それを執行し得る能力が必要です。そうなると会計のテクニックが必要になりますね。他にも、例えば入国管理の知識、輸出入の関税の知識、気象学についての専門性、テントを張ったり炊き出しを行う技術、それから通信技術も必要ですね。一つのNGO活動には色々な人材が必要で、そのためには研修が必要です。それを政府は応援しましょう、ということです。
篠崎:最後に、既にNGOで活動を行っている人達、或いは潜在的にNGOに携わりたい人達に対して、五月女大使のメッセージをお願いします。
五月女:「気楽にやろう」という意識で上手くいくとは思えません。NGO活動は片手間でやるものではありません。NGOには、コアの専門性を有した人達と、その周辺でサポートする純粋にボランティア的な人達がいます。ところが、NGO活動はこの後者だけだと考える人達が多くいます。実際には、専従で活動する人、自分の使える時間を提供する人、そして資金的に支える人と、色々な分野があります。専従で活動するなら相当な専門性と強い意志がないと出来ません。
私が言いたいのは、「NGOに参加したい人達だけではNGOは成り立たない」ということです。それをサポートする国民の意識が高まらないと、なかなか専従の活動が出来ません。NGO活動をするということはそう簡単にはいかないし、相当な意欲と専門性、そして各界からのサポートが必要なのです。
【インタビューを終えて】
海外のNGOとの比較を通じて、日本のNGOに固有の特徴というものを強く認識した。良くも悪くも日本のNGO活動は黎明期を迎えて間も無いのが現実だ。これを社会的に受け入れられる健全なものに育むか、或いは単なる一過性のブームに終えてしまうか。NGOに参加したい人達だけではNGOは成り立たない以上、それは国民一人一人の意識に委ねられているといっても過言ではない。今後、日本社会にNGOの土壌が育まれる様子を見届けると同時に、自分の価値観に共鳴するNGOに対しては「私個人が」積極的に関わり合っていきたい。そう実感した。(篠崎)
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