如何にして日本の漁業文化を守りしか
-国際漁業問題への日本の取り組み-
経済局漁業室 伊藤嘉章 室長に聞く
収録:平成14年11月15日
海洋国家として古い歴史を持つ日本。日本人は古来より魚に依存し魚と共生してきた。一方、その日本の伝統文化というべき漁業をめぐる世界の動きは厳しいものがある。今回は経済局漁業室伊藤嘉章室長に捕鯨問題・マグロ問題などに焦点をあててお話を伺った。(高木)
高木:国際捕鯨委員会(IWC)とは昨今の会議から推察するに、反捕鯨国の牙城のように一般的には見えていると感じますが、そもそも、どのような組織であると考えていらっしゃいますか。
伊藤:確かに、反捕鯨の嵐であった1970年代80年代から見ますと、おっしゃられたように「反捕鯨の牙城」のように思われるかも知れませんが、最近ではずいぶん変化してきました。IWCの加盟国を見ますと捕鯨派は21ヶ国、反捕鯨派は25ヶ国、欠席・投票権停止国3ヶ国(H14年11月現在)となっており、しっかりとしたルールの下、捕鯨をしても良いと考えている国が21ヶ国も存在しているので「反捕鯨の牙城」という色彩は弱まってきたと感じています。
高木:確かにおっしゃるとおり国際捕鯨条約(IWC条約)はその基本目的を「鯨類資源の適切な保存を図り、捕鯨産業の秩序ある発展を図る」と規定していますし、IWCが捕鯨活動を規制する際、IWC条約第五条「鯨の生産物の消費者及び捕鯨産業の利益を考慮に入れつつ、鯨類資源の保存・開発及び最適の利用を図ること」を遵守する義務を負っています。つまり、科学的知見により捕鯨可能と判断された場合、これは認可されるべきだと解釈します。しかし、ミンククジラやマッコウクジラは調査捕鯨の結果、百万頭以上いると推定され絶滅の危機に瀕していないにもかかわらず規制の対象になっています。このような点を鑑みるとIWCは公平に機能しているのか疑問に思いますが・・・。
伊藤:確かにそうですね。条約そのものは1946年に発効した大変古いものですが、「捕鯨産業の利益と鯨資源の持続的な利用」の両立をうたっており、今でこそ利用と保護のバランスは当たり前のことなのですが、当時としては革新的なものでした。しかし、IWCにはその理想がうまく機能しなかった歴史があるのです。その背景は大戦後の食糧難や生活必需品としての鯨油の需要などが挙げられます。その結果、南氷洋で鯨が乱獲されシロナガスクジラなどが激減してしまいました。その経験から欧米では現在でも鯨は絶滅しそうな生物だとの風評が定着してしまったのです。IWCはこの風潮を受けてIWC条約からかけはなれていってしまい、そのピークが1982年の「商業捕鯨のモラトリアム(一時停止)」であったわけです。モラトリアム(一時停止)とは方便で、実質的には全面禁止を意味しています。当時の捕鯨禁止運動はイデオロギー的とも思える激しいもので、IWC自身も構造変化を起こし反捕鯨の加盟国が増えたわけです。しかし、時代が流れ、ここ10年は当時の感情的風潮を反省する動きが見られます。
|
高木:なるほど。では、そうした反捕鯨の風潮を作った背景としては、NGOによって展開されていた感情的な反捕鯨運動を米国議会などが大きく取り上げたことが挙げられると思います。さらに、その背景には当時の繁栄する日本経済への嫉妬があったのではないでしょうか。
伊藤:むしろ、そうした活動をしているNGOはもっと純粋で、国の枠を超えて反捕鯨運動をしているように感じます。ですから、ジャパンバッシングという観点で運動をしているとは思いませんでした。確かに当時、そうした市民運動家出身の議員はいましたが、その人達がすぐに商業捕鯨の禁止運動をしたわけではありません。実は、反捕鯨運動をする間に大きなポイントがあるのです。それは、その議員を結束させた「環境問題を政治運動に仕立て上げることが出来た」有能なオーガナイザーがいたのです。ご承知のとおり、そうした動きが進化して緑の党などの大きな政党を作るに至っています。このような観点からすると、鯨問題が政治問題として取り上げられたと見ることは可能だと思います。加えて、捕鯨国は日本とソ連(当時)ぐらいしかなかったため、鯨はターゲットにしやすいアイテムだったと考えられます。
高木:そうしますと、先ほどおっしゃられたように反捕鯨運動が下火になりつつある背景は、環境問題を政治運動に結びつけるそうした風潮がなくなったことなのでしょうか。
伊藤:それは一つの見方だとは思いますが、もっと重要なことは、先ほど指摘されたように日本が多額の調査費を出して科学的見地に基づく調査結果を発表し、過激な世論によって感情的に捕鯨論をするのではなく、IWCという組織の中で各国が冷静に議論をし解決する本来あるべき姿を取り戻してきたからだと思います。
高木:なるほど。確かにIWCでは公平な議論がされていると信じたいのですが、IWCの投票といえば、82年の商業捕鯨の全面停止を決議した時(反捕鯨陣営は、投票の際多数の非捕鯨国を新たにIWCに加盟させ自陣営に加えた。そのため、加盟国は40に膨れ上がり、同決議がなされた) に代表される悪夢がありました。このように、圧力によって自国の意思に関係なく無責任に反対票を投じる国があるようですが対策は講じないのでしょうか。
伊藤:実は、82年のIWCで捕鯨の全面停止が決議された時、私は議場にいたのです。まだ駆け出しの外交官でしたが不合理に思いました。確かにIWC条約には加盟国の条件もなく、分担金支払規定もない大らかな(笑)条約です。そのため、前日に加盟申請すれば翌日には投票権を持った加盟国として扱われたのです。82年決議の際、新たな国が次から次へと入ってきて、日本は追い詰められてしまいました。大変憤慨を覚えた出来事でした。ただ、それは特定の国が恣意的に行ったというより、反捕鯨NGO運動家が巨額な資金を使って各国に根回しをした結果だと感じます。
高木:そうなりますと、いくら日本が調査捕鯨によって科学的データを提示したところで、IWCが82年のような強行採決が採られてしまうような環境であるのなら、日本の商業捕鯨再開は暗いように思えますが・・・。
伊藤:おっしゃるとおり、私も当時はIWCを悲観的に見ていました。しかし、現在、各国の食文化を相互に理解をして議論を進めていく必要性を説く人達が各国政府はもとより環境保護団体にも出てきています。このことは、20年の歳月を経て環境保護運動が成熟化して来たからだと思います。そのような観点からすると、82年のような悪夢は必ずしも起こるとは言えないと思っています。
|
高木:捕鯨全面禁止の中、原住民生存捕鯨によって北米などの原住民の捕鯨が認められています。確かに、水揚げ頭数は多くはないのですが、商業捕鯨モラトリアムが発令されている中、公認の捕鯨ができる点からしたら意義深いといえましょう。それなら、何故、日本の伝統文化である捕鯨活動が調査という形ではなく、伝統文化保護という形でも認められないでしょうか。
伊藤:これは日本が10数年前から主張してきたことで、実は先月10月14日にケンブリッジでIWCの特別会議(IWC下関年次総会で決まらなかった原住民保存捕鯨のホッキョククジラ捕獲枠議論のため開催)においても、日本は日本にある鯨の町と言われる和歌山県太地などの4町村を例に挙げ、これら地域の伝統文化を守るため一定量の捕鯨を認める枠組み作り開始を要請しました。残念ながら否決されたのですが、この件に関し、日本に理解を示してくれた反捕鯨国が僅かながらも出てきたことは大きいことだと感じています。また、これからも枠組みの実現に向け一生懸命努力していくつもりです。
高木:国際漁業問題というと、鯨だけでなく、例えば、日本が国連海洋法条約 (UNCLOS) 付属書・に基づく「みなみまぐろ仲裁裁判」で勝訴した「みなみまぐろ事件」に代表されるように近年、マグロも国際紛争の対象になる動きがあります。また、11月3日から15日までチリで開催されていた第12回ワシントン条約(CITES)締約国会議で日本が世界最大の消費国になっている南極周辺の魚、メロ(銀ムツ)の取引規制をするか否かの話し合いがなされましたが、こうした一連の動きをどのように考えていらっしゃいますか。
伊藤:まず、現在、魚は冷凍保存などの科学技術の進化により国際商品になりつつあります。そのため、我々の眼が届かないところで乱獲なり密貿易が行われ絶滅の危機に瀕した種が出て来るおそれがあります。そのような事態を防ぐためにCITESの役割は大きいと思いますが、会議で話題になるマグロやメロが絶滅の危機にあると言われると我々は疑問を抱かざるを得ません。むしろ、「持続可能な漁業」のための基準を設けることに徹するべきだと考えています。CITESのように「絶滅の危機」という形での規制はなされるべきでなく「持続的な利用」を念頭に置いた多国間漁業条約や世界貿易機関(WTO)などによって基準作りがされるべきだと考えます。現に、先ほどお話に出たメロについては南極海洋生物資源保護条約委員会(CCAMLR)によって貿易規制措置を始めようとしているのです。その矢先に、CCAMLRの主要メンバーである豪州がCITESの方で貿易規制を取り上げたことに各国が驚いたのです。
高木:なるほど。そのような「持続可能な利用」の点からすれば日本は多くのマグロ保存条約の締約国ですし、APEC漁業作業部会特別ワークショップなどの規定を遵守しマグロ漁船減船などによりマグロ資源の保存に力を入れています。すなわち、最も大きな問題は、みなみまぐろ保存条約(CCSBT)や大西洋まぐろ類保存国際条約(ICCAT)、全米熱帯まぐろ類保存条約(IATTC)、インド洋まぐろ類保存条約(IOTC)などのマグロ保存条約体制に加盟しない国々の乱獲にこそあると考えますが・・。
伊藤:おっしゃるとおり、そうした保存条約非加盟国による乱獲、及び裏ルートで安価な商品が市場に出回ることは、日本のようにルールを守って「持続可能な漁業」をしようとしている国や漁民の士気を低下させます。そのような状況は「不法・無報告・無規制(IUU)漁業」と呼ばれており、UNCLOSの中ではあまり大きく取り上げていませんが、今後、見直し規制を強める必要があると思います。また、WTOでも検討しなければならない事項だと考えています。
|
高木:しかし、例えば、UNCLOS改定やWTOに提訴しても解決には時間がかかり、その間にもIUU漁業が行われていることを鑑みると、台湾やベリーズやホンジュラスのような非加盟国等を加盟させることに意義があると思うのですが、そうした働きかけをしないのでしょうか。
伊藤:それは大切なことです。現に日本はそのような働きかけをしています。例えば、CCSBTに関して言えば、委員会を改組した結果、国でない漁業主体も参加が可能になりましたから、台湾漁業の関係者も今年の10月から参加しています。
高木:なるほど。そうしたパートナーシップは重要ですね。それでは、近年「漁業と水産環境」に関する問題が頻繁に議論されていますが、具体的にはどのようなことなのですか。
伊藤:それはとても深い関係です。漁業とは「魚をいさなどる」という意味で、字からしても環境とその利用に密接に関わっていることがわかります。そのために、環境を「守る人」と「使う人」の中で対立が生まれることもあります。IWCなどもそうかも知れません。しかし、有明海問題が好例のように、環境が整っていないと漁業も成り立たないわけです。そうすると、対立ではなく協調が不可欠になります。しかし、そうした視点を持つ統一的なフォーラムは存在しないため、国際食料農業機関(FAO)の部会等を活用するのも一案かと思います。
高木:それでは、究極的話題ですが、日本の漁業に明るい未来はあるのでしょうか。
伊藤:とても難しい話題です。FAOや農水省のデータによれば日本は1967年以降、世界一の漁業生産量を揚げてきましたが、1988年からは中国がこれに代わり、中国は世界の漁業生産の34.7%(日本は4.8%)を占めています。また、漁業の種類を見ますと、日本の遠洋漁業は縮小し、沿岸・沖合漁業生産量の約6分1(855千トン)になっています。その理由は、漁民が一年間に1万人近く減少しているからです。そして、今後20年で就業者が半分になるという試算もあります。しかし、日本人の魚消費量は変わっていませんので、輸入にますます多くを頼るようになってきています。ですから、日本への魚の安定供給を確保する外交をしていかなければなりません。
高木:おっしゃるとおりですね。しかし、そうした外交による食料安定供給は確かに消費者にとっては満足いくかも知れませんが、漁民の方から見たら必ずしも明るい将来とは言えないと感じますが、政府としては対策を講じているのでしょうか。
伊藤:おっしゃるとおりです。日本の水産業には構造改革を進めていかないとならない時期に来ています。つまり、漁民の減少など諸問題の延長線上に日本の漁業と漁業外交があり、現在はその転換点にあると言えます。また、漁業を魅力ある職業として規制緩和をはじめ整備する必要性があります。
高木:そう願いたいものですね。本日はありがとうございました。
伊藤:こちらこそ、ありがとうございました。
【インタビューを終えて】
各国にはそれぞれの独自の生活伝統文化が存在する。それを一方的な主観によって封じ込めてしまうことは好ましいことではない。日本が目指しているのは過去の大規模利潤優先の漁業ではなく21世紀に適合した持続的管理型漁業である。このことを世界各国に正しく理解させ、国益のため明るい漁業体制確立へ向けて奮励努力する外交官に敬意を表したい。(高木)
|
|