中東和平に光はあるのか
-中東における日本外交を考える-
中東アフリカ局 藤井新 中東第一課課長に聞く
収録:平成14年10月18日
イスラエル・パレスチナは長年の悲劇を越えて1993年オスロ合意(中東和平実現に向けた初の合意。パレスチナ人による暫定自治と最終的地位交渉の開始に至るプロセスを定めており現行のパレスチナトラックの土台となっている)によって和平という一筋の光明に向かって歩き出したかに見えた。しかし、昨今は自爆テロとその報復攻撃という嵐の中に再び舞い戻ってしまった。今回は中東アフリカ局 藤井新 中東第一課課長に、中東和平に関するわが国の外交政策を中心にお話を伺った。(高木)
高木:まずは常套の話題から入りたいと思います。2000年9月イスラエルのシャロン党首(当時)が東エルサレムの聖地を訪れて以来、イスラエルとパレスチナの関係は悪化し、一年半以上両者の争いは続いています。イスラエル国内では自爆テロが起こり、また、アラファト議長府占領という惨事が続いています。そもそも、イスラエル側の行為は国連安全保障理事会決議242号((1)最近の紛争で占領された領土からのイスラエル軍の撤退。(2)交戦状態の終結。(3)難民問題の公正な解決。1967年11月22日決議)、338号((1)全ての戦闘・軍事行動の終結を要請。(2)決議242号の全ての部分を直ちに履行すべし。(3)公正、永続的な平和樹立のための交渉が関係当事者間で開始されるべし。1973年10月22日決議)及びワイ・リバー合意(パレスチナ・イスラエルのヨルダン川西岸地域からのイスラエル軍追加撤退合意。1999年9月4日)の明確な違反と解釈しますが、どのように考えていらっしゃいますか。
藤井:おっしゃるとおり、イスラエルは安保理決議を実施していないと捉えています。そのため、日本としても安保理決議を遵守するようにイスラエルに働きかけています。
高木:といたしますと、米国をはじめとする国際社会はイスラエルを非難するような決議を行わないのでしょうか。殊に米国ではユダヤ人組織が政府に大きな影響力を有していますが、日本も米国と共同でイスラエルを非難するようなことはしないのでしょうか。
藤井:いくつかのポイントがあると思うのですが、まず、どの国がどちら寄りと言うことは、お互い様であると思うのです。「米国はイスラエル寄り、欧州はアラブ寄り」と言えるのかもしれません。ただ、イスラエルは国連決議を守るべきですし、パレスチナ側も自爆テロを取り締まるべきです。日本は両者に対して一貫して働きかけをしていますし、世界各国も同様だといえます。
高木:川口順子外務大臣が6月にイスラエル・パレスチナ自治区を訪問した結果を見ても、双方の意見の食い違いは甚だしく、これを解決するには難問が山積していると感じます。日本はアフガン復興支援国際会議の共同議長国としての実績があり、社会的・歴史的に見ても、二枚舌外交によって今日の中東問題の火種を作ったような国と比べ、中東和平の環境作業部会の議長国として「公平」という面では相応しいと感じますが、日本に出来る役割をどのように考えていらっしゃいますか。
藤井:一言で言うのは難しいのですが、勿論、日本が取るべきイニシアティブがあれば取っていきますし、日本にとって必要なものであれば実行するつもりです。構想だけでイニシアティブを宣言する国がありますが、それはイニシアティブとは呼べないと思います。イニシアティブとは、良くも悪くも計画を実施する能力と責任を伴っている必要があります。例えば、米国のイニシアティブには意思と能力が伴っています。日本は、中東和平に関する構想において、パレスチナとイスラエルという2つの国家の平和共存を目指し、「パレスチナという国を作る」という国際社会のコンセンサスを中心に据えています。そのために重要なのは国造りの準備です。つまり、パレスチナが民主的政府機構を作ることです。そのためにはイスラエルが、移動の自由を認めること、税収の公平分配をすること、国際援助の妨害をしないこと、を約束すべきです。日本は、国際社会が国造りを応援することにより2つの国が出来て、和平の話し合いをし、達成するという青写真を抱いています。先の川口大臣の訪問では日本の計画を書面で手渡しました。日本が早急に開始しようとしているプログラムは次の3点です。まずは、パレスチナ立法評議会の議員を日本に招聘し日本の議会制民主主義を学んでもらう機会を作ること。次に、会計検査の研修プログラムを日本で行うこと。最後に、司法制度の確立のために裁判官・検事・弁護士などを法体系が似ているヨルダンなどの近隣諸国で研修させるという計画です。国際協力事業団(JICA)やNGOの協力を得て本年度にも始めたいと思っています。
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高木:素晴らしい計画ですね。それでは、2002年5月にパレスチナで基本法が発効されたのも一連の動きと見てよろしいのですか。
藤井:それは重要な一歩だと思います。今後、もっと本格的な統治機構の部分や人権の部分を含めた憲法を作っていくはずです。
高木:その狙いは、欧米的価値観、つまりグローバリゼーションを中東にもたらすことなのでしょうか。
藤井:色々な思惑を持っている人はいるでしょうが、日本はパレスチナ改革に関するタスクフォース(米国・EU・ロシア・国連・日本・ノルウェー・世銀・IMF)において改革のオーナーシップを強調しています。それは、押し付けの改革でなく自身で改革していくことを意味しています。従って、特定の価値観を押しつけることはないと言えます。
高木:そもそも、和平交渉のイニシアティブをとるには、単に中立的であるだけでなく、双方に対する強いアプローチや影響力が必要だと感じます。加えて、和平交渉をされる側にも仲介者からのベネフィットがないと説得力に欠けるように思えます。川口大臣の中東訪問を見ますと、彼らは日本を資金援助国としてしか見ていないと感じてしまいます。それでも、日本は中東の調停国として相応しいと感じておられますか。
藤井:確かにおっしゃるとおり、調停国と紛争国の双方にベネフィットがないと調停はうまくいかないと思います。ところで、私は「中立」という言葉自身を疑問に思っています。「中立」とは悪い言葉で言えば「無関心」ということにもなると思うのです。日本の外交政策は二陣営と等距離を計っているわけではありません。そもそも中東が平和になることは日本の国益にも繋がります。石油の安定供給もそうですが、テロの根絶も重要です。それは日本のみならず世界の安全保障にも繋がるのです。そのため、日本は和平の達成を目標としており、それに向けて双方に「暴力をやめろ!」と働きかけています。その上で、話し合いによる和平実現のためには日本は協力を惜しまないという姿勢です。日本は世界のGNPの15%を占める大国です。日本を抜きにして世界の大きな問題は解決しないと思っています。このような視点から、日本は和平に貢献すべき国だと考えています。
高木:なるほど。では、イスラエル・パレスチナ側からみたら日本は調停国に相応しいとみているのでしょうか。例えば、米国が調停国としてのイニシアティブを振るえるのは、調停後のケア、つまり、イスラエル・パレスチナ両国の安全保障を確立するだけの軍事力を持っているからだと考えますが。
藤井:おっしゃるとおりです。米国は中東でも一番期待されている国であり、背景にはそのようなことがあると感じます。日本は武力を使ってのケアは出来ませんが、日本に対するイスラエル・パレスチナの信頼・期待は2点に基づいています。1点は、資金援助です。ただ注意して頂きたいのは、お金を援助するというだけでなく、開発・復興をするノウハウも持っているという点で期待されているということです。2点目は、先ほどご指摘があったように、日本は過去中東に対して負の歴史がないということです。日本は信頼されており、中東に関与することによって自らその権益の拡大を図ろうとしているとは見られません。そして、日本が両者を毛嫌いしていないことを両者が十分承知していることは、調停国になる上で重要なことだと思います。
高木:しかし、昨今起こりました自爆テロやアラファト議長府占拠などを見ましても、今は和平には大変難しい時期だと思いますが。果たして日本に出来るのでしょうか。
藤井:おっしゃるとおりです。おそらく歴史上、現在が最悪の部類に入る状態だと思いますが、和平の機運が進んだ場合には、早晩この地域で協力して生きていかねばならないと両国とも思うわけです。そうした時のノウハウや日本の正直な仲介者としての役割は重要になってくると考えます。ですから、91年のマドリード会議の後に環境作業部会(WG)の議長になったわけです。
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高木:なるほど。今、環境WGという言葉をおっしゃいましたので、敷衍してお尋ねしますが、現在、日本は環境WGの議長、経済開発WG、水資源WG、難民WGの副議長、運営委員会のメンバーとして積極的に貢献しています。殊に、中東において水資源問題は安全保障の根幹にかかわる問題です。これは人間の安全保障と称しても良いと私は認識していますが、どのように交渉を進めていくのでしょうか。
藤井:現在、中東は難しい状態になっていますので、残念なことにこの地域の国々はこれらの活動を進めようという姿勢を失っています。殊にアラブ諸国は「和平が先だ」という姿勢を強く持っています。しかしながら、今後、域内で協力するとの機運が盛り上がった時は喜んで議長国として協力するつもりでいます。現在もそうした機運がないか両者に聴取中ですが、まだ情勢は難しいようです。しかし、是非、実行したいと思います。そうした協力はイスラエル・パレスチナ双方の信頼を醸成するのに最適ですし、環境や水は人間が勝手に引いた境界とは関係なく、同じ地域に住む人々の間の協力が必要です。だからこそ、日本は行動すべきだと考えています。
高木:中東の勢力地図を見ますと、水資源が豊かな地域はイスラエルに属していて、アラブ側に土地を返還する際も、水のない不毛の土地を渡しているように思えます。ここからは歴然とした力の差を見出すことができると思いますが、例えばパイプラインの開設等のプロジェクトによって解決することは出来ないのでしょうか。
藤井:どの土地を返すのか、水場に近い地域を返すのか、という問題は政治的な論点です。ゴラン高原に代表されるシリアトラックの問題もそうですし、まさしく、一番重要なコアの問題だと言えます。ですから、土地の配分なしにパイプラインを引く構想にはどちらの国も乗ってこないと思います。ただ、どんな形であれ関係者に水を公平に分配する体制や制度を作るべきだと思いますし、そのためには専門家派遣などを含め協力していきたいと考えます。残念ながら、この問題だけは和平の決着が付く間際でないと話はつかないと思いますが、非常に重要な問題です。
高木:中東問題を考えるときに我々は宗教や文明を表に取り上げすぎていると感じます。実際は、この水問題など生活の根幹に関わる問題が一番のポイントだとも見えますが。
藤井:中東問題とは何かと考えることは難しいのですが、そういったものを全て象徴しているのが民族=宗教という図式だと思います。
高木:そうしますと、我々がいくら「自爆テロをやめろ」と働きかけをしましても、根幹にはイデオロギーが存在し、問題は個々人の観念に終着するということになってしまうのではと思います。アル・カイーダが好例ですが、いくらタリバーン政権を打倒しても、世界中に狂信者が分散している以上、先日のバリ島爆弾テロ事件なども引き起こせるわけですよね。批判声明ばかりで解決できない問題においては、教育や啓蒙などが重要なファクターとなると思いますが。
藤井:おっしゃるとおりです。私の意見ですが、自爆テロのような悲劇が起こるのは、宗教は勿論ありますが、若年層が将来に対して絶望していることが一番の原因だと思います。若者に将来に対して希望を持ってもらうために、学校教育を充実させ、職場を整備する必要があると思います。繰り返しになりますが、だからこそ「暴力をやめろ」と言いたいのです。イスラエルが戦車で攻めて、2、3日は効果があるかもしれませんが、根本は無くならないわけです。また、政治が自爆テロを殉教だと煽っても、死ぬのは自分たちの子供たちです。教育は長期の話として確実にやっていかねばなりません。
高木:興味深いですね。先ほどマドリード会議のことについて触れられましたが、6月の川口大臣の訪問において双方から国際会議への参加・カルテットへの参加希望を言われましたが、「米国・EU・ロシア・国連」による四者委員会(マドリード・カルテット)への参加は考えているのでしょうか。
藤井:日本は当然参加すべきだと考えていますし、用意もあります。ただ、自分で参加させろと押し掛けていく訳にも行きませんから(笑)、既存の参加国の意向もありますが、参加すべきだと思います。
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高木:意地悪(笑)なことを言うようですが。そもそも、日本がカルテットに参加しクインテットになることは相応しいことなのでしようか。既存の参加国は中東に深い関係がある国家ばかりだと思うのですが。
藤井:忘れてはいけないのが、日本は、マドリード会議からインティファーダが激化してプロセスが揺らぐ前までに、パレスチナの安定のために各国が援助をするという計画に世界2位の資金援助(93年9月以来約6億ドルを供与)をしているということです。これは嫌々やったのではなく、迅速に実行しましたし、96年の選挙の際、最大の選挙監視団を派遣したのも日本です。国際社会は日本に協力を望み、日本はそれに応えたのです。ですから、日本が参加することに疑問を呈するのはおかしいと思います。ただ、おっしゃるとおり、既存の参加国がこの問題に因縁深いことは認めます。しかし因縁ばかりで判断してはならず、実行力のある国こそ参加すべきだと考えます。
高木:おっしゃるとおりですね。確かに資金援助は大切だと思いますが、例えば湾岸戦争の際に、日本はあれほどの巨額な援助金を出したにもかかわらず、人的貢献をしなかったというだけで国際社会からは賛辞を得られないという辛酸を舐めました。日本のそうした貢献は、目に見えない分、損をしているように思えるのですが。
藤井:確かに、国策としてやっているわけですから目に見えた方が良いと思います。パレスチナに関して言えば、目に見えていると思います。それは日本が広報に努めていることもありますが、テルアビブにある日本大使館ではパレスチナ地域のためだけに常時4人のチームを編成し、毎日、危険なガザやヨルダン川西岸に行ってパレスチナ政府関係者と会って大変親しく意見交換をしています。政府幹部から門番までが友好的に対応してくれています。まさに「足で稼ぐ」ようですが、日本の貢献は高く評価されていると実感しています。
高木:それは大切なことですね。では、改正PKO協力法により活動範囲が広がったと感じますが、ゴラン高原以外にも積極的に中東にPKOを派遣する計画はあるのでしょうか。
藤井:具体的な計画は今あるわけではないのですが、これからのプロセスの推移を見て当然考えねばならないと思っています。
高木:それでは最後に、パレスチナ国家樹立に向けた動きがありますが、わが国に出来ることは何だと思われますか。
藤井:暫定的な国家を作り最終的合意に移ろうという動きがありますから、国家建設は現実的な話だと思います。我々は半ば計画を始めているつもりでいます。我々に出来ることは、第1に、パレスチナ国造りへの協力、第2に、パレスチナとイスラエルの和平実現です。これは川口大臣が現地に行った時にロードマップで示したように、今の段階では人道支援とパレスチナの改革、つまり、Good Governanceの問題なのですね。政府を民主化してより透明性の高い国にすることが将来の国造りの大切な布石だと考えますので協力しています。これが着々と進展するなら、国の経済が自立できるようなインフラ整備のノウハウを提供することができますし、国が成立した際には、国が繁栄し平和になるような技術協力・資金協力が出来ると思います。さらに言えば、イスラエルとパレスチナのみならずアラブ社会が互いに仲良くやっていくような地域プロジェクトを遂行していくのも良いと思います。
高木:夢が膨らみますね。早くそうしたプロジェクトが実現し中東に平和が訪れることを願いたいですね。本日はありがとうございました。
藤井:こちらこそ、ありがとうござました。
【インタビューを終えて】
20世紀は「科学の時代」と称される一方「戦争の時代」であったと称されることがある。その負の遺産の典型が中東問題と言えよう。互いに憎しみ合う民族と国家。この悲劇を我々は何とか解決し世界の恒久平和を実現しなければならない。我が国にとって、こうした問題に積極的に取り組むことこそ「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」と憲法前文でうたっていることではないだろうか。(高木)
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