EUと日本の対EU関係
-共通の未来の構築に向けて-
国際経済第一課 新美潤課長に聞く
収録:平成14年10月31日
EUは1992年に発足してから今年で10年目。これまで度々拡大を繰り返し、1999年のユーロ導入、今年に入っての紙幣・コインの流通、さらに最近ではニース条約の批准など話題が絶えない。EUはこれからの国際社会においてもっと重要性を増していくと思われるが、日本はそのEUとどのように協力関係を築いていけるのだろうか。今回は特に経済関係に焦点を置いて、欧州を担当する新美 潤(しんみ じゅん)国際経済第一課長にお話を伺った。(谷田)
谷田:まず、全体的な話から入っていきたいと思いますが、現在の日本にとってのEUの重要性とは何でしょうか。具体的にどんなことが挙げられますか。
新美:EUは現在15カ国ですが、まず数字で見ると、世界のGDPに占める割合が、大雑把に言って米国は約30%、EUも30%弱、日本が15%くらいで、日米欧合わせると世界のGDPの4分の3、日欧を合わせると約45%ということで、経済的にまず見ると、やはり日本とEUは世界のメジャー・パワーということが言えると思います。その経済的なつながりから見ても、例えば日本の対外投資で一番多いのは対EUであり、実は対米投資よりも対EU投資のほうが多いのです。また、貿易を見ても、EUは米国についで2番目に大きな貿易相手であります。以上のように、日本とEUは国際経済において重要な位置を占めると同時に、実際、経済的に深い関係を有していますから、その関係は非常に重要だといえます。更に政治の面で言っても、例えばイラクや中東の問題などにおいて、EUは非常に強い発言力を持っていると言えます。なぜかというと、もちろん、先進国の集まりということもあるし、また、例えばP5(国連の常任理事国)のうち2カ国(イギリスとフランス)がEU加盟国ですし、G8の半分がEUの国といったように、国際社会における政治の面で、米国についで発言力があると言えるでしょう。そのような国々と関係を強化することは、経済面だけではなく、政治面でも、あるいはそれ以外に環境、人権など様々な点で、日本にとって大事なのでないかと思います。
谷田:ということは、現EU構成国の発言力の強さ、影響力は、EU発足以前の個々の国であった時と比べ、「EUの15カ国」となることで違いが出てきたということでしょうね。
新美:それはもう、全然違うでしょうね。例えば、ドイツはヨーロッパの大国ですけれども、ドイツ一国の世界のGDPに占める割合や国際政治における発言力、日本との関係等、全てについて、米国と比べれば相対的には小さなものでした。それが、大小の国合わせて15ヶ国が一緒になったことによって、EUとして非常に大きな政治・経済力を持つようになったわけです。EU各国は、EUという仕組みを使って自国の国益を追求していくということで、統合の効果にはプラスもマイナスもあるでしょうが、全体としては大きなプラスとなっていると思います。
谷田:EUという単一市場ができたことで、日本の企業にとっては、関税がかからないといったり、人・物・資本・サービスの行き来が自由になったことがメリットとして挙げられると思いますが、その反面、EU圏外の国の企業ということでデメリットも生じるのではないのでしょうか。
新美:確かに両面あると思います。プラスとして、3億7千万人の巨大な、しかも先進国を中心とする市場ができたということです。ユーロという共通貨幣が導入されていますし、域内市場の障壁がなくなったということで、日本の企業にとっては、(EU)域内のどこかに進出すれば関税などの障害なしに広大なマーケットに物を輸出できるということですから、そういう意味においては大きなプラスだと言えます。ただ、日本にある企業と域内の各国企業との間の競争という関係で言えば、日本にある企業が、例えばあるモノをフランスに輸出しようとすれば関税がかかるわけですから、相対的に域内の企業に比べて、日本の企業が不利でないとは言えません。だからこそ、ここ10年くらい、日本の企業がどんどんヨーロッパに進出していっているのだと思います。EUといういわば関税同盟の中に入れば、域内の企業と基本的には何ら差別はないということですから。
谷田:EUに進出する企業が増えているということですが、最近の例でいうと、EU競争法違反で欧州委員会に多額の課徴金の支払いを命じられるということがありました。日本の企業はEU共通のルール、つまりEU法について十分意識しているのでしょうか。
新美:もちろん、各企業ともそれなりの対応をとっていると思います。ただ、欧州委員会の制度やルールについて理解するには、例えばアメリカのそれと比べて、企業も政府ももっと勉強する必要があると思います。というのは、EUはめまぐるしく変化しているからです。特に競争政策については委員会に権限が集まっていますが、他の分野でもいろいろ動きがあって、例えば一部の権限はドイツに残っているけれども、別の権限は委員会に吸収されているという具合に動いているのです。その詳細をきちんとフォローするというのはなかなか難しいもので、我々ももっと努力が必要だと思います。
谷田:次に、1999年に導入されたユーロの最大の影響力とは何でしょうか。特に日本の経済、例えば貿易・投資においてどのような影響があったのでしょうか。
新美:ユーロが導入されたことの意味は色々あると思います。まずは、日本の企業にとって、あるいは日本の旅行者や欧州に住んでいる日本人にとってもそうですが、ユーロが導入されている12カ国については、お金を交換したり為替のリスクを心配することなしに仕事なり生活ができるようになったわけで、これは非常に大きいと思います。更に国際金融の観点からは、安定した貨幣ということで、ある意味でドルに次ぐ準基軸通貨ができたという意味合いがあります。今後、ドルだけでなくユーロが企業や銀行、あるいは各国の外貨準備(foreign currency)にももっと使われるようになってくると、ユーロの力は国際社会においてますます強くなることが期待されます。
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谷田:2004年に10カ国が加盟するようですが、ユーロの価値はどう変わると思いますか。
新美:10カ国がEUに入ってもすぐにはユーロは導入されないことになっています。共通の通貨を導入するためには、各国の経済がある程度均一したかたちで発展していかなければならないからです。従って、今回ユーロを1999年、2002年と段階的に導入するに当たっても、ユーロに入るための条件として、各国の財政赤字がGDP比3%未満であるとか、各国の公的債務がGDP比60%未満であるとか条件をつけて、経済の足並みを揃えてユーロ導入を始めたわけです。中・東欧等の国は今回2004年にEUに入ることが期待されていますが、いずれの国についてもユーロはすぐには導入されず、EUの中でユーロを使う仲間として同じ足並みで経済を安定させ、発展させていくということが確認されてから導入されるということです。
谷田:では、投資の話に移りたいと思います。日本にとってEUは最大の投資先であるのに、EUから日本への投資が相対的に少ないのはなぜでしょうか。また、米・EU間に比べると日・EU、日米間の投資が圧倒的に少ないようですが。
新美:アメリカとヨーロッパの経済関係というのは我々が想像する以上に非常に「太い」ものです。数字で見ても、投資や貿易、特に投資は日米・日欧と比べても圧倒的に多く、場合によっては一桁以上も違います。よくアトランティック・アライアンス(大西洋同盟)と言いますけれども、大西洋を挟んだ欧州各国と米国の経済政治関係というのはやはり日本人が予想するよりも遥かに緊密だと思います。それにはいろいろな経緯があって、地政学的な経緯、歴史的経緯等、人種的にも文化的にも共通点が多いわけですから、そういう意味で日欧・日米、特に日欧が欧米に比べて経済関係が「細い」のは仕方ないという気もします。ただ、やはり我々が努力しなければならないのは、特に日・EU双方の投資をもっと盛んにすること、特にEUから日本への投資を盛んにするということだと思います。外資を導入するべきだという議論と外資脅威論の両方がありますが、国際スタンダードから見れば、日本は本当に対内投資小国だと思います。
そこから若干話は逸れますが、ではどうして日・EU関係は日米関係、さらには米・EU関係ほど関係が緊密でないのか。先ほど言ったように、経済単位で見れば世界の30%(EU)と15%(日本)というメジャー・パワーの関係がなぜ見えにくいのか。ひとつ言えるのは、アメリカと日本は同盟関係にありますし、あと例えば中・韓・露や東南アジアというのは日本と地理的にも近いし、歴史的にもつながりが深いわけですが、それと比べると日本とヨーロッパというのは、厳密な意味での同盟国ではなく、また地理的にも遠い、ということで、本来もっと仲良くしないといけないのですけども、意識的に努力しないと、放っておいても関係が緊密になるという関係ではないのかもしれません。そういう意味で、政府もそうですが、企業も、さらにいろいろなレベルで意識的に日本とヨーロッパの関係を強化していかないといけません。ただ、関係を強化していけば、それが報われるだけの経済的力はお互い備えていると思います。
谷田:これはドイツ企業に限定した話ですが、実際、日本に存在する市場参入障壁は小さいのに、ドイツ側のほうで、日本市場への参入は難しいのではないか、という一種思い込みのようなものがあると聞いたことがあります。
新美:それはまったくその通りです。なぜ、日本に対する投資が増えないのかというのは、わかるようでわからないところが確かにあります。誰の目にも明らかな、分かりやすい障壁があれば、例えば、関税の障壁とかであれば、それを取り除けばいいのですけれども、日本は数字の面だけ見ると決して対内投資を促進する上で大きな障壁があるわけではないのです。それなのになぜ入ってこないのか。それは、ジャパンコストという表現を使う人もいますが、つまり、日本に投資するには何かとコストがかかるということです。もちろん、土地代も高いし、人件費も高いといろいろありますが、ただ、いったん入ってくれば、世界のGDPの15%が集まっている国ですから巨大なマーケットなのです。それなのになぜ日本に対する投資がなかなか増えないのか。なぜドイツの企業が日本の市場に入りにくいと思っているのか、ということは、実は今政府の中でいろいろ検討しているところです。あえて言うならば、日本の中央政府がやらなければならないことはたくさんあると思いますが、他方で、地方自治体等にできることもあると思います。現在全国各地の工業団地等で、土地が余っていると言われますが、そういうところに例えばドイツの企業が出て行けば、そこで雇用も生まれるし、ビジネスも生まれる、商店街も栄える。しかし、やはりドイツの企業が二の足を踏んでしまうというのは、環境が整備されていないとか、情報がないとか、あるいは地方公共団体にやる気がないとか、そもそも日本政府がそういう政策を取っていないとか、いろいろな理由があるわけです。
谷田:「日・EU協力のための行動計画」では、日・EU間の経済・貿易関係を発展させるために、日・EUビジネス・ダイアログ・ラウンドテーブルによる情報や提言が考慮されるとありますが、日・EUビジネス・ダイアログ・ラウンドテーブルとはどういった機関なのでしょうか。
新美:頭文字をとって我々はBDRT(Business Dialogue Round Table)と呼んでいますが、一言で言えば、日本とヨーロッパの財界人会議といえるでしょう。日本とEUのビジネス界のCEO(最高経営責任者)クラスの財界人が集まって、日・EU経済関係の活性化について話し合うというものです。「行動計画」というのは、ある意味で日本とEUでこれから関係を強化していくためのガイドラインのようなものですが、BDRTとの連携強化が重要なのは、ビジネス界の方々の声を聞かずして役所同士が議論していても意味がないからです。ビジネス界の要望を謙虚に聞いて、それを可能な範囲で日本とEUの両国の政府が実現する、ということによって、初めて経済の活性化という最初の目的が達成されるわけです。そういうことで、政府は政府でEUといろいろなレベルで話をしているし、民間の方はBDRTを始めとしていろいろな場において民間同士で話をしているので、両者をリンクさせて、我々もビジネス界に我々の考えを伝え、ビジネス界の人からも話を聞くということが大事ではないか、ということです。
谷田:お互いの方針を交換しているということですね。
新美:そうです。実は、今年の7月に、日本側は小泉首相、ヨーロッパ側からは欧州委員会のプロ-ディ委員長、議長国デンマークのラスムセン首相が集まって、日・EU定期首脳会議が東京で開かれました。これは政府間の最も高いレベルの会合ですが、これに合わせて、同じく東京で日・EUビジネス・ダイアログ・ラウンドテーブルが開催されまして、BDRTで議論した結果を議長の方々が報告書のかたちで小泉首相、プロ-ディ委員長、ラスムセン首相に渡しました。これはひとつの手続きですが、ビジネス界の人々が議論していることを政府側もきちんと聞いて、消化して、可能な限り実現していくという姿勢を示していると思います。
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谷田:「日EU協力のための行動計画」そのものについて教えてください。
新美:過去数十年の日本とEUの関係をみると、以前、日本の輸出攻勢が強かった時に、日・EU間で非常に激しい貿易摩擦がありました。ところが最近はそういった貿易摩擦がほとんど沈静化しました。それにはいろんな原因があると思いますが、ひとつには、お互いが努力して障壁を取り除いてきたということが挙げられるでしょう。もうひとつは、ここ10年近く日本の経済が元気がないということで、ある意味でヨーロッパにとって日本は脅威ではなくなりつつあるということもあります。そういう状態において、旧来のような、目の前にある障壁を取り除くという外交スタイルは重要性が減じ、今度はむしろ積極的に関係を強化していこうということで、問題対処型から建設型に切り替えたのです。そこで、具体的に何をしたらいいかをEUと議論して作ったのが、この「行動計画」です。この「行動計画」は計画であって、お互いが積極的に政治・経済.環境など、マルチな分野で関係を強化していくための手段、やり方を書いたリストであり、これから右を積極的に実現していくことが必要なわけで、いわば始まりに過ぎないともいえます。もちろん、世の中はどんどん変わるわけですから、このリストの一字一句を金科玉条とするのではなく、適宜修正・変更していく必要があると思います。
谷田:「日・EU協力のための行動計画」の中で「多角的貿易システム」の強化に重点が置かれているようですが、これは具体的にどういったシステムなのでしょうか。
新美:一言で言えば、多角的貿易システムとはWTOに象徴されると思います。その強化とは、つまり、WTOの枠組みの中で各国がルールに基づいて自由な経済貿易体制を維持し、多角的つまりマルチな場で、お互い障壁がない又は少ない状態で貿易・投資を行い、それが結果として各国の利益につながるようにするということです。各国が自国の都合のために関税を上げたり投資を制限したりして秩序がなくなると、結果としてその国だけでなく、すべての国との関係で経済が萎縮してしまいます。だから、お互い交渉で譲れるところは譲って、きちんと結束をして、できるだけ貿易・投資を円滑にしていくというのが多角的貿易体制なのです。それには日本もEUも米国も賛成しているところです。ただ問題は各論で、実際具体的にどのように実行していこうかという点については、日本、EU、米国の各国それぞれの考え方があり、主張が異なります。今、ドーハの新ラウンドがWTOで始まっていますけれど、そこでお互いの利益を調整しようとしているわけです。もしこれが失敗すると、ある意味で多角的貿易体制の発展が止まってしまいますから、経済外交において現在のWTOのドーハラウンドの成功というのは日・EU間に限らず非常に重要だと思います。
谷田:最後に、先日の中・東欧等10カ国のEU加盟勧告を踏まえた上で、今後のEU、そして日本の対EU関係において特に注目していくべき点についてお聞かせください。
新美:これまでEUは発足以来拡大を繰り返してきましたが、一度に10カ国もの国を加えるというのは初めてのことです。2004年に10カ国がEU加盟を実現する可能性が高いわけですが、今回の拡大の意味というのはいろいろあって、もちろん経済的な意味もありますが、実は政治的な意味の方が個人的には大きいと思っています。というのは、冷戦時代は壁の向こうにあった国、旧共産圏・社会圏にあった国というのを今度EUの中に取り込むわけですね。ずっと共産圏にあった国が仲間になって、共通のマーケットに入り、共通の政策をとっていくということで、これは歴史的なことです。
昔から欧州というのは統合の力と分裂の力というのがいつも拮抗するようなかたちで働いていましたが、ここ数十年間は統合の動きが進んできました。なぜか、と問われれば、分裂するより統合する方がメリットがあると皆が判断してきたからです。そこで、統合の方に働きかける力は何だったのかというと、例えば第一次大戦、第二次大戦の悲惨な体験に基づいて、ドイツとフランスを再度戦争させてはならないという歴史的な教訓、更にはその後にはソ連・共産圏の脅威に対する対抗という意味がありましたし、最近はある意味米国の「ユニラテラリズム」的傾向に対する対抗意識、米国のスーパーパワーに対するカウンターバランスとして、統合した方が言いたいことが言えるということもあると思います。さらに広いカテゴリーでいえば、アフリカも近世ヨーロッパの勢力争いの影響で分裂してしまったとも言えるわけで、ある意味で、安定したヨーロッパ、統合されたヨーロッパというのは、ヨーロッパだけではなく、アフリカあるいは国際社会にとって安定要因だと思います。これからEUがどこまで拡大していくかは分かりませんけれども、現在はブルガリアとルーマニアが候補として交渉を進めていますし、トルコも加盟を希望しています。そのあたりを含めて注意深く見ていかないといけないと思っています。
谷田:お話どうもありがとうございました。
【インタビューを終えて】
現在のEUの国際社会における重要性、日・EU関係の現状がインタビューを通じてよりはっきり見えてきた。対EU関係において日本には努力して取り組むべき課題が多くあり、日・EU間の関係づくりはまだまだこれから、というところのようだ。一方、日・EUの協力関係が大きな可能性を持っていることは確かであり、そのためにも政府・民間を通じての、さらなる意識的な協力関係の強化が望まれると言えるだろう。(谷田)
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