ASEM -アジア欧州新世紀への飛躍―
国際経済第一課 新美潤課長に聞く
収録:平成14年10月11日
小泉首相は9月22日から24日までデンマークのコペンハーゲンにおいて開催されたアジア欧州会合第4回首脳会合(ASEM4)に出席されました。本会合にはアジア側より10カ国(日本、韓国、中国、及びASEAN7カ国)、欧州側よりEU15カ国及び欧州委員会の首脳が出席しました(一部は代理出席)。ASEMは、1996年、シンガポールのゴー首相の提唱を受け、アジアと欧州の首脳が直接対話する場を設けようという趣旨のもと非公式な形で発足し、今日まで、バンコク、ロンドン、ソウルと三回の首脳会合が開かれてきました。今回コペンハーゲンで行われたASEM4に出席した小泉首相に同行された、新美潤(しんみ じゅん)国際経済第一課長にお話を伺いました。(倉持)
倉持:アジアにとって今までは地理的にも遠く関係も希薄であったEUとの対話と協力がなぜ必要なのでしょうか。
新美氏:遠くはフランシスコ・ザビエルの時代から、日本と欧州との交流はありました。両者の関係は日本の鎖国時代にも決して途絶えることがなかったほど、お互いにとって重要なものでした。しかし、現在、日本とアメリカや、韓国・中国・ロシア等との関係は密接ですが、それに比べ日欧関係については、その重要性が国内で必ずしも十分理解されているとは言えません。この原因については、まず第一に地理的な問題があります。日本を含めアジアから見て、やはりヨーロッパは地理的に遠いということです。第二に、ヨーロッパ諸国が「EU」という地域統合体に発展してからEUの「顔」が分かりづらくなってきてしまったということもあります。米国ならブッシュ大統領の顔が見えますが、EUには、プローディー欧州委員長の他、シラク仏大統領、ブレア首相等、「顔」がたくさんあるのです。「顔の見えにくい外交」では重要性の認識が低下してしまうのも必然の結果かもしれません。しかし実際のところ、今日、EUが国際社会に占める役割は大きく、例えば、そのGDPは世界の3割を占めて米国と並んでいます。貿易においても、日本の貿易相手国の第一位はアメリカですが、第二位はEUです。投資の面から見れば、EUはアメリカを抜いて、日本の一番の投資先です。このように、歴史的観点からも、経済的観点からも、今日の国際社会におけるEUと日本・更にはEUとアジアの協力の強化が求められているのです。
倉持:今回のASEM4の結果を日本としてはどのように評価していますか。また、ASEMの最終的なゴールはどこにあるのでしょうか。
新美氏:1996年、バンコクにおいて、アジアと欧州の首脳間の自由な意見交換の場として発足したASEMでしたが、その後ロンドン、ソウルと二回の会合を経てそのプロセスが進むにつれて、活動がが活発化する反面、本来の「自由な意見交換」という色合いが薄れ、官僚化するきらいがありました。そこで今回のASEM4では、本来の自由な意見交換としての形式を取り戻すよう努力がされました。例えば、「文化と文明に関する対話」と題するリトリート・セッションが初めて開催され、事務方を除いた首脳のみでの自由な意見交換の場が持たれました。日本としては、ASEM4においてASEMはその原点を取り戻すことができたという意味において、今回の首脳会合を高く評価しています。
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倉持:なぜASEMは対話と協力のプロセスを「非公式な形」で進めているのでしょうか。そして、なぜASEMを組織化しないのですか。事務局を作る必要性は今まで提唱されなかったのでしょうか。また、高級実務者とはどのような人々なのでしょうか。
新美氏:欧米関係に比べると、アジアと欧州の関係は相対的に希薄であり、お互いの認識もまだ十分ではないのが現状です。現時点では、まずはお互いを良く知ろうというプロセスから始めている段階です。将来的には事務局をおくという話になるかもしれませんが、現時点では、ASEMはむしろ非公式な形で進めることにより、首脳間の自由な意見交換ができる場を作ることを目指しています。この際に、非公式な会合とは言っていますが、そのための準備が必要となるのは当然であり、その準備を手がけているのが高級実務者といわれる人たちです。各国によってレベルは違いますが、日本では外務省総合外交政策局長がその任務を果たしています。また、ASEMは「イニシアティブ」という独自の制度を取り入れていることに特徴があります。イニシアティブとは、アジア欧州間の協力促進のために各国が独自のプロジェクトを立案し、実施するもので、各国の提唱がASEMで承認されるとイニシアティブと呼ばれるようになります。日本は2002年3月に、経済についてのセミナーを実施しており、その他、ASEM4でも、経済に関するシンポジウムや教育交流に関するイニシアティブを提唱しています。これはまさにASEMの非公式で自主的な性格を象徴するものです。
倉持:今回のASEM4では「テロに関する協力のための宣言」が採択されましたが、ASEM全体としての「テロ」に対する姿勢は一致しているのでしょうか。実際に国内にテロ組織を抱えている国々、例えばスペインのETA等への対応はどうなのでしょうか。それら、内部でテロが起こっている国の懸念は盛り込まれなかったのでしょうか。また、テロに対する長期的活動について、短期・中期的活動に比べ、テロ対策よりも文化交流という印象を受けますが、どうなのでしょうか。
新美氏:今回のASEM4で承認された「テロに関する協力のための宣言」に反映されているように、国際平和を目指す各国の姿勢は一致しています。しかし、ASEM参加国の中に、イスラム・キリスト・仏教等、様々な宗教国が存在することに象徴されるように、各国の意見は多様です。だからこそ、それぞれ多種多様な宗教や文化的背景を持つ25カ国・1機関が相談し、「テロ」に対して1つのメッセージを出すことに成功したことは大変重要な意義があったのです。御質問のスペインについては、同国が本年前半ASEMの調整国であったことから、4月に移民管理大臣会合を国内のランサローテ島で開催し、テロ問題及び国内治安問題等、スペイン独自の立場からその関心事項をASEMにおいて示していました。同大臣会合には、日本から法務省の下村政務官(当時)が参加しました。テロに対する活動については、短期・中期・長期的活動に分けてみることができますが、テロの背景には、貧困、経済開発、文化・文明の衝突等の問題が隠れており、経済的に協力し、異なる文化を理解しあうことがテロを根源から撲滅することにつながると考えています。ASEMはテロに対する短期的解決のみならず、テロを根源からなくすための文化・文明の交流による相互理解にも力を注いでいるのです。
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倉持:日本は今回の首脳会合後、ベトナムと共にASEMのアジア側の調整国となりました。ASEM調整国として、日本はどのような政策に力をいれ、どのように舵を取っていくのでしょうか。社会主義国であるベトナムとの関係に懸念はないのでしょうか。また、アジア側の調整国はどのように選ばれるのですか。
新美氏:まず、ベトナムとの関係についてですが、懸念といったものは全く持っていません。ベトナムは2004年に行われるASEM5の開催地に自ら手を上げるなど、国際社会における自国の前向きな姿勢を明らかにしています。そしてベトナムは既に昨年ソウルで開催されたASEM3以降現在に至るまで調整国も務めてきましたが、今後ASEM5まで引き続き調整国を務めることを表明しています。アジア側の調整国は、慣例的には、日本、中国、韓国の中から一カ国、そしてASEAN諸国から一カ国が2年ごとに選ばれる仕組みになっています。日本は調整国になったばかりであり、各国と相談しながらこれからの議題を考えていきたいと思っています。日本は、アジアの一国でありながらも、G8のメンバーであり、経済大国、先進国であるといった非常にユニークな位置に存在しています。この点においては、日本は他のアジアの国と比べて、文化的背景・価値観等、既にEU諸国と共有できる部分が非常に多く、日本とEUは非常に近い位置にいるということもできます。この位置的特性を活かし、日本はアジアと欧州の「架け橋的な役割」を果たすことが期待されていると思います。2004年に開催されるASEM5においては、EU拡大に伴う、ASEMへの新規参加が大きな話題になると思います。また、アジアにおいても、まだ参加を果たしていないASEAN諸国等がASEMの戸をたたくことは必至であり、それが大きな論点になると思います。この問題については、現ASEM参加国と十分に話し合い、相談しながら取り組んで行きたいと思っています。
倉持:今回、小泉首相は欧州委員長のプローディー氏と会談されたとのことですが、どのようなお話をしたのですか。EUは日本をどのように見ているのでしょうか。日本の経済状態についての指摘はなかったのでしょうか。
新美氏:EUは、日本をアジアの中の経済大国、先進国、そして民主主義国家と認識し、EUと同じ価値を共有するアジア諸国の取りまとめ役として評価し、期待を寄せています。プローディー氏は先の小泉首相の北朝鮮訪問を受けて、EUは同訪問を評価し、支援したいと述べられました。また、欧州委員長は、日本の経済情勢や世界的な株安に象徴される現下の経済情勢を懸念しているものの、小泉首相の構造改革を支持する旨述べられました。
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倉持:「より緊密な経済パートナーシップ」を目指していると謳っていますが、実際はEUにとってアジアの経済統合は脅威にはならないのでしょうか。またその逆に、アジアにとってEUは、EU地域外からの輸入に高い障壁をかけ輸入を抑えようとしている点において経済的な脅威と認識されることはないのでしょうか。その点で両者の合意はあったのでしょうか。
新美氏:WTOの自由貿易ルールの下では、地域貿易取極め(RTA)を一定の条件の下で結ぶことが認められています。自らの経済統合を進めるとともに、EUは経済連携をアフリカや近隣諸国にまで広げようとしています。それを追う形で、アメリカ、カナダ、中南米等も自由貿易圏を作ろうとしています。このような状況の中で、アジアの国々が、WTOの自由貿易ルールを尊重した上で経済連携を進めようとすることは極めて自然な動きであり、それに対してEUやその他の諸国が不安を持つということは必ずしもないと思います。EUの方が先に進んでいるのですから、むしろアジアの相談役となってもらい、アジアの国々は、ある意味ではEUを目標に経済統合を進めていくべきなのです。
倉持:EUがユーロ通貨統合を成功裡に修めたことを踏まえ、更なる経済統合の深化を目指すアジア側に、ユーロのような通貨統合の構想は出なかったのでしょうか?
新美氏:アジアにおいても、将来的にはありうるかもしれませんが、現時点での通貨統合は難しいと思われます。ヨーロッパにおいては、EUがまだEEC(ヨーロッパ経済共同体)であった時代からユーロ通貨統合の話は出ていましたが、当時それがすぐに現実のものになるとは、誰も思っていませんでした。それが今日現実となった背景には、EUはヨーロッパという極めて均質性の高い国々の集まりであったことや、それぞれの国が歴史・社会・文化的背景を共有していたという点が大きく関係しています。しかし、ユーロ通貨統合を果たしたEUでさえ、半世紀近い非常に長い道のりを経て現在に至っているのであり、アジアという、EU諸国に比べ、文化・社会的背景が多様な国々の間での通貨統合は、現時点では容易ではなく、やはり長い険しい道のりが必要になるのではないでしょうか。
【インタビューを終えて】
新美氏へのインタビューを通じて、日頃身近には感じづらい「外交の窓」の内側を見させていただくことができました。情報だけは伝えられても、難しい外交文書や報道につい先導されてしまいがちの受け手である私たちが、ただ情報を受け取るだけでなく、より外交に興味を持ち、自分の手で情報を集め、それに基づいて勉強をし、自分なりの意見を持つことの大切さを身をもって感じることができました。私たち国民を代表して日々奮闘されている外交官の方々の生の体験を、たった一枚の紙やブラウン管を通してしか知ることができない私たちにとって、「外交の窓」はまだまだ曇った存在であり、その窓を開けるのは、外交官の方々と私たち一人一人の国民の間の相互理解と努力であることを、このインタビューを通じて実感することができました。今後ベトナムで開かれるASEM5における日本の更なる活躍と、EUとアジア間の架け橋的役割に期待しています。(倉持)
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