日本とカリブ諸国の関係
-カリブ・フェアを交えて-
中南米局 佐藤虎男 カリブ室長に聞く
収録:平成14年10月24日
カリブ地域は日本から地理的に遠く、北米地域などと比較すると、その情報は日本にはあまり入ってきません。しかし、本年度長野等でカリブ・フェアが行われ、その文化等について紹介がされ、相互の関心は高まる気運を見せています。今回は、中南米局の佐藤カリブ室長にカリブ・フェアの話を含めて日本とカリブ諸国の関係について伺いました。(福田)
福田:カリブ地域の国々というと、日本の人々には音楽とか観光とか漠然としたイメージしかないと思いますが、まずカリブ諸国について簡単に教えて下さい。
佐藤:カリブ地域とは、北米と南米の間に位置するカリブ海を取り囲む地域で、中南米地域の一部です。このカリブ地域において、旧英植民地の12ヶ国(アンティグア・バーブーダ、ガイアナ、グレナダ、ジャマイカ、セント・ヴィンセント及びグレナディーン諸島、セント・クリストファー・ネイヴィース、セント・ルシア、トリニダッド・トバゴ、ドミニカ国、バハマ、バルバトス、ベリーズ)、旧仏領ハイチ及び旧オランダ領スリナムの計14ヶ国は、1973年にカリブ共同体(略称:カリコム)を結成しました。旧スペイン植民地が多い中南米において、カリコム諸国は、歴史、文化、言語、人種といった点で異なるところがあります。外務省の中南米局の中で、これらカリコム諸国を担当しているのがカリブ室です。今日は、カリブ地域の中でも、このカリコム諸国についてお話させていただきたいと思います。
カリコムは、地域の経済的統合、外交政策の調整、域内の経済協力(保健・医療、教育、運輸、観光、気象、防災等)を目的とした地域共同体であり、また、小国の集合体であるものの、近年は外交政策を調整しグループ(14ヶ国)として協調して行動することが多いことから国際場裡で発言力を高めつつあります。因みに、カリコムは、2005年までにカリコム単一市場・経済(Caricom Single Market System:CSME)の実現を目指しており、現在鋭意加盟国においてそれぞれ関係国内法の整備等が進められております。既にカリコム内では貿易(財貨・サーヴィス:域内関税・非関税障壁の撤廃)、資本、及び人(特に専門職、スポーツ選手、芸術家等:パスポートに代わるID=出生証明書、免許証等の使用承認)の移動の自由化、共通域外関税、及びマクロ経済政策の協調等に向けての動きがかなり具体的に進行中です。
福田:今年の夏、全国各地でカリブ諸国に焦点を当てた「カリブ・フェア」が開催されました。今日このようなイベントが開催されるに至った経緯を教えて下さい。
佐藤:「カリブ・フェア」開催に至る経緯を述べますと、2000年11月、東京におきまして日本とカリコム諸国の間で閣僚レベル会合が開かれ、その際2002年に日本とカリコムの間の貿易・観光を促進する「カリブ・フェア」を日本で開催すること、また相互間の文化交流促進の必要性につき合意がなされました。従って「カリブ・フェア」の対象となっているのはカリコム加盟国です。
この合意を受けまして、今年8月上旬より11月上旬の日程にて日本国内の各地で一連の行事からなる「カリブ・フェア」が開催されております。この「カリブ・フェア」は、NGOを含む様々な民間団体が主導的役割を果たし、日本政府(外務省)との連携・協力の下に企画・組織されました。カリコム諸国・事務局、国際交流基金、及び日本国際貿易振興会も協力してくれました。一連の行事の中、貿易・観光に関しては、カリブの物産(ラム酒、コーヒー、ハンディ・フラフト等)・観光を紹介するカリブ展、日本人をターゲットにした対カリブ観光促進のための世界旅行博(於:横浜)への参加、文化に関してはカリブの音楽・ダンスを紹介する音楽フェア、カリブ歴史・文化に関するシンポジウム、それにバナナ・ペーパー展等が既に実施済み乃至これから行われる予定にあります。一方、カリコム諸国内においては、日本大使館が設置されている国において「カリブ・フェア」の時期に併せ映画祭、生け花、折り紙、武道デモンストレーシヨン、コンサート等日本の文化等の紹介をを目的にしたジャパン・ウイークが既に実施済み乃至今後実施が予定されております。
今回の「カリブ・フェア」を通じまして、日本におけるカリコム地域への関心が高まり、また日カリコム間の貿易量が増加し、更にはいわゆる3S(Sun、Sand、Sea)に代表される美しい自然と多様な文化等が自慢のカリコム地域への日本人観光客の増加といったことが期待されます。カリコム諸国よりはこれまで2人のノーベル文学賞作家を輩出しておりますが、日本とカリコム諸国は、音楽、文学、絵画、その他の芸術において世界に誇れる文化を持っており、双方の国民が、お互いの文化に触れる機会を持ち、相互理解を深めていくことは日本とカリコム間の友好関係を更に促進していく上でも重要と考えます。その意味からも今回の「カリブ・フェア」は非常に有益な行事であると思っております。
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福田:カリブ諸国は多様な文化圏ですが、私達には普段余り馴染みの少ないカリブ諸国の特色や魅力について教えて下さい。
佐藤:カリコム地域内の多くの国々は、国土、人口、及び経済規模が小さな国々がほとんどであり、イギリス、フランス、オランダの植民地支配を受けておりました。その名残を受け、カリコム諸国においては、一部フランス語(ハイティ)やオランダ語(スリナム)が公用語として使用されているところもありますが、多くの国では英語が母国語とされております。また植民地時代には、イギリス等植民地国が砂糖プランテーシヨン用労働力として多数のアフリカ人を主として西アフリカ諸国より輸入したこともあり、今日でもカリコム諸国においては人口比に占めるアフリカ系人口の比率が高いところが多くなっております。文化面では、宗教に関しては一般的にキリスト教が多くのカリコム諸国で主要な宗教として信仰されており、また植民地支配、奴隷制度、地理的に近接する米国の文化的影響の浸透等を背景にアフリカ系、ヨーロツパ系、米国系及び一部アジア系(インドネシア、インド、中国等)の文化が融合した多様で豊かなカリブ文化を有しております。特に、植民地時代、支配層やプランテーシヨン所有者である白人層はアフリカ系奴隷を囲い込み、政治的・経済的理由等により白人社会の生活様式に近づけさせないようにしていましたが、実はそれが、後世幸いして、アフリカ系の文化(音楽、踊り等)や伝統が今日まで継承されることとなりました。
カリブ諸国は、観光業を主要産業としております。赤道に近く年間を通じて非常に温暖であり、また島嶼国として白砂のビーチ、紺碧な海に代表される美しいリゾートが多々あり、世界各国よりの豪華客船が多数寄港しております。また、グレナダの火山等の世界遺産、世界三大カーニバルの一つであるトリニダード・トバゴのカーニバルといった名所・行事もあり、更には世界的にも有名なカリブ音楽(ジャマイカのレゲー、トリニダード・トバゴで生まれた歌曲カリプソやスティール・パン・バンド等)を楽しめる等観光地として欧米諸国の人々を含め多くの人々を引きつけております。
これらカリコム諸国の多くは、歴史的経緯から、政治的には英国の議会制民主主義を採用しており、また極く一部の国(石油・天然ガスの採れるトリニダード・トバゴ、ボーキサイト、森林資源等を有するガイアナ等)を除き概して資源小国であり、植民地時代の名残であるモノカルチャー経済(砂糖、バナナ、コーヒー等の一次産品)への依存度には依然高いものがあります。カリコム諸国は、経済発展を図るため産業の多角化等を図らなければなりませんが、市場規模が小さ過ぎること、技術が余りないこと、資金不足、及び頭脳の国外流出等様々な要因に加え、ハリケーン常襲地帯に位置するために自然災害に遭う頻度が多いなど脆弱な生態系を有していることもあることから、製造業の育成を始めとする経済開発もなかなか容易でないところがあります。
観光産業は、多くのカリコム諸国において重要産業の一つになっておりますが、世界経済の長期低迷や米国における同時多発テロ事件(9.11)の影響もあり観光客の減少といた状況に直面しております。カリコム諸国の大半は、ハイティ等の一部の国(一人当たりのGNPはハイティ510ドル、ガイアナ770ドル)を除き、概して開発途上国であるにも拘わらず一人当たりのGNPが高い水準(一番高いところではバハマの1万5千ドル、その他は1千ドルー9千ドル台)にありますが、これは主として巨額の観光収入に起因しております。しかしながら、これは人口規模が極端に小さく、そのことが結果的に各国の一人当たりのGNPを大きなものに押し上げているからであり、これを額面通りに受けとることは出来ず、こうした高いGNPにも拘わらずカリコム諸国の多くは今日なお、経済的に厳しい状況に置かれているのが現状です。
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福田:日本にとってカリコム諸国は地理的にも遠く、関係が比較的浅い国々のように考えられます。日本にとってカリコム諸国との関係はどのような重要性を有しているのでしょうか。
佐藤:日本とカリコム地域は、地理的に大変離れており(飛行機で約17ー23時間程度)、また植民地国と被植民地国といった歴史的関係もないこと、更には貿易構造が相互補完的になっていないこと、カリコム諸国の関心が独立以降旧宗主国(イギリス、フランス、オランダ)や地理的に近接し貿易経済関係から結び付きが深い米国、カナダに主として向けられてきた等の諸事情から相互に対する関心が薄く、そのため両者間の関係は長い間総じて極めて希薄な形で推移してきました。
しかしながら、近年におきましては、 カリコム諸国内においては、旧宗主国(イギリス、フランス、オランダ)のカリコム地域への関心・関与の低下を背景として援助額が低減傾向にあること、また冷戦の終焉以降カリブ地域の戦略的重要性が低下したことに伴う米国による援助額の急激な減少等を背景に日本や、カナダ等他の域外国との関係強化に対する期待感が高まりつつあります。
日本とカリコム諸国との間では、関係強化の一環として、1993年以降ほぼ定期的に次官級協議を開催してきており、11月には第9回目の協議が東京で行われる予定であり、また2000年11月には閣僚レベル会合が開催されております。こうした政府レベルの政策対話は日本・カリコム間の友好協力関係促進に大きく貢献しております。また我が国は政治・経済・経済協力面での関係強化のみならず、カリコム諸国内における対日関心と理解増進のためにも従来より日本文化紹介行事、人物交流拡大等を通じ文化交流の推進にも努力を払っております。
カリコム諸国は、一般に所得水準が高いところにありますが、現実には先ほど申し上げた通り国内の経済開発や持続的発展を実現していく上で財政的基盤が極めて弱体であるので、依然外部よりの支援を必要としていることも事実です。このため、現在我が国としても現行の経済協力制度の枠内で、カリコム諸国に対する経済協力(技術協力=専門家派遣、研修員受入、青年協力隊員の派遣等及び草の根無償、水産無償を含む無償資金協力)を行ってきております。
なお、我が国は、カリコム諸国とは基本的価値観(民主主義、基本的人権の尊重、市場経済)並びに同じ島嶼国であるとの地理的条件を共有していることから、国際社会における様々な分野で協力できる余地があり、実際上も国連等国際場裡で協力関係を維持しております。
福田:日本は、カリコム諸国に対しても政府開発援助を供与していますが、日本はカリコム諸国に対しどのような政策を採っているのでしょうか。
佐藤:端的に申し上げれば、我が国の対カリコム政策は2つの主要な柱から構成されています。一つは、国連を始めとする国連等国際場裏でのカリコム諸国との協力であり、もう一つはカリコム各国及びカリコム全体との友好協力関係の強化です。日本とカリコム諸国とは共通の価値観(民主主義、基本的人権の尊重、市場経済)を有し、国連改革、環境問題等国連等国際場裡で協力出来る分野が多くあります。また、日本としても国際社会でカリコム諸国との間にこうした協力関係を今後とも維持・発展させて行くためにも、強固な基礎作りが不可欠であり、そのために貿易・経済、経済協力、文化交流を含む幅広い分野での友好協力関係を強化するための努力も併せ不断に払っていく必要があります。
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福田:カリコム諸国ではバナナペーパー・プロジェクトが進められていると聞きました。このプロジェクトはどのようなもので、日本はこれまでにどのような支援を行って来たのでしょうか。
佐藤:バナナ・ペーパーとは、バナナの茎(茎からは上質な繊維が穫れる)を利用して作られる紙を指します。このバナナ・ペーパーにより絵はがき、本、ランチョンマット、壁紙等が作れます。従来バナナの茎は使われずに捨てられてきましたが、バナナ・ペーパーを手掛けている専門家によりますと、このゴミとして大量に捨てられてきた茎を原料にして紙を製造出来れば、資源の有効な再利用、環境保全、産業振興とそれに伴う雇用の増大等が期待されるそうです。
お尋ねのバナナ・ペーパーについては、1999年にNHKで報じられた南米エクアドルで開催された日本人専門家によるバナナ・ペーパーに関するセミナーを嚆矢としております。この放送を契機にバナナが栽培されているカリコム諸国の注目も引くこととなり、同年にハイティにて同様のセミナーが同じ日本人専門家により開催されました。そしてその後、我が国の経済協力(技術協力、草の根無償)によりハイティのNGO団体等に対するバナナ・ペーパー製造機材等の供与、専門家を派遣しての現地でのセミナー開催(ハイティ、ジャマイカ、セント・ヴィンセント、セントルシア)等が行われました。
また外務省の青年招聘事業の一環として今年5月にカリコム4ヶ国(ハイティ、ジャマイカ、セント・ヴィンセント、スリナム)よりバナナ繊維の研究・応用に携わる中堅指導者9名を日本に招聘し、バナナ・ペーパーに関連した研修を実施致しました。
因みに、バナナ・ペーパーについては、バナナ・ペーパー普及を目的としている日本のNGOにより今年開催された「カリブ・フェア」期間中、展示会、セミナーの形で紹介され、また先般ヨハネスブルグで開催されました「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(WSSD)の際にもサイドイベントの一つとして紹介されました。
福田:日本としては、今後カリコム諸国との関係にどのようなものを望んでいますか。
佐藤:我が国は、対国連外交を対外政策の重要な柱の一つとして位置づけ、国際社会においてはカリコム諸国とも協力して外交を展開しており、カリコム諸国は我が国とりましても重要なパートナーです。他方カリコム諸国にとり日本は貿易、経済協力の面からも重要なパートナーの一人となっております。こうした事情を背景に日本とカリコム諸国間の友好協力関係は緩慢なスピードながらも年々緊密さを増しつつあります。
しかしそうはいいましても、日本国内ではカリコム諸国は未だ遠い存在であり、良く知られていないのが現状ではないかと思われます。幸い、近年におきましては、ジャマイカのレゲエ等カリブの音楽を通じ我が国おきましても、若い世代を中心にカリブ地域への関心が高まりつつあり、今回のカリブフェアを機会に日本とカリコム諸国間の相互の関心と理解が一層深まればと期待しております。
また私ども致しましても、今後とも引き続きカリコム諸国との友好協力関係増進のため努力していきたいと考えております。
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