対中南米外交、21世紀の局面
中南米局中南米第一課 福嶌教輝課長に聞く
収録:平成14年10月29日
ワールドカップでは注目を集めた中南米ですが、普段日本ではあまり目を向けられることがないようです。しかし、近年、中南米各国は民主化の流れの中でめざましい発展をとげ、日本をはじめとする東アジアの国々との経済関係も深まってきています。一方で、域内各国間での経済格差、各国内での国民間の所得格差という問題点もあります。そのような中で、日本が中南米の「何に」注目して外交関係をもっているのか、という観点から、福嶌教輝中南米第一課長にお話を伺いました。(藤田)
藤田:まず、中南米諸国の現状から具体的に教えていただきたいと思います。
福嶌:中南米は普段あまり取り上げられないものですから、軍事政権の残存・インフレ・累積債務、などのイメージが80年代から今にいたるまであります。しかし、90年代には、キューバを除き全ての国が民主化を達成し、又、経済自由化を通じて、競争原理を取り入れ、外国から投資を招き入れて、中南米33カ国の国民一人当たり所得の平均は$4,000になるまで成長してきました。ASEAN10カ国の国民一人当たりの所得の平均が$1,000であることを考えると、大変高い数字です。
しかし一方で、2000年以降、中南米は一つの曲がり角にきています。自由主義の模範生と言われたアルゼンチンは、90年代の終わりごろ、税制度の不充実、連邦制による地方財政の放漫な運営なども相まって債務が増え、去年末には、実質的に債務不履行の状態に陥りました。大統領が約10日間で5人も変わり、IMFといった国際金融機関はもちろん、日本にも債務をほとんど返せていません。(注:その後、11月になり、それまでは何とか返済してきた世界銀行への債務も滞る事態となった。)また、ブラジルでは有力大統領候補(当時)の財政運営への不信などから今年初めに比べ通貨が4、5割切り下がっていますし、ベネズエラではクーデター未遂とでもいうか、一旦辞任した大統領が二日後に復帰するといった、大衆迎合的な動きも見られます。こうした現象の原因の一つとして、経済成長する中で富の分配がうまくいかず、貧困層の割合が増えたことが挙げられます。彼らは、国の経済が発展しても自分たちの暮らしがよくならないことに不満を覚えています。
ブラジルのルーラ次期大統領は、野党・労働組合という出自であり、国の経済だけが独り歩きしてゆくことに反対するスローガンを掲げてきました。90年代には自由開放政策を掲げる人物が大統領になってきたのと比べ、今一部の中南米に一種のゆり戻しがきていることの現れと考えられます。
藤田:国が一丸となって貧困に対処できなかったのはどうしてですか?
福嶌:様々な理由があると思いますが、特徴として言えることは、一つは大土地所有制といった、構造的な歴史上の問題があるといえます。中南米では、欧州の人々が移民してきた時のプランテーションで先住民及び外国から連れてきた多くの労働者を働かせていた社会構造が、充分な農地改革などが行われなかったため、今もある意味で残存しているのです。また、金融制度も十分とは言えず、例えば日本でしたら起業等で資本が必要な時は銀行から借りたりするわけですが、ある調査では、中南米では東アジアと比較して今も血縁者からお金を借りるのが一般的、つまり、裕福な血縁者やコネがなければ資本の要る仕事はなかなか始められないわけです。そのような状況で、貧困層の人々が、努力しても地位や経済状況が向上しないことに不満・諦めを覚えたこともあります。
もちろん、チリなど、自由主義経済をうまく取り入れて、開放政策・透明な経済政策を行い、安定を確保した国もあります。また、ブラジルやメキシコのように、GNPは約5000~6000億ドルとASEANの10カ国の合計のGNPと匹敵するほど大きく、世界経済に大きな影響を与える国もあります。
藤田:各国内での経済格差と同時に、域内での国ごとの格差も激しいということですね。原因は、国ごとの制度とその運営方法ですか?
福嶌:そうですね。
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藤田:各国はその状況にどのように対処しているのですか?
福嶌:国全体が持続的に発展してゆけるよう、税制の改革・社会福祉など、「ネオ構造改革」あるいは第二世代の改革とも言うべき政策を実施して、中小企業・地方農村・一般大衆を含めて向上してゆけるようなミクロの部分にも目を配りマクロ経済を発展させていこうとしています。
また、中南米の特色として、貿易依存度が低いことがあります。GNPの数倍の貿易額を持つ国もあるアジア諸国に比べ、中南米の多くの国はGNPの2~3割程度の貿易額しかありません。生産物の付加価値を高めて貿易に打って出なければ、国際競争に勝てずマクロ経済そのものもたちゆかなくなると考えられています。
藤田:中南米といえばモノカルチャー経済というイメージがありますが、一次産品だけでは、その生産物の価値・価格が下がれば一国全体の経済が破綻しますね。それに対する対策も講じられていますか?
福嶌:単純に一次産品の国というわけではなく、例えば、ブラジルは自動車は英国以上に生産していますし、世界第4位の航空機企業を持っています。また、中南米は農産物が非常に豊富なのですが、たとえばチリのワインのような特色ある生産物は、もっとブランド名を高めようとしています。自分たち自身で市場を開拓し、価格を決め、従来と違う付加価値をつけて売ろうという戦略を各国がとろうとしています。
藤田:また、諸外国は中南米諸国に対しどのように対応していますか?
福嶌:従来は経済援助・技術協力という形で底上げに協力してきましたが、中南米の経済がある程度成長し「援助」よりも「貿易」、「投資」の時代へと移行しています。よって引き続き経済協力は重要ですが、これからは民間企業からの投資が求められています。中南米は海外からの投資を大いに受け入れており、年間600~700億ドルの外資が導入されています。
藤田:その中で、日本はこれまでどのように動いてきたのですか?
福嶌:ブラジルをはじめ、各国に大きな円借款などの経済協力を行ってきました。しかし、最近の投資が欧米から積極的に行われている潮流の中で、日本の企業はあまり活発ではなく、残念ながら日本のプレゼンスは低下しています。ある意味で日本の企業の経営方針が堅実過ぎて、80年代に一度中南米から大きく撤退した記憶にとらわれ、90年代に欧米諸国と同じような進出ができなかったのです。北米経済圏というべきメキシコや、堅実でカントリーリスクの低いチリなどとは積極的に貿易していますが、ほかの多くの国に関しては、今でも、例えば昨年来のアルゼンチンの経済危機もあって、打って出るという状況にはないようです。他方で、中国や韓国の中南米での経済的プレゼンスは高まっており、いくつかの南米の国では、貿易額は中国との方が大きいという状況です。
藤田:政府から民間へのより積極的なPRが必要とお考えですか?
福嶌:そうですね。そのために、さまざまな形でセミナーを開いています。又、日墨(メキシコ)自由貿易協定(Free Trade Agreement)はその代表ですが、投資・貿易の際の余分な制度的コストを削減し、現地でのビジネス環境を整え日本の企業の方々が進出しやすくすることも必要だと思います。
藤田:民間からの応答があまりない中で、外務省の対中南米外交は、どのようなところに注目して行われているのですか?
福嶌:日本と中南米の関係は、歴史的に負の財産がありません。外交関係を持って100年程度の国が多く、日本からの移民の方々が勤勉に働かれていることもあって、中南米の対日イメージは大変良好です。従って、政治・経済・文化どの分野でも、対話を進めやすいといえます。さらには、対中南米経済援助額も、日本はアメリカに続いて第2位です。良好な関係を維持・強化してゆくためにも、経済援助は引き続き行わなければなりませんが、一方で、日本の民間の方たちがより積極的な経済活動を展開できるような場として、先程の通り、情報提供やビジネス環境の整備に努めているわけです。
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藤田:日本と、中南米各国の関係を個別に見ていますと、先日行われましたAPECのなかで小泉総理がメキシコのフォックス大統領と会談を行われていることもあり、日本とメキシコというつながりが特別に強いように思えるのですが、特にメキシコとの関係が深いことは、どのような目的意識に基づいたものなのですか?
福嶌:日本企業の進出数は、メキシコがほぼブラジルと並び中南米の中でナンバーワンです。メキシコ側も、アジアの中でFTAをやるならまず日本ということを以前から表明してもいます。このように、日本とメキシコは互いを重要視しており、メキシコは中南米の中でブラジルなどと並んで重要なパートナーであると言えるでしょう。
藤田:最近注目すべき動きとして、東アジア・ラテンアメリカ協力フォーラム(FEALAC)がありますね。「東アジアと中南米」という地域間の協力の現れであるこの連合体について、発足経緯からご説明いただけますか?
福嶌:FEALACはASEMの中南米版と言えます。ASEMはアジアとヨーロッパが政治・経済・文化の全面で関係を緊密化しようというものですが、この提唱者であるシンガポールのゴー・チョク・トン首相がチリのフレイ大統領と98年に会談した際に、これまで比較的関係の薄い「アジアと中南米間でも同様の結びつきを」と提唱されたものです。98年は、メキシコ・アジア・ロシアといった、経済的に発展しようとする地域で次々に金融危機が起こった直後で、同様の問題を抱えるエマージング・カントリー同士が相互に学習しあうことで、より戦略的に発展を遂げてゆくことは有益だとの動機でした。
藤田:そうして集まったFEALACですが、現段階でどのような成果が上がっていますか?
福嶌:2001年3月にチリで第一回外相会合が行われ、次回は2003年7月にフィリピンで予定されています。バイラテラルな関係だけでは持ち得なかった、より広い地域同士での経験のシェアによって、補完的な関係を作ろうというわけです。たとえば中南米で盛んなFTAは、アジアではまだあまり経験されていない。そこでFTAについて実体験に基づいて中南米各国から学ぶ。一方、アジアから中南米に、これまで成功してきた中・小企業対策、IT、貧困対策などの方法を伝える、といったことです。補完的関係というのは、貿易面でも成立しますし、ビジネスチャンスを作るきっかけにもなります。
藤田:日本はその中でどのような役割を担ってゆこうとお考えですか?
福嶌:東アジアと中南米の諸国の中で、両地域のことを最もよく知っているのは日本なのです。よって日本は、両地域の橋渡し的役割を果たしてゆくことになります。FEALACには「経済・社会」「政治・文化」「教育・科学技術」の3つのワーキング・グループがありますが、日本はペルーと共に「経済・社会」のグループの議長国を務め、FEALACの中でもリーダー的役割を果たしています。
藤田:経済面での結びつきがずいぶん強調されてしまいましたが、政治・文化面における対話も重要だと考えます。日本と中南米の関係において、その面で特筆すべき動きはありますか?
福嶌:最近進めているのは、中南米における各サブ・リージョンとの政治対話です。中南米と言っても広く、その全体との統一的な対話というのはなかなか具体的な成果があがらないので、中南米諸国をメルコスール、中米、カリブ諸国、などいくつかにグルーピングして、そのそれぞれと対話を行おうというわけです。
文化面では、いくつかの周年行事が挙げられます。2008年に計画されている「ブラジル移民100周年」をはじめ、外交関係100周年や移民100周年といった大きな文化行事を通して、お互いのことを知り合うきっかけになればと思っています。元首レベルから草の根レベルまで、「人の交流」を大切にしていきたいですね。ワールドカップでは、今まで日本にあまり知られていなかった中南米のチーム・選手も有名になりました。サッカーをはじめとしてスポーツを通じた交流は、そういう意味でももっと盛んになればと思います。
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藤田:「人の交流」と言えば、中南米と日本ではやはり移民が想起されますね。日本から中南米へ移民として渡られた方は、今はどのように活躍されていますか?
福嶌:中南米全体で150万人ほどの移民の方の中で、140万人がブラジルにおられます。戦前に渡られた方の子孫として、すでに5世6世といった世代もおられますが、経済界・政界で、連邦政府の議員や各地方の市長といった形で活躍される方も出ています。教育も熱心で、トップレベルのサンパウロ大学では、日系人が1割前後を占めています。
ここ10年くらいで特有の現象は、ブラジルから26万人程の人々が、日本に出稼ぎのために渡ってきていることです。ほとんどが日系人ですが、定住する動きも出てきていて、日本にいる韓国、中国の方に次ぐ第3の外国人となっています。
藤田:在日外国人の方への差別問題もあると思います。きちんと対策を講じていかなければ、国家間の関係にも影響が出るのではないでしょうか?
福嶌:その通りですね。教育・保険・雇用と三つの大きな問題があるのですが、文化・習慣・制度の違いに原因があります。地方自治体としては頭の痛い問題です。外務省はセミナーを開いて、地方自治体と共にこの方々の生活の改善などを通して問題を解決しようとしていますが、ここ10年で起こった急激な変化に、なかなか対応できていないのが現状です。
藤田:対中南米外交は、さまざまなポテンシャルを持ちながらも、解決すべき問題も多いですね。最後に、その課題と展望をお聞かせいただけますか。
福嶌:中南米には、うまくグローバリゼーションに対応した国もあるのに対し、90年代に、国内の構造改革をしなければならない部分、グローバリゼーションの負の部分を取り残したまま、経済だけが膨らんでしまった国もあります。それが今、軌道修正できるかどうかの局面にきているのです。9・11テロ以降、安全保障やテロ、といったことに世界の関心が向いてしまい、一定の成長を続けていた非常に大きなポテンシャルのある中南米への関心が薄れていると言わざるを得ないと考えます。ここ1年くらいの特に南米経済の揺らぎで、関心を呼んでいますが、日本としては、中南米のポテンシャルを踏まえ、官民双方が、短期的にも中長期的にも、コンスタントに目を向けていくべきだと考えています。
【インタビューを終えて】
中南米という地域を、日本が外交関係を持つ国・地域の中で相対化しながらも、その資源の潜在能力と、これまでの日本との良好な関係という特殊性を生かして、対中南米外交が行われているという印象を受けました。中南米は、近年盛り上がってきた「地域経済統合」の動きがもっとも活発な地域であると考えますが、地域全体の利益を考えると同時に、地域自体が内包する問題点も地域全体で解決する道を探っていかなければならないと思います。また、「東アジアと中南米の協力」という動きの中で、日本がその橋渡し役となるべきだというお話には、今後の日本が自国の外交戦略を作っていく上で、有利な要素になると思いました。(藤田)
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