「現実から理想への虹の掛け橋-軍縮問題における日本外交の挑戦-」
総合外交政策局 軍備管理軍縮課 岡村善文課長に聞く
収録:平成14年11月28日
世界の歴史は戦争と紛争の歴史でした。冷戦後もさらに紛争が世界中で勃発しています。「現実」の世界では軍事力は一定の役割を持っています。しかし、誰もが戦争は悲劇を生み出すものだということを知っています。誰もが軍事力というものがない世界を望んでいると思います。この世界はひとつの人間がたどり着くべきひとつの「理想」として描かれます。「現実」を見なければ「理想」は腐ります。一方、「理想」がなければ「現実」は変わりません。この「現実」と「理想」の間には様々な障壁がたくさんあります。そこで、「理想」の世界に向けて、いかに「現実」を変えていけるのかという取り組みへの挑戦が「軍縮問題」であると考え、現場の外交官の方にインタビューをしてみました。(齋藤)
齋藤:最新の軍縮の状況についてお聞かせください。
岡村:核・化学・生物兵器という大量破壊兵器の問題と通常兵器の問題の2つがあります。これらについて、国際平和と安全に寄与する形で、軍備の縮小を追求することが、軍縮の課題です。
まず、核兵器について、我が国は核廃絶を目標としています。我が国自身は核兵器国ではありませんから、核兵器国に対してどのようにして核廃絶を求める努力を行うか、という問題です。現実の世界では核兵器が存在して、それが一定の安全保障上の役割を果たしているという事実があります。その中で、世の中が平和を維持した形で、核廃絶にむけて一歩一歩できるところから進めていくという姿勢が非常に重要です。
一つは、核廃絶について問題意識を高めていくことが重要です。毎年、核軍縮を議論する場として国連総会があります。軍縮のために設けられた第一委員会で、我が国は毎年「核軍縮決議案」を提出しています。今年も日本が提案した核軍縮決議案が、第一委員会に引き続き、11月22日、総会本会議において賛成156票、反対2票、棄権13票という圧倒的多数で採決されました。反対2票というのはインドと米国です。米国はこの決議案に対し、CTBT(包括的核実験禁止条約)の記述について反対の立場を取らざるえないという説明でしたが、それ以外の点では決議案に反対するものではないことを言明しております。更に賛成の中にイギリス、フランス、ロシアという3つの核兵器国が入っているということは注目されます。
もう一つは核実験禁止の問題です。96年、核実験の全面禁止を求めるCTBTが成立しました。ただ、普通の条約ならば多くの国が批准すれば発効するのですが、このCTBTは発効要件が非常に特殊であり、それは、「CTBTの中で核開発能力を持っている44ヶ国全て批准しなければCTBTは発効しない」ということです。故に現時点では発効していません。しかし、我々はこのCTBTを最重要視しています。核開発を進めないためには核実験をしないことが第一歩だからです。今年の9月14日には、川口外務大臣が率先して、オーストリアとオランダとの3カ国外相共催で「CTBTフレンズ外相会合」を実施し、各国に早期署名・批准を求める外相共同声明を発出しました。実際、96年のCTBTが成立する直前にフランスと中国が核実験をして以来、5つの核兵器国(米、英、仏、露、中)は一切核実験をしておらず、今後もこの方針(モラトリアム)を継続するこれからもしないと明言しています。それ以前に大変な数の核実験が行われたことを考えれば、それは隔世の感があります。5つの核保有国がこの核実験モラトリアムを守る限りもう核実験は行われないわけですから、事実上核実験禁止が実現していると考えられます。ところが98年にインドとパキスタンが核実験を行いました。日本はインド、パキスタンに対して大変強く抗議をし、経済措置も取りました。その後両国はこれ以上核実験をしないと言明しました。そのため、現在は、核実験の禁止は守られています。
生物兵器に関しては、11月11日からジュネーブで「生物兵器禁止条約運用検討会議」が開かれ、条約強化のための作業計画に全会一致で合意しました。
通常兵器の問題に関しても日本は積極的に取り組んでおり、重要なのは小型武器(ライフル、ロケット砲、手榴弾等)の問題です。バルカン半島やアフリカの例を見てもわかるように、小型武器が紛争の発生に寄与しているという側面があります。開発途上国自身、町や村に小型武器が氾濫している中ではとても平和な生活を営めないということから、小型武器をなくすため協力を求めています。我々は国連総会において小型武器決議案を提出し、今年も採択されました。今年の決議案によって、小型武器会議中間会合(「中間」とは2005年に大きな会合を開くための準備)を2003年7月にニューヨークで開催することが決定されました。更に注目すべきなのは、日本の猪口軍縮代表部大使がこの会議の議長に就任することです。
このようにして、大量破壊兵器と通常兵器の軍縮への取り組みが進んでいます。 |
齋藤:小型武器について、日本の警察など国内治安のためには必要という意見はどのようにお考えですか?
岡村:日本のみならず、開発途上国であっても軍や警察の合法な小型武器による治安維持が必要だというのは十分認められる議論だと考えております。ただ、我々が問題にしているのは、非合法に安く出回っている武器が一般市民の生活に入り込んでいるということです。非合法な小型武器が内乱や犯罪集団の道具になったり、民族対立や宗教対立というものをいきなり流血の対立にしてしまうということが問題なのです。
齋藤:様々な軍縮条約が存在しますが、条約を守らない国をチェックする仕組みや、守らせるための強制力・制裁措置等は整備されているのでしょうか?
岡村:それは軍縮を考える時にとても重要な問題です。一般的に国内法においては、法執行力、すなわち警察のように当局によって法が要求していることを実現させる力があります。しかし、国際法ではその法執行力はありません。従って、国際条約に参加している国がそこに示されている義務をきちんと履行すること、これを確保してゆくことは非常に重要です。軍縮の世界では、検証が非常に重視されています。検証というのは、各国が求められている禁止を守っているかどうかを国際機関を通じて調べること、一言でいえば「査察」です。核兵器については国際原子力機関(IAEA)が各国の査察を行っており、各国が自ら申告した原子力施設において核兵器の材料となるウランやプルトニウムという物質を核兵器用に流用していないかどうかを常にチェックするシステムを整えています。また、化学兵器の禁止条約では、一般の工場など化学兵器を作る能力を潜在的に有する施設に開発の疑いがある場合には、他の国の申し入れによって査察を行います。これはチャレンジ査察と呼ばれます。
CTBTにおいても、核実験をしないと約束しておいて、実はこっそり行う国がでてくるかもしれません。それを見破るため、全世界の337ヶ所に監視のための機関が設置されます。これは主に地震波の測定です。地震波以外にも空中に飛び出した放射性物質を捕捉したり、あるいは水中音波を測定したりしています。そうした情報が世界中からウィーンのCTBTの機関に送られ、そこでスーパー・コンピューターが一瞬にして解析することによって、地球のありとあらゆる振動がどこでどのように起こったか、その深さはどのくらいか、その爆発力がどのくらいということがたちどころに判定されます。条約自体は通常違反した場合の制裁の効力は備えていません。しかしながら、検証の結果重大な違反があった場合には国連安保理などに報告され、安保理が違反した国に対して共同行動をとるという制裁はありうる訳です。 |
齋藤:制裁についてですが、大国の利益に基づいて行われてしまうというケースはないのですか?
岡村:国際政治はパワーポリティックスの面もありますが、大量破壊兵器に関しては大国も小国もありません。昨年9月のテロ事件を見てもわかるように、大量破壊兵器というのは、不心得者が手にした時には、被害は大変なものになります。このような脅威に関しては各国が一致して取り組んでいかなければならないという世論がますます高まっています。「持てる国」と「持たざる国」のような問題は常にあるものの、このような脅威の前では大国も小国も皆で協力していかなければならないということです。
齋藤:大国と小国という枠組みが消えて、「よい国」と「悪い国」という区別のされかたがされるようになりました。イラクは「軍事問題は国家の自主権の問題であり、何故他国が査察しなければならないのか」と査察室に反論しています。米国がよい国でイラクが悪い国だということの基準はなんなのでしょう?さらに、米国がイラクに制裁できる根拠はなんですか?
岡村:ブッシュ大統領は、イラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸国」と表現しました。乱暴な言い方に思えるでしょうが、ブッシュ大統領が言いたいことは以下のようなことだと考えます。先程も説明しましたように、大量破壊兵器は文明世界全体に対する脅威であります。ある国内において、全く報道の自由がないとか、恒常的に独裁者が権力を握っているというのは危険な状況です。その国民ひとりひとりは皆善人だったとしても唯一その独裁者が荒っぽい考え方を持っているが故に、民主的なチェックがまったく入らないまま大量破壊兵器の使用に踏み切ってしまう危険性があります。そうした体制の国が大量破壊兵器を持つ可能性があること自体が危険だということをブッシュ大統領は言いたいのだと思います。気に入らない国だから「ならず者」と呼んでいるわけではありません。各国は、国際社会に疑いを持たれないようにしなければならないし、疑いを持たれるようであれば、積極的に検証を受け入れて、そのような疑いは杞憂であるということを積極的に証明しなければならない。北朝鮮やイラクは検証を受け入れるべきでしょう。
齋藤:インド、パキスタン、リビアなどの国はどうして「ならず者」と呼ばれないのですか?
岡村:インド、パキスタンは独裁国家ではありません。国内において反対政党もあり、政治的決定における公開性や透明性などがある程度確立しています。もちろん大量破壊兵器の所有は非常に問題であると思うし、インド、パキスタンはNPT(核兵器不拡散条約)の枠外でNPTを不安定にすることをした訳で、それは非常に遺憾なことです。しかしながら、両国が民主的なプロセスを有し、外交の中で色々な紛争を解決する努力を行っていくという姿勢である限り、先程挙げた国々よりははるかに安心していられるということが言えます。リビアが独裁国家であるかどうかは私も判断しかねますが、リビアには大量破壊兵器を不当に保有しようと試みているいう明白な疑いはありません。
齋藤:ではイラン、イラク、北朝鮮の3カ国については明白な疑いが実証されているのですか?
岡村:イランについては私も承知しないのですが、イラク、北朝鮮については疑いがあります。 |
齋藤:NPTと北朝鮮の核開発の問題ですが、米国は何千発という核弾頭を持っています。一方、北朝鮮は1発や2発だと思います。その上で、北朝鮮は核開発を自主権の問題と捉えています。どうして北朝鮮は核開発をしてはいけないのでしょうか?
岡村:これは「約束」ということでしょうね。米国は戦略ミサイルだけで6000発を保有しています。1970年にNPTが発効する以前は、核兵器を持つことは違法ではありませんでした。NPT発効以後、核軍縮・不拡散はこの条約を中心に進められてきました。この条約のもとでは、5カ国以外の国が核保有国になるということは国際社会全体の不安定要因になるので、核兵器を持たないと「約束」をしました。これがNPTです。北朝鮮はNPT締約国である以上、この「約束」を守らなければなりません。5カ国だけがよくて他の国がいけないというのは確かに不平等です。最終的には全ての国が核兵器を放棄することが望まれます。5カ国も、軍縮のための交渉を行う義務があり、原子力の平和利用では積極的に協力するなどといった責任があります。
齋藤:その義務、責任はどの程度遵守されているのですか?
岡村:最近、米国、ロシアの2カ国において削減が進んでいます。多い時には両国とも1万2000発ずつ戦略核弾頭を保有していたわけですが、両国間において戦略核兵器削減条約(START1)という条約が発効し、昨年末に履行期限がきました。その段階までに両国それぞれ6000発まで削減しました。それから今年の5月にブッシュ大統領がモスクワでプーチン大統領と会談をしました。その際モスクワ条約が結ばれ、1700発から2200発まで削減するという合意をしたわけです。ゼロにはまだ遠いですが、一歩一歩着実に核軍縮は進んでいると思います。
齋藤:何故、米国はCTBTを批准しないのですか?
岡村:ブッシュ政権になってから、米国は安全保障に対する見方を変えてきています。ブッシュ政権は、テロ攻撃など、新しい脅威が出て来ている中で核実験をやめてしまうと、色々な意味での核政策が制約されてしまい、安全保障上の不安が生じかねないという懸念があるのだと思います。クリントン前政権はCTBTを支持していましたが、批准が上院で否決されました。ブッシュ政権は再び上院でCTBT批准を要請することはないと明言しています。我が国はこれを非常に遺憾に思い、米国に対してCTBTの批准を強く求めております。北朝鮮や、核保有国であるロシアや中国と隣接している日本は、安全保障上米国の力を必要としていますが、CTBTについては我が国は自らの考え方に立って、田中外務大臣の時、パウエル国務長官に対して批准を求める書簡を出すなど、その姿勢を明確にしています。
齋藤:最後に、日本外交の軸である「人間の安全保障」について伺いたいと思います。この概念は軍縮にどのような影響があるとお考えですか?
岡村:軍縮といっても色々な側面があります。「人間の安全保障」というのはとても重要な切り口であると言えるでしょう。一言で言えば、大量破壊兵器の軍縮等、平和と安全のバランスを考えて軍縮をしていかなければならないものがある一方、小型武器や地雷等についてはいわゆる人道的な観点からも軍縮をしていかなければいけません。戦争に関係のない市民や子どもたちが悲劇にまきこまれるのを防ぐということです。対人地雷禁止条約(オタワ条約)はそのよい例です。これはまさに人間の安全保障概念の中に入ってくるものであり、この観点からの軍縮は今後ますます重要性を増すと考えています。
齋藤:今日はどうも有り難うございました。
【インタビューを終えて】
国際社会全体において、軍縮に対する意識が高まっていること、さらに、そのための日本外交の貢献についても知ることが出来ました。一方で、軍縮問題においてもパワー・ポリティックスが生み出す様々な矛盾が存在することがわかりました。人は皆「平和(理想)」を望んでいます。しかし、現実の矛盾の中で、「平和(理想)」へ向かう道(方法)が異なっているだけだと考えました。現実と理想の中で、我々はどのような道を選択するのか?国家の矛盾を超えて、我々一人一人が軍縮問題について考えていかなければならないと感じました。(齋藤) |
|