国連を通じた外交
総合外交政策局 水鳥真美 国連政策課長に聞く
収録:平成14年10月7日
「国連外交」と聞いて、皆さんはまず何を思い浮かべるでしょうか。「世界の平和と安全」などの大きな概念はすぐに浮かんでくると思いますが、日本との関係性という面では、具体的なイメージは湧きにくいのではないかと思います。ですから、今回私は、どのような形で日本が国連と関わりあい、また国連を通じて日本はどういうことをしているのかということを、外務省総合外交政策局の水鳥真美国連政策課長にお聞きしました。(中野)
中野:ではまず初めに、外務省内のどの部署で国連関連の仕事を担っているかということをお聞きしたいと思います。
水鳥:まず国連には、6つの主要機関があり、それは、「安全保障理事会」、「総会」、「社会経済理事会」、「信託統治理事会」、「国際司法裁判所」、そして「事務局」です。外務省内には「総合外交政策局」というものがあり、その中に「国連政策課」と「国連行政課」とがあります。「国連政策課」では、安全保障理事会、総会という場を通じて、国連の政治の部分に関わる仕事をしています。「国連行政課」では、経済社会理事会等を通して、国連の経済関係の部分を、そしてこれとは別の「条約局」というところで、様々な法律に関わる部分の仕事をしています。以前は、「国連局」というひとつの局が国連に関わるすべての業務を行っていましたが、今はこのように分散して行っています。
中野:およそ何人くらいの方々が、働いていらっしゃるのでしょうか。
水鳥:外務省全体では5000人強の職員がいて、その中の3000人が国外、2000人が国内で働いています。ニューヨーク、ジュネーブなどの国外で国連業務に携わっている人と国内で国連業務に携わっている人をあわせると400人弱であり、非常におおまかに言えば、全外務省職員の10分の1が国連業務に携わっていることになり、全体からみても大きなウエイトを占めていると思います。
中野:日本の外交政策において、対国連政策はどの程度重視されているのでしょうか。国連政策以外にも、例えば、日米同盟や、G8との関係など、日本が外交政策の中で考慮しなければならないことは多くあると思うのですが。
水鳥:昔からずっと日本の外交の中では「国連重視」ということが言われてきました。「国連中心主義」と言っていた時代もありましたね。今はそのような言い方はしていませんし、国連といった「マルチ」(多国間)の外交と、例えば日米のような「バイラテラル」(二国間の)の関係は、「どちらか一方がより重要」ということでははないと思います。
国連というのは、現在191の国が加盟している世界で最も普遍的、包括的な国際機関であり、ここでは国際情勢に関わるおよそ全ての事項を扱っています。そのような場で日本が行う活動は、日本の国益を伸ばしていく上でも、さらに言えば、そもそも世界を平和で安定に維持していく-結果的にはこれも日本の国益につながっていくわけですが-ためにも、非常に重要です。一方で、中野さんが言及された「日米同盟」というのは、おそらく日本のバイラテラル(二国間の)の関係の中で一番大事な関係でしょう。それはなぜかと言うと、直接日本の安全保障の問題に関わってくるからです。ですけれども、国連との関係とどちらが重要かということではなくて、等しく重要ということです。それから「G8」というのは、いわゆる先進国と言われる国の中でも最も進んだ国が、政治と経済の両面においてどのような役割を世界の中で果たしていくか、その役割分担を調整するメカニズムです。これも同じように重要です。日米やG8と比べて1位、2位、というような順位付けはいたしませんけれども、「国連外交」というものが、他と非常に異なっている点は、世界中のほとんどの国が加盟している-その多くが途上国なわけですが-、そういう機関を通じての外交であるという点です。ですから、そこにおける活動や、特に途上国との関係というのは非常に重要で、今までもそうですが、これからも日本外交の大きな柱であり続けると思います。
|
中野:では次に、国連の中における日本の働きかけについてお聞きしたいと思います。国連は、環境、開発、軍縮、難民問題、女性の地位向上、教育など本当に様々な分野で活動を展開していますが、それらの中で特に日本が力を入れ、イニシアティブをとっている分野はあるのでしょうか。
水鳥:結論から言いますと、どの分野というように特定できないほど、日本は国連の全ての活動に大変積極的に関わっています。例えば、環境・開発の分野でしたら、今年の8月にヨハネスブルクで行われた「持続可能な開発のための首脳会議」の場で、小泉首相は「持続可能な開発」のために日本がこれまで行ってきたこと、そしてこれから行っていこうとしていることをアピールしました。その中で、「教育」という、国連の活動の中で非常に大事な分野のひとつともリンクさせて、2005年からの「持続可能な開発を可能にするための教育の10年」を提唱しました。難民問題では緒方貞子さんが有名ですが、日本は、緒方さんが国連難民高等弁務官をしていらした時はもちろん、退任された後も難民問題には積極的に取り組んでいます。UNHCRでもだいたいいつも1番か2番のドナー国です。最近ではアフガニスタンの難民の問題にも貢献しています。女性の問題では、「国連婦人の地位委員会」というのがあり、日本はずっとそのモニター国をしています。その他にも「女子差別撤廃条約」というのがありますけれども、今年はその委員に齋賀富美子という外務省職員(現国連代第3大使)がトップで当選しました。これは女性問題における日本の取り組みが高い評価を得たということを示していると思います。核軍縮については、1994年から毎年国連総会に核の廃絶のための決議案を出しています。これは毎年多くの国によって支援されており、その決議案を採択する上で日本は中心的な役割を果たしています。また日本は、安全保障理事会の常任理事国ではないのですが、非常任理事国としては過去8回当選しており、この回数はブラジルと並んで最多です。経済社会理事会では3年任期の理事国を13期続けて勤めており、来年から3年間の理事国を決める選挙が先週行われましたところ、また当選しました。このように日本は政治の分野、経済の分野、環境・開発の分野、女性、軍縮で積極的な活動をしています。その他、現在松浦晃一郎氏がユネスコ事務局長を勤めていらっしゃり、教育・文化の面でも積極的に活動しています。また日本は「政府開発援助(ODA)」の額が世界第2位の国ですから、資金の面でも、そして人的協力を通じても、国連の活動全般に貢献していると言えると思います。もう一つ近年の活動としましては「PKOの活動」があります。PKOの業務の中身というのは歴史的にずいぶん変わってきていて、昔はいわゆる停戦のための活動をして、その繧サれが守られているかどうか監視していたのですけれども、近年の傾向としましては、停戦の監視のみならず、例えば、選挙の監視、難民の支援ということもやっています。現在は、東ティモールで国連のPKO活動が行われているのですが、その中で690人の日本の自衛隊員が活動をしています。ですから、PKO活動という面でも活躍が目立ってきていると言えると思います。
中野:そのように色々な場面で活動を行っているということですが、今回の国連総会において、日本政府として特に重視している議題というものがあれば、教えていただきたいと思います。
水鳥:「総会」というのは、国連のなかの6つの大きな組織のひとつですから、総会だけで何かが決まるということはなかなかありません。ですから、「この会期に、日本として国連で何をするか」というように質問を解釈してお答えしたいと思います。9月13日に、小泉首相が総会の場で一般討論演説をしましたが、そこで述べていることが、日本として国連を通じてやるべきことの重点事項です。その中には4つのことがあります。まず1つは「テロとの闘い」で、昨年の9月11日以降、アメリカだけではなく、世界全体がテロの問題に取り組んでいかなければならないということですね。2つ目は、「平和の定着と国づくり」で、具体的に言えば、アフガニスタンや内戦後のアフリカの国々でどうすれば平和が定着するかということです。3つ目は、「環境と開発」で、これは先ほど言った、ヨハネスブルク会議の結果なども踏まえています。ちょうど今年は、1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された「地球環境サミット」から10年ですから、様々な部分で見直しがありました。先進国も援助をし、途上国自身も自助努力を続けている中で、貧困というものが相対的に減ったかというと、必ずしもそうではなく、また環境破壊というものが止まったかというと、世界全体から見ればやはりそうとは言い難いわけで、この分野で解決すべき課題はたくさんあります。4つ目は、先ほども少し触れましたが、核軍縮の問題です。核軍縮あるいは広く軍縮の問題というのは、ジュネーブの軍縮会議や、国連内の第一委員会で話し合われています。このように、常に世界の国にとって「軍縮」というのは重要ではありますが、それに関する国際的な約束を作る、あるいはそれを実効性のあるものにするというのは、そう簡単にはいきません。このような状況ではありますが、日本政府としては今後も核の全面的廃絶を強く求めていくという姿勢です。この4つに加えて、「国連改革」についてももちろん提唱しています。改革の中身としは、安全保障理事会の改革、また行政・財政改革がありますが、一言で言いますと、これから21世紀に向けて、どうやったら国連は、より効率的に今世界が対峙している課題に応えていけるか、そういう国連にするためにはどうすればいいのかという国連自身の改革を進めていく必要性があるということです。
|
中野:今のお話の中にもありました「安全保障理事会の改革」について、その改革の趣旨と必要性についてお尋ねしたいと思います。
水鳥:1945年の国連発足当時、加盟国は51カ国、安全保障理事会は11カ国で構成されていて、その中の5カ国が常任、6カ国が非常任理事国でした。今年に入って新たにスイスと東ティモールが加わりましたので、現在国連加盟国は191ヶ国にのぼっています。では発足から現在までの間、安全保障理事会はどう変わったかといいますと、1965年に非常任理事国が4カ国増えただけです。端的に言いますと、今の国連の大きさと、世界のあらゆる地域のあらゆる国がその中に入っているという点での非常に普遍的な構成が、安全保障理事会では適切に反映・代表されていないということですね。その中には、数の問題と、地域バランスの問題があります。ご存知のように国連というのは、第2次世界大戦の戦勝国が中心になって作ったものですが、その後の世界情勢の変遷の中で、「今ある国連の姿」に応じた安全保障理事会の構成にしていかなければ、安全保障理事会の権威というのものが維持されないと思います。安全保障理事会というのは国連の中でも「国際の平和と安全」という非常にきな臭い部分―例えば今はイラクにどう対応するかを協議しているわけですが―を担っていて、世界の情勢を直接左右するわけです。ですからその場は、世界全体を正しく代表するものでなくてはなりません。こういうことが安保理改革の趣旨、そして必要性ですね。これは日本だけではなく、ほとんどの加盟国が認識していることで、2年前のミレニアム・サミットでは、約160の加盟国が安保理改革の必要性について言及しました。どのように変えるかということについては国によって意見の相違はありますが、変えなければいけないということについてはコンセンサスが得られています。
中野:議席数の増加の他に、地域の問題があるとおっしゃっていましたが、安全保障理事会の中に発展途上国も含めるべきだという意見も聞かれます。それについては日本としてはどう考えているのでしょうか。
水鳥:基本的には賛成です。どこから何ヶ国、どうやって選ぶかということについては色々な意見がありますが、国連加盟国の圧倒的多数は発展途上国ですから、常任理事国、そして非常任理事国の数を増やすという両面から、より多くの途上国によって代表されなければならないと思います。
中野:数の面で、改革後の安保理理事国の数として何カ国が適当とお考えですか。
水鳥:24が適当であると考えています。その中で常任理事国というのは、国連の活動全般において積極的に貢献できる国ではなくてはならないので、そういう国というのは国力という面でも、おのずと世界の中でも限られてきます。
中野:安保理改革に関する議論は来年で10年目に入りますが、その間日本の意見に変わりはないのでしょうか。
水鳥:日本は一貫して安保理改革の必要性を訴えており、その中で日本自身も常任理事国としての責任を果たす用意があると言っています。なぜ10年もかかっているのかというと、具体的なところで意見が分かれているからです。例えば、非常任理事国だけを増やせばいいという国もありますし、それぞれの地域からいくつずつ増やせばいいのか、また、例えば中南米やアジアなど、各地域から一カ国常任理事国を選ぶとしたらどのように決めるのかなどといった論点があります。
中野:インタビューの最初の方で、外務省内で国連に関する業務に携わっている方の割合などをお聞きしましたが、今度は国連における日本人職員数のことについてお聞きしたいと思います。2001年6月30日現在の国連の資料によりますと、日本人職員の数は望ましいとされる数(246人~332人)を大きく下回り、103人となっています。
水鳥:そうですね。日本人職員の割合は全体の4パーセントで、これは望ましいとされている人数の3分の1ですね。でも、増えてはいるのです。過去10年の間に、国連本部だけではなく、国連の色々な機関も含めて、勤めている日本人の数は60パーセント増です。このように増加傾向にはあるのですが、それでも全体数としてまだ足りないのはなぜかというと、まず資格の部分で難しいところがあるからです。英語かフランス語が完璧にできて、なおかつ、最低修士号が必要なわけですね。私は国連という場で働く以上、そういう資格が求められるということは当然だとは思いますが、今までの日本ではそれに合致する人というのが少なかったわけです。日本の英語教育の結果、教育のレベルに関係なく、業務遂行という面で英語を使いこなせる人は多くはなかったわけです。また、修士号というのは、日本の社会の中ではあまり必要ないというのが今までの傾向です。ですから、潜在的な候補者になる人が少なかったわけですね。そしてもうひとつは、やはり日本で仕事をするというのは、日本人にとって魅力的だったということがあると思いますね。平均で言えば、日本の給与水準というのは世界で一番高いわけですし、これまでは日本の会社は比較的安定した職場でもありました。ところが国連の職場というのは終身雇用でなく、何年かごとにその人の能力に応じて契約の更新ということがあります。また年功序列というものもなく、能力重視ですので、日本の職場のカルチャーに馴染んでいる人、またそれを念頭において仕事を選ぶ人にとってはきつかったわけですね。従って、当たり前の話ですが、国連が日本人だから採用しないというわけでありませんでした。
ところが、重要なのは、今まで言ったことは、現在すべて変わりつつあるということです。仕事で英語を使いこなせる人や、修士号を日本国内及び外国において取得する人の数も増えています。また現在の経済状況の中で、日本の会社の雇用形態も以前とは違うものになってきています。ですから、私は、今後国連で働く日本人の数は自然な形でもどんどん増えていくと思います。また、政府としても色々と支援していますから、それが実を結んでいくことになると思います。
|
中野:テレビや新聞などの報道で国際公務員の女性が頑張っているという話をよく聞きますが。
水鳥:そうです。そのひとつには、国連自身が女性の職員を増やすということに非常に力を入れていて、最終的には、職員の半分を女性にするという目標を立てているからです。現在は、職員の30パーセントが女性です。ですから、日本に限らず、世界中の女性にとって魅力的な職場になってきているわけです。また、日本の企業内では、色々是正はされてはいるもののやはりまだ女性の待遇の違いというものがありますから、それならば、頑張って、ニューヨークや、ジュネーブ、ウィーンで働いてみようという日本人女性が多くなってきているのではないでしょうか。
中野:では最後に、外務省としては国際公務員を志望している人に対して、どのようなサポートを行っているのかということについてお聞きしたいと思います。
水鳥:外務省内には、「国際機関人事センタ―」というものがあり、国際機関へ日本人職員を派遣するための支援を、様々な形で行っています。具体的には4つあり、1つ目は、JPO、ジュニア・プロフェッショナル・オフィサーといって、大学院を修了したくらいの若手の人たちに、日本政府として資金的にも援助をして、国連に毎年65人選抜した上で派遣する制度です。これは国連が国連職員として選ぶというよりも、日本として、日本のお金で国連の中に2年間派遣するということです。この制度は非常に成功していて、その後7割の人が国連に直接採用されて残っています。これは国連職員になるためのきっかけを作るという制度ですね。2つ目は、「ロースター制度」という人材登録制度で、外務省ホームページとは別の「国際機関人事センタ―」のホームページにあるもので、そこに自分のことを売り込み登録するという制度です。「こういう資格を持っていて、どの語学ができ、過去こういうことをしてきて、これからどういうことをしていきたいか」というような、個人のデータを登録しておき、国連の方で募集するポストとマッチングができたら採用というわけです。3つ目ですが、「国連採用ミッション」が、毎年特別に日本だけに来ています。国連自身も日本人職員の数が適切な数よりもはるかに少ないということは強く認識していて、日本政府と協力してその数を増やしていきたいと考えています。毎年ミッションが来日して、空いたポストに合致する人が事前に登録していれば、面接等をします。年によっては10名以上の人が採用されています。最後は、国連職員採用競争試験という、英語もしくはフランス語を使って国連職員としての職務を遂行できるということを証明するための試験です。非常に難しい試験ですから、受かりますと国連の方からポストのオファーがくるわけです。70年代からある試験で、一年に数名、この試験を通じて採用されています。以上のような支援は、過去10年、6割弱の職員を増やすにあたって、有効に機能してきたのではないかと思います。
中野:ありがとうございました。今回お話をうかがったことによって、いわゆる「国連外交」という呼び名でひとまとめにされてしまいがちなその中身について、具体的なイメージを伴うものとして、浮かび上がってきたような気がします。
水鳥:そうですか。それはよかったです。最後に、国連というのは、日本が世界の平和と安全のために、国力に見合った貢献をしているということを証明できる非常に大切な場であると思います。そしてそれを証明することは、日本のためにも大事なことです。日本という国、あるいは日本人がそういう認知を世界から得て、また、そういう認知があるからこそ、経済活動などを含めた他の日本の活動が円滑にいくという関係があるからです。ですから、国連という場が日本にとっていかに大事かということを、これからも言い続けなければならないと思っています。
【インタビューを終えて】
以前は「国連外交」と聞いても、国連は扱っている分野があまりにも広いので、二国間の外交に比べて日本との関係性、関連性という面で見えにくい部分が多かったのですが、今回、水鳥国連政策課長にお話をうかがうことによって、その根幹の部分―なぜ日本は国連を通じた外交をするのか―の理解を深めることができたと思います。国連の活動というのは、個々の活動目的の違いはありますが、結局はすべて世界の平和と安全、安定につながっていくことであり、またそれは巡って日本の平和と安定にも関わってくるわけです。まさにこのような認識こそが、国連の様々な活動を理解する上でも、また政府を通した国連外交というものを理解する上でも必要であると強く感じました。(中野)
|
|