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猪口大使に対する軍縮インタビュー
「軍縮の現場から~議場外交に求められる人間像~」


猪口邦子 軍縮代大使に聞く

収録:平成14年12月26日

慶応義塾大学法学部4年 谷岡 亜希子さん
慶応義塾大学法学部4年
谷岡 亜希子さん

 皆さんは、軍縮といって何を思い浮かべますか?核兵器や条約の名前など思い浮かぶことは多いけれど、実際の現場の様子などをイメージするのは難しいのではないでしょうか。そこで、今回は、遠いようで私たちの平和な生活の大前提となっている軍縮がどのような努力によって成り立っているのか、私たちは自分たちの生活を守るために軍縮に対してどのように働きかければいいのかについて、民間(上智大学教授)から迎えられ、軍縮のスペシャリストとして国際社会で活躍なさっている猪口 邦子 軍縮代大使にお話を伺いたいと思います。(谷岡)


谷岡:まず初めに、猪口大使個人のことについてお聞きしたいと思います。国際的な女性の代表例のようにいわれている猪口大使は、学生時代どのように考え、何を目指して勉強なさっていたのでしょうか?

猪口:私は、やはり戦争と平和についての知識を探求したいと思っていました。戦争は古代から反復的に発生しているわけで、反復しているということはなにかしら一般的な傾向があるのではないか、研究を通してその傾向を見つけ出せば、それを防ぐことができるのではないか、と考えていました。私は、父親の赴任で幼年時代を海外で過ごしましたので、多くの人はその海外経験が今日の私の好奇心に影響しているのではないかと推測なさいますが、私自身は、高校時代の経験が原点だと思っています。高校時代すばらしい先生に出会い、色々な本を読み啓発されました。ある時、その先生は若い頃に戦争でご主人を亡くし、たった一人で子供を育て、女子教育のために生涯を捧げて生きているということを知りました。私はその先生が大好きだったので、大きな衝撃をうけ、なぜこのようなすばらしい人が重い運命を背負って生きることになったのか、ということから戦争について考えさせられました。このように、海外経験というよりは、戦争の影響を受けた人間存在と向き合って暮らした経験が私を戦争と平和というものに向けさせたと思います。また、研究の道を選んだのは、勉強が好きだったということのほかに、女性が職業を持つのが困難であった時代に学問の世界なら平等ではないかと考えたからです。国際政治学という学問に向かい合う過程で当然外交政策にも興味をもち、政策担当者に触れ合う機会を得て、私の学会で積み上げてきたことと、今の外務省が求めるものの一致を発見してくださる方がいらして、平和の根本である軍縮と言う分野で働かせていただけることになったわけです。

谷岡:国際社会で活躍する女性として、意識していることなどはありますか?

猪口:自分に与えられた責任を果たすということです。途上国では乳児死亡率が高く、女子であれば就学できる機会も少ない、ある程度の教育をうけても職業の機会が開かれていない場合も多くあります。私たちのような恵まれた環境は、世界の中で希なる幸運な確率で実現されたものですから、その可能性に出会わなかった方々の分もがんばる責任があると思います。私たちの様々な困難もそういう大きな困難から見たら非常に小さいことで、そのことで著しくめげたり、時間を浪費することは慎まなくてはならないと思っています。特に、軍縮という分野にいると、戦争で家族を亡くしたり、体の一部を失ったりなど過酷な状況を目にする機会も多く、そのことを強く痛感します。この責任感と、自分に与えられた環境と機会に対する感謝の気持ちが私を動かしているのだと思います。

谷岡:私も含めて、軍縮・不拡散などについて曖昧なイメージを持っている人は多いと思いますが、核軍縮に対して、日本はどのような立場で努力をしているのでしょうか?

猪口:日本は、唯一の被爆国ですから、核兵器の廃絶をめざしているというのが根本です。また、核兵器保有のオプションを廃したわけですから、外交政策を中心に一歩一歩積み重ねていきつつ核廃絶を目指すという立場で、国際社会の大局的な方向性を明らかにしつつ、具体的なステップを踏んでいくという形での努力を行っています。日本は国連総会でその具体的なステップを示す核廃絶決議案を提出して圧倒的多数の支持を得ています。多国間軍縮交渉としては、軍縮会議で交渉された核兵器不拡散条約や包括的核実験禁止条約(未発効)などがありますが、ジュネーブ軍縮会議(CD)の次の目標はカットオフ条約(兵器用核分裂性物質生産禁止条約)です。この条約交渉がなかなか開始できずに停滞していますが、この状況を早急に打破して、交渉を開始するのが私の大きな課題でもあります。
 法的拘束力はなくても政治的には有意義な国連会議において方向性を示す決議を圧倒的多数の支持で可決し、他方で法的拘束力のある核軍縮交渉を軍縮会議で一歩一歩すすめていくという方法の組合せが必要です。

猪口邦子 軍縮代大使
猪口邦子 軍縮代大使
谷岡:今おっしゃったジュネーブ軍縮会議(CD)について、各国の意見の対立から停滞しているということが指摘されていますが、この停滞の打開についてどのような努力がなされているのですか。

猪口:対立する場合、漠然と対立することはまずなく、具体的な問題があるわけですから、分析をしっかりするということが重要です。軍縮会議には65カ国が参加し、様々な利害対立が当然ながらあります。それらのうち絶対に譲れない問題の焦点を絞り、最後に残った本当の問題の解決を外交努力によって働きかけます。問題の本質をピンポイントで分析して、判明しても、軍縮会議の場だけでは打開できない部分も多く、その場合は各国本省に交渉の場を移します。大きな問題はキャピタル間と言いますが、本省同士で話合いを行ってもらいます。外交というのは、自分の力だけで解決できるものではなく、むしろ総力を挙げて解決していくものですから、問題を発見したら広く助けを求めて、現場の大使だけでなく、各国の本省レベルで協力を求めて状況を少しずつ打開していくことが大切だと思います。

谷岡:現実にもし自分が働いていたら、何かの問題に対して、まっぷたつに意見が対立している場合、協力を求めても半分は反対の立場を取っている人たちということになりますよね?そういう場合、総力を挙げて解決といっても非常に難しいような感じがします。

猪口:そうですね、実際非常に難しいことです。まず、先ほどいった「問題の本質をピンポイントで分析する」ということは、言うは易く実際は行っていないことが多いですね。それを行って、根本原因がわかれば、いろいろな方法があります。まず、対立していることが全員にとっていかに不合理かということを訴える方法があります。また、どちらかがどうしても譲らなければいけない状況だったら、譲った方の面子が絶対につぶれない方法を考えることが必要です。圧力によって道を譲らせるのではなく、「名誉ある退路」といいますが、自分で高見の立場から譲ってくれるという場をつくることが大切です。多国間軍縮交渉の場合、全会一致で運営されることが多いため、大国でも小国でも一国の反対がでれば交渉決裂なわけで、圧力をかけたからうまくいくという世界ではありません。やはり、全体をみて、自分の国益が守れるのであれば、自分から名誉ある退路を選んでくれるという形にもっていく方法をみんなで考えるわけです。根本的に重要なことは、国はみんな主権国家で平等という大前提がありますから、それを踏みにじったり、弱小国だからといって圧力をかけようとするとすぐ逆効果になります。

谷岡:今まで、そのような場面というのはいろいろ経験なさっていると思いますが、印象に残っているピンチというのはありますか?

猪口;そうですね。2002年11月15日に、生物兵器禁止条約の条約強化案が成立しました。これは、約150の加盟国が全会一致で合意して初めて成立するものだったのですが、2001年の会議は大決裂で中断したまま、2002年再開会合という形で開かれました。議長が提示した議長案に、大半の国は納得できるけれど、一部の非同盟諸国が賛成できなかったのです。議長案の修正を要求する国が出てきましたが、一度修正すると、西側諸国と非同盟諸国などいろいろな立場の微妙なバランスが崩れ、全体が混乱しかねないという状況で、議長案を守り抜くことが唯一の解決策でした。そこで、議長案を守り抜く気運を作り、修正を要求する国々と、「何が気に入らないのか、それは本当に譲れないことなのか」ということについてかなり根気強く非公式交渉を続け、最終的には奇跡的にも全会一致で可決することができました。最後は、議長案賛成派と反対派が日本大使公邸に一堂に会し、長時間交渉を行いました。一瞬でも気を抜けば、全員が席を立って帰ってしまうような場面もありますし、大使公邸では私がホストですから、きちんと建設的に協議してもらうため、事前に信頼関係を築き上げておくということに非常に気を使いました。外交も、国際関係も、最終的には人間関係です。機械的に何かが決まっていくということはなく、誠意を尽くせば少しずつ状況は開けていき、気がつくとかなりの部分が進んでいくという形です。今日のように、外交交渉がフットワークよく行える時代はなかったと思いますし、今は外交交渉で物事を解決するのが可能な時代なのです。20世紀は大きな物事はすべて戦場できまりましたが、21世紀は議場で決まると私は思います。「戦場から議場へ」という時代の転換があると思います。

インタビュー

谷岡:現代の議場外交に携わる人間として求められる努力は何でしょうか?

猪口:議場というのは、相手を信用できるかどうか、という人間同士の存在をかけた討議をするところですね。ですから、信頼してもらえる人間になるということが必要で、どういう立ち居振る舞いを選ぶことが必要か、どういうやり取りやポジショニングが必要か、ということを常に考えつつ行動しなければならないわけです。ジュネーブは議場都市で、時代の最先端が見えるところに立って仕事をしているという気がしますが、それだけに時代の一番厳しい部分も出ていて、ジュネーブで日本が求心性を帯びるためには、それは大変な努力が必要だということを感じています。私が生物兵器禁止条約の強化を成功させようと思ったのは着任してすぐで、2002年11月に再開会合が開かれるのはわかっていましたから、どうやって信用を勝ち取るかという長期戦略をずっと考えていました。西側諸国だけではなく、非同盟諸国からも信用を勝ち取る必要がありました。
 また、内容についての完全な把握が必要です。プロフェッショナルでなければいけないので、私は条約はできるだけ暗記するようにしています。条約や関連文書を覚えていれば立て板に水で交渉できるので非常に有利ですし、条約の文言は考え抜かれた国際法の文言でできていますので、それを覚えることによって議場での表現力を高めることができます。外交の場で働くには、影の努力は相当必要です。議場は知識集約的な場なわけですから、いい考え・新しいビジョンを提示できる国が求心力を高めるわけです。また、新しいビジョンは、もちろん内容も重要ですが、表現力がないと聞いてもらえませんから、たどたどしい英語では通用しません。ですから、私は今でも議場で新しい表現に出合えばすぐ書き留めて覚えますし、学生時代からずっと英語の表現力を高める努力を続けています。国を代表するわけですから、格調高い堂々とした英語でなければいけないわけです。

谷岡:今の学生に対して、国際社会で通用する人間になるためのアドバイスありますか?

猪口:多国間の場の特徴は、皆同じではないということですから、それぞれの違いを認められなければいけません。そのような訓練が自分の中でできているか、ということが重要です。日本はともすると等質なものを求める傾向がありますが、人はそもそも全員違うのであるということを受け入れ、どんなに違う人にも有意義な対応ができる能力と柔軟性を身につけることです。学生さんたちに対するアドバイスとしては、そういう訓練の機会を待つのではなく、今ある日常の中で、違う人々を探し、認めあうメンタリティーを身につける努力をすることが大事だと思います。
 もうひとつは、英語です。英語+他の言語ということはありますが、まずは英語ができなければ外交は難しいです。これは非常に努力が必要なことで、今実際に外交の場で働いている人は学生たちよりもずっと努力をしていると思います。常によりよいコミュニケーターとしての技術を身につける努力を怠らないということが大切です。また、HUMAN SKILLといって、同じことを言うにもより相手に受け入れられやすいような表現や接し方をする技術も大切です。それから、知識集約の時代ですから、知識において劣ってはいけないという意識をもって勉強し続けることが大切です。論理的に物事を組み立てられる能力を身につけることも必要です。論理的に組み立てることができれば、発音がブロークンでも、聞いてくれますが、論理的でなければ聞く耳を持ってもらえないでしょう。相互理解は、論理によってしかなされないとさえ思います。

谷岡:大変ですね…。

猪口:そうですか。慣れてしまえば普通のことです。それらのことを奨励する文化があればいいですね。日本は、口頭での自己表現を牽制する文化がありますが、実際、論理的な表現の巧みさというのは練習の量に比例します。練習する機会が多い人は、論理的な表現に長けるわけですから、小さいときから論理的な会話を奨励する文化があればいいと思います。

谷岡:ところで、近年、核抑止力で対抗する大型の国際紛争から、テロリスト集団のゲリラ戦や国内紛争などの小型武器が大きな意味をもつ紛争の形態に移ってきていると思いますが、通常兵器の規制について日本はどのような立場をとっているのですか?

猪口:軍縮の分野は、大きく分けて、大量破壊兵器と通常兵器に分けることができます。前者には核兵器のほか、生物兵器と化学兵器が入り、後者にはご指摘の小型武器や地雷などが含まれますが、小型兵器で亡くなる人は年間50万人を超えているというように、大量破壊兵器と同じくらいの殺傷力をもってしまっているというのが現状で、事実上の大量破壊兵器と言われています。まず対人地雷については、日本はオタワ条約の加盟国ですから、対人地雷は全面禁止の立場で実施しています。オタワ条約は、加盟国の数を増やすという普遍化の努力と、被害にあった国々の地雷除去および経済活動支援という努力を行っています。さらなる犠牲者を出さないためには、埋設地雷の除去をとにかく精力的に進めていくことが必要ですが、日本は、2002年9月、地雷除去等常設委員会の幹事国に選ばれました。2003年の9月には初めてアジア(バンコク)で締約国会議が開催されますが、その会議以降は、日本は地雷除去の分野で共同議長国になりますので、いよいよオタワ条約体制の根幹を担う立場となります。全力をあげて対人地雷の被害のない世界を築いていきたいと思っています。
 小型武器軍縮の分野では、2001年に、小型武器の非合法取引を禁止する行動計画が国連小型武器会議で採択されています。今は、この行動計画の実施を各国に呼びかけている段階で、2003年7月7日から11日まで、ニューヨークで「第一回国連小型武器中間会合」という行動計画実施に関する全加盟国による会合があり、私はその議長に内定しています。その国連会合に向けて、現在、世界各地に赴いて、小型武器軍縮の実施への調整を行っているところです。非合法に所持されていた小型武器を回収して破壊する事業などが世界各地で始まっています。

谷岡:今お話に出た行動計画を読んでみて、武器に刻印ナンバーをいれるなどの方法が挙げられていたのですが、削る・はがすなど簡単に逃げ道がつくれそうな印象を受けました。完全に取り締まるために、どのような努力がなされていますか?

猪口:そうですね。非合法取引は実態がつかみにくいため、禁止の方法も常に先鋭化させていかなければいけません。刻印ナンバーに関しては、特殊な処理によってしか見えない技術もあります。そして実際非合法に取引された武器が発見された場合は、その刻印を見て、製造した国家の責任を追及し、新たな取締りに役立てます。このような具体的な各種の努力の積み重ねが小型武器軍縮には必要なのです。

谷岡:私たち市民の生活にとって、軍縮は遠いようで非常に身近な課題です。軍縮・不拡散を浸透させていくために、私たちができることはどのようなことでしょうか。

アナン事務総長と
アナン事務総長と
猪口:まず、興味を持ってもらうということが第一です。民主主義の国家では、政治における優先順位は市民の関心の投影となります。興味を持って知ってもらい、意見があれば、フォーラムやシンポジウムに参加してもらう。また、メールや手紙をくださっても結構です。私は先日中学生からアナン事務総長に渡してほしいという手紙を託されまして、実際に渡してきました。事務総長は、今後の平和と軍縮をになうのは若い人達だといって、返事を書いてくれました。外交の場では、外交官が実際に交渉に当たるわけですが、国民の一致した高い関心を背景に交渉に臨んでいるというのであれば、その迫力が相手にも伝わります。ですので、より多くの方に興味を持っていただき、意見を発信していただきたいと思っています。

【インタビューを終えて】
「国際的な何か」になりたいと夢を抱いている人は私を含めて沢山いると思いますが、大使のお話を伺って、「自分のすべきこと・したいこと等を的確に把握し、常に努力を怠らない」ことの大切さと、その実践・継続がいかに大変であるか、ということを実感しました。今私たちに与えられた勉学・就業の機会に対する感謝と責任というものは、情熱を持ち続けていなければ忘れてしまいがちです。後に続く私たちの世代も先輩方の努力・情熱を絶やさず温め、越えられるよう、今日のお話を常に心に留めておきたいと思いました。(谷岡)



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